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まほろ界隈逍遥生々流転日乗記

豊田市美術館を慈しむ

2014年09月02日 | 建築
 八月の終わりに、名古屋郊外の豊田市美術館を初めて訪れた。

 地下鉄鶴舞線赤池駅を下車したところで、その日の案内役のMが先に待っていてくれて、車でR153を現地へとむかう。美術館一帯へつながっていく道路の両側には、おそらく1995年の美術館開館と同時に植栽されて大きく箒状に枝を拡げた欅並木の緑陰がゆるやかな曲線を描いて続く。美術館を含む展望の良い公園敷地一帯は、江戸時代中期に築城された「七州城」跡地ということで、駐車場から見上げた高台先には隅櫓が復元されていた。この隅櫓、真新しい白壁の印象もあり、美術館整備と同時かごく最近の復元かと思っていたら、よくよく調べてみると移築された書院「又日亭」とともに美術館建設に先立って1977年に整備されたものという。ということは美術館を含む全体のランドスケープ計画は、先行するこれらの建物との調和を意識しながら行われたことになる。

 その隅櫓を左手に見ながら、美術館の両側が常緑の植栽に切り取られたアプローチへと勾配を進んでいく。ここからはまだ、美術館の姿は望むことができなくて、さらに登り切った期待感の先に見上げていくと左手コンクリート壁に階段があり、上ると建物二階レベルにつながっているようだ(レストランへ直行できる)。正面視線の向こうに突然、という感じで淡い緑色のスレート(石板)と乳白色の擦りガラスで覆われた美術館が端正な姿を現してくる。谷口吉生が50代の時に設計した建築との初の対面。
 一階入口前の広場には、円形の池があってその右手にコンクリート製の列柱からなる立方体(これもアート作品)が置かれていた。正面入口を入るとすぐ左手に受付があって、にこやかに案内女性が迎えてくれる。三階までの吹き抜けの天上から釣り下がった四角い柱状のメディアアート作品が絶え間なくメッセージを点滅させている。壁一面には黒地に白抜きの文字列が、手回しストリートオルガンの譜面板のようだ。さきに外側から見えた乳白色の擦りガラスを通して室内に差し込んでくる陽光がやわらかな効果を生み出していて心地よい。
 平面図を参照すると長矩形の美術館の中に、広さと高さの異なった独立した11のホワイトキューブ状の展示室がおさまっている。訪れたときには「ジャン・フォートリエ展」(まったくの初見)が1、2階のスペースを使って開かれていた。戦前初期の具象から大戦をはさんでの抽象画への変遷が展示室が変わるごとに効果的に構成されていた。二階フロアには、パティオを隔てた別棟の漆工芸作家「高橋節郎館」がある。本展を見終えたところでパティオに臨むミュージアムレストランで昼食。最も奥まった席からは、全面ガラスを通して東方向に豊田市街の中心部が望める。カブトカニのような巨大なスタジアムは、名古屋出身の黒川紀章設計なんだそう。

 食事を終えてテラスに歩み出てると、眼前の正面西方向に連続して並ぶ10個の連続した薄緑の石板の長矩形(パーゴラ)越しに浅い水深の人工池(一階入口前の円形池と相似形)が拡がり、その中央には低く噴水が円形に吹き上げられていて、水面が風に揺られて絶えず水紋様を淡くたてているのが見える。天空の青を水面に映して周りには緑の木々のざわめき、周辺環境と一体化した造形の美しさに息を吞む。この情景は、夕刻になって美術館内部の照明が外壁の擦りガラスを通してまるで行燈のように浮かび上がり、人工池の水面の反射して照りかえった時に、さらに美しさを増すのだろうと思われる。モダンでありながら上品な和風の雰囲気を漂わせ。建築を含むランドスケープの織りなす優れた環境ということはこういうことなのかと感じ入る。

 Mに促がされて人工池のうねった曲線にそって歩き、美術館を人工池越しに眺めながら、童子苑と命名された庭園に向かう。木造数寄屋造りの二つの茶室(あとで確認したらこれも谷口吉生設計とのこと。このひとの和風建築は珍しく、本人によると“写し”の手法とのこと)。庭先の水琴窟の音色を聴き、露地の飛び石を腰掛待合まで進んでみてしばし佇むうちに自然と安らぎを感じた。「市中の山居」とはこの感覚なのだろうか。そこからモミジの植栽越しに見える「一歩亭」の秋風景を想像して、その時期にここまた訪れることができたらいいなあと思う。
 ふたりで立礼席のお茶をいただき、庭園をでるとふたたび人工池越しの美術館の姿が望める。日日是好日、気持ちが肯定的になって五感が研ぎ澄まされて遠くへ飛んでいけそうな気がした。ここで、Mはいつも何を想っているんだろう?この日は帰りの高速バスの時間までもう時間が残されていなくて、後ろ髪をひかれる思いでその場を後にすることにして、豊田インターまで車を走らせてもらう。
 いつか必ずまた機会を作って、ここをふたたび訪れようと思う。今度は、夕暮れまで美術館の内部の灯りが水面に映って浮かび上がっていく情景をゆっくりと慈しんで眺めていたい。