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因幡の白兎② 白兎神(はくとしん)って…

2017-01-30 | 旅・中国&四国地方


暗闇の中でうずくまる白うさぎの画像は2016年大晦日に撮影しました。
永平寺除夜の鐘参拝ツアーで団体で夕食をとった加賀の月うさぎの里の庭にいました。

月うさぎの里は2008年にも訪れてて記録残してます。
2008-01-16 上向き童子

昼に個人旅行で訪れて以来、夜団体の食事で再訪して、とても同じ場所には思えませんでしたが、このうさぎ見て思い出しました。
このうさぎが、「画像使って、いい加減はやく白兎神の記事書きなさいよ」と促されたような気がして。



因幡の白兎、続きを2回に分けて書きます。

まずは、白兎神社、見たまま。



因幡の国の白兎神社は、古事記に記された『因幡の白兎』に登場する白兎を御祭神とした神社です。
神話にちなみ、皮膚病ややけどなどに効く神社として信仰されてきました。
その白うさぎは、神話に登場する大国主と八上姫の縁結びの神様。
2010年、日本で初めてのラブストーリーの発祥地「白兎」として「恋人の聖地」に認定されました。


第一の鳥居から二の鳥居へ、参道にはうさぎの置物並んでます。







参道の石のうさぎ足元に置かれた白い石には、縁と書かれてあるようです。
急いでたので小走り状態でシャッター押しただけでちゃんと見てない。



以下はネット検索で知りえた情報です。

『結び石』 
参道のうさぎや鳥居の上にたくさん積まれた白い石は社務所内の縁起物コーナーで販売
良縁・子宝・繁盛・飛躍・健康の五つの縁を示す「縁」と書かれた白い石を白兎神社の鳥居に乗せて、願い事が叶うように祈ったり、身に付けてお守りにしたりすることができます。

『白兎起請文(きしょうもん)』
白兎の神様に二人の絆を誓い納める「愛の誓約書」白兎神社の入り口にある道の駅『神話の里白うさぎ』店内にて販売
3枚1セットの神符となっており、約束事願い事を書いて白兎神社へ1枚を奉納し恋愛成就を祈願、残り2枚は各自で保管する


『菊座石』
本殿の土台には28弁の菊の紋章が彫刻されていて、白兎神社の創建に皇室の何らかの関わりがあるのではと言われている。
創建の由緒は不詳である。かつては兎の宮、大兎大明神、白兔大明神とも呼ばれた。
戦乱で消失し、鹿野城主だった亀井茲矩により慶長年間に再興され、現在の本殿は明治時代の再建。


『淤岐嶋』
現在の島根県隠岐郡隠岐島とする説や、ほかの島(沖之島等)とする説もある
白兎海岸の沖合150メートルにある島まで点々とある岩礁を「わに」とする説をとれば、
菟が身を乾かした「身干山」、兎が体を洗った「水門」、かつて海になっていて戦前まで蒲が密生したという「不増不滅之池」が白兎神社に。


『身干山』
因幡の白兎が身を乾かした山と伝えられる丘が、鎮座地で身干山と呼ばれる。
境内には、白兎が体を洗った御身洗池がある。
御身洗池は旱天・豪雨のときでも水位の増減がないとされ「不増不減の池」とも呼ばれている。

『川下神社』
気多ケ前の神ヶ岩に鎮座した豊玉比売神を祀る。
冬の荒波のため度々災難で流されるも、ご神体はその都度岩の上に、或はカンコウ小屋にと避難されてて無事であった。



8月1日(夜宮祭)と2日(例祭)にわたって祭典が執行されていたが、現在は8月1日のみの祭典で、海上には数百の神燈を流して非常に賑やからしい。


8月1日に神職は川下神社に籠るならわしがあり、先代の宮司は、再三、竜神が海に帰られる姿を拝見されたとか。
そのほか、詳しくは→白兎神社



『うさぎが導く縁結びバスツアー』というのもヒットしました。
白兎海岸だけでなく、内陸部にも白兎神社ありました。
因幡の山間、八上の八頭町には3つの白兎神社があり、伝承が残されています。



2008-11-16 大神をおおみわと呼ぶ不思議 の記事の最後に
次は「因幡の白兎」を調べてみます。
なんて書いてました!

調べてどう思ったのか、何がわかったのか…
ワケわからんようになりつつも、時々記録を残してたので振り返ってみます。

あれから9年近くの月日が流れてます。
なでうさぎ、波うさぎ、長年不思議に思ってたことが、このたびの白兎神社参拝後に知りえたことと どうつながるのでしょう。

因幡の白兎③に続く


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鳥取のジオスポット★鳥取砂丘

2017-01-27 | 旅・中国&四国地方


鳥取砂丘の土産物屋さんの裏側にこんなわかりやすいジオスポットありました。

1/22の日曜昼に訪れた時ミゾレが降ってきて、急いで避難。
出発までまだ余裕あったのでウロウロしてて


この看板目に留まりました(^ ^)

裏側に廻ってみると




黄色みを帯びた地層が大山の噴火による火山灰の蓄積したもので、5.5万年-5.9万年前だそうです。
その上下に、鹿児島の姶良火山からの火山灰層があるとのこと。

山陰海岸ジオパークより引用
「鳥取砂丘は、中国山脈に源を持つ千代川の急流が運んできた花崗岩質の砂と、日本海の冬の波浪のコラボレーションによる自然の造形美です。美しい曲線を持つ砂丘地形では、風による砂の移動が描き出した風紋が微妙な変化を楽しませてくれます。
砂は幾重にも積み重なり、基盤の花崗岩質の岩石は地下およそ80mの深さにあり、古砂丘が厚くその上に堆積しています。大山の噴火活動で飛来した火山灰、さらに遠く九州南部鹿児島で噴火した姶良火山からの火山灰などが古砂丘を覆っています。そして、新砂丘がその上を覆い、現在の砂丘が形成されました。人々は自然の脅威の中で技術を培い、砂丘農業を生み出しました。」




播磨考古博物館でも、火山の噴火堆積物でマンモスが歩いた時代がわかると教えてもらいました。

2013-12-09 最も低い分水界★氷上回廊

2011-12-01マンモスも歩いた道★石生の水分れ★中央分水界

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鳥取の東郷湖畔はわい温泉で見た鳥と山

2017-01-27 | 旅・中国&四国地方




たぶんカモメ、お菓子を放り投げると上手にキャッチします。



東郷湖の湖底から湧き上がる温泉で、湖畔の岬の橋を渡った小島にあった温泉宿千年亭。

露天風呂も湖のすぐ横なので、鳥たちが目の前にいました。
残念ながらお風呂にカメラ持ち込めないから画像ありません。






花鳥風月疎いので、宿の仲居さんに鳥の名を尋ねたら、カモメとユリカモメだと。

見分け方違いがよくわからない。





潜水上手な鳥もいます。
かなりな距離を水中で進んで思いもよらないとこで頭出す。

カモメは何でも食べてカッパエビセンも大好きらしいけど、潜水苦手と知った。
となると潜ってたのはカイツブリ?



少し大きい白と黒の混じった水鳥も名前は不明。



こんもりお椀を伏せたような山が御冠山だと思います。







氏神さんの地車隊ご一行様ツアーは、日時集合時間と行き先と費用だけ知らされてました。
自分の行きたいとこで決めるのではなくて、親睦を図るためのお任せ旅行です。
枯れ木も山の賑わいで参加させてもらってます。

宿のはわい温泉は未だ行ったことなくて、地図で見たら去春行った三朝温泉より北、10月の鳥取地震で被災してる。
実際、千年亭の大浴場の洗い場で、水が出にくいのは地震の影響だと貼紙みました。
しかし東郷湖の湖底から沸きあがる温泉に異常はなく、いい湯でした。

その東郷湖の対岸に、湯梨浜町の伯耆国一ノ宮倭文神社があるのを確認してました。
当日バスが出発してすぐに幹事さんに、一宮めぐりしてるので行きたいなとプリントアウトした地図を見せました。

観光バスは走行コース、距離、ドライバーさんの勤務時間とか厳しく管理されてるから融通利かない。
それはわかってたけど、やっぱり、無理。
今回はご縁がなくて、倭文神社参拝は実現しなかった。

倭文神社社伝によれば、
出雲から渡った下照姫命が現在の湯梨浜町(旧羽合町)宇野に着船し、御冠山に登って現在地に鎮まったという。




最初の2枚のカモメが飛んでる画像、後ろの山の左側が馬の山で、右側に御冠山があります。

羽柴秀吉は天正9年(1582)、織田信長の命により中国攻めの軍を進めて鳥取城を陥落させました。
このときの兵糧攻めが厳しかったそうで、数年前にゆるきゃらグランプリで話題になりました。



つづいて羽衣石の南條元続を救援するため、伯耆に進出して御冠山(みかむりやま:186.3m)に布陣。
一方、毛利側の吉川元春の軍は、馬の山で対峙し背水の陣を敷いた。
双方がにらみ合うも、秀吉は元春の覚悟のほどを知り戦わずして軍を引き上げたそうです。


たまたま地車隊のおっちゃん達のセレクトで導かれた因幡国(いなばのくに)と伯耆国(ほうきのくに)。
歴史がいっぱい詰まってました。

因幡の白兎の続きはもう少し調べてから、なんか深いミステリーありそうなので。
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わずか1日で鳥取は大雪

2017-01-24 | 旅・中国&四国地方


1/24今朝のニュースです。
土日に鳥取道を通り鳥取県湯梨浜のはわい温泉行きました。



昨晩寝る前に視聴した鳥取の積雪状況。

わずか1日前、日曜昼の鳥取砂丘は




強風でラクダは外に出てなかった。
皆で記念撮影してたら突然みぞれ降ってきて大慌て。
雪でなくて残念やなと言うてました。

帰るまで雪が見れたのは、山陰から山陽へ山越える時だけだった。





旅行者として通過するだけなら、少しは雪降って欲しいもの。
でも通行止めにまでなるぐらいの大雪は勘弁して欲しい、なんて身勝手な思い。

1日ずれてたら車中閉じ込められてたかも。
無事に帰着できたことに感謝です。
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因幡の白兎①

2017-01-22 | 旅・中国&四国地方




昨日午後3時半ごろ、白兎神社にて。
鳥取県のはわい温泉目指して国道9号線走行中、トイレ休憩で立ち寄ったわずかな時間に初参拝。




大雪かと思ってたのに、いい天気。
波は高かった。


童謡・唱歌
『大黒様 だいこくさま』

大きなふくろを かたにかけ
大黒さまが 来かかると
ここにいなばの 白うさぎ
皮をむかれて あかはだか

大黒さまは あわれがり
「きれいな水に 身を洗い
がまのほわたに くるまれ」と
よくよくおしえて やりました

大黒さまの いうとおり
きれいな水に 身を洗い
がまのほわたに くるまれば
うさぎはもとの 白うさぎ

大黒さまは たれだろう
おおくにぬしの みこととて
国をひらきて 世の人を
たすけなされた 神さまよ




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日本一危ない国宝鑑賞@三徳山投入堂

2016-04-20 | 旅・中国&四国地方


4/16(土)午後2:15登山開始して下山まで約2時間。
二人以上で午後3時までに登山参拝事務所で手続きし、4:30までに戻らないといけません。
地車隊22名のうち、足腰自信あるか、好奇心旺盛なもの
わずかに7名が登山参拝してきました。


ずらずらっと画像貼り付けます。







靴底点検でダメと言われた人はわらじを購入します。






距離は700mぐらいと聞いたような、しかし最初から急坂が続きます。







お仕事柄高いとこ得意で、最初スニーカーでビニール袋手に持ってひょいひょい。


しかし途中で地下足袋に履き替えて、荷物は誰も取らへんやろうと置いていく。



やっと建物見えて着いたかと思ったら文殊堂だった。



文殊堂わきの鎖坂は一人づつ登ります。








尾根道も狭くて気が抜けません。

観音堂を過ぎて、やっと到着(^o^)/







こんな高いとこにどないして造ったんやろう
そりゃあ 投げ入れたから投入堂や (≧∇≦)



本堂の右上に見える建物はおそらく文殊堂?




ご利益あると思います。







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犬挟峠と人形峠、それぞれの伝承

2016-04-18 | 旅・中国&四国地方


中国道から米子自動車道に入り、湯原ICで降りて、国道313号線経由。
やっと昼食場所となる道の駅「犬挟」に到着したのが12時半ごろ。

地図見てて「犬挟」をなんと読むんだろうとひとしきり話題になった。
看板のふりがな見てやっと判明。



その後も、車中で何度も、なんて読むのクイズで盛り上がった。


鳥取県の関金町にあるが、岡山県に近いので岡山県真庭市と共同で営業している日本でも珍しい経営形式の道の駅だそうだ。
関金わさびが、生粋の国産わさびとして有名らしく、生わさびも販売されてた。

地車隊の旅行では出発前に旅行費用を渡しているので、行き当たりばったりの店で一人千円札が配られ自由昼食となる。
足りない場合は自分で補充し、余ればおつりは好きに使ってもいい。

ココでは蕎麦とわさびやろうと、選んだ昼食は


とろろわさび丼とざるそば、大正解だった。
850円ぐらいで、おつりはもらった^^


犬挟峠は、標高313m
国道313号線が、鳥取県中部の倉吉市関金町から岡山県真庭市へ抜ける主要道路となっています。
その犬挟峠の国道沿いに平成10(1998)年8月8日
道の駅犬挟(いぬばさり)オープン。


なんかけったいな地名にはワケがある。
この犬挟の由来は何ですかと尋ねると、プリントした紙をくださった

1)鎌倉時代に後醍醐天皇が北条方に追われて通ったことで、蒜山地方ではこの峠を「院走り峠」と呼び、「いんばしり」が「いんばさり」となり「いぬばさり」となったという説
2)4世紀ごろ、古墳時代に日本武尊が西国平定のため国境の矢筈ヶ山(やはずがせん:標高1359m、大山の北東に位置する)から「この矢のとどく限りの敵すべて従え」と言って矢を討ったところ、これが峠にささったことから「矢ばささり」となり、これが変化して「犬挟」となったという説
3)犬でも狭い道だから「犬挟」となったという説
4)狭くて急な峠で犬すら逃げる「犬ば去り」から「犬挟」となったという説


この犬挟峠は、すでに奈良時代には、因幡国の智頭と播磨国の佐用を結ぶ志戸坂峠とともに、小鴨川上流から蒜山を越えて勝山に至る道として犬挟峠が拓かれていた
後に拓かれる他の陰陽連絡路と較べても道中が平坦で、峠の標高も低いことから盛んに利用されており、備中往来と呼ばれるようになった。

ということは、狭い急な坂道で犬挟、とか犬でも逃げるという由来はおかしいね。




小中学校の時代、たしか中国山地にウラン鉱の人形峠習ったなと地図を確認した。




江戸時代になると、現在の国道179号の原型となる津山往来が整備されるようになり、田代越、人形仙越、打札越の3ルートがあった。
1912年(明治45年)に山陰本線が全通すると、山陰と山陽の往来の手段は鉄道が主流になり、これらの峠越えルートは廃れてしまった。

ところが、太平洋戦争後の1954年(昭和29)天神川本流や三徳川の上流域でウラン鉱が見つかるようになり、1955年、県道倉吉津山線の頂上付近でウラン鉱の露頭が発見された。
鉱山は「人形峠ウラン鉱」と命名され、旧来の打札越はこれ以来「人形峠」と呼ばれるようになった。
1960年代から1970年代にはウラン濃縮原型プラントも建設され採掘から精錬までの技術研究を行ったが、現在は採掘は中止されている。
ここで初めて製造した塩化ウラニルは茨城県の東海村の施設へ運ばれた。

1973年オイルショック期にはウランの取引価格は高騰のピークを迎えたが、1979年にアメリカで起きたスリーマイル島原子力発電所事故を契機に、ウランの国際的な取引価格は下落しピーク時の半分に。
この結果、経済的には国内でウランを精製するよりも、海外から輸入するほうが安価で安定していることから、人形峠でのウラン鉱の採掘は中止されることになった。
2001年にはウラン濃縮原型プラントも閉鎖。
しかし、人形峠など各地のウラン探鉱活動で生じた微量の放射性を帯びた残土は約45万立方メートル、約100万トン。
残土処理ですったもんだしたが、2008年に処理施設が完成。
搬出された残土は日本原子力研究開発機構によってレンガに加工され、2010年12月13日までに約145万個が製造され、一般向けには「人形峠製レンガ」として販売している。
レンガの放射線量は安全としており、文部科学省の新庁舎のほか、現在までに各地で花壇や歩道の整備などに使われている。




この峠に人形峠の化け物退治の伝説が残されていました。

峠にはかつて、巨大な蜘蛛がいて峠を越えようとする旅人を捕食していた。
あるとき、これを退治しようとするものがおり、藁人形の囮を峠に設置すると、大蜘蛛が囮に襲いかかった。
その隙に大蜘蛛を弓矢で射殺し見事に退治することができた。
以来、この峠を「人形峠」と呼ぶようになった。


あれあれ?
1955年
>旧来の打札越はこれ以来「人形峠」と呼ばれるようになった。

その巨大な蜘蛛の化け物退治の時代はいつなんだろう??
もしかなり昔からあるのなら、それは3つのルートのうちの人形仙越のほうかも。


このほか、人形峠環境技術センターのホームページでは異説が2つあると書かれてありました。

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阿蘇神社楼門 倒壊を知り愕然

2016-04-17 | 旅・中国&四国地方


昨日朝中国道を西へ走ってると雲の様子がいつもと違って見えました。



一定方向の筋のような雲が、勝央サービスエリアでは乱舞しながら一つの場所に収束して見えました。

午後2時過ぎにやっと三徳山に到着。
22名と幼児1名参加の地車隊ご一行さまは老若男女さまざまでした。

三徳山の投入堂参拝はたいそうきつい登山的参道とききます。
結局7名だけが登ることになり、とてもいい体験できました。
詳細レポートはまた後ほどに、

夕方宿に着いて宴席終えてから、
めねふねさんのコメントで阿蘇神社に大きな被害出てたことを知りました。

今晩帰宅して画像探してきました。




あまりにひどい倒壊ぶりに茫然自失、熊本城もさらに酷いことになっててショックです。

2011年秋 阿蘇を巡り、阿蘇神社参拝しました。
列島をはう龍神 阿蘇聖線




今日は朝方で雨が上がり、朝ごはん会場から虹が見えてました。
そのあとは想定外の上天気。
雲ひとつない青空だったのに、帰路近畿道で見た夕日と一筋の雲。


美しい夕焼けでしたが、なんとも不思議な形の雲。
まるでツチノコみたい。



阿蘇神社も熊本城もその地を護るため、率先して最前線で身を呈されたのかな。

明日から旅行記書かせてもらいます。

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緊急自動車がどんどん追い抜いてゆき

2016-04-17 | 旅・中国&四国地方


昨日朝、中国道では九州へ応援に向かう緊急自動車が多数追い抜いて行った。

当地では大変な思いされてるのに
昨日から大枝神社地車隊の親睦旅行でした。
コメントお返事遅れます。


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四国87番長尾寺の三羽雀紋と楠

2016-01-10 | 旅・中国&四国地方


もっと寺紋にズームして撮ろうと思ってたのに、お参りで忙しく撮り損ねた。
三羽の鳥、何かなと調べたら「三羽雀紋」だった。

前回の遍路では全く気付かなかった。
なんと宿坊で泊まった善通寺も同じ三羽雀紋なんだって。





『三羽雀』とはもともとは空海の家筋・佐伯氏のもの。
雀は、四国や和歌山地方では、イタクラともいう。これはイタコ(巫女)と同じように予言する小鳥(クラ)を意味し、よくさえずるところから来ている。
それゆえ、佐伯氏などは「さえ」にかけて雀紋を家紋にしている。
讃岐では三羽雀紋の寺が多いが、弘法大師を輩出した讃岐の佐伯氏の三雀にあやかったもの。





仁王門の仁王像、写真ないしちゃんと見なかった。
志度港に陸揚げされたが大きすぎて運べなかったが、仁王さん自らが歩いてここまで来たという伝説あるそうだ。

仁王門入って右に大きな楠ありました。



前日1/7には、この境内は餅持ち上げ大会で賑わっていたそうです。

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まるで冥界への道みたいだった、霧に包まれた剣山山頂

2015-04-30 | 旅・中国&四国地方
今日は春らしい とてもいい天気です。
天気予報では4/30には少し雨マークついてたのに。
1日違えば今日は剣山で青空見れてたのかなぁ。


昨日朝6時前に家を出て、7時過ぎに神戸三宮の集合場所に到着。
そこから小型バスで、13名のウォークツアー参加者とガイド2名で出発しました。
淡路島から徳島道の美馬ICで降りて、剣山のリフト乗り場・見の越に着いたのはすでに11時半ごろ。
予想以上に遠くて休憩含めて神戸から4時間もかかってます。
大阪からならさらに1時間はかかるし混んでたらもっと。
そうそう来れる所ではないなとすでに疲れてました。



リフトは片道1080円、所要時間15分。
ちょっとヒンヤリ程度で快適でした。


4/29は麓の登山口、見の越の剣神社では山開き神事が行われてました。
10時半からと書いてあったので、その山伏さんたちがお山に上がられてたのでしょう。





足の屈伸とか準備運動して、ちょうど正午に登山スタート。
ここでアプリのウォーカーを起動しました。

山頂まで900mの上り階段を登っていきます。
想定外だったので心の準備無く、ドンだけしんどかったことか。


猿田彦命を祭る枝折神社?






やっと山頂の剣山本宮の鳥居


宝蔵石神社脇の階段を上がり、山頂の三角点付近は木道が設置されています。
あたりは濃いガスにつつまれていました。





外人さんもいました。



ジロウキュウへの続く尾根道はまるで冥界へ降りる階段のように霧に包まれとても神秘的だった。

今日はここから先行ったらダメですよ、と言われなくとも足がすくんだ。


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無料で渡れる角島大橋

2014-11-14 | 旅・中国&四国地方
山口県ってJR山陰線は単線ですけど、自動車道はよくできています。
首相8名でてるというのと関係あるかな?

新山口から萩へ向かう高速道もまだ全部つながってないからということで無料でした。
しかし一般道も通行はスムーズでしたけど。

下関市豊北町神田と角島の海士ヶ瀬戸に架かる角島大橋は、
離島に架かる橋としては無料で渡れる一般道路です。

日本で2番目の長さ 1780m あります。
ちなみに関門橋は、全長 1068m で海峡の最もくびれた部分はわずか700mほど。



角島大橋は2000年11月3日に開通し、自動車のCMなどで登場する有名スポットです。
レクサス・GS450h、三菱・ギャランフォルティス、スズキ・スイフトなどのロケ地となりました。








このときはちょっと曇ってて、青い空とエメラルドグリーンの海色ではなかった。
海の色が異なる境目がはっきり確認できて、潮の流れもずいぶん違いそうです。

つつみの形をした島の西端までいくと灯台があります。


日本海側初の洋式灯台で、130年以上経った現在でも現役で毎日点灯しています。



 200円で上にあがれます。
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長門の油谷は神秘のパワーが宿る地らしい

2014-11-12 | 旅・中国&四国地方
長門湯本温泉の大谷山荘で宿泊し、二日目は無料の角島大橋を渡る、
お昼に下関でフグを食べる、船で関門海峡渡り門司への予定でした。

ネットで事前予習してたら、北長門海岸に龍宮の潮吹きを発見。
元乃隅稲成神社の鳥居もみごたえありそうで、地図では寄れそうな感じでした。

二日間同じジャンボタクシーの運転手さんが案内してくれます。
いろんな観光地よくご存知でしたが、油谷では向津具半島の楊貴妃の墓しか行ったことないとのことでした。

スマホで見たらおもしろそうなので、今後の参考のためにも行きましょうと。

向津具(むかつく)半島 そして油谷と書いて(ゆや)と読む。
なんとも不思議な地名です。

朝8時半出発。


県道のガードレールは夏みかん色、白は国道らしいです。


山陰本線は、このあたり単線です。

ジャンボタクシーは初めての観光地なのでナビで走りました。

「龍宮の潮吹き」のビュースポットに到着。


日置・油谷は神秘のパワーが宿る地という大きな看板が立ってました。







いったいどこで潮吹き見られるのと目を凝らす。

どうやら、潮吹きは冬の北風が強くて波が3mぐらいのときに起こる現象らしい。
玄武岩の入り組んだ海岸線の洞穴に波が風で押し流され、
細い縦穴を圧力でもって、龍のように30mぐらいの高さにしぶきがあがるという。







切り立った崖の上に上がってみると、








元乃隅稲成神社
もとのすみいなり 何で隅なんか調べたけれどわかりませんでした。

白狐のお告げにより、昭和30年に島根県津和野町太鼓谷稲成から分霊されたそうです。
宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)が祀られています。

123本の赤い鳥居が、龍宮の潮吹きからつながっています。
「成」は成就に由来し様々な願いが叶う らしいのに、
足場悪い所で写真撮るのに必死でお参りするの忘れてました。
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金子みすず記念館

2014-11-10 | 旅・中国&四国地方
いすにすわってごらん
耳をすませば、ほら…





たぶん、次の詩だとおもう。

もくせいのにおいが庭いっぱい。
おもての風が、ご門のとこで、はいろか、やめよか、そうだんしてた。

常設展示室は撮影禁止でした。




仙崎の金子みすず実家跡に再現された金子文英堂。
二階にみすずさんのお部屋が復元されてました。







シャッター押してもらったら
左側の「みんなちがって」が切れてて 
「みんないい」だけになってた。
残念。


海とかもめ
 海は青いとおもってた、かもめは白いと思ってた。

 だのに、今見る、この海も、かもめの翅も、ねずみ色。

 みな知ってるとおもってた、だけどもそれはうそでした。

 空は青いと知ってます、雪は白いと知ってます。

 みんな見てます、知ってます、だけどもそれも うそか知ら。

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鮑踊り焼きも印象的だった大谷山荘

2014-11-10 | 旅・中国&四国地方




長門湯本温泉の大谷山荘で宿泊しました。
この旅館は10年ほど前に、別邸音信 というワンタンク上ができてます。
門構えからして風情ありましたが、
そこを通り過ぎて隣の大谷山荘へ。
こちらも十分掃除が行き届いるし施設も立派。
何よりも料理が想像以上に美味しかった。
アワビの生きてるのを焼くから踊り焼なんですね~




食後ラウンジでフィリピンのミュージシャンのショーが良かったです。
コントラバスのおっちゃんが声量あってボーカルを凌ぐぐらいでした。
お客さんからのリクエストで何でも歌えるのもすごい。
地方のホテルのショータイムって現地の民謡とかが多いので新鮮でした。
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