質オザサ店主ブログ

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来る乙羊は「雷山小過の五爻」って?

2014-12-31 | 日々是好日
今年最後の乾杯^_^
大枝神社地車隊の忘年会でした。違うグループだとまた違った店で新鮮。明日と明後日は防犯夜周りで今年の公的仕事が終わります。皆様もくれぐれもご自愛のうえよいお年をお迎...


今年も暮れの28日に大枝神社地車隊の忘年会があり、うれしいことにてっちりでした(^^)


29、30夜は地域の防犯夜回り担当日も無事終了しました。
昨日朝には玄関にしめ飾りも飾りました。
年賀状も書けたのはいいけど、今年は2枚戻ってきました。
1枚は宛どころ見あたらず、もう一枚は宛名書いてない白紙、今後こういうことが年々増えていくのでしょうね。

すでに疲労蓄積してますので、お正月を迎える掃除はほどほどにしようと、先に、
今年もブログ訪問いただいたお礼を申し上げ今年最後の投稿します。
来年もご愛顧賜りますよう よろしくお願いいたします。




生駒山に真言律宗大本山 宝山寺があります。
戦後すぐに質屋を始めた初代から毎月一日にお参りさせてもらってて、年末に新しい暦を下さいます。

最後に平成27年乙羊の歓喜宝暦による心構えと投資方針が載ってます。
そこに書かれてる来年の卦は、「 雷山小過の五爻」

どんな意味かというと

小過。亨。利貞。可小事。不可大事。飛鳥遺之音。不宣上宣下。大吉。
(しょうかはとおる。ていによろし。しょうじにかなり。だいじにかならず。ひちょうこれがいんをのこす。のぼるによろしからずくだるによろし。だいきち。)

小は陰です。小過は小なる者が過ぎるということです。而して小く過ぎて可なのは行の恭に過ぎ、喪の哀に過ぎ、用の倹に過ぎるのことのみです。飛鳥の声は上らずして下ります。此れ上るに宜しからず、下るに宜しい所以です。此の他彖象の義古人の辨がありますが、今ここには説きません。

古典を考えるに少彦名神(すくなひこなのかみ)は天津神ですが降って再び昇られませんでした。下るに宜しの義です。雀(さざき)羽はこれ飛鳥です。此神の御形も小過の謂です。



高い山で雷鳴轟く時、その雷に右往左往してはいけないようです。
雷山小過の時は、 オーバーなことを望んだり行なったりすることは禁物で、身の程を知って進むことが大切らしいです。

今年もさらにパワーアップした異常気象に多々見まわれました。
経験したことのないとか、200年に一度だったりの災害で命を守る行動に最後は各自の判断に委ねられます。

己を見つめ身の丈にあった暮らしを心がけ、今できることからコツコツと。
いつの時代もそうでしょうけど、時代が大きく動くとき、地球自体も変わろうとしている時こそ、なお一層浮き足立ってはいけないと戒められた卦なんでしょう。

どうぞよいお年をお迎えください。
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2回めの送信実験★WG-30w

2014-12-30 | ケータイ・スマホから
新しいデジカメをWiFiせっていで、リモート撮影し画像送って、みました。
でも、今回は帰省した長男にやってもらったから(≧∇≦)
今後も自分でできるかどうかは…
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年末のトホホな画像あれこれ

2014-12-27 | ケータイ・スマホから

カニサボテンが狂い咲きだして、下に花粉がいっぱい落ちて(´o`)


少林寺拳法の働き盛りの愛煙家のタバコは(´_`;)トホホ


なぜか突然暴走しだした電卓、
寿命かと思いきや熱暴走だった (´ー`;)ヘ


クリスマスプレゼントに長男が送ってくれたアウトドア仕様デジカメは12/12発売の新製品
Wifi設定がイマイチで画像投稿したら空っぽだったので 
12/25投稿して後、見えないようにしてました(一つ前の記事参照)
ヘ(´-`)ヘ


高天彦神社の狛犬撮影したら、
社殿屋根瓦がまるで火を吹いたようなアングルになってた
(´_`;)トホホ

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WG-30W

2014-12-25 | ケータイ・スマホから
http://192.168.1.1/
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一人で食べるときの味噌煮込み鍋

2014-12-25 | スピードクッキング


今晩はおろし鍋の予定でした。
「味噌煮込みうどんの素」で うどん無し鍋にしようと急に気が変わった。

もともと豚汁、けんちん汁、粕汁といった実だくさんの汁もの大好きでよく作ります。

今日は半分出来合いを使います。
味噌煮込みうどんの素はダシ入り調味味噌です。
イチビキのは豆味噌と米味噌を合わせた絶妙の味。
ちゃんとダシもきいてるし。

鍋に味噌を入れお湯で溶かし固い人参から、白菜ジク ネギ 生椎茸。
そのうえに豚肩ロースを並べてのせました。
さらに白菜の葉部分 三つ葉で覆いかぶせて一煮立ち。
ゆずの皮を数切れのせて美味しくいただけました。



ちょうどお餅も焼けてうどんの代わり。
あっという間にできてプロの味 (^_-)-☆
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トイレの神さま

2014-12-24 | 日々是好日

クリスマスイブだというのに尾籠な話で恐縮です(>人<;)

トイレの壁の高い所に2枚のお札が貼ってありました。
それもずっと長い間、貼りかえることもなくです。

右端のお札賜ったときに記事にしました。
→ 2011-06-05 1000円高速終了までに丹後と若狭の札所へ

西国33箇所 第29番 青葉山 松尾寺
関電の原発がある高浜町がすぐ隣町でした。

今年晩秋、さらにひとつ、ちの輪のお守りが増えました。



11/23に日吉大社をボランティアガイドさんの案内で参拝しました。
東本宮楼門右手に台が置いてあり、そこにこのちの輪が。

なんかものすごく気になって、買おうか買うまいか…

一緒に案内してもらってたご近所在住の方が言われるのには、
あれはトイレのお札で、新春に新しくするんだと。
へぇ~ トイレに特化した ちの輪 って珍しいー

我が家は10月終わりにトイレをリフォームしたのでチャンスですね、
ということで、また戻って、たった一つ残ったそのちの輪を賜りました。

帰ってから壁に貼って、よくよく調べてみたら、日吉大社摂社のひとつ
唐崎神社のお守りでした。

夏越の祓であるみたらし祭には多くの参拝者があり、女人の信仰が極めて篤く、殊に婦人病、下の病には霊徳があるという。

唐崎神社は、琵琶湖畔に面していて松で有名です。

松尾芭蕉の俳句は「辛崎の松は花より朧にて」

門真市の三島神社の薫蓋樟(くんがいしょう)という大楠の立て札にも書かれてあります。
「村雨の雨やどりせし唐崎の 松におとらぬ楠ぞこのくす」
この唐崎を門真市の名所旧跡案内で唐土としてあり訂正したほうがいいと書きました
2011-08-28 大阪緑の百選のNo.1 薫蓋樟
そのリンク貼ったページ見に行ったらすでに削除されてた。


歌川広重の唐崎夜雨図 はじめ、近江八景「唐崎の夜雨」でも知られます。

いつかそのうち、その松を見に行こうと思ってました。
あの日の三井寺&日吉大社参拝ハイキングでは行きませんでした。


今回、トイレの神さまを、たまたま授かって、
ちょっと不思議だなと思ったことは、唐崎神社のご祭神です。

持統天皇11年(697年)に創建されたと伝えられ、かつては「女別当社」と呼ばれたこと。

ご祭神の女別当命は、この地に初めて住みつきここを唐崎と名付けた琴御館宇志丸(ことみたちうしまる)の御妻君。

女別当命は、わけすきひめのみこと と読みます。

どの漢字にどれを当てはめるのか、ワケがわからん時は検索を重ねると不思議にたどり着きます。



唐崎神社←川原先←川の下流←禊場→お手洗い→御手洗(みたらい)→御手洗(みたらし)→水垂らし→ミタラシ団子→団子=水子との解釈も?


もっともっとふか~いワケありそう。
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来年の恵方は西南西、冬至の晩に貼る一陽来復

2014-12-22 | 24節気72候




今日は、冬至。
一年で一番昼間が短く夜が長い日。
冬至の二日前から、葛城の一言主神社では一陽来復のお札が授与されます。
ちょっと寒気が緩んだ昨日、今年も賜ってきました。



帰りに、かもきみの湯であったまり、牛陶板焼きの料理にほっこり。
入湯料とセット料金で1780円の廉価もうれしいかぎり。

冬至の日は「死に一番近い日」でその厄を払うために体を温め、無病息災を祈って柚子湯に入り南瓜を食べる習慣があります。
今日なら、かもきみの湯はゆずが浮かんでます。


一陽来復とは、
陰極まって陽が復(かえ)って来ること
すなわち運が向いてくる、良くないことが続いてもやがて幸運が巡ってくるの意。


日本大百科全書(ニッポニカ)の解説 冬至:民俗
この日は太陽の光が弱まり植物も衰弱して農耕生活に一種の危機が訪れるとともに、またこの日からふたたび昼の日照時間が長くなり、新しい太陽が輝き始めるときでもある。
したがって、世界の諸民族の間にも、この日を陽気の回復、再生を願う日、また太陽の誕生日とするような観念がうかがえる。
中国では天子が冬至の日に天を祭るのを郊天の儀といい重要な儀式である。
また西洋のクリスマスも、もとは陽気回復を祝う風習がその背景にあったのだといわれる。
世界的にこの日は一陽来復、農耕の再生の力をもたらす神聖な旅人が村にやってくる日と信じられ、日本では弘法大師が村を巡るという伝承が広く伝えられている。
小豆粥(あずきがゆ)や団子をつくって供える大師講の行事がこの旧暦11月23日夜から翌日にかけてみられる。
また、冬至とうなすなどといってカボチャを食べたり、コンニャクを食べる風習があり、カボチャを食べると中風にならないなどともいわれている。
またこの日は柚湯に入るという風も一般的である。いずれも衰弱からの再生という冬至をめぐる観念に呼応する儀礼といえよう。[新谷尚紀]


弥生時代後期後半の吉野ヶ里地域では、冬至を新年の指標としていたことがわかっているそうです。

中国、日本の太陰太陽暦では冬至は暦の計算の起算点として重要なものですが、今日の天文暦の推算は春分点が重要な役割を果たします。

冬至を新年とする民族と暦はどうなっているのでしょう。
ちょっと調べてみました。


中国と日本の正月行事(PDF)より一部抜粋

夏王朝では立春 商・殷王朝では冬至を含む月の翌月が年初め
周では冬至のある月が年初であったとする説がある
周以降、古代~前漢の時代まで冬至(12/22頃)のある月が正月であった。
やはり農耕民族なので冬至は太陽が復活する大事な日

時期が過ぎて、後漢の時代、24節気のある立春(2/4頃)のつきが正月となった。
気温の一番低くなるなる立春頃こそ太陽の復活と考えたらしい

「王様=暦を作る人」といったしきたりがあり王様が代わるたびに暦が新しくなる
度々の改暦は民衆には不評で、元の時代にようやく新王による改暦はやめになった


では、日本はどうかというと
日本では604年推古天皇の時代に百済を通じて伝わった中国の元嘉暦が採用されたのが始まり。
それ以降江戸時代まで中国の暦をだいたいそのままつかっていたので
大陰太陽暦で立春とし始め(正月)で中国と同じ
立春を含む月、あるいは立春の近くの新月の日が年初めだった

604-679 元嘉暦
679-763 儀鳳暦
764-862 大汀暦
862-1684 宣明暦
1685-1842 貞亨暦
1843-1867 天保暦
1872- 西暦(グレゴリオ暦

弥生時代-604年までは不明ながらも、日本書紀の記録が歴史的事実になってくる5世紀ごろには元嘉暦をつかっていたとすると事実とよく合致するらしい。
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消防車にもいろいろあること知った工場見学

2014-12-19 | おでかけ・近畿


モリタさんでもらったパンフレットとクリアファイル。
いろんな消防車が輪になって描かれていて、男の子だけでなくおばちゃんがみてもカワイイ。

カニを食べるのに費用かかることはわかっていたので、他をどう節約するかが担当者の腕の見せ所。
大人の社会見学となうって、無料で見学できる所を探しました。

最初思いついたのが、関西電力の大河内水力発電所、残念ながら工事中だった。
ビール工場は月曜定休、江崎グリコは大きな団体無理だった。

ということで、バス会社さんが提案してくれた、消防自動車をつくるモリタさんへ。
市役所や消防署関係からのプッシュがないとなかなか予約難しいそうです。
数々の尽力をへて、無事予約とれたのが 12/15(月)14-15時でした。


二日目朝9時に宿をでて、柴山港の但馬漁業講堂組合のカニ一番館へ。
自らは十分満足できたので家族のために、皆さんしっかりお買い物されてました。










柴山港の突き当たりが砂浜で海水浴場となり、前にしばやま荘がありました。

前日、広域防災センターで見せてもらった東日本大震災の津波の画像、
こうした風景の防波堤を乗り越えて津波が押し寄せていたのでした。
あの映像とかぶってみえたりします。

前日は、広域防災センター見学後、養父温泉で希望者だけ入浴。
いいお湯でした。
続いて、播磨屋というおかき製造販売所で試食もさせてもらってから宿に向かいました。


雪がやんでてホンマよかった。
土曜日は雪降って積もってたし、日月は雪やんで、火曜日からはあの爆弾的気圧。
ご加護に感謝です。




豊岡の市街地に入る手前のバス車中で撮影した画像の左上方に何か飛んでる
拡大すると


何なんでしょう~ こうのとり かな?



お昼ごはんは道の駅「青垣」のおいでな青垣で予約。
旅行社を通してないからこそできた昼食です。
二八そばにてんぷらはあげたて、どれもこれもおいしくいただきました。
1250円はお手ごろ価格で大満足。

そして最後のモリタ 三田工場へ。




工場は画像のようにびっしり隙間なく消防車製造中でした。
年内納車をめざしてフル稼働中なれど、春にはガラ~ンとしてるそうです。
撮影禁止です。
納車されるまでの車体は公開できず、いろんな企業秘密もあるのでしょう。
走行テストや機材の検査など見ごたえありました。

予算が決まった春から注文をうけて、各消防署の要望に応じたオリジナル注文生産。
一台づつ微妙に異なります。
色だって全部赤といえども朱赤から深紅と少しづつ異なります。
静岡県のはオレンジ色に近い赤でした。

消防車で55%、はしご車なら90%のシェアだそうです。
空港に納車される化学消防車は、まるで装甲車みたいな形ででかい。
飛行機と併走して走りながら消火するらしい。

乗用車やトラックの日本車が優れてるのは皆知ってます。
こうした消防車も隠れた名産品であることを知りました。
最新のテクノロジーと確かな技術で、さぞかし世界から引く手あまたでしょう。


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冬の嵐と防災の心得@兵庫県広域防災センター見学

2014-12-17 | おでかけ・近畿

夕方7時前のニュース明日の天気予報画面です。
今日の大阪は今冬一番の寒さだと思います。
冷蔵庫の中にいるような冷たさでした。
北海道やあちこちで爆弾低気圧の被害出ているようですね。

日曜日に宿泊した但馬地方、今夕すでに50cmぐらい積もってるようです。
ほんの数日の差で、天気も災害遭遇も紙一重ですね。



日本海の冬は厳しいに違いないから、カニ食べツアーを半年前に決める時、12月のクリスマス前なら大丈夫だろうと。
幹事は旅が無事終了するまで気が気ではありません。

刑務所見学を組み込むのが通年の保護司会の研修旅行でした。
今年は、災害に対する心構えを啓発する旅に企画しました。

14(日)午前8時に守口をでて、午前10時から、三木市にある兵庫県広域防災センターに見学予約を入れてありました。
ところがさすが日曜日、山陽道もすいてて三木東インターには予定より1時間近く早くついたのは想定外だった。
早いけれど、先に耐熱耐煙訓練から体験させてもらえることになりました。




真っ暗なビルの一室が迷路になり、水蒸気を煙に見立てた中を手探りで進みます。
みなさん童心に返り、まるでアトラクションに参加したがごとく楽しそうでした。

続いて、陸上競技場の観客席ベンチ下に備蓄された品々を見学。




毛布やテント、食料や、様々な道具類が所狭しと備蓄されてます。



皆の視線の先にあるものは


簡易トイレです。
体育館とかに大勢の人が避難され、何が困るってやっぱり排泄でしょうか。
なかなかtv報道などでは表立って映されませんので、興味津々で見学しました。

この建物の倉庫から備蓄品を車両に車両に積載しやすいように、高さも工夫されてました。
防災ヘリポートになるためのグランド、ヘリコプター飛行に邪魔にならないよう電線がなかったり。




地震車での体験も、関東大震災、神戸の震災、東日本大震災、それぞれの地震を再現されました。



消防学校の食堂で予約しておいたお弁当。
700円とコストパフォーマンスに大満足できたのは、税金投入されてるからでしょう。

いろいろ体験できて、ガイドさんのお話もよくわかり有意義な見学でした。

実は、2012年2月に、地域の公民館主催見学会できたことあったのです。
その時のパンフ残してあったので、今回保護司会メンバーにご案内することができました。

神戸の震災から来月1/17で20年になります。
守口市では大きな被害はなくとも結構揺れたので恐怖感は残っています。
あの時は津波ではなく、地震と火事で大きな被害が出ました。
多くのかたが、仕事でボランティアで現地に足を運び被害をまざまざと目にしました。

備えあれば憂いなしとはいかないかもしれませんが、やはり災害遭遇への心構えは必要だなと実感できました。

こうしたことに使われる税金なら誰も文句ないね、とも皆さん思われたことでしょう。
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松葉カニフルコース@しばやま港

2014-12-15 | ケータイ・スマホから


カニ刺し、焼きガニ、甲羅焼き、カニ鍋、カニしゃぶ、天ぷらとフルコース、
どれもみな美味しかったけど、やはりカニ味噌に熱燗入れて最高です。


花咲ガニのカニしゃぶもやっぱり現地ならでは、思いっきり食べれました。

しばやま荘さんの団体貸切プラン、一泊二日16,000に消費税と入湯税合わせて¥17430は格安でしょう。
みなさん大満足でした。


金曜朝市役所で期日前投票して、日曜から日本海の柴山港へ行ってきました。



出口調査も初めて体験しホンマにやってるのがわかりました。

12月中旬なら雪の心配ないだろうと企画した保護司研修旅行。
ドンピシャで大雪が予想されどうする~~
前日確認の電話したら、降ってますけど道路は閉鎖されてませんとのこと。

新潟や北陸は大雪に見舞われたようですが、兵庫県北部豊岡や香住は日曜日降りませんでした。
おかげで無事雪で足止め食うことなく無事帰ってこれました。
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お猿さんの顔をされた神様「大行事権現」から「大行事水」水の社へ導かれた

2014-12-13 | 古代史のミステリー
豊臣秀吉は比叡山焼き討ち後の日吉大社の復興に力を入れました。
幼名は日吉丸であだ名はサルでしたから。


日吉大社の東本宮本殿左後ろに、大物忌神社があります。
大山咋神のお父さんの大年神を祀っていると書かれてあります。
その大年神のお姿は お猿さんのお顔で、山王曼荼羅にも大行事権現として描かれていると。




西本殿の楼門右手には、


お参りした時はちょうど前で猿回し大道芸の人だかりで見えませんでした。

なんで猿の顔なんでしょう、なんかきっと意味がありそうな…

大行事権現 また知らないお名前が出てきました。
【大行事】とは
1 大法会の際に指揮する僧。
2 滋賀県日吉神社の山王二十一社の一。大行事権現。


日吉大社の元旦早朝の5時から行なわれる「大戸開神事」には、
京都の片山能太夫による「日吉の翁」が奉舞されるらしいです。


さらに検索を重ねていくと、なんで猿かはわかりませんでしたが
大行事水というのを発見。

琵琶湖の考湖学 第2部29
水の社「日吉大社」清らかな祈りの循環  より一部抜粋

東本宮本殿の後ろには大山咋神の父神とも言われる大年神を祀る大物忌神社があり、この背面の山裾から大行事水(大物忌神社の旧称)と呼ばれる、清冽な清水が湧き出ています。
大物忌神社本殿の周囲をよく観察すると、かつては、この大行事水を本殿の周囲に切られた石敷きの溝に引き込み、本殿を一周させていたことがわかります。
大物忌神社を一周した水は一段下の東本宮に至り、本殿を一周した後、途中で「亀の井」と呼ばれる井戸の水をあわせ、下段にある樹下神社本殿に向かいます。
樹下神社本殿の床下には「霊泉」と呼ばれる井戸があり、ここからあふれ出た水は、東本宮から流れてきた水と合わさり、樹下神社本殿を一周した後、比叡山から流れる大宮川に流れ込みます。
<中略>
地から湧き出る大行事水や霊泉の水。霊山比叡山から流れ下る大宮川の水。いずれも神聖この上ない水を、さらに、上七社の神々が清め、そして人々の住まう里に送り、さらに水の髪が住まう琵琶湖に返す。
このような、水への信仰と祈りの神々により構成されているのが、日吉大社なのです。

(財団法人滋賀県文化財保護協会 大沼芳幸)


それらしき画像拝借してきました。
今度はこういった観点で日吉大社再訪したいと思います。
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水の神さまなのに樹下宮とはこれいかに

2014-12-11 | 古代史のミステリー
日吉大社の猿神さんについて書く前に、もうひとつ気になることがあったので、さきにそちらから。



東本宮は、上の境内図では右下に描かれています。

以前、大阪市浪速区にある大国神社は敷津松之宮も同じ場所にあり境内を共有する相殿で、境内で参道がクロスしてて珍しい と記事にしました。
 2009-01-11 えべっさんと大黒さん

この日吉大社の東本宮も同じ状態でした。
ボランティアガイドさんについていくのが必死で、お参りもそこそこに。
とてもちゃんと撮影している余裕なかったので、画像ひろってきました。



正面の建物が、東本宮の拝殿。
左に樹下宮本殿、右に樹下宮の拝殿です。
樹下宮(じゅげぐう)の神さまは、鴨玉依姫神(かもたまよりひめのかみ)


今回、ガイドさんに案内されたおばちゃん4名は即席にできたグループで、そのうちのお一人はすぐご近所にお住まいだとか。
ガイドさんとも顔なじみでローカルな話題に花咲いてました。

そして歩きながら聞いたところによると、この樹下宮は社殿右下に井戸があり、お正月に初水を賜りにこられるそうだ。




画像あるほうがわかりやすいので これらの画像ももらってきました。


「日吉大社 お正月 若水」で検索して見つけたのは以下の文、
詳しくは こちらのPDF 一部抜粋引用しますと
大津の日枝神社社中の樹下宮社殿下からは、今もこんこんと清水が湧き流れている。
この宮こそ複雑化した日枝神社祭祀の最古の起源を示すものと、諸学者の見解は一致している。
同じ地域に位置する園城寺が別名三井寺の名を有する所以は、
三代にわたる天皇の産湯の水が境内にあるからといわれるが、後世の付会というべく、もっと率直に、三井は御井であって、この泉を神聖とした古代祭祀の跡をこの寺が継ぐものと考えたい。
その泉は本堂すぐ西側、崖の際にあっていまなお冷水を湧き出している。



東本宮神域をもう一度整理すると
八王子山東麓に広がる古墳群に接するように東本宮の神域がある。
中心は、上七社に属する『東本宮』と『樹下宮』で他に摂末社6社と霊泉1井がある。
現在、両社とも当神域内の社殿をもって本社としているが、
西方に聳える八王子山(牛尾山)に坐す山宮(牛尾宮・三宮)を遙拝するために山麓に設けられた里宮が本来の姿である。


それにしても、鴨玉依姫神を祀って、水が湧き出て、なんで樹下宮(じゅげぐう)なんだろう。

気になって調べてみると、こんな説明見つけました→こちらのブログ

慶応4年(明治元年、1868)4月に樹下重国らが主導した廃仏毀釈で、重要な仏像・仏具は持出され徹底的に破壊されてしまった。
十禅師を「樹下神社」と、廃仏毀釈で破壊したリーダー本人の苗字を残しているのだが、日吉大社の由緒にも、大津市教育委員会が設置した案内板の説明にも、どこにも「廃仏毀釈」や「樹下重国」の記載がないのが気になるところで、おそらくこのよう歴史は参拝者に知らせたくないということだろう


この廃仏毀釈による日吉大社での被害額は5~10億もいくそうです。
樹下重国 で検索するといろいろわかりますよ。


旧称の十禅師も変わったなじみのない名前です。
1 知徳にすぐれた僧を10人選んで宮中の内道場に仕えさせたもの。内供奉(ないぐぶ)に任ぜられた。

2 日吉(ひえ)山王七社権現の一。瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を権現とみていう称。国常立尊(くにのとこたちのみこと)から数えて第10の神にあたり、地蔵菩薩の垂迹(すいじゃく)とされる。



日吉大社より先に三井寺参拝しましたが、駅降りて最初に訪れたのが三尾神社でした。
2014-11-25 三井寺のべんべんと 訶梨帝母倚像


この三尾ってどこかで聞いたことあるけど、なんだったか思い出せませんでした。
すると、今日の「このブログで人気のあるページ」のNo2に
2013-11-10 蝉丸 猿丸 山の民? 

そのコメント欄で吉田一氣さんがお寄せくださった文の中に、再発見!

彦火々出見尊と豊玉姫は大津シノ宮で神上がられた、
その大津シノ宮が三尾神社らしい→こちら


自分の理解を超えているものは、脳もスルーしているようで
それでいて奥底に記憶の片鱗として沈殿しているものなんですね。

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うろこ雲が出たら雨?

2014-12-10 | ケータイ・スマホから




今夕五時頃の空一面うろこ雲で埋め尽くされてました。

明日は雨?
かどうかわかりませんが大気は不安定なようです。

週末にはまた大寒波襲来するそうです。
くれぐれもご用心ください、
といっても何の準備しましょう。
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コンテンポラリージュエリー AOM

2014-12-09 | シチの目
もう終わってしまってからの告知では意味ないんですけど、
まぁ時代の流れというか、そういう意味も込めて記録残しておきます。

娘のジュエリーブランドAOMが、先週終末3日間東京の神田で開催されたニュージュエリー展に出展させてもらってました。



これらの画像は、東京で暮らしている姪、娘にとってはいとこのFacebookからもらってきました。


差し入れ持って行ってくれて、さらにこのピアスお買い上げいただいたようで、ホンマありがとう。

おかげさまで無事終了し、多くの方にご来場いただき大盛況だったようです。
ありがたいことで感謝申し上げます。


私の世代は少しまとまったお金があれば、金やプラチナを使ったいわゆる宝石ジュエリーを買うのが楽しみでした。

就職して貯金した100万円、当時一番利息のよかった長銀リッチョー、5年おいてたらなんと利息が48万円!
いい時代でした。
この棚ぼたのような利息にさらに少し足してサファイヤのプラチナリングを買いました。
誕生石だったし、お宝になると思ってたのです。

身につけるのもほとんどないまま月日は流れダイヤを巻いたデザインは古臭いものに。
15年ほど前に、カルティエタイプのシンプルなデザインにリフォーム。
それもほとんど身につけないまま、同じ天秤座の娘へ。
いまや、ニュージュエリーブランドの作り手として、そのプラチナリングはタンスの肥やしでしょう。

いまやサファイアのあの程度の大きさでは、お宝にはなりません。
プラチナリング枠はズッシリとした重みありました。
しかし10gはあったとしても、最初の購入価格の10/1 以下、悲しいなぁ (≧∇≦)

このサファイヤだけでなく、同じ思いされてる方は多いです。
宝石貴金属の買取店として目のあたりに見てきています。
体験上もコンテンポラリージュエリーへの流れは納得のいくものです。

ニュージュエリー → こちら
すでに終了してますが、ご参考までに。
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日吉大社の東本宮は参拝する行列ができてて (・・;)

2014-12-06 | おでかけ・近畿
先月11/23にお参りして、12/1に西本宮だけ先に記事にしました。
2014-12-01 日吉大社の西本宮のまさるさんと、etc

そこで、猿は山王神使で 魔去る 勝る の マサルさん だと記しました。
八王子宮(現牛尾宮)の神輿だけ、屋根の先にとまった鳥がスズメがなんでだったかなぁで終わってます。
今日はその続きです。

西本宮系はあとから祀られた国家を守るための神さまであるのに対し、
東本宮系は元々この地に祀られていた神です。
最初の画像は、東大宮(大山咋神和魂)を祀る本殿です。
いつ見ても参拝の行列できてたのに驚きました。
お正月の初詣の混雑でもないのに何をものがたるのだろう。

この東本宮に来るまでにも数多くの境内社がありました。










ボランティアガイドさんについてどちらも急ぎ足で参拝したので、
社殿撮影するも中途半端なアングルばかりでお見せできるような画像ありませんでした。



東本宮の楼門くぐる手前に、奥宮への石段がありました。
山王祭のとき、この急な石段を神輿担いで走り降りてくるのだと聞きました。
階段下の両側に牛尾宮・三宮宮両社の遙拝殿があり、石段上の両側に両社の御輿倉が建っています。




撮影した画像なかったのでネットで拾ってきました。


時間がなくて上に登ってませんので、以下画像ももらってきました。



八王子山東麓に広がる古墳群に接するように東本宮神域があります。
中心は『東本宮』と『樹下宮』、他に摂末社6社と霊泉1井。
うしろの八王子山(牛尾山)に坐す山宮(牛尾宮・三宮)を遙拝するために山麓に設けられた里宮が本来の姿です。

   [里 宮]                [山 宮]
東大宮(大山咋神和魂ニギミタマ)- 牛尾宮(大山咋神荒魂アラミタマ)
樹下宮(鴨玉依姫和魂)     - 三宮宮(鴨玉依姫荒魂)

牛尾宮の旧称が八王子宮で、ここの神輿屋根の先にとまった鳥がスズメだったのです。



東本宮の御子神(賀茂別雷神)さまの玩具としてスズメの土鈴をお供えされます。


幸福で楽しいことを、雀のふっくらした姿に求め千年以上前から珍重しているということです。

ふくらすずめで検索すると、冬の寒いときのスズメは



続いて、猿は


息切れで、とりあえずここで休憩。
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