もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

タトゥー文化を考える

2020年05月05日 | 社会・政治問題

 外出自粛の折、パチンコ屋に出向く人へのインタビュー映像で二の腕のタトゥー(刺青・文身)を見た。

 報道関係者は、外出自粛という施策と風潮に従わない人の象徴として、敢てタトゥーをしている人を選んだのかも知れないが、自分でもタトゥーはアンチ社会・アンチ権力の象徴であるように思っているのでタトゥーについて調べてみた。刺青は古来からの風習で、アルプスの氷河から発見された5300年前のアイスマンにも刺青の痕跡があり、日本でも「魏志倭人伝」には「男子皆黥面文身」と記述されているそうである。黥面とは顔に刺青を施すことであり、身分・所属などを示す個体識別の手段とされていたらしく、現在の階級章や肩書付きの名刺のように個体を一瞥できる手段であるように思える。その後刺青は中国や日本では刑罰として使用され、江戸時代には犯罪者の左腕上腕部を一周する1本ないし2本の線の刺青を入れるのが一般的であったが、地域によっては額に段階的に初犯は「一」、再犯者は「ナ」→「大」→「犬」と1画ずつ増やされ、五度目(前科四犯者)は死罪になるという地方もあったそうである。1960年代以降はヒッピーが好んで入れたタトゥーがファッションとして定着したが、これも世間とはチョットずれていると云う自分を目立たせるための個体識別手段・表現であるように思える。しかしながら、孔子が「孝経」で「身体髪膚これを父母に受くあえて毀傷せざるは孝の始めなり」と書いているように刺青ファッションは昔から存在していたものとも思える。映画に描かれた博徒・渡世人は、アンチ世間(社会常識)と刺青を入れる際の痛みに耐える蛮勇を誇示するために刺青を入れたものらしく、刺青を「我慢」と呼んで輪郭線しか入れていない者は痛みに耐えきれない半端者扱いされていたそうである。現在ではメッシやネイマールなどの有名スポーツ選手や安室ちゃんもタトゥーを入れる等、一定の市民権を得ているかのようであるが、日本には「刺青(タトゥー)を反社会的シンボル」と見做す風習・文化が根付いているために、プール・銭湯・サウナには入場お断りの紙が貼られており、海水浴場でもタトゥーを隠すことが求められるために外国人と一悶着があることが報じられたりする。

 今はどうなっているか知らないが、文身(刺青・タトゥー)を入れている者は自衛官に採用されなかったし、タトゥーを入れたボクサーがファンデーションで隠すことを求められたことも記憶に新しい。若気の至りで入れた刺青を隠すために、夏でも長袖を着ている人やハワイ旅行のノリで入れたタトゥーを後悔している人も知っている。刺青を消すためには入れる時の数倍の費用が掛かるともされており、今の日本でも、やはりタトゥーは胡散臭さの象徴であるように感じるが時代遅れなのだろうか。


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