縁起笑店

縁起の道も招き猫から
陶芸家猫社長のつれづれコラム
横浜の縁起村から伊豆の満腹村に移住

しょんべん小僧とジョンベネちゃん

2006-08-20 | Weblog
おやおや君はしょんべん小僧君、どうしたの?
どうしたのって、あちこちで僕のことを呼ぶからわざわざ仕事を抜け出して来たんじゃないか。
君のこと呼んでるって、知らないなあ。
ションベン・ラムジーって、日本中で騒いでるじゃないか。
おいおい、それはジョンベネ・ラムジーだよ。
ジョンベネ・ラムジー、誰やそれ、なんだ僕のことじゃなかったのか、じゃあ熱海の温泉に
戻って仕事するよ。しかし、ちょっと騒ぎすぎだよ、日本人。

箱根のアジサブレ

2006-08-16 | Weblog
箱根のおもちゃ美術館に行ってきた。箱根は海に近いのにちょっと上れば涼しくなる。都心にも
近く通勤圏だ。なのにバリバリの観光地、猫社長にとって箱根はいつでもこられるところなのに
やっぱり買ってしまったお土産、下に見えるはアジサブレ、生臭くないよ、これはいけます。
うさぎのキーホルダーと金魚の根付けは美術館で買い求めたもの。あと箱根地ビールを三本、
これは帰りに寄った小田原のかわうそちゃんちで飲み干した。最後のしめはロマンスカーに乗って縁起村へ帰った。
観光モードにスイッチがはいるとさいふのひもがゆるくなる。

61年前の戦災孤児の話

2006-08-05 | Weblog
もうじき61回目の終戦記念日がやってくる。
婆猫がふと懐かしそうに話してくれたことがある、終戦を向かえたその年のある日、松本駅に10歳
くらいの戦災孤児らしき男の子が立ってたんだって、どうやら新宿から列車に乗って来て
しまったらしい。なんだかかわいそうに思った当時は学生だった婆猫はその子を家に連れて行って、
ご飯を食べさせてあげた。当時婆猫の家族は8人兄弟で、その上貧乏、その日の食事もままならぬ
状態だった。でも両親は何も言わなかったそうだ。いい話だねえ。
あの子どうしたかねえ、名前も何も聞かなかったらしいけど、もし生きていたら、いい年のおじいさんになっているはず。がんばって仕事して大金持ちになり、昔のことを思い出すことがあるかも、
知らない田舎の駅で心細い思いをしてるとき、声をかけてくれてご飯をたべさせてくれた親切な
お姉さんのことを。もしその時のお姉さんにお礼をしたいと思い出したらお姉さんは縁起村に
いるからね。お礼は小さな葛籠でもいいから早く訪ねてきてちょうだい。