ビーズうさぎのハナちゃんです!!

日々の生活、山登りや釣り、ドライブなどをアップします。ここの所、巨樹めぐりがメインですが!(汗)

新潟県三条市、北五百川「八木神社のスギ二本」(下田の名木)です!!

2022-06-13 18:30:09 | 巨樹・大木
 北五百川地区は、三条市役所の南東約17kmのところ

 国道289号線を南東へかつての下田村です

 「道の駅漢学の里しただ」を右に見て次が庭月・長野の集落です

 信号の先を左(北)へ入ると五十嵐川を渡る八木橋です

 橋の上から「八木鼻」の岸壁が目に入ります

 五十嵐側右岸に橋を渡ってすぐ左(西)へ、右に八木神社が南向き参道で鎮座します

 参道向かい側の駐車スペースに車を止めさせて頂きました

参道入り口です

八木神社です

説明版が有ります
  三条市指定有形文化財 建造物
 八木神社 本殿・拝殿・幣殿
神社の創建
 大同2(807)年、八木大明神(倉稲魂命=稲作の神)と守門大明神(磐間戸命=門戸安全を守る神)の二神を八木ヶ鼻山頂に勧請し、近郷の守護神として祀ったのが八木神社の創立と伝えられている。
 その後、現在地に遷ってから数百年、越後国に縁深い新田義貞父子命を合祀し、昭和末年には芳ヶ平・大谷・大江の集団離村による鎮守社の神霊四神を併せ祀り今日に至る。
本殿
 江戸時代初期の万治元(1658)年の建立で流造。現在は覆堂の中に納められているが、全体に風化の様相が顕現され、永年に亘って風雨に晒されていたとみられる。階付きの正面は、六本の太い丸柱が屋根を支え、二神を祀るため二間に仕切られた二社相殿の造りである。屋根は松材の厚い板を一枚ごとに削り合わせて葺いた板葺の手法をとり、薙刀反りの向拝と、それを支える打越垂の形状にも特色がみられる。さらに虹梁の模様や彫りには、江戸時代以前の古い特徴が残されており、中世から近世への様式の変化を残す建築である。全体的に積雪の重みを考慮し、太い部材が用いられた貴重な建造物である。
拝殿
 明和5(1768)年の建立で入母屋造、梁間四間・桁行三間半で茅葺き(現状は銅版葺き)。安永3(1774)年、笹岡新田の開拓完成を記念して、村松藩士笹岡茂三左衛門が長床を増築寄進した。回廊は昭和15(1940)年に新築。
幣殿
 本殿の手前にあって神前に奉献する物をお供えする場所。明治11(1878)年、長岡関原の宮大工集団の棟梁である野口善一の仕事による。
   三条市

赤い一の鳥居です


天保9年の歌碑です

手水舎です



参道右手にスギの巨木です

下田村文化財調査研究会の下田の名木安内板です
  幹回り5.1m、推定樹齢500年以上です



西側から



北西側から


東側から

スギの北側参道右手に不動堂です



不動堂の北側にも杉の巨木です、こちらが目的のスギです

根元に下田村文化財調査研究会の下田の名木安内板です
  幹回り5.75m、推定樹齢500年以上です



北西側、拝殿前から



北側から


東側から




南側から

多くの祠が並びます、集団離村した三集落に祀られていたものかもしれません

拝殿です

本殿覆い屋です


かつて五十嵐川に掛けられていた八木橋の説明版です

では、次へ行きましょう

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