もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

プロ野球ドラフト会議と日本学術会議

2020年10月26日 | 社会・政治問題

 本日、プロ野球のドラフト会議が行われる。

 ドラフト会議は1965(昭和40)年以降実施され、当初は就職(企業)選択の自由を奪うとの批判も高かったが、今では各球団の戦力を拮抗させてプロ野球隆盛の根幹を担っており、ドラフト制度が無ければ広島カープの日本一も無かっただろうし、今でも金満球団「巨人軍」が球界の盟主として君臨していたであろう。
 ドラフト会議では100名前後の球児にプロの門戸が開かれるが、人生初の試練を待つ彼等の心境はどのようなものであろうか。指名確実な球児は意中の球団か否か、ボーダーライン上の選手は指名されるか否かが、10時間後に明らかとなる。
 一方、今年も多くの選手が球界を去ることとなり、既に岩隈投手(巨人)、藤川投手(阪神)、石原捕手(広島)等、一時代を築いた名選手の引退が報じられている。ドラフト会議を経て毎年100名内外が入団するということは、毎年同数の人が球界を去ることを意味しており、入団した選手の7割が5年未満で退団する(させられる)と云われ、前期3選手のように引退会見や引退試合で華々しく送り出される人は数%では無いだろうか。功績の有無に関わらず花束を贈られて定年退職した自分や自分世代のサラリーマンと違って、華やかであるが厳しい社会である。

 本日、臨時国会が召集され、政府4演説のうち内閣総理大臣の所信表明演説が行われ、論戦の焦点は中国コロナ対策と日本学術会議会員の任命拒否とされるが、特に学術会議会員問題については不毛な質疑が繰り返されるのだろう。
 学術会議廃止論も取り沙汰されるが、政治に科学的知見を活かすことは必要であろうし、学術会議設立の意義もそこにあるように思う。現在の学術会議が問題視されるのは、会員の選定方法(後任者推薦方式)と会議自らが他の研究者の研究欲求を縛ることであると思うが、戦後の自虐史観教育を考えれば、主として人文化学の分野で左翼学者が一大勢力を為す弊害は改善できないと思う。
 ここで考えるのが、政府と日本学士院によるドラフト選抜である。日本学士院は、日本学士院法に基づいて文科省の特別機関として設置されている国立アカデミーで、概ね、功績のあった学者の名誉職とされて生臭いことには手を染めない状態であるらしいが、ここは学会の長老として、学術会議の会員選択という現場に復帰して欲しいと願うところである。会員ドラフトは学士院と政府がそれぞれに100名程度の候補者を出し合い、両者で重複した人はそのままに、それ以外は政府と学士院が交互に推薦上位者から任命すれば、会員の政治的・思想的な偏向はある程度防げるのではないだろうか。
 日本学術会議には連携会員という二軍・順番待ちが2000名いるとされるが、今後は会員に欠員が出た場合の補充要員としてドラフトで漏れた人をプールする部署とすればいいように思う。
 プロ野球ドラフト会議を機に、学術・学問とは無縁の者の戯言であるが、日本学術会議改革の一方策になり得るものでは無いだろうか。


MRJに公的支援を

2020年10月24日 | 防衛

 1965(昭和40)年に就役したYS-11以来の国産旅客機を目指したスペースジェット(旧MRJ)事業が凍結(事実上の停止)される見通しであることが報じられた。

 リージョナルジェット(一般的には客席数が50~100程度の小型ジェット機を指し、地域間輸送用旅客機と訳される)は、ボンバルディア(カナダ)とエンブラエル(ブラジル)の独壇場であったが、日本政府は航空機産業育成を図るために、環境と燃費に配慮した次世代リージョナルジェット開発のコンペを行って三菱重工(三菱航空機)が開発を行うこととなった。以下、開発から事業凍結までの経緯を年譜的に整理すると。
 2003年(平成15) 経産がコンペ募集・三菱のみ応募
 2008(平成20)年 三菱MRJ事業化決定・受注開始
 2009(平成21)年 1度目の納入延期
 2012(平成24)年 2度目の納入延期
 2013(平成25)年 3度目の納入延期
 2014(平成26)年 完成披露式典挙行
 2015(平成27)年 初飛行・4度目の納入延期
 2016(平成28)年 アメリカで飛行試験開始
 2017(平成29)年 5度目の納入延期
 2020(令和2)年 6度目の納入延期、事業凍結か? となる。
 度重なる設計変更等で開発費は既に1兆円を超えたとされている反面、500機近かった受注も現在では300機にまで落ち込んで採算の見通しが立たないことや、中国コロナの影響でアメリカでの試験飛行が中止を余儀なくされている現状から、残念ながら私企業としては事業凍結も止むを得ないものであるのかも知れない。
 思えば、終戦後GHQ指令で禁止・解体された日本の航空機産業の復興を賭けたYS‐11の開発に際しては、国民の熱い期待と国の支援を得て4半世紀に及ぶ空白を克服したが、MRJ事業に関しては国の支援(500億円?)も低調であったように感じられる。
 自分は、本田技研工業が開発・製造販売する小型ビジネスジェット機の「ホンダジェット(2012年生産開始)が世界で約150機運用されていることや三菱重工がF2戦闘機の開発を行っていることから、MRJの成功を信じていたし、ジェット旅客機の実績がない後発のMRJが計画段階から500機もの受注を得たことを見れば、世界の航空業界も同様の見方をしていたのではないだろうか。ましてや素材研究では最先端の技術力を持っている日本であれば環境に優しく燃費に優れた航空機を完成させることができないとは露ほども思っていなかったのではないだろうか。
 YS‐11の誕生には零戦を生み出した堀越二郎氏を始めとする“戦闘機屋”の関与が大きいことや、人類が月に降り立ったのはライト兄弟の初飛行後わずか66年後のことであったことを思えば、技術の進歩が軍事研究と不可分の関係にあることを示している。今回のMRJ失敗の陰に日本学術会議の退嬰的な軍事研究拒否の姿勢が影響していないだろうか。

 MRJ事業が頓挫した場合、日本の航空機産業が再び日の目を見ることは無くなるように思う。旅客機さえ完成できない技術力と企業の体力は信頼するに足りないとの評価が定まれば、航空会社が日本製造航空機に目を向けることは無くなるように思える。遅ればせながらの感があるが、開発に当たっている三菱航空機を半官半民の国策企業として公的資金を投入することを考えても良いのではないだろうか。


米司法省のgoogle提訴に思う

2020年10月23日 | アメリカ

 アメリカ司法省がgoogle社を提訴したことが報じられた。

 提訴の理由は、google社がアップル社等に資金を提供してgoogle社の検索エンジンを既定設定としていることが独占禁止法(反トラスト法)に違反するとしている。
 アメリカ政府はGAFA「グーグル(Google)・アップル(Apple)・フェイスブック(Facebook)・アマゾン(Amazon)」の牙城・独占切り崩しを目指す一環として提訴したものであり、究極の目標はGAHA各社の分割、デジタル課税強化、SNS運営各社の政治的・思想的偏向が顕著なヘイト規制見直しを企図しているものと考えている。
 今回の提訴についてgoogle社の検索エンジン使用が無料であることと、各アプリでは既定設定のgoogle検索エンジンも他社に変更可能であることから、利用者に不利益を与えるものでは無いために、独占禁止法の立証は容易ではないと観られている。しかしながら、一時期パソコンのOSで絶対的な立場にあったマイクロソフト社(MS)が、独占禁止法で提訴されて分割を迫られたケースでは、OSの基本部分を公開して他社が利用できるように譲歩することで分割は阻止できたものの、長年の訴訟対応で弱体化しSNS興隆の時世に乗り遅れた経緯があるので、googleも分割要求を阻止するためには何らかの対応・譲歩を迫られるとともに、訴訟対応による弱体を防ぐ努力を強いられるものと思われる。
 PCをメール程度にしか使用しない(できない)自分でも他の検索エンジンに比べてgoogleは優れているように思っているが、エンドユーザーの思惑などとは別次元の戦いが始まるのだろう。
 アメリカ政府はこれまでも、スタンダード石油(シェア9割)、通信大手AT&T(シェア10割)を解体・分割したことが有名で、GHQによる財閥解体・農地解放の例もある。権力や資金力によって独占的な事業を展開する企業を解体して多くの機会を国民に与えることがアメリカの経済原則であるのだろうし、対中貿易戦争もつまるところは中国政府の国内企業支援・保護の攻撃に尽きるようにも思える。

 一般的な現象であるが、技術力の高い企業が圧倒的なシェアを保っていた業種に後発社が参入した場合、価格は下落するものの製品の質が落ちるケースが殆どである。卑近な例では、技術力と企業の体力を考慮した公共事業の随意契約や指名競争入札を一般競争入札に変更したために、技術を持たない企業が受注したり工事途中で倒産してしまうケースが近年増加している。国のデータ入力を受注した企業が、コスト圧縮のためにセキリュティの低い企業や外国に丸投げしたことも思い出される。今回のgoogle提訴と同列に捉えることは不適当であるとは思うが、google分割解体後には中国の紐付き企業が参入する危険性もあり、そうなれば新たなハーウェイ・Tik Tok問題が起きる可能性すら否定できない訴訟劇であるようにも思われる。 


終電時間繰り上げに思う

2020年10月22日 | コロナ

 JR東日本が終電の始発時間を30分程度切り上げることを計画していると報じられた。

 この動きはJRのダイヤをベースに運航している私鉄にも波及することは避けられないために、巷の声として、「飲める時間が減る」、「飲食業に大きな打撃」などの反対意見が多いようであるが、全体的には好ましいことではないだろうか。
 そもそも終電時間が現在のようになったのは、電車利用階層がバブル期に夜遅くまで遊べる金を持ったために次第に夜型の人が増えたことが原因で、夜型人間の増加⇒飲食業を中心とした営業時間の延長⇒終電時間の延長⇒夜型人間の増加⇒・・・という無限連鎖の結果であるように思える、中國コロナ禍で、働き方を含むこれまでの私生活がリセットを余儀なくされて人の流れが変わったことを考えれば、終電時間もバブル期以前にリセットされるのも必然で意味あることのように思える。
 自分では、終電時間の繰り上げ⇒飲食業の衰退⇒三次産業に偏っている日本の労働人口配分を是正・飲んだくれ亭主の健康回復・家族団らんの増加は家庭平和を招き・親子の会話は増えて教育効果を上げる⇒更なる終電繰り上げ⇒・・・という新しい連鎖が生まれる<かも知れない>という淡い期待を持っている。
 厚労省は来年の出生数が昨年より11%減少する見通しと発表した。原因は、中国コロナ禍に因る雇用環境や出産のための医療環境の悪化と見られている。自分は、テレワークや外出自粛によって在宅時間が増えるため、かってのニューヨーク大停電の翌年に出生数が著しく増加した例と同様の事態となることを予想し、高齢者のコロナ死亡を併せ考えれば人口ピラミットが幾許かなりとも改善するものと密かに考えていた。しかしながら、在宅時間の増加がDV被害を増すにとどまり、出生数まで低下させている現実を見れば、なんと浅はかな考えであったかと思い知らされるものである。
 そういえば、長期航海を終えて艦が母港停泊となった場合、穏やかな家庭生活は3日で終わるというのが家族持ち乗員の共通認識で、自分の経験もほぼ同様であったことから、『亭主元気で留守がち」が出生数を支えていたものかと思える。

 今回のような異常事態は必然艇に大きな変革を招くことは当然で、素人には考え及ばない事態が今後とも続発することが予想される。これらの予想と対応について政府や専門家は準備怠りないものと信じているが、官営シンクタンクであるべき日本学術会議が何等の提言準備も行っていないことが、同会議廃止論を加速させているとも報じられている。日本学術会議にとっても中国コロナは思いもよらぬ厄災をもたらしたものであろうか。


古関裕而氏と隊歌「海を行く」

2020年10月20日 | 自衛隊

 NHKの朝ドラ「エール」ついての報道を読んだ。

 ドラマは全く見ないので記事に基づく感想であることをお断りした上での展開である。記事によると、主人公「古関裕而」氏がインパール作戦の最前線で再会した小学校の恩師「遠藤喜美治氏」が戦死する場面を描いているが、古関氏のビルマ慰問行は事実であるもの前線慰問は中止され、遠藤氏も復員後80才の天寿を全うされたとされている。歴史物・伝記物の制作は難しいとされ、忠実に描くと単なる年譜になってしまい、最も輝いた一時期のみ抜き出して描けば人格・人間味を描けないと云われている。そのため、多くの場合、虚構の人物を登場させる等の創作が加わえられるのが一般的で視聴者も一定の虚構を承知しているが、NHKの手法はチョット度が過ぎるようにも感じられる。記事にも、視聴者の嫌悪感が強い軍歌・軍国歌謡まで挿入して古関氏を描く努力が窺えるだけに残念な創作としている。閑話休題。
 海上自衛官にとって古関裕而氏は、隊歌「海を行く」の作曲者として知られているが、音楽に暗い自分ながら本日は古関氏の足跡を勉強し、海上自衛隊歌を紹介することとした。
 古関氏は 1909(明治42)年に福島県に生まれ1989(平成元)年に亡くなられている。年譜を辿ると、幾人かの作曲家に師事したとされているが、音楽学校での教育は受けておらず、いわば独学に近い研鑽で多くの楽曲を世に送り出され、クラシックから歌謡曲と幅広く、生涯に5000曲もの楽曲を発表されたとされていた。世に知られたのは1935(昭和10)年の「船頭可愛や(詩:高橋掬太郎、唄:音丸)」のヒットとされているが、真骨頂は哀調を帯びた「愛国の花」「暁に祈る」「露営の歌」「若鷲の歌(予科練の歌)」「ラバウル海軍航空隊」などの戦時歌謡・軍歌であるように思う。
 戦後は、「長崎の鐘」「フランチェスカの鐘」「高原列車は行く」「君の名は」などを発表する傍ら、夏の甲子園高校野球大会歌「栄冠は君に輝く」「東京オリンピック開会式のオリンピック・マーチ」「巨人・阪神・中日球団歌」「各学校の校歌」と、今に歌い継がれる多くの作品を発表しておられる。中でも先に挙げた「海上自衛隊歌:海を行く」は海上自衛隊員必須のもので、着隊(入営)して2・3日後に行われる入隊式で斉唱する必要があることから、敬礼と同時に修得しなければならないものである。入隊後も、多くの儀式や集会で歌う必要があることから、現役・OBを問わず、歌詞は100%暗記していると思う。

 隊歌「海をゆく」は、海上警備隊発足(1952(昭和27)年)から歌われていたが、海上自衛隊開50周年(2004(平成16)年)には、1番歌詞の冒頭「男と生まれ・・・」が時代にそぐわなくなったとして曲はそのままに新しい歌詞に変更された。それ以前に退職したために、「新・海を行く」を歌う機会な無かったが、新旧歌詞を比べると新しい作詞家には申し訳ないが、旧「海を行く」に軍配を挙げたくなるのは、単なる郷愁の故であろうか。ブログ読者を含め多くの人には無縁で興味も湧かないと思うものの、新旧の歌詞を併記させて頂くので、御一覧を懇請するものである。

「海をゆく」
作詞 旧(佐久間正門)、(新)松瀬節夫
作曲 古関 裕而

旧・男と生まれ海をゆく 若い命の血は燃える
  かおれ桜よ黒潮に 備え揺るがぬ旗印
  おお選ばれた海上自衛隊(じえいたい) 海を守る我等

  怒涛よ騒げ 雲よ鳴れ 力黒金たじろがず
  常に鍛えて逞しく 越える苦難の雨嵐
  おお灼熱の海上自衛隊 海を守る我等

  紅の意気 昼も夜も 重い使命にたぎり立つ
  緑清しいあの山河 永久の栄えをただ祈る
  おお国担う海上自衛隊 海を守る我等

新・明け空告げる海をゆく 歓喜湧き立つ朝ぼらけ
  備え堅めて高らかに 今ぞ新たな陽が昇る
  おお堂々の海上自衛隊 海を守る我等

  黒潮薫る旗風に 映える使命の若桜
  熱い力の意気燃えて 凌ぐ波濤は虹と咲く
  おお精鋭の海上自衛隊 海を守る我等

  伴(きずな)に結ぶ伝統の 誇り支えるこの山河
  永久の平和を祈りつつ 祖国の明日を担う
  おお栄光の海上自衛隊 海を守る我等