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ねがうこと、ゆだねること

「古道具坂田」の美術館「as it is」

2014-10-21 | art
南房総旅の帰り、目白で「古道具坂田」をやってはる
坂田和實さんが1994年にオープンしはった美術館「as
it is」
へ立ち寄る。



2003年に行って以来だから、11年ぶりの再訪。企画展が
ちょうど終わって常設展だったから、当時とあまり変わら
ない物たちに迎えられる。

坂田さんが世界中で見つけてきはった、美しいもの。作
られた年月も場所も関係なく並んでいるから、新しいも
のなのに大昔のものと勘違いしたりする。



この丸い金属製の物は、20世紀の日本の「裂織(さきお
り)」(写真左)と、写真には写ってないけど右側の 15
-16世紀のフランダースの「ゴシックオーク材 ドア」に
挟まれていて、さぞ古いものかと思った。

錆加減や色合いが絶妙。ところがこれは、20世紀の日本
の「ドラム缶 ふた」だそうだ。やられるwどこかの古道
具屋で見つけはったのか、はたまたゴミ置き場で拾いは
ったのか。

松濤美術館での展覧会を見逃したことはここに書いた
けど、そのショックも癒え、やっと買えたカタログに
書かれた序文が坂田さんのやられたいことが集約され
ている。

道具屋を始めはって、去年2013年で40周年だったそう
だけど、最初の20年間は;

美術や骨董の本を読み、美術館を見てまわり、近世ヨー
ロッパの人たちが考え 世界中に広がった美しさの基準や、
著名な日本の数奇者の言葉を丸暗記し、これでいくらか
は美しさが解かってきたと思い込んでいた時期でした。

その時に求め、選んでいたものは、より古く、より珍し
く、技術の完成度が高く、作り手の自己表現の強い物だ
ったように思います。

ところがある時から、ふと、それらの物が少し重くて、
うっとうしく感じるれるようになってしまいました。



(中略)

やっとその時、私にとって、長く連れ添えるものは、技
術の完成度の高さや、めずらしさを誇る美術作品ではな
く、用途のために素材と形が硬く結びついた普段使いの
日常工芸品で、使われ育まれたものなのだと気づきまし
た。 ここではもう作り手の自己表現も、臭いも消え去っ
ています。

(中略)

利休を始め、日本の美術や骨董を選び出す眼のその芯
の部分と大きく重なっているように思えます。 利休に
次ぐ、眼の天才柳宗悦が選んだ物も、又、私たちの前
の世代の青山二郎や白洲正子さんたちが選んだ物もそ
うです。

その大半は日常的なものの中から、各々の想定した建
築空間にぴったりとはもの見立て、選び出し、他の物
と絶妙に取り合わせる、日本の数奇者の眼とはそのよ
うなものでした。

そこでは、作者や作品よりも、選び使う側の眼に高い
評価が置かれていたともいえるのでしょう。

このことは、物に自立や、完成度の高さや、強い骨格
を求める、従来私たちが学校で教わってきたヨーロッ
パの近世美術の見方とは大きく異なっています。


長い引用となったけど、素晴らしい。日本の美に関す
る基準を世界が知りたがっているのだと、坂田さんは
言う
。日本の自然観も知りたがっている様だし。



「as it is」という名前は、柳宗悦が世界工芸者会議と
いうところで自分の美学を発表する時に書いた原稿に
由来したそうだ。

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