現時点では今年のベスト1。脚本があまりにも緻密で隙がなく計算されつくされているため、しまいにはそのあざとさが鼻についてしまうという欠陥までおまけにつくという作品。この周密な映画空間の緊張感の高さはなかなか真似できない。
イラク戦争から帰還した息子が行方不明になり、やがては惨殺死体となって原型をとどめない姿で発見されたとき、軍警察がまともに捜索しない犯人のゆくえを執念のように追う父親=元軍人をトミー・リー・ジョーンズが迫真の演技で魅せる。出番は少ないとはいえ、その妻をスーザン・サランドンが演じて、この二人だけでもポール・ハギスの脚本を際だたせるに十分だ。この映画は実際に起きた帰還兵殺人事件を元に作られている。劇場用パンフレットを見る限り、事件の概要はほぼ事実通りだ。
トミー・リー・ジョーンズの演技を受けて立つのは地元警察の刑事シャーリーズ・セロン。彼女はシングルマザーで、警察署の中ではセクハラ発言を繰り返すいやな同僚たちに囲まれて奮闘している。軍警察が隠したがる事件を丹念に探り、トミー・リー・ジョーンズと二人三脚で(時に反発しながら)捜査を受け持つ。
物語はほとんどこの生真面目な元軍人である父親トミー・リー・ジョーンズを中心にして進む。彼のきちんとしたこまめな性格をポール・ハギスの脚本・演出は抜け目なく最低限の台詞と動作で描ききってしまう。そして完璧な脚本に応えるべく苦み走った演技で完璧に応えたトミー・リー・ジョーンズは本作でアカデミー賞にノミネートされた。
愛する息子が殺されたとき、息子の行状が明らかになる。調べていけばいくほど、父親たる自分が知らなかった息子の一面が浮かび上がる。それは認めたくない事実だ。真面目で正義感にあふれ、父のようになりたいと軍人になった息子が、なぜかくも無様に理性を失った狼のような若造になり果てたのか?
この父親には、息子が二人いたが、既に長男は軍隊で訓練中に死んでしまった。残る唯一の息子だったのに、愛する次男もまた帰郷しない。このような理不尽にも父は涙一つこぼさず耐えていられるのは、彼が愛国心で武装した軍人だったからだ。と同時に、耐え難い息子の一面に彼自身が打ちのめされ、誰が被害者で誰が加害者かわからなくなっているからだ。一歩間違えば、加害者は息子だった。そのことを理解した衝撃。その衝撃にひたすら父は耐える。本作ではトミー・リー・ジョーンズの耐える演技が観客の背中に鳥肌を立てるほどの迫力だ。
戦争は人を変える。戦争という非日常空間では人は人を殺せるように訓練される。その訓練は帰還兵の心をも蝕む。そのことをアメリカはベトナム戦争で十分知ったはずではなかったのか? 今また、新たな戦争の加害と被害がアメリカ社会を静かに覆うのだろうか。イラク戦争も開戦から既に5年。ポール・ハギスの戦争批判は決して声高ではないが、この映画を見た人にはずしりと応える作品であることは間違いない。
見終わった後、誰かと語り合いたくなる映画。実を言うと、ちょっと人物の造形がステレオタイプに傾いたかもしれないという危惧はある。しかしそれでもなお今年の必見作であることには間違いない(といいながら、もう上映は終わってしまった、残念。DVDでどれだけ感動を味わえるかマイナス部分については残念としかいいようがない)。(PG-12)
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告発のとき
IN THE VALLEY OF ELAH
アメリカ、2007年、上映時間 121分
監督: ポール・ハギス、製作: ポール・ハギス 、パトリック・ワックスバーガーほか、音楽:マーク・アイシャム
出演: トミー・リー・ジョーンズ、シャーリーズ・セロン、スーザン・サランドン、ジョナサン・タッカー、ジェームズ・フランコ、フランシス・フィッシャー、ジョシュ・ブローリン、ジェイソン・パトリック
イラク戦争から帰還した息子が行方不明になり、やがては惨殺死体となって原型をとどめない姿で発見されたとき、軍警察がまともに捜索しない犯人のゆくえを執念のように追う父親=元軍人をトミー・リー・ジョーンズが迫真の演技で魅せる。出番は少ないとはいえ、その妻をスーザン・サランドンが演じて、この二人だけでもポール・ハギスの脚本を際だたせるに十分だ。この映画は実際に起きた帰還兵殺人事件を元に作られている。劇場用パンフレットを見る限り、事件の概要はほぼ事実通りだ。
トミー・リー・ジョーンズの演技を受けて立つのは地元警察の刑事シャーリーズ・セロン。彼女はシングルマザーで、警察署の中ではセクハラ発言を繰り返すいやな同僚たちに囲まれて奮闘している。軍警察が隠したがる事件を丹念に探り、トミー・リー・ジョーンズと二人三脚で(時に反発しながら)捜査を受け持つ。
物語はほとんどこの生真面目な元軍人である父親トミー・リー・ジョーンズを中心にして進む。彼のきちんとしたこまめな性格をポール・ハギスの脚本・演出は抜け目なく最低限の台詞と動作で描ききってしまう。そして完璧な脚本に応えるべく苦み走った演技で完璧に応えたトミー・リー・ジョーンズは本作でアカデミー賞にノミネートされた。
愛する息子が殺されたとき、息子の行状が明らかになる。調べていけばいくほど、父親たる自分が知らなかった息子の一面が浮かび上がる。それは認めたくない事実だ。真面目で正義感にあふれ、父のようになりたいと軍人になった息子が、なぜかくも無様に理性を失った狼のような若造になり果てたのか?
この父親には、息子が二人いたが、既に長男は軍隊で訓練中に死んでしまった。残る唯一の息子だったのに、愛する次男もまた帰郷しない。このような理不尽にも父は涙一つこぼさず耐えていられるのは、彼が愛国心で武装した軍人だったからだ。と同時に、耐え難い息子の一面に彼自身が打ちのめされ、誰が被害者で誰が加害者かわからなくなっているからだ。一歩間違えば、加害者は息子だった。そのことを理解した衝撃。その衝撃にひたすら父は耐える。本作ではトミー・リー・ジョーンズの耐える演技が観客の背中に鳥肌を立てるほどの迫力だ。
戦争は人を変える。戦争という非日常空間では人は人を殺せるように訓練される。その訓練は帰還兵の心をも蝕む。そのことをアメリカはベトナム戦争で十分知ったはずではなかったのか? 今また、新たな戦争の加害と被害がアメリカ社会を静かに覆うのだろうか。イラク戦争も開戦から既に5年。ポール・ハギスの戦争批判は決して声高ではないが、この映画を見た人にはずしりと応える作品であることは間違いない。
見終わった後、誰かと語り合いたくなる映画。実を言うと、ちょっと人物の造形がステレオタイプに傾いたかもしれないという危惧はある。しかしそれでもなお今年の必見作であることには間違いない(といいながら、もう上映は終わってしまった、残念。DVDでどれだけ感動を味わえるかマイナス部分については残念としかいいようがない)。(PG-12)
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告発のとき
IN THE VALLEY OF ELAH
アメリカ、2007年、上映時間 121分
監督: ポール・ハギス、製作: ポール・ハギス 、パトリック・ワックスバーガーほか、音楽:マーク・アイシャム
出演: トミー・リー・ジョーンズ、シャーリーズ・セロン、スーザン・サランドン、ジョナサン・タッカー、ジェームズ・フランコ、フランシス・フィッシャー、ジョシュ・ブローリン、ジェイソン・パトリック