もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

六本木駅のエレベータ

2023年02月28日 | 国政・行政

 都営大江戸線六本木駅のエレベータが2か月ぶりに運転再開したことが報じられた。

 当該エレベータは、フィンランドのコネ社製で、同社が日本から撤退したために部品調達などに困難をきたして運転不能になっていたものであるが、維持管理・故障復旧などに多くの教訓を示しているように思える。
 日本企業でもエレベータは提供しているにも拘らず、自治体の公共施設に外国製のエレベータが設置された経緯は分からないが、単に「安かったから」ではなかろうかと推測している。
 10年前頃までの日本の慣習では、大型プラントは納入した企業や関連企業が設置後の保守管理まで継続して受注することが多く、初期費用だけ取り出せば割高に見えるものの安心・安全まで含めたライフサイクルコストで観れば、結局安くなるという図式であったと思っている。
 近年の、「自由競争・一般競争入札」以外の調達は、企業の競争意欲や新規参入を損なうとともに官民癒着・税金の無駄を産むという指摘・風潮を受けて、担当者は「初期費用さえ安ければ国民も納得する。あとは野となれ山となれ」という感覚に陥っているのではないだろうかと危惧している。現に、地方自治体の公共工事でも、受注した中小企業が工期内に完了できない、工事途中で倒産するなどのケースが増えているとされている。
 今回の「安物買いの銭失い」を地で行った顛末を観ると徒なコスト(初期費用)重視は、一度考え直す必要があるのではないだろうか。
 初期費用を抑えるために、安価な外国製品を使用することは、以後の保守管理に問題を残して利用者に不便を強いるとともに、日本企業の業績悪化にも手を貸すという事実をもっと重視すべきではないだろうか。

 立憲民主党は「生活安全保障」なるキャッチフレーズを掲げている。
 HPでは《食料、エネルギー、経済、防衛などの各種安全保障政策を「生活」を起点に再構築すべきです。「生活安全保障」は、命と暮らしの視点から、日本を力強く再生させる新たなキーワードです》と一読いや良く読んでも理解できない主張であるが、六本木駅の顛末を観ると字面通りの「生活安全保障」ならば必要であるように思える。
 社会生活を営む以上、必要かつ応分のコストは負担せざるを得ない。それが安ければ安いに越したことはないが、百均・ディスカウントストア・ワンコインランチがデフレスパイラルの一因ともされることを考えれば猶更に思える。


オストリッチ・ファッション

2023年02月27日 | 防衛

 「オストリッチ・ファッション」という表現を知った。

 麗澤大学の織田邦男特別教授(元航空支援集団司令官・空将)が産経新聞の寄稿文で紹介されている表現であるが、日本人の国防観を米軍人は蔑笑とともに「オストリッチ・ファッション」と呼んでいるらしい。英語力に乏しいので正確には訳せないが「駝鳥の風習・やり方」とでも云うのだろうか。
 駝鳥は、危機が迫った場合は穴に首を突っ込むという習性があるらしく、穴に首を突っ込むことで迫り来る危機を「見ざる・聞かざる」の状態に置くそうである。
 織田教授も、「ウクライナ事変・台湾問題。北のミサイル・・・」等の危機に対しても憲法9条という穴に首を突っ込んで思考停止している一部国民の現状から、米軍人の比喩も「宜なるかな」と続けておられる。
 さらに教授は「国防や安全保障は本来逆説的なもので、懸念される事態に備えれば備えるほど、そのような事態は発生し難くなる。それが抑止力であり平和を獲得する最良の方策」ともされているが、予算員会委員にも心に留めて欲しい言葉である。
 とは云ううものの、財源については論が分かれるものの防衛予算の増額に対して6割強の国民が「已むを得ぬ」とするような世論調査結果を観ると、徐々にではあるが抑止力を整備することで平和が保たれるという積極的専守防衛論が市民権を獲得しつつあるように思える。しかしながら、昭和末期まで流行した「財源不足=防衛予算の削減分転用」の主張は、子育て支援・少子化対応で再び息を吹き返しつつあるようにも思える。

 昨年行われた安保関連3文書改訂前の有識者会議(ヒアリング)で、メディア出身(元朝日新聞主筆)の委員が「戦わないためには戦える備えを維持する必要がある」と述べ、話題となった。
 当時は「抑止力」というソフトな表現ではなく基地攻撃能力という禍々しい表現を使用されていたが、元朝日新聞主筆⇒基地攻撃力保持是認はまさしく「君子豹変」の極致と思った。
 織田教授は「国家の安全保障(平和と同義)の基本は、国民一人一人が「考えたくないことを考える」、「最も起こって欲しくないことを考える」ことと結論されている。
 氏の論を待つまでも無く、『「オストリッチ・ファッション」からは何も生まれず、児孫に誇れる何も残せない』と思うが、如何。


日曜日はルブランを

2023年02月26日 | 美術

 やャ寒さの緩んだ日曜日には、ルブランが似合うように思う。

 フランスのエリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン(1755(宝暦5)-1842(天保13)年)は、18世紀における最も有名な女性画家とされている。
 Wikipediaによると、王妃マリー・アントワネットの肖像画を描いたことから信任を得て画家と王妃を超えた友人関係を築いていたが、フランス革命で出国した後はベルギー、ロシア、イタリア、イギリス、スイスを転々としたが、いずれの地でも画家組合に籍を得るなど高い評価を得たとされている。フランスの王政復帰後はフランスに戻って亡くなったが、生涯に660の肖像画と200の風景画を残し、特に優雅な自画像は有名で、多くの美術館に展示されるとともに個人の所蔵する作品も多いのが特徴的とされている。
 優雅な自画像からは窺い知れないが、画家としては名声を博したものの夫は賭博好き、一人娘も長じてから素行が悪かったなど家庭的には恵まれなかったそうである。
 ちなみに、ルブランが生まれた宝暦5年は徳川九代将軍「家重」の治世下で、奥羽地方を中心とした「宝暦の飢饉」が猖獗を極めていた頃である。
 本日は、自画像を中心に紹介することとし、別の作品はいつの日か・後日に。


「自画像1781年」-所蔵先不明


「自画像1790年」-ウフィツィ美術館蔵


「自画像1800年」-エルミタージュ美術館蔵


「麦わら帽子の自画像」-ロンドン・ナショナルギャラリ蔵


「シュミーズ・ドレスを着たマリー・アントワネット」-個人蔵

 


中国の作文に思う

2023年02月25日 | 中国

 中国が「ウクライナ危機の政治解決に関する中国の立場」という素晴らしい作文を発表した。

 注目すべきは文中の「互いに歩み寄り、早い時期に直接対話を再開して全面的停戦を目指すべき」という点に尽きるように思う。
 なぜなら、「互いに歩み寄り」は非の無いウクライナにも一定の譲歩を求めるもので、ロシアの主張に沿ったウクライナ東部3州の割譲または分離独立を暗に求めているに過ぎないと思うからである。
 日本でも、ウクライナ事変を外交交渉で解決・終息させるべきとの意見も少なくないが、もし対話・和平交渉が実現したとしても、ロシアが何も得ることなく撤退に合意することは考えられないので、いわゆる「落としどころ」は割譲範囲をどれほどの州にするかという点に絞られると思う。ゼレンスキー政権はロシアに寸土と雖も割譲する意思が無いことや不法占拠されたクリミヤ半島の回復まで明言していることを考えれば、中国の作文はクリミヤ事変の対処を装いつつも、「もし、中国が武力侵攻する場合にあっても、相手国は無益な抵抗はせずに我々の要求を無条件に飲むよう」警告・宣言したと同意に読める。
 また「地域の安全は、軍事グループの強化や拡大で保証することはできない」とも書かれてウクライナ事変でのNATO強化を批判する体を採っているものの、真意は台湾有事における日米の支援に楔する意図を込めているものに読める。
 「各国の主権・独立・領土は適切い保全しなければならない」という部分は、債務の罠・海警部公船の威嚇・中国派出所設置・・・等で他国の主権を公然と脅かしている事実を棚に上げての厚顔無恥の主張とする以上に、南シナ海の諸島、台湾、尖閣は、中国固有の領土であり、適切な手段(軍事力)で保全すると述べているに過ぎないと読むべきではないだろうか。

 国連総会で「ロシアの即時撤退を求める決議」が141ヶ国の賛成で可決されたが、中国は反対はしないものの棄権した。
 一方で、事変解決の具体策や積極的な関与・対応を明記しない名作文を公表したことは、いかなる場面にあっても「幾ばくかの漁夫の利」を掴もうとする中国外交の一端であるように思う。
 ゼレンスキー大統領は、対話拒否を明言する際に「ロシアに通じる言語は武器のみ」と述べたが、鉄面皮の中国や北朝鮮に対しても通じる言語は無い様に思える。
 全ての紛争解決は武力に依らず外交交渉で解決すべきという主張は心地良いが、そう主張する方々は、彼の国々にも通じる万能言語を持っているのだろうか。はたまた、そのような言語があると信じているのだろうか。


ウクライナ事変1年

2023年02月24日 | 軍事

 ロシアのウクライナ侵攻から1年が経過した。

 侵攻当初は、圧倒的なロシアの軍事力の前には短期間で圧倒されるとの危惧に反して、1年余の長期にわたって奮戦するウクライナ国民の結束と抵抗に改めて敬意を捧げるとともに、ウクライナの勝利を祈っているが、事変の長期化に伴って気懸りな点も浮上しつつあるように思える。
 事変は、既にロシアとNATO間の戦闘の様相を呈しているが、ここに来て中国がロシアへの武器支援に転舵したとの確証をアメリカが把握し中国に警告したと報じられており、事実であるならば事変は自由社会と全体主義の全面対決に拡大することが懸念される。
 また、西側世界の武器庫とされるアメリカもウクライナ支援によって一部兵器の在庫備蓄が危機的なレベルまで減少しているとも報じられている。
 事変による被害状況は正確には把握されていないが、ウクライナ政府の推定として12月末時点のウクライナ軍死者数は1万人から1万3000人とされ、国連が推計した民間人の死者は少なくとも7200人で400人以上の子供が犠牲になったと報じられている。
 一方のロシア軍については、去年9月に国防相が5937人と明らかにして以降発表されていないが、イギリス国防省はロシア軍の兵士や民間軍事会社の戦闘員の死傷者数が17万5000人から20万人に上っており、死者数は4万人から6万人としている。
 更にウクライナが被ったインフラ被害は天文学的数字に上るとともに、復旧・復興に長期間を要するものと思っている。
 戦果を逃れるために国外に脱出した、いわゆるウクライナ難民は500~800万人とされるが、ロシア系住民の不満を内包していたとは言え世界の穀倉地帯とされる安定した国から500万人超の難民が生まれることなど考えた人はいなかったであろう。

 日本の世論も、ウクライナの「いま東部3州を失うことはアイデンティティと将来を失うこと」とのウクライナ指導部・国民の熱情が浸透した今では、事変当初に起こった「市民被害を防ぐためにウクライナの譲歩に依る早期の停戦を」という論調は影を潜め、事変の責任はロシア・プーチン大統領にあるとの認識が普遍的であるように観ているが、朝日新聞のみは「素粒子」という短文コラムで、「米ロ大統領の演説に停戦の気配もない現実が苦々しい」と軍事支援をするアメリカにも責任があるとの認識を示しているそうである。
 狂国の力による現状変更は断じて許すべきでなく、その意欲を挫くためには、防衛に対する装備と民意の涵養に不断の・必死の努力が必要であることを、ウクライナ国民が示してくれているように思う。
 ウクライナと西側社会に勝利を!!