発言の日と発言を報道するマスコミ名、記事題名を書き込みたいところだが、ドイツの首相がこのようにナチスを肯定したり、擁護したりする発言をするはずはないし、ナチス戦没兵士を肯定したり、擁護したりすることを通してドイツの戦争を肯定し、擁護することもするはずはない。
以下の記述は《諸外国の主要な戦没者追悼施設について》の中の「ドイツ連邦共和国」の件(くだり)から必要個所を参考にした。
ドーリア式の柱廊玄関を有する石造建築物である(この箇所は「Wikipedia」からの引用)「ノイエ・ヴァッヘ」は東西ドイツ統合後の1993年1月に内閣の閣議決定によりドイツ連邦共和国の中央追悼施設に定められ、毎年の11月14日を「国民哀悼の日」としている。
建物の中に入ると、「死んだ息子を抱く母親」像(拡大複製)が設置してあって、母親像の手前には、「DEN OPFERN VON KRIEG UND GEWALTHERRSCHAFT」(戦争と暴力支配の犠牲者たちに)の金色の文字がはめ込まれているという。
要するに追悼対象者は「戦争と暴力支配の犠牲者たち」であって、犠牲者をつくり出したドイツ国家やナチス兵士等の加害者ではないということになる。
屋外に左右の位置にプレートが設置してあって(どこの左右か分からないから、調べてみると、「入り口右側に掲げられている追悼銅板」という記述を見つけることができたから、入口の左右に銅板のプレートが嵌めこまれているのかもしれない。)、左側プレートに以下の碑文が刻まれているという。
我々は、戦争により苦しんだ各民族に思いをいたす。
我々は、そうした民族の一員で迫害され命を失った人々に思いをいたす。
我々は、世界大戦での戦没者たちに思いをいたす。
我々は、戦争と戦争がもたらした結果により、故郷で俘虜として、あるいは追放によって命を落とした無実の人々に思いをいたす。
我々は、殺害された何百万人ものユダヤの人々に思いをいたす。
我々は、殺害されたシンティ及びロマの人々に思いをいたす。
我々は、その出身のゆえ、同性愛のゆえ、あるいはその病気や虚弱のゆえに殺害されたすべての人々に思いをいたす。
我々は、生きる権利を剥奪され殺害されたすべての人々に思いをいたす。
我々は、宗教・政治的信念ゆえに命を落とさなければならなかった人々に思いをいたす。
我々は、暴力支配に抵抗し命を犠牲にした女性たちや男性たちに思いをいたす。
我々は、良心を曲げるより自ら死を受け入れたすべての人の栄誉を称える。
我々は、1945年以降の全体主義独裁に抵抗したがゆえに迫害され殺害された女性たちや男性たちに思いをいたす。
「殺害されたシンティ及びロマの人々に思いをいたす」の「シンティ」とは、インターネットで調べると、「15世紀頃から主にドイツ語圏に定住していたロマと同根の集団。シンティ・ロマ人」と説明されていて、「シンティ・ロマ人」を調べてみると、「シンティ・ロマは15世紀頃からドイツ語圏に定住したロマと同根のロマニ系の集団であるシンティ (Sinti)と、主に東欧に移住し、後のルーマニアに当たる地域で奴隷とされた集団であるロマとを併せた呼称。中世に後のオーストリア・ドイツ・北イタリアに辿りついたと考えられ、シンティにはドイツ系住民と同化した者も多い。シンティからは多くの優れたミュージシャンが輩出されている」と説明されていた。
いわばその民族の出自により劣る人々としての扱い――不当な差別を受けていた。ヒトラーはドイツ民族が所属するアーリア人種を世界で最も優秀な人種とし、その対極に劣る人種としてロマ族やユダヤ民族、そして同性愛者や身体障害者までも置いた。
このような思想の構図に真っ向から反して、「シンティからは多くの優れたミュージシャンが輩出されている」というのは皮肉な現象としか言いようがない。この皮肉な現象はユダヤ民族についても当てはめることができる。優れた企業家、優れた政治家、優れた芸術家、優れた科学者等々、多くを輩出している。
プレートの碑文はこのように追悼対象者である「戦争と暴力支配の犠牲者たち」を具体的に例示して、それぞれを追悼している。
但し、それぞれの追悼を通して言っていることはただ一つの主張であって、「戦争と暴力支配」の否定である。ドイツはドイツが起こした戦争と暴力支配を否定している。
第1次世界大戦であっても、特にヒトラーが起こした戦争を正しい戦争と看做していないからなのは断るまでもない。後者は世界を支配する意図のもと、暴力支配が目的となっていた。
安倍晋三がシンガポールで開催の「アジア安全保障会議」出席のために5月30日午前9時半近くに羽田空港を出発、現地時間夜、開催式典に出席後、基調演説を行い、演説後の質疑で次のような遣り取りがあったという。
《首相の靖国参拝発言で会場に賛同の拍手 アジア安保会議》(MSN産経/2014.5.31 09:09)
中国人男性(昨年12月の首相の靖国神社参拝に触れて)「先の大戦で日本軍に中国人は殺された。その魂にどう説明するのか」
安倍晋三「国のために戦った方に手を合わせる、冥福を祈るのは世界共通のリーダーの姿勢だ。法を順守する日本をつくっていくことに誇りを感じている。ひたすら平和国家としての歩みを進めてきたし、これからも歩みを進めていく。これは、はっきり宣言したい」――
〈会場が拍手に包まれる一幕があった。〉と記事は紹介している。結構毛だらけ猫灰だらけ。
きっと安倍晋三は胸を張り、得意げな笑みを浮かべた顔を昂然と上げて、自信たっぷりに会場を見渡したことだろう。
質問の趣旨に直接答えずにはぐらかすことが安倍晋三の常套手段である。
「国のために戦った」いう言葉の意味は兵士の戦争行為を正義と把え、国の功労者とすることである。当然、安倍晋三は靖国の戦死者を正義を行った国の功労者とすることを通して戦前の日本国家と戦前の日本の戦争を正義と看做し、肯定していることになる。
断るまでもなく、兵士の正義を基調とした功労は国家とその戦争の正義と響き合う関係を取らずに成り立たないからだ。
例えば独裁国家が外国に対して侵略戦争を起こした場合、独裁国家の兵士が国が命令する侵略戦争に従って侵略を性格とする戦争を戦った場合のその行為は独裁国家に於いては正義の行為と価値づけられるように、例え世界基準に反していたとしても、一方を正義としたなら、もう一方にしても正義とする相互に響き合わせる関係を取らなければ、矛盾することになる。
兵士の戦争行為を正義と価値づけたなら、国家とその戦争を正義と価値づける思想構造を自ず取るということである。
安倍晋三は自身の靖国参拝が戦前の日本の戦争の美化だと批判を受けるが、この批判に対して誤解だと反論、誤解の理由に例の如くに、「国のために戦った戦死者を悼むのは国のリーダーの務めだ」と言い、戦後の日本の平和の歩みを対置させて、さも自身を平和の人と見せることを常套手段としているが、実際には参拝を通して戦前日本国家と戦前の日本の戦争を正義に彩らせて肯定する“美化”を行っている。
いわばドイツの逆の構造を取っている。
ドイツの追悼すべき戦死者に対して国家とその戦争を非正義の関係に位置づけているのに対して、安倍晋三の国のリーダーとして追悼すべきとしている戦死者の戦争行為を正義と位置づけて、その正義に国家とその戦争を正義とする相互対応の価値づけを行っている。
このような関係にあるからこそ、ドイツ首相の「国のために戦ったナチス戦没兵士に手を合わせる。世界共通のリーダーの姿勢だ」とする追悼の言葉は存在し得ず、安倍晋三のみに存在する言葉ということになる。
安倍晋三やその一派にこの手の言葉を許しているのは、日本という国家、歴史・文化に優越性を持たせ、その優越性を前提とした考えに立っているために、当然、その国家・歴史・文化を正義と価値づけることとなり、兵士の戦争行為にしても同じように正義で括ることをしなければ国家・歴史・文化の優越性に破綻が生じるからに他ならない。
だとしても、本質的には安倍晋三が「国のために戦った方に手を合わせる、冥福を祈るのは世界共通のリーダーの姿勢だ」と言うことは、ドイツ首相が同じ言葉を言った場合と同列の関係にあることに変わりはない。