「ファストフードが世界を食いつくす」の著者であるエリック・シュローサーがターゲットをハンバーガーに絞り、もう少し低年齢層向けにわかりやすくその危険性を説いた本。「ファストフードが世界を食いつくす 」の記事のときと同様、今回もふらっとマクドナルドに足を運びました(苦笑)。まあ年に数えるほどしか食べないんで、こんな天邪鬼なキッカケがあってももいいかかなと(笑)。
たとえファストフードでも節度さえあればたまに食べるのはいいと思うんです。ただ問題は「まだそれが判断できない子供たち」ですよね。ファストフード店はあの手この手で子供たちを手玉に取ろうと仕掛けてきます。企業はそれが売上を上げる最善の方法だと知っているからなんですね。おまけのおもちゃやキッズ・ルームなんて安い投資です(もちろんこれ自体を批判するわけではありませんが)。子供たちがファストフードに対する価値観をどう形成していくかは大人たちが考えなければならない課題のひとつでしょうね。
たとえファストフードでも節度さえあればたまに食べるのはいいと思うんです。ただ問題は「まだそれが判断できない子供たち」ですよね。ファストフード店はあの手この手で子供たちを手玉に取ろうと仕掛けてきます。企業はそれが売上を上げる最善の方法だと知っているからなんですね。おまけのおもちゃやキッズ・ルームなんて安い投資です(もちろんこれ自体を批判するわけではありませんが)。子供たちがファストフードに対する価値観をどう形成していくかは大人たちが考えなければならない課題のひとつでしょうね。
![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
amazon.co.jp の物流の仕組みを探るべく、著者自らが仕分け作業のアルバイト員として現場に潜り込み、内側からの視点でその実態を記したドキュメント。安さの秘密はやはり "完全に管理された安価な労働力" にあることを伺わせる内容であった。
ルポを読むかぎり、労働環境は常軌を逸するほど劣悪なものではないようだが、それでも法を犯さないギリギリのラインという印象は受ける。労働者は単なる労働力としか見なされず、そこには仕事に対するやりがいなど微塵も存在しない。ただひたすらノルマをこなす毎日が繰り返されるのみである。
彼らに対する思いとは裏腹に読み物としては非常に面白かった。ドキュメンタリーが好きな人にはお勧めできる一冊である。我々が安価で商品を手に入れることのできる背景にこういった世界があることは知っておいて損はないと思う。
ルポを読むかぎり、労働環境は常軌を逸するほど劣悪なものではないようだが、それでも法を犯さないギリギリのラインという印象は受ける。労働者は単なる労働力としか見なされず、そこには仕事に対するやりがいなど微塵も存在しない。ただひたすらノルマをこなす毎日が繰り返されるのみである。
彼らに対する思いとは裏腹に読み物としては非常に面白かった。ドキュメンタリーが好きな人にはお勧めできる一冊である。我々が安価で商品を手に入れることのできる背景にこういった世界があることは知っておいて損はないと思う。
![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
「志と理念だけではビジネスは成り立たない」。すべてはこの一語に集約されるだろう。もちろん志や理念があってこそビジネスは産声を上げる。しかし一時の感動を味方に付けただけでは夢物語の域は脱しきれない。「エア・ドゥ 夢はなぜ破れたか」はそんな現実を痛感させられる一冊である。道民の希望の翼であったはずのエア・ドゥに何が起きたのか。本書は挫折と苦悩に満ちた波乱の歴史を関係者の証言、取材を元に整理、再構築したドキュメントである。
故浜田輝男氏の手記「AIR DO - ゼロから挑んだ航空会社 」はまさに映画のシナリオのようだった。たった一人の旅立ちに始まり、道中で出会う多くの同志たち。郷土の民の熱い思いに支えられ、小さな種火はいつしか大きな希望の炎へとその形を変えていく。とくに苦難の末に初フライトを成功させる顛末は読者に十分なカタルシスを感じさせるものであった。さながら冒険活劇の世界である。おそらく物語がそこで終わっていれば、読後の心地よさだけが残っただろう。しかし現実は映画やゲームと違う。物語がそこで終わることはない・・・。
本書で語られるのは主にその後の話である。こんな言い方は酷だが、僕らが見ていたのはエア・ドゥの真の姿ではなく、張りぼての外観だったのかもしれない。関係者の口によって語られる企業体質の脆弱さがそれを如実に物語っている。北海道国際航空は 2002年に民事再生法を適用、全日空との提携により翼を失うことだけは辛うじて免れた(再生は2005年に終了)。物語はまだ続くのである。かつての輝きは無くなりすっかり傷ついてしまったエア・ドゥだが、あの志と理念を高く掲げ、再び「道民の翼」として飛翔する日が来ることを願って止まない。
本書あるいは浜田氏の手記に興味を持たれた方、できればこの二冊は通読をお勧めしたい。志と理念の素晴らしさ、そしてそれを生かすことの難しさ、両著にはその光と影が余すことなく描かれている。
故浜田輝男氏の手記「AIR DO - ゼロから挑んだ航空会社 」はまさに映画のシナリオのようだった。たった一人の旅立ちに始まり、道中で出会う多くの同志たち。郷土の民の熱い思いに支えられ、小さな種火はいつしか大きな希望の炎へとその形を変えていく。とくに苦難の末に初フライトを成功させる顛末は読者に十分なカタルシスを感じさせるものであった。さながら冒険活劇の世界である。おそらく物語がそこで終わっていれば、読後の心地よさだけが残っただろう。しかし現実は映画やゲームと違う。物語がそこで終わることはない・・・。
本書で語られるのは主にその後の話である。こんな言い方は酷だが、僕らが見ていたのはエア・ドゥの真の姿ではなく、張りぼての外観だったのかもしれない。関係者の口によって語られる企業体質の脆弱さがそれを如実に物語っている。北海道国際航空は 2002年に民事再生法を適用、全日空との提携により翼を失うことだけは辛うじて免れた(再生は2005年に終了)。物語はまだ続くのである。かつての輝きは無くなりすっかり傷ついてしまったエア・ドゥだが、あの志と理念を高く掲げ、再び「道民の翼」として飛翔する日が来ることを願って止まない。
本書あるいは浜田氏の手記に興味を持たれた方、できればこの二冊は通読をお勧めしたい。志と理念の素晴らしさ、そしてそれを生かすことの難しさ、両著にはその光と影が余すことなく描かれている。
![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
僕自身が北海道出身というのも少なからず関係しているのだろうか、読後には何とも言えず込み上げてくるものがあった。人は何かに共鳴するとき、無意識に心の繋がりを感じるものだと思う。心のない経営に人や支援は集まらない。全編を通して貫かれているのは "熱い思い" という真っ直ぐな心である。
著者の浜田輝男氏はエア・ドゥ創立の言い出しっぺであり、人が口に出すのも憚られる夢物語を多くの同志の支援を得て実現させた人物である。「道は険しい」とはよく言ったものだが、赤裸々に語られるその内情は生々しい現実感を伴って読者に迫ってくる。
横浜の鶴見で生まれた著者は帯広畜産大学を卒業後、北海道に根を下ろし、養鶏業を営むことを決意する。鶏卵はここ数十年ほとんど価格変動がないという市場でも稀有の存在。その背後には経営者たちの生き残りを賭けた厳しい価格競争があった。だが常に研究や挑戦を怠らなかった彼は自身の会社をいわゆる勝ち組と呼ばれる存在にまで成長させた。そんな航空業界とは縁もゆかりもない世界で生きる男が低迷する北海道の復興を願い、その元凶となっている航空運賃の大幅値下げという目的のために一人立ち上がる。
今までその価格や愛郷心から出来るだけエア・ドゥを利用してきたが、本書を読むまでは羽田-札幌便が世界一利用客の多い航路であることや一時間程度のフライトの海外相場が一万円ちょっとであることなど全く知らなかった。長年大手により価格操作されてきたせいもあるのだろう、AIR DO が参入するまでは "高い" と感じつつも、それ以上の疑念は抱かずに受け入れて来た気がする。往復で五万円以上の運賃は航空会社にとってまさに甘い汁だったわけだ。しかし仮にそれに異を唱えたところで自分達に何が出来たろう。そんな思いで本書を読み始めたが、実は著者の立っていたスタートラインは我々とほとんど同じであった。折れそうになる気持ちは退路を断つことで乗り切った。資金は自らの足で集めて回った。最初は滑稽に見えたかも知れない。しかし決して諦めず前へ進み続ける彼の姿はいつしか多くの人々の心を動かし、エア・ドゥ発足への大きな潮流となっていくのである。
世の中とは何と皮肉なものだろう。エア・ドゥが飛翔を始め、その軌跡を記した本書が世に出た翌年、あろうことか浜田氏も天へと旅立ってしまった。読後にネットでこれを知ったときは正直かなりショックだった。長年の激務や重責が彼の持病を悪化させたことは想像に難くない。「北海道の復興」ただそれだけを願い奔走した晩年、それは文字通り命を賭けた闘いだったのである。しかしそんな感傷に浸らせてくれるほど現実は甘くはなかった。物語は美談で終わらない。今、僕の手元にはこれから読むつもりの一冊の本がある。「エア・ドゥ 夢はなぜ破れたか」・・・舵取りを失い急激に失速していくその後を書いたドキュメントである。
著者の浜田輝男氏はエア・ドゥ創立の言い出しっぺであり、人が口に出すのも憚られる夢物語を多くの同志の支援を得て実現させた人物である。「道は険しい」とはよく言ったものだが、赤裸々に語られるその内情は生々しい現実感を伴って読者に迫ってくる。
横浜の鶴見で生まれた著者は帯広畜産大学を卒業後、北海道に根を下ろし、養鶏業を営むことを決意する。鶏卵はここ数十年ほとんど価格変動がないという市場でも稀有の存在。その背後には経営者たちの生き残りを賭けた厳しい価格競争があった。だが常に研究や挑戦を怠らなかった彼は自身の会社をいわゆる勝ち組と呼ばれる存在にまで成長させた。そんな航空業界とは縁もゆかりもない世界で生きる男が低迷する北海道の復興を願い、その元凶となっている航空運賃の大幅値下げという目的のために一人立ち上がる。
今までその価格や愛郷心から出来るだけエア・ドゥを利用してきたが、本書を読むまでは羽田-札幌便が世界一利用客の多い航路であることや一時間程度のフライトの海外相場が一万円ちょっとであることなど全く知らなかった。長年大手により価格操作されてきたせいもあるのだろう、AIR DO が参入するまでは "高い" と感じつつも、それ以上の疑念は抱かずに受け入れて来た気がする。往復で五万円以上の運賃は航空会社にとってまさに甘い汁だったわけだ。しかし仮にそれに異を唱えたところで自分達に何が出来たろう。そんな思いで本書を読み始めたが、実は著者の立っていたスタートラインは我々とほとんど同じであった。折れそうになる気持ちは退路を断つことで乗り切った。資金は自らの足で集めて回った。最初は滑稽に見えたかも知れない。しかし決して諦めず前へ進み続ける彼の姿はいつしか多くの人々の心を動かし、エア・ドゥ発足への大きな潮流となっていくのである。
世の中とは何と皮肉なものだろう。エア・ドゥが飛翔を始め、その軌跡を記した本書が世に出た翌年、あろうことか浜田氏も天へと旅立ってしまった。読後にネットでこれを知ったときは正直かなりショックだった。長年の激務や重責が彼の持病を悪化させたことは想像に難くない。「北海道の復興」ただそれだけを願い奔走した晩年、それは文字通り命を賭けた闘いだったのである。しかしそんな感傷に浸らせてくれるほど現実は甘くはなかった。物語は美談で終わらない。今、僕の手元にはこれから読むつもりの一冊の本がある。「エア・ドゥ 夢はなぜ破れたか」・・・舵取りを失い急激に失速していくその後を書いたドキュメントである。
![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
デジタル・オーディオ・プレーヤーがポータブル・プレーヤーの主流となり、コンテンツの購入がパッケージ販売から音楽配信という形の無いものへと変わりつつある今日この頃。本書はそのタイトルが示すとおり音楽産業はこの先どうなっていくのだろうという主題を掲げ、過去・現在・未来の流れを軸に経営学的な見地から考察した一冊である。先日の「iPodは何を変えたのか?」ではユーザの心理的側面に迫った分析が興味深かったが、「日本の音楽産業はどう変わるのか」はその性格上、客観的かつ冷静な目で情勢を概観するに終始している。そのため読み物としては面白みや意外性に欠け、僕のような単なる興味本位で読み始めたような読者には少々堅苦しく感じるかもしれない(専門用語に関しては巻末に注釈が付いており、この辺りの配慮はありがたい)。個人的には各章のまとめにもう少し力を入れてくれると読みやすくなると思う。とはいえ読者の大半が何らかの形で音楽ビジネスに係わっている者と推測されるわけで、必要とあらばそれらは読者が自身で行うものなのであろう。
何はともあれ音楽産業の動向について少しでも興味のある方は読んでおいて損はないと思う。個人的には基本的な事柄(例えば国内におけるアルバムの価格設定、アーティストの発掘から販売までの流通の仕組みなど)についての知識を得ることができた。
何はともあれ音楽産業の動向について少しでも興味のある方は読んでおいて損はないと思う。個人的には基本的な事柄(例えば国内におけるアルバムの価格設定、アーティストの発掘から販売までの流通の仕組みなど)についての知識を得ることができた。
![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
今日 MP3 プレーヤー市場において、そのシェアのほとんどを占める iPod。その誕生は Apple 社の窮地を救い、起死回生のヒット商品となりました。本書ではそんな名機がこの世に送り出されるに至った経緯に始まり、社会や文化、そして人々の人生観にどのような影響を与えてきたのか、現在進行形の革命に秘められた舞台裏など、著者による丹念な取材や調査をベースに綴られます。様々な業界人、文化人、研究家などの言葉も興味深く、とりわけ著者と親交の深いスティーヴ・ジョブズが語る内情は他のライターでは決して知り得ることができない核心に満ちたものです。ある種 iPod を通して彼の人間像に迫った本とも言えるかも知れません。
「人々はポータブル・プレーヤーを使用することで、現実世界を往来しながらも自分の好きな音楽をサウンドトラックに映画の主人公になり切ることができる。視界に入るすべての第三者はあたかもその映画のために存在しているかのように見えてくる。iPod はそんな仮想空間を演出する装置のひとつでもある。」こういった考えにはハッとさせられる部分がありましたね。屋外に出て音楽に没頭することは現実逃避の一種なのかも知れません。他では iPod ユーザが互いにプレイリストを公開しあうことの意味やシャッフル機能が持つ可能性について言及した章が面白かったですね。
文体は決して堅苦しくないので読み物として気楽に読み進められます。ただし「iPod を使いこなそう!」といった類の本とは性格を異にしますのでお間違えなきよう。iPod が持つ魅力の謎に迫りたい方にお薦めです。
「人々はポータブル・プレーヤーを使用することで、現実世界を往来しながらも自分の好きな音楽をサウンドトラックに映画の主人公になり切ることができる。視界に入るすべての第三者はあたかもその映画のために存在しているかのように見えてくる。iPod はそんな仮想空間を演出する装置のひとつでもある。」こういった考えにはハッとさせられる部分がありましたね。屋外に出て音楽に没頭することは現実逃避の一種なのかも知れません。他では iPod ユーザが互いにプレイリストを公開しあうことの意味やシャッフル機能が持つ可能性について言及した章が面白かったですね。
文体は決して堅苦しくないので読み物として気楽に読み進められます。ただし「iPod を使いこなそう!」といった類の本とは性格を異にしますのでお間違えなきよう。iPod が持つ魅力の謎に迫りたい方にお薦めです。
![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
正直言って、マクドナルドは好きです。多くの人々が "美味しい" と感じられるように加工されているだけあると思います("美味しい" の定義はさておき)。先日、久しぶりにマクドナルドへ行き、ダブルチーズバーガーのバリューセットを食べてきました。ただ運の悪いことに、その日からメニューが値上りしていて、ちょっぴり損した気分(笑)。以前はワンコインで食べられたのに今はその二割増しですからねぇ。値上りすればそれなりに自分にセーブがかかりますから、まあそれはそれで構わないんですが・・・。いくら好きといってもそんなに食べるわけではないですし、二ヶ月に一度くらい、思い出したように足を運ぶ程度ですかね。
今回、ハンバーガーを食べようと思ったのは一冊の本がキッカケ。つまり本記事の「ファストフードが世界を食いつくす」です。ちまたにはファストフードが体に与える影響を説いた本はたくさんあるようですが、そのこと自体、僕自身はそれほど気になりません。つまるところ食べなければ済むわけですからね。それくらいの自制心はまだ持ち合わせているつもりです(笑)。それより何よりも恐ろしいのはファストフード業界が持つ強大な権力。社会に与えている影響は半端じゃないです。本書では彼らが望むように動かされてしまう社会が実にリアルに描かれています。ファストフード産業に従事する労働者たちはお上の機嫌を損ねれば、我が身の生活を滅ぼすことに繋がりかねないのですから、労働環境は劣悪になろうとその要求を呑むしかないわけです。しかもこれらは他人事ではありません。ファストフード業界に産業構造を乗っ取られることの恐ろしさは、ファストフードを食さない人の身にもその魔の手が忍び寄るということにあります。巻き添えは避けられないんですよね。
最近、食肉加工業者の偽装問題が世間を賑わしていますが、本書を読み進めていた僕にはあまりにタイムリーなニュースでした。まだ記憶に新しい耐震強度偽装問題や不二家の期限切れ原材料使用問題もそうですが、こういうのは特定の業者に限らず、業界自体がすでに歪んだ構造にさらされているのだと思います。下請け企業はいくらでも替えが利きますし、生き残るためには手段を選ばないという状況に追い込まれていることは容易に想像できます。我々消費者は「何を信用してよいのかわからない」と嘆くだけでなく、自ら学び、少しでも自衛の手段を身につけておくことも大切なのではないでしょうか。
・・・とまあ、柄にもなくちょっと偉そうな文章が続きましたが、冒頭の話に戻ります(笑)。本書を読んで「ファストフード業界の恐怖を感じつつ食べるハンバーガーとはいかがな味か」と、そんな思いが頭を過ぎりまして、つい会社帰りに黄金の "M" のアーチに引き寄せられたわけです。結果、やはり僕の味覚もハイテク技術が生み出した人工の香料に見事に騙されていることを痛感いたしました(苦笑)。




最近、数年ぶりに乱読熱が高まっており、ブログの記事も書評もどきの割合が増えてきました。といっても音楽はもちろん聞いていますし、この偏りは単なる気まぐれです(笑)。読む本の選び方は、日常生活で気になったことをネット検索する、その延長線上にあるような感じで、テーマを決めて読み漁っているわけではありません。まさに "乱読" なわけですが、自身にフォローを入れるならば、好奇心のアンテナがすべての方向に向いているといったところでしょうか(笑)。
ジャンクフードの代表格ハンバーガー。決してバランスの取れた栄養が取れるとはいえないこの食べ物を、一ヶ月間食べ続けるとどうなるのか(正しくマクドナルドのメニュー全般)。本書はそれを身をもって体験したひとりの男のドキュメンタリーです。あまりの下らなさに興味を惹かれ、読んでしまいました(笑)。元々はネットで公開されていたネタだそうで、本書はそれをまとめたもの。故に内容は Web 日記風であり、毎日のメニューと感想が克明に記録されています。正直、馬鹿馬鹿しいといったらありゃしないですが、映画「スーパーサイズ・ミー」に触発されて始めてしまう行動力にはただただ感服するばかり。方法論はさておき、「人のいうことに耳は傾けても鵜呑みにはしない」という考えは大切なことだと思います。僕自身、そんな部分に惹かれたのかも知れません(とはいえこれを真似するつもりは毛頭ないですが・・・笑)。
本書では「30日間 マクドナルド生活」の他、「30日間 カップ麺生活」、「30日間 避難訓練生活」も収録されています。さすがにここまでくると食傷気味で、読み終えるのにいささか骨でした。しいて一言付け加えるならば、91食を食べたという「30日間 カップ麺生活」はちょっぴり風変わりなカップ麺ガイドになり得るかな(苦笑)。






二ヶ月ほど前になりますが、"「捨てる!」快適生活" という本の記事を書きました。長年、心の中にわだかまっていた疑念が晴れ、今でも読んで良かったと思っています。本書はそんな当時、友人のくろもあくんが僕に紹介してくれた一冊。図書館での予約数が多かったため、今になってやっと借りることができました(笑)。本の知名度や出版年から察するに、この "「捨てる!」技術" が本家で、"「捨てる!」快適生活" はその類似書として出版されたものでしょうね。どちらも「モノを捨ててスッキリさせよう」という趣旨のもと、著者なりの理論が展開されていくわけですが、両者の大きな違いとしては "「捨てる!」快適生活" が「モノが増えていく原因」や「モノを捨てられない心理」に焦点を当てた内容であるのに対し、"「捨てる!」技術" のほうはモノを捨てるためのテクニックの紹介が中心で、より実践的であることに重きを置いています。
個人的なことをいえば、自分の求めていた答えは "「捨てる!」快適生活" で見つかりました。モノに固執することがいかに自分の人生を束縛していたか。これに気付けたことは捨てるためのテクニックを学ぶ以上に大きな収穫でした。「なぜ自分は上手にモノを捨てられないのだろう」と思い悩んでいる人は、是非 "「捨てる!」快適生活" を手に取ってみてください。ちょっとした悟りが開けるかもしれませんよ(笑)。また「モノで溢れる現状をなんとかしたい」という人には具体的なテクニックが学べる "「捨てる!」技術" がお薦めです。消費行動研究家という肩書きを持つ著者だけあって、"捨てる" という行為に対する考察は非常に論理的で、システマティックに物事を進めていくことが好きな方は共感する部分も多いのではないでしょうか。実践力に自信のある方なら、本書を指針として、身の回りを計画的に片付けてみてはいかがでしょう。ただ一言だけ言わせてもらえば、いくら見事な自説を説いたとしても、世の中には "わかっていても出来ない" という人が多く存在することも事実であり、本書で示されているテクニックが必ずしも根本的な解決にはつながらないということです。"「捨てる!」快適生活" に比べると「捨てられない心理」に対する踏み込みの甘さが目立ち、"技術は学べど心晴れず" という人も出てくるでしょう。もちろんこれは冒頭でも書いたとおり、趣旨の相違からくるものですから、当然といえば当然なのですが・・・。つまるところ、同じ "捨てる" を学ぶにしても、自分自身が何を解決したいのか、ハッキリさせておく必要があるということです。その中で自分に見合った「捨てる!」本を探し出していけばいいのではないでしょうか。






言い間違い、読み間違い、書き間違いなどをまとめたよくある日本語のプチ雑学本。文庫サイズで携帯に便利ですが、過度に大きな文字で書かれているため、1ページあたりの情報量は極めて少ないです(加えて全160ページ弱という薄さ)。切り口も有りがちですし、似たような本が氾濫する中、"本書でなければならない" という差別化要素を見い出すことはちょっと難しいかもしれません(苦笑)。もちろん読めばそれなりに知識はつくと思いますし、通勤時間の暇つぶしには丁度いいでしょう。とはいえ定価400円の価値があるかと問われれば・・・。古本屋の百均コーナーでどうぞ(笑)。
以下引用:
知らないうちに恥をかいていないか、自信があることばでもチェックしてみましょう。さあ、どっちが正しい!? 迷った時にはページを繰って正確な知識をその場であなたのものに。ことばを文脈の中で捉えているので即戦力になります。書き間違いも、読み間違いも、使い方の間違いも、じっと見ていると正しいような気がしてくるのが恐ろしい。怪しい日本語に振り回されないよう、気合を入れて臨みましょう。






少し前の話になりますが、テレビの教育バラエティ番組で書道のシーンがあり、某女性アイドルが左手で筆を持ち、字を書いていました。僕は左利き矯正派ではないので、その行為自体に何か言うつもりはないのですが、小学校時代、左利きの子も習字の時間だけは右手で書くという教育を受けたためか、非常に違和感のある光景に映ったことは事実です。もともと毛筆は "はね"、"とめ"、"はらい" など右手で書くことを前提に作られたものですし、左手で書いている人を見ると、書きにくそうに感じてしまうのですが、それって余計なお世話でしょうかね(笑)。
それはさておき、このとき僕の頭に浮かんだのが「そもそも利き手とは何なんだろう」という疑問でした。単なる好奇心程度でしたが、それっぽいタイトルを当たってみたところ、最初に見つけたのがこの一冊です。著者は人間が持つ左右差(右利き/左利き)について調査・研究を行っている医学博士で、本書での検証は利き手を中心に、利き足、利き眼、利き耳といった他の部位や、さらには動物の生態や習性にまで及びます。ただ内容はというと、統計学が中心で進められるため、数字の比較や著者の推測が多く、いささか面白みに欠けます。非常に淡々とした展開は読み物としての性格は皆無で、単なる好奇心から読み始めた僕にとっては今ひとつ満足感の得られない一冊になってしまいました。もう少し雑学的なエピソードを交えて話してくれたほうが興味を持って読み進められたような気がしますね。






変な日本語を話す外人として有名なダニエル・カールさんの自伝的エッセイ。彼がどうして日本に興味を持つことになったのか、どうして山形弁を操るようになったのか、その辺りの経緯が細かく語られています。彼の人柄を彷彿させる温かな文体も読んでいて心地良いですね。
今ほど活躍されていない頃の話ですが、テレビで初めてダニエルさんを見たときは本当にビックリしました。そのインパクトもさることながら、"流暢な山形弁を話す金髪のガイジンさん" という存在自体が僕の中の常識をはるかに超えていましたからねぇ(笑)。
ちなみに本書を手に取ったのは「ぶらり途中下車の旅」に "今週の旅人" として出演していた回を見たのがキッカケでした。"何となく" 程度の興味で読んでみたのですが、思いのほか楽しめる一冊でしたね。何か面白い読み物を探している方にお薦めです(笑)。





