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世界の動きを英語で追う

世界と日本の最新のできごとを、英語のキーワードを軸にして取り上げます。

ロシア大統領、対日戦勝をモンゴルで祝う militarist Japan

2009-08-27 | グローバル政治
2009年8月27日(木)

1939年に、ノモンハンの原野で、ロシア・モンゴル連合軍と日本軍が戦ったいわゆる「ノモンハン事件」の70周年記念式典に、わざわざ出席したメドベージェフ大統領の演説全文が、「大統領公式サイト」に掲載されている。

メドベージェフ大統領は、ロシアとモンゴルが協力して日本軍の領土侵略意図を粉砕したことは、両軍兵士の意思の強さの賜物であることを称えた上で、第二次世界大戦の勝利の原点であることを強調した。

そして、この1939年に起こった戦いの「敵」であった日本については、あからさまに敵愾心をあおる表現は避けつつも、この戦いの勝利によって、「われわれは世界に、戦闘準備が万全であった軍国主義日本(well-prepared an enemy as militarist Japan)までも壊滅させる力を持っていることを示した」のだと言及した。

さらに「この勝利によって、日本に北進の野望を捨てさせることができ、ナチに呼応してロシアとモンゴルの領土へ攻め込むことをあきらめさせることができたので、旧ソ連は兵力展開を再編(redeploy)できた。そしてそれが1941年に勃発した第二次世界大戦の勝利に繋がったのだ」と演説を続けた。

特に、注目されるのは、同大統領が「この勝利を正しく認識せず、歴史を歪曲し、この勝利の本質を変えようとする試みを許さない」(we consider unacceptable attempts to falsify history and change this victory’s essence.)と言っていることである。

このメッセージは、明らかにモンゴル国民に向けられたものではない。今回、ウランバートル(Ulan Bator)で、激しく非難したコーカサス地方で起こっているグルジアなどにおける民族紛争、そしてウクライナとの抗争、バルト3国の離反などの、反ロシア運動に向けての反論であると解釈される。

演説の最後は、モンゴル国民に熱く、「来年が第二次世界大戦の終結65周年に当たるが、その日の5月9日には、モンゴル国民は、ソ連がファシズム打倒に果たした役割を忘れないで、祝賀してくれることだろう」と締めくくったのである。

ロシアの極東戦略が明らかになった。




アフガン大統領選の不正投票報告 ballot-stuffing

2009-08-24 | グローバル政治
2009年8月24日(月)

先週木曜日に行われたアフガニスタン大統領選挙については、米国や西側諸国が、その直後に「成功であった」と宣言したが、次第に選挙監視団の各グループから不正選挙の事実を伝える報告の数が増え続けている。

The Wall Street Journal によれば、今回の選挙に対しては、各国政府の派遣団に加えて、多数のNGOが、選挙監視団を派遣しているが、その中のひとつであるカナダの団体の責任者は、「自分のところだけで、すでに225 件の不正指摘があった。投票にまつわる脅迫、暴力行使、投票箱の操作(ballot-box tampering)などであるが、看過できない」と語っている。

得票の水増し(ballot-stuffing)の手口は、タリバンの脅迫で殆ど投票場に人影がなかったのに、満杯の投票箱が運ばれていたケースなどが典型的とされているが、モスレムの影響でほとんど外出しない女性の多い地域での、女性の投票率が異常に高いことはないかなども注目を集めている。9月のはじめに最終結果が判明するが、不正は開票時にも行われる恐れがあるので、予断を許さない。

休暇に入ったオバマ大統領にとっては、公正な選挙で、正当性のある元首が選ばれることが、対アフガン兵力増強と予算支出の原点になるので、国内の健保制度改革とあわせて現在の焦眉の急である。

Richard Holbrooke,アフガニスタン・パキスタン特使は、現地で現状を聞かれて「わが国でも問題のある選挙があったし、この国でも多少の問題もあるだろう。だからといって驚きはしない」と答えた。("We've had disputed elections in the United States, and there may be some questions here. That wouldn't surprise me at all.")

この答えは、クリントン国務長官が、先々週ナイジェリアで行った、同国の選挙不正に対して行った擁護的発言と、まったく同じである。Bush-Goreの大統領選でのフロリダ州における開票やり直しを下敷きにした発言である。


アフガン大統領選挙投票率5割切る The low turnout

2009-08-22 | グローバル政治
2009年8月22日(土)

事前の「投票したものへは復讐する」とのタリバンの脅迫と、当日の投票所へのロケット弾攻撃に拘わらず、投票は全土の6,192ヶ所で実施された。しかし、15百万人の選挙民の投票率(turn-out)は40-50%にとどまるであろうと予想されている。

前回の大統領選の投票率が、70%であったことからすると、きわめて低い結果となったので、現職のカルザイ大統領を支えた人気はなくなったのではとの懸念に加えて、数日後に発表される結果によっては、混乱が起こるのではないかと懸念されている。

一方、カルザイ氏は、「ロケット弾や爆弾と、脅迫に屈せず、国民は投票所に来てくれた。」と、国民の勇気を称えた。政府発表によると、全土135ヶ所の投票所で攻撃を受け、9人の市民と14人の警備陣に死傷者が出たとのことである。

事前の世論調査によると、30人近い候補者の中で、カルザイ氏への支持率は、44%で、対立候補のAbdullah Abdullah外務大臣を20%引き離していた。しかし、カルザイ氏の支持基盤である東部諸州の投票率が、低かったために得票は30%程度にとどまるとの見方もある。この結果が、投票に現れると、いずれも過半数を制することができないため、カルザイ氏とアブドラ氏は決戦投票(run-off)に臨むこととなる。

アブドラ氏の支持者たちは、「選挙の不正(electoral malpractice)の事実をつかんでいる」とした上で、万が一第一回投票で、カルザイ氏が、過半数を取って勝利宣言をするような事態となると、イラン大統領選挙のような大混乱になると警告を発している。

投票率の大幅な下落が、アフガニスタンの混迷を雄弁に物語っている。

アフガン大統領選挙、明日に Over-registration of women

2009-08-19 | グローバル政治
2009年8月19日(水)

アフガニスタンの大統領選挙が明日に迫っているが、タリバンは投票に行けば殺すという脅迫を行って、選挙の破壊を狙っている。首都カブールへのテロ攻勢が強まっており、NATO軍の兵士や国連職員に死者が出る事態となっている。

政府はタリバンに、選挙日当日の休戦を申し入れたが、その答えが、大統領府へのロケット攻撃であり、NATO軍車列への自爆テロであった。週末には、NATO軍本部のゲートへも爆弾攻撃が行われた。

投票は、全土の6,300ヶ所で、1,700万人の有権者が投票する。日本も含む国際監視団が、アフガニスタンに入っているが、どんな結果になるのか予断を許さない状況である。同国政府は、選挙民が投票に行くことを恐れさせないために、火曜日から各メディアには報道の自粛を求めている。

国際監視団は、選挙が公正に行われるかを確認することを目的としているが、Financial Timesの伝えるところでは、女性有権者が、本当に自分で投票するかどうかに、強い関心をいだいているという。

もともと、アフガニスタン、特に地方では女性は一人での外出を許されていないので、南部の諸州では、前回の女性の投票率は2%程度であったという。一方今回は、女性の有権者登録が、全体の65から70%になっている州があり、家長の男性が、全員の投票用紙を使って投票してしまうのが通例(a habit)なので、今回もそうなるのではとの懸念を示している。

そして、投票所には女性の立会人はいないし、場所によっては子供が立会人になっているケースが予想されて、選挙の公正さが保たれるという保障はまったくないという論評である。


クリントンのアフリカ歴訪目的は、石油と中国牽制 Tough Love

2009-08-16 | グローバル政治
2009年8月16日(日)

クリントン国務長官は、11日間でケニヤ、南アフリカ、アンゴラ、コンゴ、ナイジェリア、リベリアの6カ国を歴訪するというハードスケジュールをこなして、最後の訪問国大西洋上のカーボベルデ(Cape Verde)で、「今後もアフリカ諸国との関係の刷新に意を用いることを誓う」と総括した。

さらに、今回の訪問では、ナイジェリアや南アフリカのような非常に重要な同盟国との関係強化ができたし、ケニヤやコンゴのような(非民主的な)国には、「厳しい愛の手」(tough love)を差し伸べるという目的を達成できたと評価した。

そして、「最悪の非人道的な環境の中でも、人は生き抜けることを実感した」(we’ve seen the worst humanity can do to itself)と、内乱の中、女性がレープされるのが日常茶飯事になっているコンゴで、被害女性と面談し、17億円の支援金を出すことを、即座に決めたことに言及した。

しかし、何にもまして、今回の真の目的が、石油を産出するアンゴラとナイジェリアとの関係を強化することにあり、6カ国を訪問することにより、影響力を強めようとする中国に対する牽制にあったことが、色濃く浮き出てきた。暴力、腐敗にまみれたナイジェリアには、同長官の言う「厳しい愛の手」ではなく、「油への揉み手」が優先されたのがその証拠である。

そして、旅の最後に、中国が決して切れないカードを切った。「アフリカの皆さん、わたしは、オバマ大統領の挨拶の言葉を運んできたのです。オバマ大統領は、アフリカの『大地の子』です。米国はオバマの下で、アフリカ各国がその目指すところを実現するのを断固支援します」(I bring you greetings from President Obama, a “son of Africa”. Under the Obama administration, the United States is determined to help Africa reach its promise.)




クリントン長官ナイジェリア訪問 Courting Nigeria’s Good Will

2009-08-13 | グローバル政治
2009年8月13日(木)

オバマ大統領は、先にアフリカの民主主義政体とその政策に関する優等生であるガーナを、「大地の子」として訪問して外交成果を上げた。その後を受けて、アフリカ歴訪中のクリントン国務長官は、外交手腕が問われる、「難しい国々」への訪問を続けている。 

同長官が、7カ国中の5カ国目として現在訪問しているのは、人口1.5億人の大国で、米国がその石油輸入を大きく依存しているナイジェリアである。この国では、部族問題を原因とする内乱により、石油パイプラインや関連施設の爆破が慢性的に起こり、石油輸出に時折障害が出る。

そして何よりも大きな問題は、汚職の蔓延である。Transparency Internationalが毎年発表する180カ国に関する腐敗認識指数(Corruption Perceptions Index)のランキングでは、同国は121位である。

ちなみに直前に訪問したコンゴ民主共和国(旧ザイール)は、171位、ケニアは147位。一方オバマ大統領が訪問したガーナは、67位でいかに、同大統領がうまく訪問国を選び、クリントン長官には、難しい国を押し付ける結果となったことがわかる。

ナイジェリアでの同長官の発言は、あくまでもソフトタッチ(a noticeably softer tone)で、リベリアやシエラレオネ内戦への平和維持軍の派遣でのナイジェリアの貢献を賞賛した。これをThe New York Timesは、「クリントン、ナイジェリアの歓心を買う発言」(Clinton Courts Good Will in Nigeria)との見出しで報じている。

しかし、腐敗の蔓延問題に質問が及ぶと、とたんにあいまいな発言に終始した。「ナイジェリア政府による、透明性向上、腐敗の減少、そして清潔な2011年の総選挙のための努力を応援したい(support and encourage)。」 としか発言しなかった。

そして、最近、北部地域のイスラム教徒の暴徒鎮圧と称して村落を警察が制圧したが、700人が殺害され、「生け捕った」と発表された首謀者の射殺死体写真を公開して国際的な物議をかもしている事件についても、質問に答えなかったのである。

石油供給と軍事協力を得るために、普段厳しく糾弾している腐敗や独裁、人権抑圧問題に目をつぶるのは、二重基準の適用である。米国の外交が戦後犯してきたこの問題が、今回のクリントン長官の対応の中で、改めて浮上してきた。同長官は、直前のコンゴのキンシシャでの公開討論で、感情を激発したことに続いての失点となった。



北朝鮮、米女性記者二人に特赦 A Special Pardon

2009-08-05 | グローバル政治
2009年8月5日(水)

今年3月以来北朝鮮に拘束されていた二人の米人女性記者の釈放を求めて、火曜日に、突然ピョンヤンを訪問したクリントン元大統領は、キム・ジョンイル総書記から、二人に対する「12年間の重労働(hard labor)の刑の執行を停止」という特赦(a special pardon)を引き出した。

北朝鮮が二人の釈放について、米国側には二つの要求を出していたことを、ABC放送が明らかにしている。ひとつは、「米国政府の謝罪」、もうひとつは「米国政府の高官による訪朝」である。

一番目の条件に対しては、先月クリントン国務長官が、「二人は、国境を侵犯(trespassing)したことを認めていて、深く反省している(deeply regretful)し、政府としても、そのようなことが起こったことは大変残念である」とABCのインタビューで言明したのである。この発言は、オバマ政権が、二人の拘束を、「意味も根拠もまったくないものだ("absolutely without merit or foundation." )」としてきた政策を180度転回し、交渉に乗るというメッセージであった。

また、二人の記者の属するのは、ゴア前副大統領が、出資しているCurrent TVということも、この大掛かりな国際政治の展開に少なからぬ意味を持っている。

そして、今回のクリントン元大統領の訪朝が、第二の条件に対する答えである。クリントン大統領時代に、当時前大統領であったカーター大統領が、キム・イルソン総書記を突然訪問し、「北朝鮮の核施設の解体」が合意されたという「故事」にならったものである。

第一条件が満たされたあと、北朝鮮は、ミサイル発射実験を立て続けに行い、圧力をかけ続けながら、米国に第二の条件を満たさせるという水面下の交渉を「成功」させたものといえる。

アフガニスタンで、大掛かりな攻勢を行うことを決めているオバマ政権は、北朝鮮問題を、沈静化させる必要があったことも、妥協の決心に重要なファクターとなったと推測される。

ホワイトハウスは、クリントン元大統領の訪朝はあくまで私的なもの(a private mission)であるとし、二人の無事解放まではコメントを差し控えるとの、報道担当官がコメントを出した。今回の合意の中に、核開発とミサイル開発に関するものが含まれているかどうかによって、今後の6カ国協議の方向性が非常に変わってくるので注目される。





英米、アフガン戦争でエール交換 Stand shoulder to shoulder

2009-07-31 | グローバル政治
2009年7月31日(金)

訪米中の英国のミリバンド(David Miliband)外相が、クリントン(Hillary Clinton)国務長官と会談し、「アフガニスタンにおいて、両国はともに協力し、作戦を完遂させたい」と両国の対アフガニスタン政策に変更のないことを確認した。最近両国の戦死者数が急速に増加し、世論も、「アフガニスタン戦争」に懐疑的になっていることを受けてのアピールである。

同時にクリントン長官は、「アフガニスタン政府は、タリバンの穏健派と妥協すべき」であると呼びかけると同時に、「戦闘の継続努力は、英米を中心とする同盟軍のみならず、アフガニスタン政府にも、もっと負担してもらわねばならない」と、今後同国政府が本腰を入れたタリバン対策を取るように促した。裏を返せば肝心のアフガニスタン政府が一生懸命に努力をしていないということである。

アフガニスタンでは、8月20日に総選挙が行われる。米国は、「民意を得た政府が樹立されることを望み、民主的な手続きが守られることを見守る」としている。最近、選挙が公正に行われるかどうかに関する現地調査を行い帰国したホルブルック(Richard Holbrooke)アフガニスタン・パキスタン担当米国代表は、「各方面から問題指摘を受けたが、特に取り立てて問題視すべきであるとは思えなかった(not "unduly upset")」と発言している。この政治的な二重否定表現はきわめて微妙な問題を含んでいる。「問題はない」と言い切れないところに米国政府の苦悩がある。

イラクから来年を期限に撤退し、アフガニスタン平定に政策転換をし始めたら、犠牲者が急増し、7月だけで戦死者は、米国兵士39名、英国兵士22名に達している。Gates国防長官を含め、民主党内部からも、「オバマ大統領は、アフガニスタン問題で、1年以内に進展があることを国民に示さないと、世論の支持は失われる」との意見が、公に語られている。



オバマ、アフリカに魂の旅ー大地の子 A son of the soil

2009-07-12 | グローバル政治
2009年7月12日(日)

オバマ大統領は、サミットの帰路サハラ砂漠以南(sub-Saharan Africa)に始めて足を踏み入れ、アフリカ大陸でもっとも安定した民主政体を維持しているガーナを訪問して、「植民地支配からの解放闘争が終わった今こそ、自らの手で民主化と、法治国家建設の戦いを」と、力強く呼びかけた。そして、「アフリカに、独裁者(strong men)は要らない。必要なのは強い政体(strong institutions)だ」という呼びかけに、ガーナ国会議員は、“Yes we can”と大合唱で答えた。

オバマ大統領が、モスクワ・ローマのあとの訪問国にガーナを選んだ理由として、「21世紀の世界の形成に、ガーナも加わることになるからだ」と説明し、聴衆を熱狂させた。

「アフリカにもっとも欠けているのは責任ある自治(good governance)である。責任ある政体なくして発展はない。」と呼びかけ、アフリカ諸国にはびこる腐敗(corruption)を退治することを強く訴えた。「アフリカの独裁と暴力と腐敗が根絶されない限り、欧米からの継続的に有効な投資も行われない」と続けた上で、米国はアフリカへ施しの援助国ではなく、真の構造改革(transformational change) のためのパートナーとなりたいのだと力説した。

その後オバマ夫妻は、17世紀以来、奴隷輸出のための「カーゴ集積所」として使用された砦、the Cape Coast Castleを訪問した。ミシェル夫人の先祖は、この西アフリカから奴隷としてアメリカに「輸出」されたと伝えられている。

オバマ大統領は、この場所で:
“As African Americans there is a special sense that on the one hand this place was a place of profound sadness but on the other hand it was here that the journey of most African Americans began,”(アメリカの黒人として、ここがわれわれの先祖の深い悲しみの場所であったのだとの思いにとらわれると同時に、ここから多くのアメリカ黒人の歴史が始まったのだとの特別の思いがこみ上げてくる)と語った。

オバマ大統領は、アフリカの人々に取って、'a son of the soil'(大地の子)として認識されて、特別なまなざしを向けられていることは言うまでもない。



イラン、「英国を倒せ」をスローガンに Down with England

2009-06-29 | グローバル政治
2009年6月29日

イランと英国の関係は、イランの大統領選挙後の混乱の中、日々険悪化している。まず、BBC放送のテヘラン駐在員を追放、続いて大使館のNo.2とNo.3の書記官を追放し、ついに「騒乱を煽動した」として8人のイラン人現地大使館員を拘束した。これに対して、英国政府はもとより、EUも、嫌がらせ(harassment)と脅迫(intimidation)であるとして、共同で強い対抗措置(a strong and collective response)をとるとの警告を発した。

イラン政府は、ハメネイ最高宗教指導者の支持を得て、選挙結果の「公正さ」を主張し、抗議行動は、「外国勢力による内政干渉(foreign meddling)によるもの」として、海外からの非難を意に介さない態度をとっている。そして、今回は特に英国に照準を合わせた反論と直接行動をとった。英国とイランの確執は、戦後すぐにさかのぼるが、英国が常にイスラエルの擁護者であることから、反イスラエル活動の中心をなすイランは、ことごとく中東政策で対立してきた。

先週金曜日の恒例の礼拝日に、ハメネイ師は、英国をもっとも邪悪な国家”the most evil country”と非難し、「米国を倒せ」のスローガンに、「英国を倒せ」(Down with England)というスローガンを加えるようにと信者に指示したのである。

今回イランが英国の行動に神経を尖らせている理由を探してみると、最初にBBC駐在員の追放に始まったことに鍵がありそうである。直接の原因は、BBCが、連日現地からの報道を全世界に報道し、街頭取材の禁止以降は、YouTube画像を使って、騒乱の様子を克明に放送したことである。そして、この裏には、1月に、BBCが、ペルシャ語によるTV放送を開始したことが、いたくイラン当局を刺激し、対抗措置として、テヘランのBritish Councilの閉鎖を命令した事件が伏線にある。

そして、今回8人の外交特権を持たない大使館員の逮捕に至ったのであるが、逮捕・拘束されたものの中に、イラン政府の内部状況に詳しい非常に高名な専門家が含まれているとの報道である。イラン政府はこの人物から、英国大使館を遮断したかったのである。

1979年に、米国大使館が占拠され、長期にわたって、大使館員が人質になった、米国にとってはいわば国辱となった事件を想起させられる。現在英国大使館員の家族は全員帰国している。テヘランの中心部の英国大使館は、2.5メートルの壁に守られているが、緊張感は消えないことであろう。

オバマ、ついにイラン政府を非難 Stop Crackdown

2009-06-21 | グローバル政治
2009年6月21日(日)

12日の大統領選挙で、現職のアハマディネジャド氏が改革派のムサビ元首相を大差で抑え再選されたとの発表後、毎日テヘラン市内で、「選挙の無効」を訴える抗議行動が続いている。そして注目された金曜日恒例の最高宗教指導者ハメネイ師の「説教」で、「選挙結果の正当性と、抗議行動の不法」を信者に訴えかけた後の土曜日も、抗議行動が継続したことは、イラン政府の統治能力に重大な問題を突きつける事態となった。

イランとの関係改善を模索し、アフガン平定作戦でのイラン協力を必要としているオバマ大統領は、「内政干渉」( a meddling into Iranian affairs)回避姿勢をとり続けてきたが、この事態展開を受けて、ついにもっとも強い調子で(using the bluntest language)、イラン政府に大して、民衆への「不当にして暴力的な弾圧」(unjust and violent crackdown)の停止を要求した。また米国上下院議会も、「民衆弾圧と、インターネット・携帯制限による権利抑圧」への非難決議を行った。

一方テヘランでは土曜日にも、最高指導者ハメネイ師に反抗して、約3000人と伝えられる民衆は、1979年の「イラン革命」を記念して名づけられた、「革命広場」(Revolution Square)から、「自由広場」(Freedom Square)に結集したが、機動隊と平服の「民兵」(militias in plain cloth)の、警棒と催涙弾の圧迫を受けて、「自由通り」(Freedom Street)に追い詰められた。

民衆の叫んでいるスローガンは、「アラーは偉大なり」(Alahu Akbar/God is great)、「独裁者に死を」(Death to the Dictator)、と「ムサビ万歳」(Viva Mousavi)で、腕に緑の腕章を巻き「緑の波運動」(Green Wave Movement)を目指すと気勢を上げている。

イラン政府は、投票の10%を、数えなおす(recount)ことで事態収拾を図ろうとしている。ムサビ氏は、注意深く「暴動扇動者」に仕立てられることを恐れて、行動を自己規制しているように見えるが、「投票箱が事前にアハマディネジャド氏への票が詰め込まれたまま封印されていた」と、選挙の不正を糾弾し、選挙の無効を強く訴えている。

シャーの圧制を、「アラーは偉大なり」を叫ぶ民衆の力で崩壊させたのは、ちょうど30年前の1979年である。インターネットと携帯の時代に、言論弾圧で民衆を押さえ込むことはできない。イランは、重大な岐路に立っている。

オバマ、イラン選挙後暴動「静観」 When I see violence....

2009-06-17 | グローバル政治
2009年6月16日

イランの大統領選挙投票結果、現職のアハマディネジャド氏が改革派のムサビ元首相を大差で抑え再選されたと週末に発表された以来、この結果に不満を抱く若者を中心に、「静かな抗議」デモが、テヘランを中心に広がりを見せている。しかし政府は明らかに過剰反応の「弾圧」姿勢を前面に押し出し、発砲による死者を7名も出す事態に陥っている。

さらに、イラン政府が、海外メディアが街頭で取材して放送をすることを禁ずる処置をとったことが注目される。インターネットにも検閲処置をとっているが、携帯電話の画像は、TwitterやFacebookを介して世界に情報は流出しているので、web時代に、イスラム宗教者の「精神力」での説得や、恫喝はもはや効かない時代にいることを、見事に世界に示した。

こうした中、アハマディネジャド氏は、急遽、エカテリンブルクに出向き、中ロと中央アジア5カ国で構成する”アメリカ抜き同盟”である上海協力機構(SCO)の首脳会議で、「金融危機克服協力」「アフガニスタン情勢安定化」「北朝鮮との朝鮮半島非核化に向けた交渉再開」の話し合いに参加した。そして中ロ両国から「選挙勝利の祝福」を取り付けることに成功した。

一方、韓国の新大統領を、ホワイトハウスに迎えたオバマ大統領の、主要議題は当然のことながら、「北朝鮮の挑発行動」に対する共同防衛体制の確認にあり、直後の記者会見でも「イラン問題」は二義的な扱いであった。そして「民主主義の旗手」たるオバマ大統領には珍しく、この問題には、「内政不干渉」の基調を崩さなかった。明らかに、アフガン対策優先の中、米国はイラン情勢の情報収集と情報分析の力が弱まってしまっていることを露呈している。

オバマ大統領の、珍しく控えめな、遠まわしの批判は、"When I see violence directed at peaceful protesters, when I see peaceful dissent being suppressed, where ever that takes place, it is of concern to me and of concern to the American people," とあくまで、正面から向き合わず「引いている。特に、このオバマ発言は、「現在時制」であることに注意が必要である。すなわち、彼は、一般論を言っているのであって、決してイランの現状を直接さして懸念を示しているのではないのである。オバマ氏は、内外の問題集積に直面して、当初の打てば響く反応する力を失いつつある。

イラン選挙後の暴動 Violent clashes erupted across Tehran

2009-06-14 | グローバル政治
2009年6月14日(日)

イランの大統領選挙投票結果、現職のアハマディネジャド氏が改革派のムサビ元首相を大差で抑え再選したと発表されている。しかしテヘラン市内で、緑のTシャツを着た改革派の若者を中心としたデモが次第に暴徒化し、警備当局は黒ずくめの機動隊を投入して力でねじ伏せる挙にでなければならなくなっている。

アハマディネジャド氏は、4人の候補者のうちで、初回投票で62.4%以上を得票するという選挙前の接戦予想を覆した「地すべり的勝利」(the landslide victory)を収めたことを早々と宣言した。一方、ムサビ元首相は、これを「危険な茶番劇」(a dangerous charade)と攻撃している。

投票率が85%を超え、投票時間を延長しなければならないくらい都市部の改革支持派が、投票所に向かったにも関わらず、結果が2:1の大差になったこと。さらには、その結果が投票をしようと並んでいる人がまだいる時間に、早々と発表されるという異常さに対して、若者の怒りが爆発しているのである。「この選挙はいかさまだ(fraud)。うそと独裁("lies and dictatorship")の政府に抵抗しよう」とムサビ氏は訴えている。

当局は、混乱の拡大を恐れて、携帯電話のネットワークを遮断し、Facebookにも閉鎖を命じている。各局のテヘラン市内のデモ鎮圧のTV画像を見る限り、警棒や催涙弾の使用も無差別であり、イラン政権の本質と、民主化の遅れが、世界中に知れわたるという効果を発揮した。

革命防衛隊と呼ばれる秘密警察が、私服で暴徒の後方に回り込み、機動隊の動きとあわせて「暴徒鎮圧」を行うさまは、計画的(well-organized)であり、イスラム革命以前のシャー時代からあった秘密警察の伝統が、脈々と健在であることがわかった。

こうした混乱状況と投票結果操作の疑いを知っているHillary Clinton国務長官は、「米国は、全世界の人と同様に、選挙が投票した人たちの真正な意思と願望を反映したものであることを願っている」(the outcome reflects the "genuine will and desire" of Iranian voters)とコメントしている。ここで、peopleといわず、votersという言葉を使ったのは、「開票結果が正しく反映しているか」と厳しく問いかけているのである。

オバマ、北朝鮮制裁決意  to step up pressure on N Korea

2009-06-08 | グローバル政治
2009年6月8日(月)

ドーバー海峡で、65年前の1944年6月6日に決行された第二次世界大戦における「史上最大の作戦」(The Longest Day)と称される、ノルマンディ上陸作戦記念式典に出席したオバマ大統領は、北朝鮮の挑発行動に対して断固たる制裁措置で臨む決意を表明した。

北朝鮮が核実験やミサイル発射などの、敵対行動を続けるならば、米国は、黙って見過ごさないと強い警告を発したのである。(US will not continue a policy of capitulating in the face of provocative acts by Pyongyang.)

具体策として、過去にマカオの銀行の北朝鮮政府の口座を凍結することによって北朝鮮を追い詰め、六カ国協議の場に引き出した実績に鑑みて、北朝鮮との銀行取引停止を、アジア各国政府に要請し始めた。

先週James Steinberg,国務次官補を、日本・韓国・中国に派遣したのは、その行動の手始めであり、今後北朝鮮と取引を行う各国の銀行名を、各国政府と協力しながら順次公開する方針である。

オバマ大統領が、欧州訪問の途次に、北朝鮮に対して、「恫喝に報酬を与えるようなこと」(a policy of rewarding provocation)はしないと、強い決意を示したことは、極めて注目に値する。

また、北朝鮮国内は、金正日氏の健康不安説、金正雲への「皇位継承」(anointment)問題で、騒然としていることが、最近の対外強硬路線の原因であるとする説が流布されていて、従来は北朝鮮を擁護してきた中国が、非難の姿勢に転じたことも、いまひとつの重大な情勢変化である。

オバマ、D-Day追悼演説 The evil we faced had to be stopped

2009-06-07 | グローバル政治
2009年6月7日(日)

オバマ大統領は、第二次世界大戦の帰趨を決したとも言うべき、ノルマンディー上陸作戦が敢行された6月6日を記念して開催された式典に出席した。 

1944年の、その日に15万人の連合軍将兵が投入され、ドーバー海峡に面した、長さ約10km、幅約3kmの海岸に上陸した連合軍は、がけの上から猛反撃を加える独軍との死闘によって、最初の日だけで4,500人の戦死者を出したのである。この攻撃は、極秘裏に準備され、暗号で、“D-Day”と呼ばれていた。

オバマ大統領は、「アメリカが2世紀にわたって保持してきた理想のためにこの戦闘は決行されたものであり、計画時には勝利の可能性が極めて低く、負ける確率のほうが高かったがゆえに、それだけ畏敬の念で記憶されているのだ」(because of the "sheer improbability" of the Allied victory and the "size of the odds that weighed against success)と戦没者を追悼した。

そして、現在のアフガン戦争や、イラン・北朝鮮の核開発への対抗、中近東における地域紛争を明らかに念頭においたと思われる、当時の連合国側の団結力を称揚する重要なメッセージを送った:

「第二次世界大戦中には、異なる信条・宗教・文化の兵士たちが、手を携えて『共通の敵』(against a common enemy)に立ち向かう団結が形成されていた。われわれの普遍性のある課題とは人間性(humanity)にかかわるものである。

どんな神を信じようと、どんな意見の違いがあろうとも、われわれが、直面する悪を阻止せねばならぬ(The evil we faced had to be stopped.)という共通認識を持っていたのだ」

ところで、前日ミシェル夫人は、二人の子供とだけでパリ見物をした。一方大統領は、ノルマンディーの記念式典後、短時間サルコジ大統領と会談をしただけの訪問となった。

記者団から、「なぜ、主催者のサルコジ大統領ともっと時間を割かないのか?」と問われて、「スケジュールが厳しいだけだ。諸君は、何かというと、サルコジを避けていると深読みしすぎるよ」(The media was "reading too much" into the perceived snub of Sarkozy.)といなした。

昨秋以来、特に4月はじめのロンドンG20会議以来、ことあるごとに歯に衣を着せぬ米国批判を繰り返すサルコジ流の自己主張が、このやり取りの下敷きになっているのである。