やまねこマッサージ

ねがうこと、ゆだねること

祝!上原浩治・WS優勝投手

2013-10-31 | その他
いやぁ、すごい大活躍。ボストンRED SOXの6シーズン振りの
優勝おめでとう!去年最下位で、下馬評にも上っていなかった
チームなのに。



牽制球勝利の第4戦、イニングまたぎの第5戦を見たけど、ほん
とシビレる展開に、颯爽と登場して、いつもの様にテンポよく
打者を追い込む姿に興奮。

メジャーリーグはポストシーズンのためにあるということを、
理解させられた。そして毎試合のように、投げることの大変
さ、楽しさ、喜びを想像して堪能。



上原投手もそんなシーズンになるとはよもや予想してなかった。

今年はちょっと出来過ぎ。自分でも怖い。
自分が抑え役になるとは思わなかった。

たくさんの記事や情報が日米を駆け巡ってるから、シーズン前の
ことなど振り返ってみたくなる。彼が騒がれたのは春のワールド
ベースボール開催の時のツイッターだ。

楽天の田中将大投手の調子が上がらないため(そんな開幕前だっ
たんだね)、スポーツ紙が「マー君降格、中継ぎも」と大見出し
で書いたことに、

先発の調子が悪いから、中継ぎに降格??降格って何やねん。 
中継ぎをバカにするなよ。

バカにはしていないけど、正直言って、やはり先発重視だったね、
ボクも。先発が華、って思ってたから。彼自身のなかにも、すっ
きりいかない何かがあるから、そういう発言になった気がする。



上原投手は2009年に巨人からオリオールズに移籍。1、2年目は
相次ぐ故障で、不本意なシーズンを過ごす。2011年はリリーフと
して頭角を現したものの、シーズン途中にレンジャーズにトレード。

ポストシーズンに進出したんだけど、不名誉な新記録となる3試合
連続本塁打を浴びたんだよね。最終戦ワールドシリーズでは起用さ
れない悔しさを味わう。優勝に大貢献した今、彼の胸中は何を思う
のだろう。



そんな時レンジャーズとダルビッシュ有投手が契約して乗り込んで
きて大活躍を始め光を浴びる。上原投手が影になってしまう。。

開幕前の、1月にトロント・ブルージェイズとのトレードが成立した
けど、翌日に移籍を拒否し、トレードを破談にしている。このときの
ブルージェイズの監督は、2013年にレッドソックスの監督となるジョ
ン・ファレルさん。運命が回り始めている。

この2012年、37試合で防御率1.75と、安定した成績だったんだけど、
レンジャーズは彼を放出。その決断が間違っていたことをさぞ悔やん
でるのでは。



複数球団の争奪戦になり、ボストン・レッドソックスと1年契約。
最下位に沈んだ球団だったし、1年契約なのに。

自分を最も必要としてくれている球団だと感じたこと

ジョン・ファレル監督の信頼が彼の才能を最高に開花させたんだ
と思う。今年のシーズン開幕当初はその中継ぎで出発。調子がと
てもよく8回をまかされるセットアッパーになる。

その時期取材した、いい番組がこちら;


そしてクローザーになったのが6月21日。以来一度もクローザの
座を渡すことなく、優勝投手に輝く。おめでとう!一日でも長く
野球をやりたいそうだから、磨きをかける来シーズンが楽しみ。

後藤俊夫・写真展「拓魂残影」

2013-10-30 | photo
写真集『黄土高原の村/満蒙開拓の村』(朝日新聞社)で2006年の
第16回林忠彦賞を満票で受賞しはった後藤俊夫さんの新作は、その
満蒙開拓からの引揚者の多い開拓村が、東北6県の山間部の集落に
あり、訪ねていく労作。

もう終了したんだけど、新宿ニコンサロン開催されていた(10/15 ~
10/28)「拓魂残影」と題された写真展を見る。



戦後の引揚者は故郷にまず帰ったけど、食も職もないから、都市に流
入したイメージが強い。実際はちょっと違う。ここなどによると、戦
前の農家数はずっと550万戸だったのが、戦後、引揚者を中心に帰還、
開拓、入植によって、1960年までは600万戸に増えたらしい。



この「開拓、入植」に後藤俊夫さんはテーマをあてる。都市には失業
者や戦災者があふれていたのは間違いなかったけど、政府が開墾・干
拓事業に力を入れたと初めて知る。(閣議決定が昭和20年11月)

就労確保と食糧増産のために、100万戸を帰農させようとするものだ
ったけど、「全く準備がないままに発足させた」そうだ。戦後の事情
だからある程度は仕方ない面もあるんだろうけど、wikiなどを見れば、
かなり無謀な計画だったみたい。

長年の歴史の中で、田畑に向いたところで農業は営まれてきたわけで、
不利な条件の場所を開拓するってことには無理がある。それを国家の
力があればなんとかなると考えたのは、社会主義的な政策が好きだか
らか。ソ連などの国家政策の影響もあったのだろうか。



後藤俊夫さんの写真を見ていると、酪農などで成功している方もいる
けど、たいていは数戸しか残ってないとか、離村したとか、寂しい風
が吹いている。満州で開拓した人たちで、日本でも開拓に従事した人
たちはどういう気持だったんだろう。高揚感も最初はあったんだろうか。

なんとこの事業は30年続き、1975年(昭和50年)までやってたそうだ。

この間に全国で大、中、小規模を合わせて6,200ヶ所もの開拓地
(東北地方は約1,900ヶ所)が生まれた。今その多くが消え去り、
世代も交替して開拓魂も失われたかに見える。

なんかやりきれない。知らなかったボクもなんか情けないけど、人の暮ら
しを戦争だ開拓だと駆りたてて。

30年ぶりのおでんや「志乃ぶ」

2013-10-29 | 
早稲田のおでんや「志乃ぶ」に行こうって話になる。
まだやってるんだ、懐かしい。近所に住んでる人が
たまに行くっていう話から、今回集合となった。

早稲田は、旧校舎の見納めに行った以来やなぁと、
ブログを見返すと、2010年10/27と、ちょうど3年
ぶり。大学に見にいくと、新校舎の建設がかなり
進んでいる。

ここに建築計画が載ってるけど、他の新校舎同様、
クリエイティブな感じがやっぱりなくって、がっ
かり。母校はそんなこと目指してなさそう。旧校
舎の再現を外装や塩焼瓦の再利用をするって位な
ら誰でも思いつくし。



だいたい、1933年(昭和8年)に建てた旧校舎の
設計は早稲田大学建築課の桐山均一先生に頼んで
のに、今回は大きな設計会社=久米設計を起用し
ている点でもうダメダメ。せめて建築科に頼めば
いいのに。



気分を変えて、「志乃ぶ」に向かう。大学の裏路
地にあってわかりにくい。でもgoogle mapの世
話にはならなくても行ける気がしてた。

大正8年創業のそば屋、金城庵が見えてくる。昔は
たしか1軒屋だった気がするんだけど、マンション
になっている。生き残りを図ったんだろうね。



そして、無事「志乃ぶ」に到着。門構えからして、
当時と同じ。中のレイアウトも変わらない。いい
なぁ。到着までの変貌ぶりに落胆していた気分が、
一気に回復。

「志乃ぶ」は相変わらず満員だったけど、学生は
いない。当時もちょっと高かった(お酒は2倍位
してたと思う)から、先輩に奢ってもらって行く
とか、デートで行ったくらい。



おでんも懐かしかったけど、〆鯖が絶品。みんな
でお代わりする。初代志乃ぶさんが始めたお店だ
そうだ。もうお店には立たないけど、お元気だとか。

創業が何と昭和29年。息子さんとおぼしき人が、
店長として、仕切ってはった。

是枝裕和監督『そして父になる』

2013-10-28 | 映画
是枝裕和監督の『そして父になる』を観る。現代の小津安二郎監督、
といったら褒めすぎだろうか。殺人があるわけでもない、警察だっ
てヤクザも出てこない。

普通の家族に降りかかるくる「とりかえしのつかないこと」に2組の
家族がどう感じてどう行動するのか、静かに物語が進んでいくからだ。
以下、ネタバレ満載で。公開1ヶ月たったからいいでしょ。



子供が大きくなって6歳になったとき、病院で子供を取り違えられて
しまったことに、大人たち主導で、驚き悩み決断を下していく。そこ
には子供たちの意見や気持ちはそんなに顧みない、ある意味無視。

福山雅治さん演じるエリートサラリーマンが、ちょっと孤立していく
のがとてもいい。妻役の尾野真千子さんと3人家族なんだけど、彼女
が自分を責めてばかりいるのに手を差し伸べない。

もう一組の リリー・ フランキーさん& 真木よう子さんの大家族
(子供3人、父親同居)は貧しいんだけど、楽しい家族でちょっと
理想的な感じなのね。かっこなんてつけないし、ホンネ丸出し。

「(病院から)どのくらい貰えるんだろうな」



尾野さんも一人っ子の息子もだんだんあっちの家族に惹かれていくの
が、福山さんには面白く無いっていうのも、ほんと台本も演出も演技
もウマイ。その上リリー・ フランキーさんから、子育てが間違ってる
って指摘まで喰らう。シリアスなんだけど随所に笑えるw

「なんで電気屋にあんなこと言われなくちゃいけないんだ」

その上、交換された子どもたちの反撃だ。そういうもんだとか、そうし
ろとか、そういう大人の論理がだんだん崩れていく。ちょっと前まで子
供だったのに、子供の気持ちがわかんない。。



そのまま破綻してしまっては映画にはならないから、最後に揺り戻しも
あるんだけど、でもどうなったかはわかんない。どうなっても終わりが
ない、もう新しい物語が重なっていってるんだから。

普段使いの食堂カフェCircusオープン

2013-10-27 | 
この9月に国立で開業しはった、カフェCircus(サーカス)に
ちょくちょくご飯を食べに行ってる。

近い、安い、うまい、居心地がいい、と三拍子も四拍子も揃っ
てるからw 店主のセキグチテルヨさんが一人で切り盛りして
るけど、今回行ったら学校仲間が手伝ってた。

彼女が夢見たお店だから、やりたいことがいっぱい詰まってて、
少しずつお披露目してくれている感じ。



これまで、カフェで長年働いていたそうだし、曜日限定カフェの
営業やイベント的にパウンドケーキの出店や卸しをやってたけど、
どうも一番影響があったのが、一年半rojicafeで働いていた経験の
様だ。

rojicafeは藤間夕香さんって方が2004~09年板橋で開いていたカ
フェで、現在は夕顔っていう看板で、料理イベントを不定期にや
ってる方だと教わる。吉祥寺でも開催してはるみたいだから、一
度行ってみたい。



メニューは
▲茹で鶏のフォー(小鉢、漬物付き) 900円
▲茹で鶏のせご飯(スープ、小鉢、漬物付き) 950円
▲お惣菜セット(ご飯、味噌汁、漬物付き)  950円
でスタートしはって、ベトナム+和食系だったのが、最近
▲パンとスープ(サラダ付き)       800円
▲バタートースト(ジャム付き)      400円
が加わり洋の香りも。



ボクはお惣菜セットがお気に入りで、旬な野菜を中心にいろんな
おかずがほんと美味しい。手がけっこうかかってて950円はとて
も安い。しかも昼でも、夜でも同一値段。

ドリンクもそこそこ充実してて、
▲晩酌セット(アルコール+おつまみ2品付き) 800円
をゆったり味わうお客をよく見かけるw



ショップカードもいい感じ。友達の画家清水美紅さんの作品。
原画がいつかお店に来るそうで、毎回ちょっと楽しみにしてる。

フードの写真は友人のブログから。

伊豆大島・土砂災害の自然的原因

2013-10-26 | 環境
伊豆大島が台風26号によって大規模な土砂災害が発生したニュースが
続いている。他の地位域ではそんな被害がでなかったのに、伊豆大島だ
け、33人の死亡が確認され、今も9人が行方不明になっている。ご冥
福をお祈りします。

いろんな原因が複雑に絡まってそうだけど、人災のことはさておき、ま
ず、自然がもたらした土砂被害の部分をまとめてみたい。国土地理院が
発表
していたけど、かなり傾斜度がある山の土砂が崩れたんやね。



写真や地図と合わせてみると;

 

雨量は膨大で、気象庁によると、伊豆大島では16日1時間に122ミリの
記録的な雨を観測し、朝8時までの24時間雨量は824ミリと無茶苦茶降
ってる。



山の土が弱っていたと言われているね。27年前(1986年)の伊豆大島の
三原山噴火で、(この時は全島民1万人が島から避難したんだね、今回は
1300人が島外へ)火山灰が降りつもり地盤が弱くなっていたと言われる。

更に森が焼けてしまい、20数年くらいの「新しい」木の根では、土をつ
かむ力がまだ弱かったらしい。


石流発生のメカニズム

杉や椿といった単一種の植林だとしたら、あまり土砂災害に強い森では
なかったのかも。里山のような多様な森作りが必要なのでは。とはいえ、
現地ではそんな悠長なことは言ってられまい。早い復旧を祈ります。

澤登晴雄・日本ワイン造りの草分け

2013-10-25 | 農・生物
デラウェアのことを書いたらワインのことに触れたくなる。
日本ワインの草分けの一人、もう亡くなられたけど 澤登晴
雄さんのこと。国立でワイン用のぶどう研究所と畑(6000
坪)を昭和20年に始めた方。

当初は野菜、家畜を育ててた。出身が山梨の勝沼だったもん
だから、ブドウも始めたのね。教わりながら国内外のブドウ
を500種類!植えたそうだ。

縁あって北海道池田町の十勝ワイン作りにも成功させはった
のね。北海道ではできないって官民で反対されたそうだけど、
特色ある産品での町づくりとして成功する。


当時の町長達と作ったワイン工場「ワイン城」

彼の考えの基本は、その土地に自生する山ブドウをベースに
交配を進めていくということ。ヨーロッパのブドウを輸入し
て栽培すると、そうとう手間暇かけなくっちゃ成功しない。
日本人の身体にもあってないって考えるのね。欧米でも基本
的には同じ考えらしい。

フランス人のコワニェティ婦人が日本のブドウが美味しいっ
て本国に持って帰ったら失敗してる。

食べ物はね、出来るだけ産地に近い所で味わうのが、
もっとも美味しいし、体にもいいんです。

同感。

ある品種を使った使ったワインは、この地域でなけれ
ばいいものが出来ない。極端な場合は、隣のブドウ園
で作ったものでもうまくいかない場合がある。

隣の畑でもワインの価格がえらく違ったりするもんね。澤登
さんは山形県月山ワイン、岩手県葛巻ワインなど苦労のすえ
成功される。


亡き澤登さんに捧げられた葛巻ワイン

参考にしたのは生前に書かれた『ワイン&山ブドウ源流行』
(双葉社)から。800円だったのに、アマゾンでは数千円に
なってる。

デラウェアから巨峰へ

2013-10-24 | 農・生物
ブドウをあれこれ食べてるけど、大粒、種なしというのが
人気の傾向なんやろう。巨峰だって種なしが多くなったし。

子供の頃の葡萄の話題になる。ボクはもっぱらデラウェア。
「種無しブドウ」って言ってたなぁ。マスカット・ベリーA
をよく食べてたって言う人もいたけど、食卓には上らなかっ
たw

何粒もに口にいれて、噛みながら皮をだしていたから、皮
の一部も食べて、ちょっと酸っぱい。一粒づつ、食べるな
んていうのは、まどろっこしかった。




後年、オハイオ州に行った時、デラウェアって場所がある
ことに驚く。地名だったとは。新種のブドウを1855年命名
発表したされたそうだ。他のアメリカ産のブドウ同様ワイン
に向かないから、生食やジュース用として栽培が広がる。

日本には1872年(明治5年)に初めて輸入されたっていう
から、いろんなものを取り入れようという意欲の一端を感
じる。



デラウェアは戦後長らく、ブドウの生産1位だったけど、昭
和40年代後半より巨峰の栽培技術が確立すると急速に栽培
面積を拡大し始め、1994年には巨峰の栽培面積に抜かれる。



それでも2位は続いているそうだ。ブドウも他の果物同様、
消費量は年々減少傾向にある。


Jui写真展「Catching the Bird」

2013-10-23 | photo
なんの予備知識無しで見た分、楽しめた写真展があった。
銀座ニコンサロンで開かれていた、中国人写真家Juiさん
写真展「Catching the Bird」。ちょっとネタバレっぽい
から写真展が終わったので書くね。



最初の一枚を見てコウモリの解剖写真か?と思う。次の
写真では濡れた部分が拡大し、肉が崩れはじめ、腐り始
ている。大きなサイズのプリント。これは正視に耐えな
い・・とギブアップしかけた時に解説ボード。

「像」は想像超えてやってくる。
カメラを介してじっと見つめているツツジの花が、
一年、二年を経て、ふとした時から、はっきりとし
た動物の姿に見えてくるようになった。

ツツジ?って見直すと、腐敗しかけたコウモリの姿はな
かった。花ビラが枯れかけてグニャリとなってたり、目
だと思ったのがオシベだったり。やられた。タイトルか
からして”Catching the Bird”だから・・嘘じゃないけど
ひっかかるw



Juiさんもこれは面白いものが見えると、翌年に期待しは
ったのね。近所にいっぱいあるというツツジを見るたび
に宝物の様に見えたのでは。

ところが不思議なことに、またふとした時から突然、
花びらが花びらのままにしか見えなくなった。

それは残念。何千とシャッターを押したそうだ。彼に見
えた「像」が、ボクにも見えたのに。海外の写真家でド
ラッグを使用する人が言ってたけど、ハイになった時に
しか見えない写真がある。シラフに戻ってもその像は理
解できるから作品として発表している。

でもシラフではその像は見えないとか。Juiさんはドラッ
グを使っていないのに、感覚がハイになったか、覚醒し
たのかもしれないなぁ。



あらためて作品を見る。余裕で見れるし、正視に耐えれ
ないって思った気持ちが可笑しく思えたり、懐かしく思
えたり。Juiさんに「像」が見える日がくればいいなと思
いながら、ギャラリーを後にする。

Place Mから写真集が2012年に出ている。

U-17 World Cup 日本代表・決勝進出

2013-10-22 | その他
ぜんぜんノーマークだったんやけど、 17歳以下のサッ
カー日本代表が、強豪を連破して、最終戦をまたずし
て決勝進出を決めたそうだ。パチパチ。しかも、これ
が面白いサッカーをやってそうなんだ。



初戦は欧州チャンピオンのロシア戦。ダイジェストし
見てなかったから、強烈なミドルシュートを決めて
凄いなぁ位だった。

それがサッカージャーナリスト小澤 一郎さんが現地か
ら送ってくる記事
を読んで、これはおやって思う;

ボール支配率62%の数字を叩き出したポゼッション、
パスワークは「圧巻」の一言。試合後には他国の記者か
ら「日本のサッカーはサプライズかつセンセーショナル
だった」という称賛の言葉をかけられる。

久しぶりに聞くでしょ、日本のサッカーへの褒め言葉。
記者同士のヨイショも入ってるかもってちょっと思って
いたら、第2戦、南米2位のベネゼエラを3-1で勝っ
決勝トーナメントへ。U-17W杯初出場とはいえ、ブラ
ジル、ウルグアイを押しのけた2位のチーム。

試合後の会見でベネズエラのラファエル・ドゥダメル監督が

こんなチームは初めて。代表監督として1年半指揮をとって
いるが、これほどの素晴らしいサッカーには出会ったことが
ない。偉大なチームであることを認めなければいけない。

すごいなぁ、日本代表。相手をこう褒める言葉を敗戦後語るベネズ
エラ監督もたいしたものかも。日本が初戦のロシア戦から先発8人
を入れ替えたことも知る。すごい。同ベネズエラ監督は続けて;

4人、6人、8人という数の選手を入れ替えることができる
ということは、チームとしてのダイナミズムやフィロソフィー
が一貫している証拠。そうした仕事は賞賛に値する。

これこれ。毎回選手を固定しているA代表に聞かせたい。新しい戦術、
相手を驚かせ、賞賛させる戦術なくして、トーナメントは勝ち上がれ
まい。

「チームの戦術が共有できているから誰が出ても変わらない」と言い
放つ吉武博文監督は何者?

1対1が弱いということをストロングポイントにしたい

15~17歳の世代で日本のサッカーを決めてしまおう

サッカーはフィジカルゲームではない、芸術だ




面白い考え、哲学がぽんぽんでてくる。教師になり、大分市内の中学に
移って監督1年目で全国優勝し、吉武の名は全国に知れ渡る。後にJリー
グで活躍する永井秀樹や三浦淳宏も指導。

なのにプラハにある日本人学校に赴任する。といってもサッカーがらみ
ではなく、教師としてかねてから希望していた海外勤務だっていうのだ
から面白い。1992年のこと、とかとか、詳しくはこちらの記事

試合がみたいねぇ。フジはCSで中継している。地上波は録画みたいだ。
どこか決勝トーナメントを地上波で放送してくれへんかな。