ガエル記

本・映画備忘録と「思うこと」の記録

名前に秘めた思い

2019-02-13 06:21:53 | 思うこと
五木寛之氏が自分の小説「青春の門」につけた名前が無意識に家族の名前をつけていたのを評論家に指摘され初めて気づいて驚いた、と書かれていました。「評論家ってよく見てるんだなあ。自分ではまったく考えてもなかったんだよ」というのがおかしかったのですが、自己の作品に付ける名前というのはこういう感じで意識的あるいは無意識的にかかわりの深い人の名前を付けてしまうものなのだろうと思います。

これは前にもどこかで書いたのですが萩尾望都氏に「十年目の毬絵」という短編マンガがあります。一人の美しい毬絵という女性と彼女を愛する二人の男性の話です。3人は美術大学で共に学ぶ学生でいつも夢を語り合う仲だったのですがある日突然二人の男性のうちイケメンの津川と毬絵は結婚し退学してしまうのです。一人取り残されたおデブの島田太一は衝撃を受けいつまでも毬絵を忘れられず彼女の面影を絵に描きうつすしかありませんでした。
ある日津川から毬絵が亡くなったという電話を受けて島田は駆け付ける。毬絵が書き残した手紙には・・。

いつまでもあの頃のままでいたかった、というお話です。

私はこの話をただただ美しい青春物語として読んで感動していたのですが、その感動を伴侶に話しておりましたところ、「その話はこの前言ってた萩尾望都さんと竹宮惠子さんの話と同じだね」と言い出すのです。
私は思いもよらぬ発言を聞いて驚き「えええ?じゃこのおでぶさんが萩尾さんになるじゃない。そんなことあるわけない」と言いながら考え、確かにこの話はあの3人の話と同じだと思ったのです。

あの3人お話、というのは竹宮惠子さんの自伝本で読んだ話なのですがかつて若き萩尾さんと竹宮さんは女版トキワ荘といわれた大泉サロンというアパートで生活を共にしていた時期があるのですね。これは有名な話でしたので昔から知ってたのですが、どうしてふたりが別れることになったのかを最近になって自伝に書いたのです。
当時から天才と思える才能を発揮していた萩尾さんに対し竹宮さんはかなり劣等感を抱いていたということでした。このままではもうマンガが描けなくなってしまう。それほどに思ってしまった竹宮さんを励ましたのがもう一人の仲間増山法恵さんでした。
増山法恵さんはマンガ家ではないのですが音楽の知識を持ち、少年愛などに関しても二人に深い影響を与えた人物として知られます。
増山さんはもともとは萩尾さんの友達だったそうですが「萩尾さんは実力があるから大丈夫だけど竹宮さんは私がついてないと」という気持ちで竹宮さんについていったそうです。
事実増山さんの原作で竹宮さんが描いた音楽シリーズは素晴らしい作品になりましたし、そのほかでもブレーンとして記されていました。
「でも萩尾さんから見たらそのマンガのようであったのではないか」
と伴侶に言われ私は初めて気づきました。

確かに一人残されたのは才能のある萩尾望都さんのほうです。そこに何も寂しさがなかったとは思えません。

萩尾氏がこのことについて書かれたのを私は知りませんのでこれはまったくの推論にしかすぎませんが。ただもしも萩尾氏が「そんなことは考えてませんよ」と書かれていたとしても萩尾さんの心の底にその思いがあってこの「十年目の毬絵」にあらわされたのではないかと思ってしまいます。

愛しい毬絵と駆け落ちしてしまった津川は島田が思ったようには絵が描けない状態になってしまいます。このことも実際の竹宮さんと重なります。
島田太一のほうは地道に絵を描き続けていきます。
でも島田太一は津川に呼びかけます。
「オレはずっと三人でいたかったよ。オレはもう長いことあのころが恋しかったんだ」「もう二度とあんな時期はないよな」「あれぐらい対等だった時期はないよな」
 
これは萩尾さんの呼びかけなのでしょうか。そう思うと胸が詰まります。

そして「毬絵・まりえ」という名前はどうしてつけられたのでしょうか。
「増山法恵・ますやまのりえ」を縮めると「まりえ」になります。

これは考えてつけられた名前なのか。
それとも無意識につけた名前なのでしょうか。



あらゆる可能性
あらゆる奇跡
手をにぎり合い
完全な円を構成していた
そしてその円は
外宇宙へ向かって
無限に広がっていた

「十年目の毬絵」の最後のページに書かれています。


先日宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」のカムパネルラは保阪嘉内である、というドキュメンタリーを紹介して私自身そう思っているのですが、ここにも名前の符号あるように思えます。
カムパネルラとカナイという重なりです。
ジョバンニの「ジ」はけんじの「ジ」と重ねたというと苦しすぎですか。
でも公にできない関係だからこそ誰にも気づかれないようにでも気づいてもらえるようにそっと名前を重ねたのではないかと思うのです。

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