世の中の二乗>75の二乗

話せば長くなる話をする。知っても特にならない話をする。

打ち上げ

2009年11月30日 17時40分43秒 | Weblog
昨日の夜9時から今日の朝5時まで打ち上がる。
その間、どう少なく見積もっても4回はドン引きしたけど、
その他は概ね楽しく過ごせた。
キムチ鍋がおいしかった。
6時から駅の近くのマックで出勤時間になるまで過ごす。
他にお客のいない店内で、二人組の男が店員を取り囲んでいちゃもんをつけていた。
嫌なものを見た。
弟の彼女にもらった花は今日、保育所に持っていった。

怒る人

2009年11月28日 01時47分12秒 | Weblog
もつれ込む建て込み。
終わらないテクリハ。
押しまくるゲネ開始時間。
本番。
飲まず喰わずでやりました。
切れるインク。
はずれるボタン。
動かないスライド。
ショートする電球。
二度手間の段取り。
出てこないセリフ。
そういうことがちょっとくらいないと
のんべんだらりと日常をやり過ごすだけなので
今日はたいへん充実した日でした。

帰り、駅のホームで
駅員に殴りかかって他の通勤客に押さえ込まれてるサラリーマンの人を見る。
よっぽど強く怒っていたようで、
2人がかりで押さえつけられててもなお、闘志をむき出しにしていた。
なににそんな腹を立てていたのか。
当の駅員は無慈悲に肩の無線で「警察を」と言っていた。

おそろしい

2009年11月26日 23時58分34秒 | Weblog
今日も一日舞台を作る。
一日かけて8割ができた。
この舞台設営のじっくりさがおそろしい。
今日はタッカー(ホチキスみたいなやつ)を板に打ち過ぎて
帰りの電車まで感覚が続いていた。
こんなことならピストルで人なんか撃っちゃったらすごいだろうな。
帰りの電車から降りて家に帰ってお風呂入って寝て起きて10日くらいたってもまだ撃った感覚が続いていそうだ。
そんなことになったらおそろしいのでピストルは撃ちたくないし持ちたくないな。

何が違うのか

2009年11月25日 23時55分04秒 | Weblog
小屋入り。
一日中芝居のベテラン達がよってたかって建て込み。
なのにまだ出来上がりの2割だという。
どんだけ力入った舞台だ。
舞台の作りこみようにおののく。
私はそんな中いても邪魔なので、
一日衣装とか小道具とかを作る。
女工さんのようになって働く。
夕方、近くの丸亀製麺に行ってぶっかけうどん(冷)を食べる。
香川県丸亀市のうどん本店からうどんを仕入れていると言うフレコミの店。
さぞおいしかろうと思って入ったが、
まあふつうのおいしいうどんだった。
だしは炒り子だしだけど、関東風に醤油が濃かった。
ふうむ。
やっぱり違うなあ。
何が違うのかわからないけど、
香川のうどんとは違うなあ。
でも本当は香川のうどんを池袋で食べようと思うことじたい間違いなのだ。
それはおうちゃくというものだ。
なので池袋にいるうちはドトールとかに入っていればいいのだ。
明日も引き続き建て込み。

荷台で揺られる

2009年11月25日 08時09分51秒 | Weblog
昨日は稽古と積み込みの日。
2tトラックに機材を積んで、
その中に入って移動してまた別場所で機材を積む。
電球ひとつの揺れる荷台の中に男女ひしめき合って膝かかえて、まるで不法入国者のよう。
いつもと違うシチュエーションに道中は始終興奮気味。
誰かが携帯ムービーで撮ると「テレビの闇風俗潜入取材」の画像みたいと気がついて、
みんなで闇風俗ごっこをした。
今日から小屋入り。

わさわさ

2009年11月23日 18時40分57秒 | Weblog
甘もの会の次の公演場所を
前もやったとこにしようと思って
前やったギャラリ・カタカタに連絡を入れたら
「来年はいったん閉めるつもり」との返事。
親戚の訃報を聞いたような気分。
狭いが好きな場所だった。
わさわさする。

こつん

2009年11月22日 00時49分08秒 | Weblog
今日は久しぶりに何もない休日。
とろとろと12時間くらい寝てしまった。
そのせいか、食欲が異様に減る。

おっぱいバレーについて。
あれはけっきょくさいごはおっぱい見せるんですか?
と見た人に聞いたら、
「それはDVDで確かめてください」と言われる。
見せるか見せないかだけわかればいいのに。めんどくせえな。

稽古。
悩んでいる。
東北の言葉を入れてみようかと思っている。

駅で。
携帯電話で話しているおばさんがパグを紐につないでつれている。
パグがくしゅんとくしゃみをしたら、
おばさんは持っていた携帯電話でパグのひたいをこつんとした。



大人が眉をひそめる

2009年11月19日 19時09分30秒 | Weblog
今日の保育は2歳の女の子と1歳の男の子。
お姉さん気取りの2歳が1歳の子にしきりに話しかける。
「ちょっとね、ちょっとよ、ちょっとだけ、ちょっと、ちょっとよー。」
なにかというと、1歳が持っているおもちゃ(はしご消防車)がほしいのだ。
だから少ない語彙を使ってなんとかご機嫌をとっている風を装いつつ、じわじわと手をおもちゃにかけていく。
そしてさっととる。
とられた1歳はぽかんとしている。
この急な展開についていけない。
が、さっきまで手に持っていたものが何故かない。
理不尽だ。意味がわからない。
なので泣く。
私は一部始終を見ていたので、2歳を叱り、1歳にはしご消防車を返すように言う。
2歳がしぶしぶはしご消防車を1歳に差し出すと、1歳は一度それを受け取ったが、再び2歳の方へと差し出した。
言葉こそ交わされなかったが、それは「使っていいよ」的な1歳の寛大さであり、
失礼なことをした2歳からは感謝のひとつでも言うべき場面である。
なので、「○○くん、やさしいね、××ちゃん、ありがとうは?」と即す。
そしたら、2歳が1歳の目の前で自分のスカートをからげて見せた。
たとえ本人にその意図はないだろうとも、
たとえそれが1歳と2歳であろうとも、
他人の男の前でお礼と称してスカートをからげる女という図に、良識ある26歳は眉をひそめた。

起爆装置

2009年11月17日 18時57分47秒 | Weblog
あいかわらず思い出を思い出させる起爆装置の中で働いてるせいか、
次々に思い出す。
今日は加減がわからず自分ですっころんだ子供をあやしているお母さんを見て、
小学校の頃、家の階段から転げ落ちたことを思い出した。
ウチの実家の階段はわりと急で、
子供のころは結構よく足を踏み外したり、滑ったりして落ちていた。
階段から落ちたときの身体の変化は決まっている。
踏み外した瞬間は丹田のあたりがかあと熱くなる。
それからうわわと思いながら転がり落ちる。
すごい音と派手なアクションが始まるが、このときにはまだ痛みはない。
ただ、今から痛くなるであろう場所は落ちてる間に当たった感触でわかる。
あと、このときはまだ落ち切ったあと地面についたときの衝撃や身体の形とかがわからないからそれがすごく不安。
そして落ち切る。
落ちたなと止まったなが同時にやってくる。
そこではじめて痛みがくる。
たいていこういうときは打ち身の痛みだ。
そしてたいてい痛みはお尻と足に集中する。
くうくうと唸るタイプの痛みでしばらくはなにもできない。
動けない。声がでない。泣けない。
ひたすら目をぎゅっとして痛い痛い痛いと思っている。
誰かがそばにいたら腕の肉をつねってやるのにくらいの暴力的な思考にもなる。
それから徐々に立たなきゃなあ、立てるかなあと思うようになる。
痛いは痛い。
が、立てないくらいの痛みなのか立って歩くくらいはイケる痛みなのかを試そうとする余裕は生まれる。
で、たいがいは立てるし歩ける。
なので痛いが歩く。
歩いて台所に行く。
母がぽかんと見て「すごい音だったね」と言う。
弟がにやにやして「また落ちた」と言う。
なんて人の痛みがわからない人たちなんだろうと私は憤慨する。