
本日は、田中先生の教会にてメッセージをさせていただける恵を感謝いたします。今日のメッセージは「嬉しいな!」というお話です。「嬉しいな!」とは、クリスチャンとしてどのように生活して行くことなのでしょうか。

主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。(ピリピ4:4)
パウロは「いつも喜んでいなさい!」と断言しています。ここで大事なのは、主にあって、喜んでいなさい!と言っている事です。主にあって喜ぶとは、イエス様に従って喜ぶと言うことです。一般の人々の喜びとはなんでしょうか?自分さえよければ、家族さえよければ幸せ。自分に、家族にお金があったら、おいしいものを食べたら幸せ!自分中心の一時的な幸せ、喜びです。しかし、これらは本当の喜びとは言えません。今日本では学生対象に5人集めると5万円で韓国旅行へ行ける!と言うツアーがあったり、一般の方には3泊4日の9800円韓国旅行パックがあるそうです。旅行を安くいけるのはとても嬉しいことです、またそこでの観光の思いでも、美味しいお料理も楽しい思い出となることでしょう。しかし、それらの思い出もやはり、一時的な喜び、楽しみなのです。
さて、クリスチャンにとっての喜びとは何ですか?勿論!クリスチャンも旅行が楽しいですし、美味しいものを食べるのも喜びです。しかし、最も嬉しい喜びは、イエス様を伝える伝道、神様からの大宣教命令を守ることです。

だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。(マタイ28:19)
伝道は牧師だけのものではありません。皆さんそれぞれに神様が語られていることです。教会の外を一歩でたら、伝道が始まるのです。福音を語ることだけが伝道ではありません。その人の態度、笑顔がキリストの香りを漂わせるのです。様々なサークル活動などでも伝道のチャンスはあります!クリスチャンの喜びは、伝道する喜びです。伝道する喜びと言うけれど、日本人はほとんどがノンクリスチャンですね。ある靴の会社があるところで靴のビジネスをしようと思いました。二人のセールスマンが視察に行ってみると、一人は、「あそこでのビジネスは難しいですよ。誰も靴を履いていません。」と言うと、もう一人は言いました。「あそこはすごいビジネスになります!誰も靴を履いていません」と言ったのです。後者の積極的なセールスマンは、靴を誰も履いていないので、チャンスがいくらでもある!と思ったのです。
クリスチャンがとても少ない日本。私たちが一歩外に出れば、ノンクリスチャンに会うのです。伝道のチャンスがいくらでもあるのです。靴のビジネスにしても、日本人伝道にしても、前向き肯定的になることですが、何も思い煩わず、前向き肯定的になるには、「今、自分が何を見ているのか」と言うことが大切になってきます。今から一時間先、明日のこと、一年先、5年先、10年先…。実は私たちが見なくてはならないのは、死んだ後の事なのです。死んだ後のことが私たちの人生において一番のポイントなのです。
私はクリスチャンになる前まで、誰にも言えない苦しみがありました。それは、死に対する恐怖です。8歳のときに読んだ図鑑に、45億年後に地球はなくなると書いてありました。それからというもの、地球がなくなる、いなくなるという死に対する恐怖がずっと続きました。月に一度、ふっと目が覚めては恐怖に襲われ、布団から出て家中を歩き回ります。結婚してからもその恐怖は続きました。誰でも新婚の頃は楽しいものですよね。起きているときはとても幸せなのに、ふと目が覚めると恐れが来ます。自分でこの問題の解決方法を探し、“年をとったらボケるんだから、そうしたら怖くないんだ!このことはまだ先のことだ、今考えるのはやめよう”などと自分なりの解決策を考えてしのぎました。こんな生活が8歳から48歳、教会へ通うようになるまでの40年間続いたのです。ある時、雑誌に日本語で礼拝があるという記事を読み、私は教会へ行くようになりました。何度か通っていると、その日のメッセージに、こんな聖書の御言葉があったのです。

神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が独りも滅びないで、永遠の命を得るためである。(ヨハネ3:16)
この御言葉を聴いた瞬間「僕が探していたものはこれなんだ!これしかない!これにすがるしかない!」と思いました。イエス様を信じて、自分が一番だと思って生きてきた私の罪を悔い改め、私を造ってくださった神様に従っていこうと決意しました。今まで死に対する恐怖を持っていてそれを訳の分からない自己流の解決でごまかしていた生活が終わったのです。そうしたら、「嬉しいなぁ~」が沸いてきました。死は通過点です。死んだ後の世界があり、天国は素晴らしいところなのです。その天国が死後に待っているとなったら「嬉しいな~」ではありませんか?子供たちは遠足の前日は嬉しくて、嬉しくて眠れませんね。それは、自分たちがそこへ行ったら楽しいと分かっているからです。天国へいける!死んだら終わりでなく、その先に素晴らしいところがある!これはものすごい喜びなのです。この喜びが神様の証です。
人生いろいろな困難があります。クリスチャンになっても問題はあるのです。しかし、問題はあっても神様にある希望があるのがクリスチャンです。6月にリビングライフ(QTガイドブック)に「心配の終わりは、信仰の始まり。心配の始まりは、信仰の終わりだ」とありました。私たちがいくら心配をしても自分ではどうにもならないけれど、私たちを造られた神様が解決してくださると信じれば、心配しなくていいのです。私達はイエス様を主としました。家族の問題、子供の問題、友達との問題、すべての問題を神様が解決してくださいます。子供は親と一緒にいると安心しますね。子供はお母さんがお財布にお金があるから安心しているわけではありません。主なる神様も私たちと一緒にいてくださいます。だから、何の心配も要らないのです。主なる神様が言われます。「いつも喜んでいなさい!」 私達は「はい!」と言って、喜ぶのです。聖書にはこうあります。

主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。(使徒16:31)
日本人はクリスチャンが確かに少ないけれど、家族がイエス様を信じたらどんどん増えますよね。家族の救いはとても大切ですよ。私の家族、妻、息子2人、それぞれの伴侶、すべてクリスチャンです。2人の孫もクリスチャンになると信じています。家族へ伝道するには自分がどうしてクリスチャンになったのかをきちんと話せることが大切です。妻の母がクリスチャンになったときは、“聖書的脅し”で救われました。妻は母に言いました。「お母さん、死んだらお母さんと私は違うところへ行くのよ。私は天国行きの切符をもう持っているけれど、お母さんはまだ持っていないでしょう。」とお母さんをイエス様を信じる信仰によって天国へいけることを伝え、義母は信じたのです。
また、私の両親は私が日本へ行くたびに「イエス様の話をいつもするんだから!」といつも敬遠していたのですが、あるとき、私の話を待っていたかのように二人とも信仰告白をしクリスチャンになりました。聖書の御言葉をそのまま信じることによって、希望と喜びがやってきます。私たちの終わりのときは、天国の入り口です。イエス様が私たちの罪のために十字架にかかられて死んでくださり、三日目に復活されました。これを信じることで、私達は天国へいけるのです。これは素晴らしいことなのですから、私たちの生活の中から、否定的な言葉をなくしましょう。それは大変だ!はそれはやりがいがありますね!と変えるのです。どんな状況におかれても、前向き肯定的に生きて行く!これがクリスチャンです。
私の父は90歳です。富士通で最初のコンピューター(プロジェクトX)を作ったスタッフの一人でした。富士通の同窓会では一番高齢のひとが乾杯の音頭を頼まれるそうですが、その日は父が頼まれました。父は言いました。「皆さん!イエスキリストを信じると天国へ行けます。皆さんもイエスキリストを信じて天国へ行きましょう!」父は、イエス様を信じてとても前向き肯定的な人生に変えられました。皆さんも是非、イエス様を信じて、信頼して、前向き肯定的な人生を歩んでください

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