ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

「社会学がわかる事典」

2003年01月09日 | 読書
 とにかくわかりやすい、読みやすい、おもしろい、退屈しない。

「大学教師は社会性に欠けたパーソナリティを持ち、大学教員以外にはできる仕事がない。だから、大学がなければ彼らは直ちに失業者に堕ちる。それは何万人もの犯罪者予備軍の存在を意味する。いっぽうの犯罪者予備軍であるモラトリアム若人を大量に収容しているのも大学。大学ではこの二つの犯罪者予備軍が出会う。大学は彼らを野放しにしないというそれなりの存在意義をもっている」
 という主旨の、ドキッとすることが平然と書いてあって、読み物としてもたいそうおもしろい。

 難解な概念を、日常生活の豊富な具体例を挙げて説明してあるのですっと頭に入る。「事典」と銘打ってあるが、読み物としてのエンタメ性は極めて高い。

 「クロニクル社会学」(有斐閣)が、社会学者の評伝であったのに対し、本書は概念の解説になっていて、両書がそれぞれの欠落を埋めるよい補遺となっている。

 初学者は二冊とも買って読もう。(bk1投稿書評)

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社会学がわかる事典 :読みこなし使いこなし活用自在
森下 伸也著: 日本実業出版社 : 2000.12



「夜と霧」新版

2003年01月09日 | 読書
 ナチスの強制収容所でなにが起こったか、今や多くの人が知っている。
 映画で、TV番組で、TVの戦争特集で、小説で、漫画で……。

 今更もう新しい知見などない? そうだろうか。強制収容所に暮らし、そこから奇跡的に生還した心理学者が極限の状態の中で何を見、何を感じ、何をしたか、つぶさに知ることは、単に古くおぞましい記憶を手繰り寄せ反芻すること以上の意味をもっている。

 第二次大戦後、「アンネの日記」とともにロングセラーとなって読みつがれてきたという本書を、恥ずかしながらわたしは読んだことがなかった。このたび、新版に基づく新訳が出版されたのを知って初めて目にしたわけだが、訳は平明で読みやすく、やはり評判どおりの深い示唆に富むすぐれたドキュメントだった。

 
 ユダヤ人でかつ高名な心理学者である著者が、自分をも分析対象にして、強制収容所での人々の心理状態をつぶさに著していく。いわば、「参与観察」の結果が本書の内容なのだ。ここでは、絶望の中で人はどのように生き延びるのか、あるいはその絶望ゆえにどのように命を落とすのか、心理学者の克明な描写が胸をえぐる。

 平和な時代、「極限の状況」などに陥るはずのないわたしたちですら、ここに書かれた内容が、人はいかに生きるべきかという普遍的なテーマにつながることをひしひしと感じる。ある意味で人はいつだって極限状況に陥りながら生きているのだ。希望と絶望は常にわたしたちのまわりをゆらめき、大きな重圧に、あるいはさまざまな些細なことにすら心が押しつぶされそうになる。

 心が疲れているときに読めば、きっと励ましになることが書いてある。いわば説教臭い教訓が書いてあるともいえるのだが、その言葉が空疎に響かない。ホロコーストを生き延びた人の魂の奥底から出た言葉には普遍的な力がある。

 収容所で人間の尊厳を生きのびさせる力が<知性>であったことを心に刻もう。人のよすがとなる最後の品格を支えるものは知性だ。そして知性は豊かな感性に裏打ちされる。

 わたしが教師なら、夏休みの課題図書に選定したい。若人よ、ぜひ読んでほしい!

 そして本書を読んだら、次は「カフカの恋人ミレナ」(平凡社ライブラリー)を読もう。ナチスの収容所で最後まで誇りと明るさを失わなかった知性溢れる女性の生涯が描かれている。(bk1投稿書評)