世の中の二乗>75の二乗

話せば長くなる話をする。知っても特にならない話をする。

数々の恩により見せて貰う

2012年03月09日 19時22分51秒 | Weblog
平成中村座を見に行った。
朝子さんが招待券を2枚持っていて、
一緒についていけることになったのだ。
ちょうど休みだったのがよかった。

平成中村座は隅田公園の中に専用の小屋を建ててやっていた。
雨の中、浅草の駅から歩いて向かう。
なんとなく同じ方向に向かう人たちの間に入っては、
きっとみんな歌舞伎見るんだろうなあと思った。
そのうちの一組、けっこう若めの男女は、
手にビニール袋を持ち、中にはおにぎり、袋ののど飴、500mlのペットボトル、うっすらとビールの缶も見えた。
そういうものを一切用意してこなかったので、しまったと思った。
会場に近づくと紅白の梅が咲いていた。
枝ぶりは細いながら色がついた景色は春だった。
タクシーで乗りつけた女の人二人は着物を着ていて、
私の後ろを歩いてたおばちゃんに「雨の中…」と言われていた。
受付で朝子さんの名前を名乗り、一人先に入る。
芝居小屋を再現したという会場は、舞台のセットみたい。
外では食べ物やら、浅草のお土産やら、役者のブロマイドやら売っている。
靴脱いで上がると、作務衣みたいなの来た案内の人が丁寧に案内してくれた。
定期的に拍子木が鳴り、開幕を知らせる。
と同時にいまかいまかという心を盛り立てる。このシステムはいいな。
お客の中に芭蕉みたいな格好の人と、
八墓村の双子のお婆そっくりのおばあちゃん二人を発見し、さすが歌舞伎だと思った。
そうこうしてると拍子木が拍数を上げ、あたりが少し暗くなり、
「中村屋」と書かれた中央の大きなぼんぼりがすうっと上に上がって開幕。


幕が上がると、顔がにやけた。
すげえ。
お雛様みたいと思った。
等身大のお雛様が動いてると思った。
一番上の閻魔様みたいな人を中心にずらりと勢ぞろいの役者たち。
まん丸の赤いお腹を見せてる人たちは半分ぬいぐるみみたい。
豪華絢爛。正面立ち。順番に台詞。
うれしく楽しく、瞳孔が開き、顔がにやける。
摑みはバッチリ、わかってらっしゃる。
「しゃっつら」や「ほほ敬って」など気になる言い回しもわくわくする。
周りのおばちゃんたちもわくわくしてるんだろう、
それだけ笑いの敷居は低くなってた。
いよいよ海老蔵登場。
これまたすごい衣装で出てきた。
すげえや、ちょっと格が違う。
なにこれ、凧?凧なの?両袖にひっついてるのは巨大凧?すごい世界だ。もうそりゃあ、カブキ者だぜ、ロックだぜ、見た目の奇抜さと扱いにくさ、実用なんてしらねえぜ、という感じがすごくする。
思わず拍手。そりゃ拍手だ。
海老蔵はこないだ行った歌川国芳の浮世絵に描かれた海老蔵とまったく一緒の顔しててびっくりした。
海老蔵は国芳の時代からずっとあの顔。
目がぎょろぎょろしてて、睨みの家系。
声は意外にやさしく透き通るよう。
その海老蔵と、赤腹たちの掛け合い。
赤腹は「なんだ?」とか「このやろう」とか「なに?」とかを
ぜんぶ「いよー」でまとめてておもしろかった。
発見。受け答えを全部「いよー」にするとあほに見える。
なんやかやで、海老蔵がこの場をうまくおさめる。
味方を逃がす。
海老蔵ひとり残って、大立ち回り。
烏帽子をかぶった化粧してない人たちが5人くらいさあっと出てきたと思ったら
海老蔵が大太刀を一振りすると同時に
赤い布で頭を隠し、そのまままたさあっとはけていって、
後には首が5つ転がっている。
これはおもしろい。手をうって喜ぶ。
海老蔵去る。
大拍手。

幕間。
広いトイレは並ぶが、整理の作務衣隊のおかげでとてもスムース。
さすが、こういうとこにぬかりなし。
隣のおばちゃんに「荷物、ここしまったらいいよ」などと教えてもらい、
カツサンドをほうばるを見る。
きっと日頃は野菜ばかりを食べてるだろうにと、今日の特別さを推し測る。
拍子木鳴り、二部。

一條大蔵譚
襲名披露公演の主役が出てきた。
阿呆の殿様。
呆けたにやけ顔が幼くかわいい。
開いた口から白い歯が見えないとこがポイントかと思う。
手を袖の中に入れてぶらぶらさせてるのもお稚児さんのような所作。
その阿呆の殿様に「踊れ踊れ」といわれて踊ってみせた七之助の踊りが
すごくよかった。
それを真似る阿呆のぎこちない手つきなどもよかった。
常盤御前が出てくると、
お、さっきまでとはちょっと違うなと思う。
なにが違うといえば、さっきのはインパクトに次ぐインパクトで押せ押せだったのだが、
今度のは譚というだけあって、会話劇に近くなる。
背景の物語があり、それを説明する台詞があるのは暫も同じだったけど、
登場人物3人の会話とやりとりは目に見える変化やインパクトの波がややゆったり。
なのでかわからないが隣のおばちゃんの頭がやや危ない。
かくんかくんとなりそうで、
でも実は常盤御前が遊んでいた弓矢の的には憎い清盛の肖像が、のとこでは、すわっと首が立て直ったので、やはり絶妙なとこでちゃんと筋書きができているものだと思った。
さて、阿呆の殿様と誰もが思っていたが実は違って、
悪漢の前に実にきりりとした6代目勘九郎があらわれる。
そして悪漢を切り倒し、もとの阿呆に戻る。
この、最後で不覚にも泣きそうになる。
物語はめでたしめでたしで終わり、勘九郎も阿呆ときりりを笑い交えて演じるのだけど、
阿呆のふりをしてしか生きていられないこの殿様の境遇と姿に
急に悲しくなってしまう。
にやりにやりと笑いながらさっき自分がはねた悪漢の首をこねくり回す姿は
滑稽だが悲しいラストだった。
大拍手。

幕間。
朝子さんが見ていたパンフレットを見せて貰う。
演じる内容がひと目でわかる絵が載っていて感心した。
どこからかみかんの匂いがする。
歌舞伎鑑賞にはみかんがあうと思った。

舞鶴雪月花
舞である。レビューである。
カミシモに歌い手や三味線、鼓や太鼓の衆が控える。
最初の七之助の踊りではまわりのおばちゃんたちが口々に「なんてきれい」「まあきれい」「きれいきれい」とささやく。
早着替えでは、まわりからいっせいに「はあ」と感嘆のため息。
松虫では、子どもに「かわいい」「じょうず」などとささやく。
私はこの親子の虫の踊りをみて、なぜか「スウィーニー・トッド」を思い出していた。
ほんとはちゃんとそこにいきついた思考経路があるんだけど、
ややこしいしくだらないので割愛。
最後、雪達磨の踊り。
父、勘三郎登場。
圧巻。
すげえ、勘三郎。
あのわちゃわちゃした軽快な動きがおもしろいおもしろい。
雪だるまの口の炭が髭になってておもしろい。
夜のうちにはしゃぎまわっていた雪だるまが、
朝が来て溶けていくときの慌て方とか、
踊りというかパントマイムというか、うまいなあ。
そして雪降る真っ黒な背景が、朝と共に取っ払われて真っ白な背景に変わる。
溶けながら奈落に消えていった勘三郎の後ろで、
舞台裏がぎぎぎと開いて、現実の隅田川と川にかかる鉄筋の道路、そこを行く車の速度などが見えると、もう自然に手が大拍手。
いいもの見たなあと拍手にも力こもった。
閉幕。

と同時に隣のおばちゃん含め、周りがずらららららららっと腰を上げてコートを引っつかみ、一目散に出口へ。
なにごと?避難?え、余韻とかは?
さすがだ。
さすがだよ。
意味もわからず最後まで圧倒されっぱなしだ。
私と朝子さんはのろのろと身支度を整え、
朝子さんの知り合いで、今回チケットをご招待してくれた舞台監督さんのもとへ。
バックステージを見せていただけることになっていた。
興奮冷めやらぬなか、お礼と共に「すごくよかったです」しか言えず。
舞台監督さんは自信に満ちた顔で、にこにこ笑っておられた。

バックステージツアー。
照明ブースへ。
つやつやした顔の照明さんがこれも自信に満ちた顔で「お芝居はどうでしたか?」と聞く。
これに関わっていることが幸せだという顔。
機材の上に絆創膏が一枚置いてあった。
花道に通じる幕を開けてもらう。わあ。
幕は内側にもしっかり中村屋の家紋。
階段下りて、客席の下へ。
鉄筋の骨組みの中、絨毯が敷かれた意外に広くて明るい通路を行く。
「夜の部で早着替えがあって、そのときにここを全速力で走らなくちゃいけないから絨毯を二重にしたんだ」と教えてもらう。
せり上がりの四面には黄色と黒の危険テープ。
合間合間に荷物荷物。
役者の名前のダンボール、さっきのはりぼて雪だるま。
底に水がたまっている。
上がって幕内へ。
吊り下がったバトンには全ての場面の装飾。
舞台裏には広いスペース。書き割りや大道具。
そこからは雨に濡れそぼったスカイツリーが見えた。
ああ、そうか、最後の舞台裏が開いたとこではスカイツリーが見えるはずなんだ。
でも今日のスカイツリーは上のほうが雲に隠れて
まるで仙人の住む霞の山のよう。
楽屋を息を詰め通り過ぎる。
小道具部屋。
常盤御前の鬘。きらきら。
疲労顔の人もいて少し安心した。
ケータリング。もちろん歌舞伎揚げ。
また上がって、桜席と呼ばれる幕内の席へ。
うへえ、すごいものがあるものだ。
2階席を行く。
下では浴衣来た勘九郎が台詞合わせしてる。
朝子さんは「勘九郎さん…」と言うが、
私はまだなんかさんとかつけて呼んではいけない気がした。
妙な話だが、さんとかつけるほうが親しい感じ。
2階席、ど真ん中のお大尽席へ。
はあ、なんだこれ、ほんとに殿様席だ。
そこだけ絵をバックに悠々足がのばせる畳席。殿様がヒジかけるやつもある。
「いつかここを買えるようになってね」と舞台監督さん。
表も裏もとてもいいもの見せてもらった。
どうもありがとうございました。

帰り、パンフレットを買う。
傘を持ってこなかったという朝子さんと相合傘で駅へ。
朝子さんはこれからライヴに行くんだそう。
かわいいキャリーバックがらがら引いて、赤い髪をショートにまとめ、
青い靴紐をきゅいと結んで、朝子さんは地下鉄で去った。
私は新宿まで行って、閉店するジュンク堂で「世界の衣装」という本を買って帰った。

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1 コメント

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歌舞伎、いいね (うえ)
2012-03-10 11:22:33
歌舞伎、うらやまし。
名古屋へ帰ってから全く観ていない。
バックステージも見られたなんて、すごい。

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