盆踊りのやぐらのように見えますが、ここは佐久奈度神社境内。
琵琶湖から流れ出す瀬田川ほとりにあります。
7月31日は『御手洗祭』が朝9時半から行なわれます。
旧暦にあわせた大祓のお祭で、由緒のうえから最も重要な祭であり、
前半年の罪穢れを祓い清らかな心身で夏を越すことを祈るとされています。
今この記事をエントリーするために使用している家のPC、
ノートですがマウスが海の日に壊れてとても不便です。
店のPCでは、22日ごろなぜかエクセルの表計算の数式が突然ダメになりました。
いろいろ災い重なるもんです。
文章だって句読点あるし、ここで「、」「。」の区切りをつけてリスタートしようと思い立ち、お参りに行くことにしました。
朝から行くつもりがワケあり午後1時過ぎてしまいました。
鳥居をくぐり坂を上がると境内は広場のような開かれた感じ。
すでに午前中で神事は終了していて、誰も人はおらず祭りのあとのようでした。
境内右手、せり出した欄干に茅の輪が設置されていました。
瀬田川が見えます。
昔は川辺にあったそうですが、昭和39年に現在の位置に移動したようです。
本殿前にも茅の輪がありました。
祓戸の大神を祭る総本宮『佐久奈度神社』では以下のように説明されています。
祓戸の大神は発生したケガレをハライ(外面を清め)、
ミソギ(内面の浄化)をし、
ハレ(気枯れの回復・ハレ舞台のハレ)の状態にしてヨミガエリさせるご神徳があるのです。
まさに「ヨミガェル」は「黄泉帰る」と同じで、
イザナギが黄泉の国から帰り、ミソギをしてヨミガエったように個人も社会もリフレッシュして、新たなスタートがきれるのです。
現在、祓戸の大神たちを主神に祭っている神社は、全国的にみてとても少ないのが現状です。
しかし、日本人の生活の中に今も残る「水に流す」という習慣が『ミソギをして新しく生まれ変わる』という祓いの概念が起源であることを考えれば、その意味に於いても当社の存在意義は大きく、現代人に『ミソギの思想』を伝えるべく大きな役目があるといえましょう。
祓戸大神四柱「瀬織津姫命・速秋津姫命・気吹戸主命・速佐須良姫命」
古来、伊勢神宮へお参りする前に、この佐久奈度で禊を受けたことから
忌伊勢(おいせ=伊勢詣での祓所の意)が訛り大石という地名となり、
忠臣蔵で有名な大石内蔵助の本貫地であるとか。
古代より当社に伝わる祓詞が、文武天皇の時代に勅使がつかわされ『中臣大祓詞』として増補制定。
明治時代になり、国家管理となった神社界において新たに祝詞が制定されたのが『中臣大祓詞』より抜粋された『大祓詞』。
知れば知るほど、興味しんしんでとても楽しみに出向いたのでした。
しかし神事が終わった後で、本殿横の社務所では猫がお昼寝中。
カメラを向けたら気配を察して起き上がった。
奥で大の字になってお昼寝中の神主さんはお疲れのようでピクリとも動かれなかった。
境内には相撲の土俵もありました。
ここ何年かはあまり参拝客も多くないのかもしれない。
お守りとか諸々のものが年数経過により変色していて悲しかった。