ガエル記

本・映画備忘録と「思うこと」の記録

かま猫の悲しさ「猫の事務所」宮沢賢治

2018-10-15 07:07:08 | 小説


宮沢賢治の作品は好きなものが多すぎますし、むしろ全体として一つの世界として存在するように思えますけど、とりあえず大好きなひとつとして書いてみたいです。

とはいえ、大好き、というにはとても切ないお話なのです。でもその切なさが可愛さを引き出して胸がきゅっとなる感じに襲われます。

以下、内容に触れますので、ご注意を。




主人公はかま猫なのですが、窯猫というのは生まれつきではなく夏に生まれたので毛が薄く寒がりなのでいつもかまどの中で眠るために薄汚れてしまって嫌われる、という運命にあります。

猫の事務所は皆の憧れの事務所で空きができると猫は皆こぞって入りたいというほどの人気職場です。本来ならかま猫など入れないのですが、その時の所長が黒猫だったためになんとか入れたのです。
でも同僚である白猫・虎猫・三毛猫は皆かま猫を軽蔑しているのです。

うう、これ。本当にいたらかま猫ってきっとやせっぽちそうであまり可愛くなくて、かたや白猫・虎猫・三毛猫はきっとふくふくと太って毛がふさふさとして可愛いのだろうなあと想像してしまいます。痩せて毛の薄いかま猫・・・みすぼらしい姿が目に浮かび切ないです。所長の黒猫は貫禄ありそうでこれも可愛いです。

猫の事務所では猫たちが調べて欲しいと思うものをすぐに調べて答えてくれる、ということでとても重宝されています。

その日もぜいたく猫(この猫もふっくらとして可愛いに違いない)がやってきて旅行先の情報を調べて欲しい、ということで四人の事務猫たちが次々と大原簿を調べて答えていきます。旅行先の地理や注意を読み上げるのです。

かま猫は聞かれる前から調べて短い手を原簿のページの間に挟んでおいたので所長と客猫は感心しますが、同僚猫たちはへっと馬鹿にしました。
かま猫が短い手を原簿に挟んでいる様子が可愛すぎてたまりません。宮沢賢治の数ある可愛いお話描写の中でもこの「猫の手挟み」場面は断トツで可愛い場面で絶対に「賢治萌録」に入れるところですね。


そんなに頑張ってるかま猫ですが、どうしても皆からいじめられてしまうのです、いや、がんばればがんばるほどかえって悪くなるのです。
でもかま猫はかま猫たちの憧れであり誇りでもあるのを感じているのでかま猫たちの名誉のために「決してくじけない」ことを誓います。
かま猫たちの誇り・・・・ううう。

けれども事務長さんがあんなに親切にしてくださる、それにかま猫仲間のみんながあんなに僕の事務所にいるのを名誉に思ってよろこぶのだ、どんなにつらくてもぼくはやめないぞ、きっとこらえるぞと、かま猫は泣きながら、にぎりこぶしを握りました。

猫のにぎりこぶし。ここも入れます。

ところがかま猫は結局その体の特質・毛が薄いことが災いして風邪をひき足の付け根を腫らしてしまって動けなくなってしまうのです。悲しさにもがいて泣き苦しみますが、とうとう事務所を休んでしまいました。


かま猫が休んだのを良いことに同僚猫たちは所長にかま猫の悪口を吹き込みます。今まで目をかけていた黒猫所長はすっかりその口車に乗せられてしまうのです。

次の日、んとか風邪を治して事務所へ行った早朝のことです。
かま猫の大切な大原簿は3つに分けられてしまい、同僚猫たちがそれぞれ自分たちのものにしていました。

かま猫の机の上には何も残っていません。

「ああ、昨日は忙しかったんだな」
理由を見つけて自分に言い聞かせるかま猫ですが、なぜか胸がどきどきするのです。

次々と同僚猫と所長猫がやってきます。
かま猫が挨拶しても誰も返してくれません。
でも他の猫たち同士では挨拶をし合っています。

仕事が始まりますが、かま猫の係りの場面になっても返事をすることができません。原簿がないのです。
かま猫はかなしくて頬のあたりがすっぱくなったり、そこらがきいんと鳴ったりするのをじっとこらえてうつむくだけでした。

他の猫たちはかま猫をちらと見るだけで何も言いません。おひるになってもかま猫は弁当も食べずじっとうつむいていました。その後かま猫はずっと泣き始め、やめたり泣いたりをくりかえしていたのですが、他の猫たちは面白そうに仕事を続けています。

その時、事務所にいかめしい金色の頭をした獅子がはいってきました。猫どもは驚いてうろうろするばかり。かま猫だけが泣くのをやめてまっすぐに立ちました。
獅子が大きなしっかりした声で言いました。
「お前たちは何をしているか。そんなことでは地理も歴史も要ったはなしではない。やめてしまえ。えい。解散を命ずる」


こうして事務所は廃止になりました。

賢治は「ぼくは半分獅子に同感です。」と書いています。

半分というところが面白いですね。
確かにこういう重要な事務所が廃止になるのは実際には困るでしょう。
また新しい形で始められるのかもしれません。
でも最も大切なことは何か、ということですね。

権威には怯える猫たちの姿もおかしくてこの可愛らしい物語はほんの短いものですが、とても重要なことを描いていると思います。
アニメにしてもらうのもいいけど、演劇に良いような気がします。

かま猫の話は切ないけど何度も何度も読んでしまいます。




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