Sydney Yajima


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人が近づいてくるとき

2009-11-10 20:32:39 | フリーメーソン
もし、あなたに、よく知らない人がニコニコと近づいてきたら、あなたは警戒するだろう。それは、「この人には、何か魂胆があるにちがいない」と過去の自分の経験に照らし合わせ、(読みもしない新聞に契約させられてしまったことも含めて)いぶかるからである。

これは、ある年齢を生きてきた人なら、誰でも経験することだ。
しかし、馬鹿が、馬鹿丸出しで、自分の希望だけを優先して ニコニコと、近づいてきたら、あなたはどうするだろうか?
知恵のある人は、ずるく対応するかもしれない。彼を傷つけぬよう、なるべく穏便に追い返すことを考えるだろう。あるいはこの馬鹿をどうやって使うかを考えるかもしれない。馬鹿とはさみは使いようとは、よく言ったもんだ。

さて・・・、馬鹿は、自分が馬鹿だとはしらないので、{馬鹿が馬鹿だということを知ってしまった時点で馬鹿の意義もなくなる。なぜなら彼はもう馬鹿ではないからだ}当然、そのずるい対応に、喜んで乗ってしまう。その時点で、彼は、知恵のある人の手のひらに、裸で踊っているピエロになっているのだ。

裸のピエロは、音楽さえかけてやればいつでも喜んで踊る。
おもしろいくらいに。


時間と立ち位置

2009-11-10 17:03:38 | フリーメーソン
フリーメーソンに限らず、世の中の、いかなること、政治、会社、ありとあらゆる人間社会において、共通の掟がある。
それは、いきなり、あなたは 先生にはなれないということだ。

何かの組織に入ると、そのなかで、十年頑張って、その組織の一員としてみんなから認められ、やがて、その社会のなかで、信頼という目に見えないものだが、しっかりとそれは ある ものによって裏打ちされ、やがて、その組織の中心に入ることができる。

だが、何もかも一気にやってしまって、インスタントに自分がその中心になれるように馬鹿な努力をしてあちこちに顔を出して、おもちゃにされて 裏でみんなから笑われていることも気付かず、自分だけ SOMEBODYにでもなったような気になっている人がいる。
こういうひとを、豚的幸福主義者といい、実験とおもちゃとピエロ扱いで使い回しにされて最後には、適当にあしらわれ自家中毒を起こし、切れたたこのようにどこかへ飛んでいってしまう。

フリーメーソンでもこの手の人は、実にたくさんいる。その人たちはなぜか?最初の3年ぐらいは、熱心に活動をするが、どこかで息切れしてしまい、やがて、資金もなくなり、いくらやっても、実利がないと文句を言い始めて、あちこちから顰蹙を買い、「実利を求めてフリーメーソンをしているほど、君は貧乏なのか?」などとあからさまに言われて、やがて、「君は 安っぽい人間だね」と最低の評価を与えられた挙句、屑として扱われる人がいる。この人たちは、その後続かなくなり、どこかへ消えてしまう。もちろん、3年程度では、ブルーロッジで最高位を極めることも難しいので、中途半端な握手だけを覚えて、結局その意味も使うべき場所も、また、本来の自分の立ち居地も、分かっていないので、崩れてしまう。

人間は、どんなビジネス、どんな勉強、どんな技に打ち込んでいたとしても、そしてそれがどんな組織の中であったとしても、立ち位置は、あくまで、個としての自分が最初であり、次には、個の周りにもっとも近い家族。そして、家族とともに、仕事とかビジネス、学業が三つ目に来て、4つ目に、フリーメーソンなどが来る。このどれかの順番が狂っても、いけないし、それをしては、自分の立ち位置がなくなることは、そのすべての中において、死を意味する。

したがって、急がば回れという当たり前のことだが、じっくりと時間をかけて自分の立ち位置を常に確認しながら、すすむことが、正しい。それにはまず始めの10年という時間の生き方。そして、その後の10年、やがて成熟を迎えるその次の10年という順番になるはずだ。

人は死ぬ。しかし、自分で自分を殺してしまっては、なんにもならない。