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やまねこマッサージ

ねがうこと、ゆだねること

沖縄・普天間で40年続く「A Sign Bar」写真展

2015-04-19 | photo
新宿コニカミノルタプラザの続き。 Gallery Aでは
沖縄・普天間で40年以上に渡り、営業を続けるバ
ーを撮ったサクガワ サトル さんの写真展「A Sign
Bar」も開催されていた。

本土復帰前の沖縄において飲食店を営業するには米
軍の許可が必要だったそうで、営業許可書のことを
A Singと呼ぶ。

A Singを掲げたお店の一つ、「バー シンディー」に
沖縄のサクガワ サトル さんは惹かれ数年通いながら
撮影を続けている。

女店主はいまも現役。元気そうにカウンターで仕事を
する写真が印象的。



若い兵士達から母のように慕われたそうで、戦場に行く
前に1ドル札にメッセージを書き、必ず生きて帰ってく
るという想いを込めて、壁や天井にその1ドル札を貼り、
戦地へと旅立って行ったそうだ。



日本からというか沖縄からみた基地のことがクローズ
アップされるけど、そこには若い米軍の兵士が訓練し、
生活し、戦地に旅立っていっていることを思い起こさ
せる。



いまでは米兵はもとより、地元客で賑わっているそう
だ。戦場に行かない日本人も記念に1ドル札をお店に
貼っていくとか。

貼られた紙幣の一枚一枚に多くの物語が透けて感じら
れる。写真はサクガワ サトル さんのFBから。

木村伊兵衛写真賞・石川竜一写真展

2015-04-17 | photo
新宿コニカミノルタプラザでで開催の木村伊兵衛写真賞
受賞展の続き。ダブル受賞のもう一つは石川竜一さんの
「絶景のポリフォニー」 「okinawan portraits 2010-20
12」でともに赤々舎。

川島小鳥さんの写真集『明星』が台湾でありファンダ
ジーだし帯が谷川俊太郎さん。それに対して、沖縄に
生まれ育った石川竜一さんが沖縄の人達を撮る。



沖縄のリアルを通して普遍的なものを撮り、推薦のメ
ッセージ森山大道さんとなる;

一瞬、オレは石川竜一に嫉妬した



米軍基地のことだけを撮ったわけではないし、基地そ
のものを撮った写真はあまりないけど、基地の影響が
多い写真が多い気がする。

理性を盾にした思想は、巨大な生命体としての
社会を管理するべく、生き型なんてものをつく
りだす。生き方なんてものは、命に責任をもつ
こと以外にあるわけがない。真の理性は操作す
るものではなく、赦し、導くものだ。命は、生
きること以外に意味をもたない。
     「絶景のポリフォニー」より

沖縄の自然を撮ると基地から離れることも可能だけど
(それでも本当には離れられないが)人を撮るという
ことは、社会を撮るということだと言われている気が
する。



江戸幕府がアメリカ人を始めとした異国の人達を横浜
という辺境に隔離したように、戦後日本政府はアメリ
カ軍を沖縄に隔離して対峙しているかの様に思える。



写真は赤々舎のサイトから。


木村伊兵衛写真賞・川島小鳥写真展 「明星」

2015-04-16 | photo
40回目となる木村伊兵衛写真賞は、ダブル受賞で
川島小鳥さん写真集『明星』(ナナロク社)、
石川竜一さん写真集『絶景のポリフォニー』・
『okinawan portraits 2010-2012』(赤々舎)

受賞作品展が新宿コニカミノルタプラザで開催
されてるんだけど、GALLERY Aを半分づつにわ
けて展示されててちょっと手狭。

ダブル受賞だからといっても他のGALLERY B
やCは予定が決まってるから、こうやって展示
するんやね。4/20まで。



川島小鳥さんの『明星』の感想から書くと、前
作『未来ちゃん』の後、台湾の「生き生きとし
た若者たちにひかれて」台湾通いが始まったそ
うだ。

どこかファンタジーもある、楽しい星
『明星』だと思った。

それが3年になり、ときには台湾に住んで撮っ
た写真。ボクも数多く台湾には行ったので、懐
かしい感じと、未知のものに触れる感じが相混
ざるけど、とても楽しい気持ちになる。

沖縄より南に位置する台湾の南国の明るい日差
しや原色に近い色を、川島さん独特の色に変換
しながら表現していく。色合いと構図の妙。

そして何より、写ってる人達がいい。かわいい
若者、のんびりしたおっさん、などなど・・




ナナロク社は去年の森栄喜さん写真集『intimacy』
に続き2年連続の木村伊兵衛写真賞。さぞわき
たってることやろう。

とても凝った装丁、というか見たことのない装丁。
タテ置きの写真とヨコ置きの写真が交互に綴じら
られている。

前作『未来ちゃん』が11万部と成功したからなせる
わざかw



帯は谷川俊太郎さんの推薦詩。ナナロク社は谷川
さんの詩を多く扱っているけど、『おやすみ神た
ち』で川島小鳥さんと共著の仲。

眼が見せてくれた表情の奥へ
ココロは入って行く そして
かすかな哀しみを発見する
あまりにかすかかなので それは
遠い水平線のようだ

エルスケン 「セーヌ左岸の恋」展

2015-04-15 | photo
オランダの写真家エド・ヴァン・デル・エルスケン
(1925-90)によって1956年に発表された処女写真集
『セーヌ左岸の恋』から本人の手によってプリントさ
れた作品が六本木タカ・イシイギャラリーで展示中。

タカ・イシイギャラリー記述を借りると;

荒んだ生活を送る若者たちがセーヌ左岸のサン・ジェル
マン・デ・プレにたむろしていました。さまざまな国の
若いボヘミアンの一群に加わり寝食をともにしながら、
虚無的で奔放な実存主義の青春像に強く魅了された。



歴史的名作とも言われる写真集だけど、「ドキュ・ド
ラマ」の手法と呼ばれる、現実をドキュメントしなが
ら虚構の物語を編み出す、あたかも一本の映画を観て
いるような感覚を与えたそうで、写真集は瞬く間に完
売したそうだ。

細江英公、篠山紀信、荒木経惟など、日本の写真家に
も大きな影響を与えています、とタカ・イシイギャラ
リーの説明は続くけど、「ドキュ・ドラマ」の様な虚
構性は主流とはならなかったのかもしれない。



でも、当時の緊密な息遣いがこれほど伝わってくる写
真集も珍しい。懐かしさというよりは、生々しい実感
とでも言うべきだろうか。



ギャラリーでは1970-80年代に、エルスケンが自ら焼
いた15作品が展示されている。写真集とほぼ同じ大き
さ。一度見ると忘れられない写真と初対面する。

20歳代に撮った写真をしばらくたって(約20年ぶり?)
焼いている彼はどんな気持ちだったのだろう。

展示されている写真は見つけるのが大変だったので、
このサイトで写真集から選んだもの。

井上孝治・第一写真集『思い出 の街』

2015-04-03 | photo
昨日書いた、井上孝治さんの最初の写真集『思い出
の街』(河出書房新社 1988)は1955年(彼が36歳)
から3年間のストリート写真。

なにもかも変わったと思う。着るもの、髪型、顔形。
建物、車。土だらけの地面。木村伊兵衛さんを「心
の師」と仰いでいたとは、乗り移った様だ。



写真を撮る人へのまなざし・・今ではなんで写真撮
るんだというご時世で、カメラを向けることさえは
ばかれる。

撮影後の約30年後、博多の百貨店「岩田屋」のキャ
ンペーンで、昭和30年代の写真を探していた。提案
したのは中畑貴志さん。



たまたま息子さんの一(はじめ)さんによって「発
見」されて新聞、テレビ、ポスターに採用。開始直
後から大反響だったそうだ。1989年、年号が昭和か
ら平成にかわった年。

写真展も開催する運びとなり、井上孝治さんは地元
の新聞やテレビで相次ぎ取り上げられ「一躍時の人
」になっていたそうだ。そして本写真集出版に。



昨日書いた黒岩比佐子さんが詳細な年譜を担当。こ
の時は10年後、取材を再開して評伝にまとめるとは、
誰も知る由もない。そして黒岩さんも井上孝治さん
も鬼籍に入られた。合掌。



孝治さんは一さんがプロの写真家になったことをとて
も喜び、誇りに思ってらした。スタジオを博多に構え
商業写真家として成功されているそうだ。

一さんはお父さんの写真美術館「井上孝治写真館」
設立。糸島郡志摩町といって博多から北のはずれ、玄
界灘に面する丘の上にあるそうだ。



完全予約制。設計は柿沼守利さん、故白井晟一さんに
師事した方。行ってみたいなぁ。

故黒岩比佐子『ろうあの天才写真家・井上孝治の生涯』

2015-04-02 | photo
故黒岩比佐子さん(1958 - 2010)の『音のない記憶~ ろうあ
の天才写真家井上孝治の生涯』(文藝春秋 1999)を読む。
一気に読了。

故井上孝治さん(1919-93)の写真がいいなぁと思っていたら、
評伝があるというので辿り着く。

黒岩さんのことも、彼女の著作物もそして、すい臓がんのた
め52歳で亡くなられたことも、なにも知らなかった。



本書は彼女のデビュー作品。彼女のブログが残されていて
(ご遺族が補足されている)、出版のあてもないのに、何
十人もの取材をすすめ、アメリカにも行き、100冊は優に
こえる関連書籍を読みあさり、完成させたそうだ。

夢中で取材をして、お会いした人も何十人にもなり、
できあがった本を150冊ほど買って各地へお送りし
たので、本が出ても赤字だった。

それでも、あの本は素晴らしい出会いを運んできて
くれた。こうして今、私が曲がりなりにも書く仕事
を続けていられるのも、あの本が存在するからだと
いえるだろう。


黒岩さんがが語り部ともなって、写真のこと、ろうあのこと、
創造のこと、家族のこと、仲間のことに疑問をぶつけ、わから
ないこと、解消できたこと、推測のことを書くスタイルなので、
彼女の口調で(実際の声はしらないけれど)読み進める。

きっと本書でそのスタイルを確立しはったのだろう、いくつもの
本の出版をその後すすめ、2004年『「食道楽」の人 村井弦斎』で
サントリー学芸賞受賞。2008年『編集者 国木田独歩の時代』で角
川財団学芸賞を受賞してはる。



井上孝治さんは、3歳の時に事故で聴力を失い、言葉が発
せられなくなる。しかし、若い頃からアマチュア写真家と
して数々の写真コンテストで受賞する。

一方ろうあ者の地位向上に尽力。世話好きだったこともあ
り、福岡県ろうあ福祉協会の初代会長(1959)に選ばれる。

写真家とろうあ運動を結びつける「理想的な形」として、
全日本ろうあ写真連盟の設立にも奔走し、やはり初代会長
(1973)。



60歳代には「撮りたい被写体が少なくなった」と撮影回数
がめっきり減る。ところが晩年、思いがけない形で、昭和
30年前後に撮影した写真が大きな話題を呼ぶ。

1989年に写真集が刊行され、福岡・沖縄・東京で写真展が
何度も開催され、1993年には「アルル国際写真フェスティ
バル」の招待作家に選ばれる。

アルル市長からアルル名誉市民章が贈られ、フランスの
写真評論家に、井上さんは“日本のカルティエ=ブレッソ
ン”だと絶賛される。



井上孝治さんの人となりが目に浮かぶ。「好奇心が旺盛で、
何でも前向きに取組む性格」。戦後友人づきあいをしたア
メリカ人は

最初出会った時は聴こえないんだなと思ったくらいで、
その後は一切そんなことは思い出しもしなかった。

自分にすごく自信があったし、自分ができることについ
ても自信を持っていた。差別があったのかもしれないが、
彼はそんなことに負ける人間ではなかった。



戦前戦後のプロやアマチュア写真家の動向にも発見がたくさん
ある。

大正末期から昭和初期に「アマチュア写真家の時代」を迎えた
そうで、カメラ雑誌も続々創刊されたとか。戦中にはカメラ撮
影が制限・統制されていった話。フィルムや現像液も配給制に
なってコントロールされたんだね。

戦後1947年以降になると、写真クラブやコンテストも次々復活
し、戦前をしのぐほどの盛況となったとか。たくましい。

エバレット・ブラウン湿板光画展 in 三溪園

2015-03-06 | photo
エバレット・ブラウンさんは湿板写真展を精力的に
開いている。去年見に行った限りだけど「日本の面
影展」
、「「壱分ノ壱展」とあって、今年は横浜三
溪園




彼が湿板写真という江戸末期の撮影方法で撮りたい
日本がきっとたくさんあるんだろうけど、この撮影
は時間がかかるから、epa通信社日本支局長を辞め
はったことが撮影に拍車がかかってる気がする。

撮影して、その場で現像。1時間は優にかかるので
は。三渓園を撮りはったものを、三渓園で展示して
いるから臨場感が高い。10数点。



写真を確認しに、現場に行くことが可能だから。と
いっても入れないところも多いw 三渓園内を自由に
撮ってよかったそうだ。

いつの時代なんだろう。三渓園が作られ、建物が移
築されたのは明治期だけど、江戸より昔からの建物
もある。そんな古い建物を古い撮影法で撮る。

時間の感覚が不思議になる。写真はある意味永遠の
記録だ。人も建物も有限なのに、無限のような錯覚
になる。写真には人が写されてないからなおさらだ。



三渓園内は梅の季節。まだまだ咲いていない木も多
い。スタッフに伺うと、奥のエリアが見頃とのこと。

エバレットさんの写真はこの冬撮ったものが多いそう
だ。違う季節の三渓園を次回見てみたい。3/9まで。
写真はこちらから。

PHOTOGRAPHER HAL 写真展「?」

2015-02-27 | photo
HAL さんの写真展「?」が中野・冬青ギャラリー
2/28まで開催されていた。これまで発表してきたス
タイル=カップルの愛のパワーを真空パックで表現
すること、とはまったく別の表現に驚く。

白黒、人物不在(もしくは小さく背景)、そしてあ
りきたりのテーマ設定も避けてるように思える。狙
った感はない。彼の日常なんだけど、場所は日本に
限らない。

被写体は目に入って来た?なものである。
この情報過多の世の中で自分なりのもの
の見方を提示しようと思う。


写真のイメージもたぶんあえて露出されていない。案
内カードも「?」だし。。と思ったら冬青ギャラリー
のtwitter
に数枚載っていた・・のでピックアップする。



台湾のバー。店内なのにグラスに水滴が付着。しかも
薄い水の皮膜跡もある。湿度の高さに?だったそうだ。



オランダの下着のショーウインドウ。紐で縛ってあるの
かと思ったらこれが下着。日本では映りこむマネキンは
NGだそうだ。



表現者が新しいスタイルに転換することはとても難
しい。そもそも一つのスタイルを確立することが、
難しい。

ハルさんはこれまでのカップル愛のスタイルは継続
するそうで、この新たなスタイルがどうなっていく
のかとても楽しみ。



新宿歌舞伎町。遠くの窓、上階だけ明かりがついて
数人で盛り上がっている。

須田一政 写真展「釜ヶ崎」

2015-02-26 | photo
須田一政さんの写真展「釜ヶ崎」が六本木のZen Foto
Gallery
で開催中。2/28まで。釜ヶ崎といってもピンと
来なかったけど、あいりん地区のことだとわかる。

大阪天王寺近くで、路上生活をおくる日雇い労働者が
多く集まる場所。周辺には暴力団事務所も多いと言わ
れる。

行ったことがあるけど、完全アウェイ。昼間だったか
らか、怖くはなかったけど、安全な感じというか、ゆ
っくり歩いてはいけないという感じを勝手に受けた。



Zen Foto Galleryの店主マーク・ピアソンさんが須田
一政さんに、 釜ヶ崎の撮影を頼んだそうだ。

須田さんの作品は、関東で撮られたものばかり
でした。須田さん独自の視点で撮られた、古い
大阪が残るドヤ街・釜ヶ崎の写真が見たかった。


去年の6月1週間で撮影が行われたそうだ。2000年にも
釜ヶ崎は撮影したそうで、その時の写真と去年撮られ
た写真が展示されている。



その中に美しい女性が写っている写真が2枚混ざってて
違和感を感じる。案内カードの女性も実は同じ女性と教
わるから、3枚か。



それは住人たちの視線が異様に強く、撮ることが非常に難
しかったので、モデルをたてることで、彼らを撮るのでは
ないと認識させ「直接的な視線をずらす」ことにしたとか。

そういう作戦なら展示しない、とならないところが須田さ
んの面白いところ;

モデルさんをセッティングとしたことは、直接
的には思いつきなんだけれども、その思いつき
も含め、結果として、想像しているものができ
るかな、と。




彼は撮りたいものを探している。その表現のためなら、住
人でないモデルが登場することも受け入れていく。ドキュ
メンタリーを撮る気はさらさらないのだし。

どこか昔風の街が好きなんですが、そういうエ
リアを歩いていると、昔読んだ本とか、映画と
かのイメージが、現実の風景に重なってくるよ
うな現象が顕著になっていて。

セットや舞台を作って撮影するのではなく、今の町のなかに
須田さんは撮りたいイメージを探し続けてはる。インタビュ
ーのこちらを参考にさせていただく。

ワタリウム美術館 「石川直樹+奈良美智展 」

2015-02-22 | photo
写真家・石川直樹さんと美術家の奈良美智さんが二人旅を昨年
したそうだ。アイヌゆかりの土地を辿ろうと、6月、7月、8月と
3回にわたり青森・北海道・サハリンへ行く。

きっかけが思い出せないので、旅のゴールも曖昧なまま、
気が付けば、石川くんと北へ北へと移動していた。
                     奈良美智

石川さんの写真は想像通りだけど、奈良さんも写真で、絵や
スケッチがないので写真展みたいになったのがちょっと残念。

でも、奈良さんの写真が絵の彷彿させるようなものだったの
がおもしろかった。


奈良美智「 ニヴフの子 おかっぱ 」


奈良美智「オクダさん」

また展示の仕方もちょっと独特で、石川さんによれば

奈良さんの展示方法は独特で、あたかも日本庭園を造る
ように作品を置いていく。最初に壁の構成や写真の順番
を決めるのではなく、目立つ作品を一つ配置して、そこ
から世界を繋げるように、広げるように、壁に写真をか
けていく。真似しようにも真似できないやり方。

きっと奈良さんが絵を展示する時と同じ方法だと思う。写真
だったけど、彼の見方や配置の仕方が透けて見えてくる。

アイヌの人達とも時間を共にしていて、狩りの仕方や道具の作
り方など印象深い。


石川直樹

サハリンは日本語も英語も通じないロシア語圏。遊牧的な生活も
残っているけど、人口が急速に減っていて、荒れ果てた大地や閉
鎖された工場群にちょっと驚いた。


石川直樹「サハリン島」

図録風のタブロイド新聞が金沢のギャラリーSLANTから発刊され
ていて、なかなかいい。500円。



この企画展は5/10までと、まだまだ先までやっている。