ガエル記

本・映画備忘録と「思うこと」の記録

「アヴァロンの霧」マリオン・ジマー・ブラッドリー

2018-10-24 07:17:39 | 小説


アーサー王伝説を下敷きに女性たちをメインにした優れた二次同人誌、と言ったら怒られるかもしれないがおおよそ間違っていないと思う。ただし形容した通り卓越した描写力で描かれた超「優れた」二次同人誌であります。そこだけは念を押しておきたい。


私のアーサー王伝説情報は色々な本や映画やドラマの寄せ集め的なものであるけれど、この小説の凄さはきちっとアーサー王伝説に添いながら違う角度で見ていけばこのような物語になるのよ、という意地で創作されているところなのだろう。

本作の女主人公モーゲンは元の物語ではモーガン・ル・フェイと呼ばれる妖精であった。さらにアーサー王の姉でありながら禍々しい魔女として登場するようにもなる。邪な悪役と印象付けられたモーガン・ル・フェイは実は優秀で繊細な女性モーゲンなのであり、魔女と呼ばれたのはキリスト教の人々が彼女を歪んだ見方で判断したためだ、として描き出したところにこの小説の醍醐味がある。

本作でも元の物語を踏んでモーゲンはアーサー王の姉でありながら弟アーサーと性交をする。並外れた知識と技術を持ち歌が上手く気位が高い。
また、妖精族の特徴である色黒で小柄なために美女グウェンフウィファルへの劣等感がある。同じく妖精族の血筋を持つランスロット(ガラハッド)とは従兄妹であり、モーゲンはランスロットに叶わぬ恋心を持ち続けている。ただし美貌のランスロットは貧弱な容姿のモーゲンより輝く美しさを持つグウェンフィファルを愛している。
それでも知性があり冷静なモーゲンは自分を抑制しているのだ。伝説で嫉妬に狂った魔女と描かれた経緯には理由がある、と本作は詳細に顛末を描いていく。そのあたりのいわゆる辻褄合わせの巧みさが凄い。

本作は同時に絶世の美女であるグウェンフウィファル(通常グィネヴィアなどと記される)も主人公であるのが面白い。物語の流れで女主人公はモーゲンの母・イグレインからモーゲン、グウェンフウィファルの二人へと変わっていくのだが、知性と合理性のモーゲンと対局的にグェンフウィファルはあまりにもダメダメな女として描かれているのだ。だけど作者はグェンフウィファルもまた女の在り方の一面でもあると描いているのだ。男をたちを惹きつける愛らしい美貌、すらりとしたからだと豊かな金髪をした裕福に育った娘。ランスロットに惹かれながら、父親に言われるがままにアーサー王と結婚をする。知識はほとんどなくなにをやっても不器用であり、ひたすらキリスト教を信仰することが善良だと信じている。
アーサーとランスロットを愛し愛される幸福なこの女性に唯一与えられなかったのが子供だった。
子供ができない、女性にとってそのことがすべてを無にしてしまうのだ、とグウェンフウィファルは嘆き続ける。

子供を産む。

そのことが常に絶対に女性の物語の中で最も大きな鍵となる。
男性の物語であれば戦争で勝利を手にする、そういうことなのだ。

そう書くと反発する方もおられるかもしれないが、そういう反発を起こさせるほど女性にとって子供を産む、ということが最高の報酬なのだということなのだろう。

それだからこそ最高の美女の一番の欠点が「子供ができない」ということになるのだ。

「源氏物語」においても紫式部は最高の美女・紫の上に「子供を産めなかった」という重荷を与えた。今現在においても女性が子供を産めるか産めないか、そのことで女性をどのように評価判断するか、ということが取り沙汰される。

本作で(というかアーサー王伝説でも)グウェンフウィファルは子供ができず、魔女であるモーゲンは子供を産む。

そのことが物語を大きく動かしていくことになる。

さてさてこちらの話も動かしていこう。

本作の面白さはもともとの伝説を違う角度で見たことによって描かれる生々しい人間たちの姿である。
そして文体が本格派の歴史小説を読んでいる格調を感じさせることでこの物語が本当にあったことだと思わせてくれる。

個性的な女性たちの描写は無論だが、男性たちも等身大でありながら魅力的だ。伝説の騎士たちがリアルな男たちに思えるのも二次創作の楽しさだと思う。
アーサー王はむしろ可愛げのある優しい男で私はこの小説の男性たちで一番好きなのだ。ある意味政略結婚の相手だったグウェンフウィファルに誠意をもって尽くしている。(アーサーがもともとは土着信仰ペンドラゴンの王であったのをキリスト教徒の王になれとグウェンフウィファルが抑え込む場面はどうにも辛いものがあるが歴史上そうなっていくのだから仕方ないともいえる。)

妻に忠実でありながら心底愛していたのは最初の相手だった姉モーゲンだという場面は唐突ながらもアーサーの真面目さを物語っている。
幼馴染であり王の第一の騎士でありまた王の妻を寝取った男でもあるランスロット(ガラハッドという名前のほうが好きだ)とアーサー王は特別の関係であるのも腐女子にはたまらないご褒美だろう。直接の描写はそれほどないが、中でもグウェンフウィファルが妊娠したいがためにアーサー王とランスロット二人を相手にベッドに入る、という場面がある。
結局二人の男と同時に交わってもグウェンフウィファルは身ごもらなかったのだが、その時に彼女はアーサーとランスロットが触れ合っているのを感じていた、という描写があり彼女の「私の間違いはあなたがたの間に割り込んだことだった」と言うセリフがアーサー王と王妃グウェンフィファルと騎士ランスロットの関係を表現しているのだ。

続く。


しかしこの小説、めちゃくちゃ面白いのにほとんどレビューないのなぜ?みんな読もうよ。検索すると結局昔の自分の記事が出てくるというのはつらい。

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