否定文の基本的な考え方です。以下、見ましょう。
(1)John did not break the watch yesterday.
(ジョンは昨日その時計を壊さなかった。)
普段はあまりよく考えない事が多いんですけど、(1)は、実は複数解釈があって基本的なものだけでも、以下のような解釈が可能です。
(2)実は(ジョンではなく)トムが壊したのだ。
(3)(昨日ではなく)今朝壊したばかりだ。
(4)壊したのは(その時計ではなく)ラジオなのだ。
(5)(壊したのではなく)ただ分解しただけなのだ。
英語では普通、(1)を(2)~(5)のどの意味で言っているかを、イントネーションによってコントロールします。(1)を(2)の意味で言うなら‘John’にストレスを置きます。同様に(3)なら‘yesterday’、(4)なら‘the watch’、(5)なら‘break’という風にストレスの置き方で(1)の解釈を決定します。
ここで注意して欲しいのは、(2)~(5)は「基本的な解釈」に過ぎないという事です。もっと複雑な場合もあります。例えば(2)と(3)を組み合わせた場合は、(1)は(6)の解釈も可能になります。
(6)ジョンが昨日壊したんじゃないよ。トムが今朝その時計を壊したんだよ。
一例として(6)のようなやり方がありますが、その他、(2)~(5)の組み合わせ方によっていくらでも複雑になります。と、ここまで言って、要するに何が言いたいのかと申しますと、標準的な否定文というのは、何も特別な仕組みは持っていないという事なんです。
普通、否定文というのは、ただ単に、肯定文に‘not’のような否定語を加えただけのものなので、これは「この文全体は真ではないんですよ、偽なんですよ~、その印に‘not’を置きましょうね~」っと述べているだけなんです。だから、否定語はただ単に「文全体(=文そのもの)」に対して「偽」のマーキングを施す仕事をしているだけであって、いわゆる、世間一般でよく議論される、「この文で否定されているのはどこどこの部分で・・・」などと特定する働きそのものは持っていないんです。平たく説明調に言うと、(1)は(7)ように言えます。
(7)John did not break the watch yesterday.
(「ジョンは昨日その時計を壊した」はどこかに誤りが含まれている。)
つまり、ここで本当によく誤解されているのは、「否定されている部分」や「打ち消されている部分」というコトバの使い方なんですね。違うんです。「文そのもの」が否定されて(というよりも、「偽」とされて)いるんです。そこで、その「偽とされている文」中のどこかに「偽とされる原因」があるので、英語の場合は、そこにストレスを置くようなイントネーションにしましょうね、っという事なんです。
否定文中の「偽とされる原因」は‘not’そのものによって決定されるわけではないので、話者がどのような意図を持って否定文を発したかは、どんな話題の中でその否定文が発せられたかを考慮して初めてわかるものです。
だから、よくある否定文の説明に対して今ひとつピンとこない原因は、「否定されている部分」や「打ち消されている部分」というコトバが、無意識のうちに「他の部分は肯定されている」という、ある意味で誤った逆発想を促してしまっているという事なんです。だから、「この‘not’は ~ にかかる」とかいう、見当ハズレな考え方をしてしまうんです。
例えば、(1)において、(6)の解釈のように、「偽とされる原因」が複数にわたる場合は、この、「~にかかる」が無力であることがよくわかります。(1)の、‘John’と‘yesterday’の両方に、‘not’が同時に「かかる」なんて変ですよね。
ところで、‘not’は、文法的には、「副詞」としての扱いを受けていますが、こういった点で、他の副詞とは決定的に性質が違います。ただ文の骨格となるような要素にはなり得ないので、とりあえず、カタチの上で判断すると、副詞として分類される、というだけのことなんですが、意味の面における機能では、上で述べたように、かなり特殊なステイタスをもっています。
この話のポイントは、基本的な否定文の発想そのものに誤解が蔓延しているのを根本的に正すところにあります。英語脳をつくるというより言語脳をつくると言った方が良いかも知れません。
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(1)John did not break the watch yesterday.
(ジョンは昨日その時計を壊さなかった。)
普段はあまりよく考えない事が多いんですけど、(1)は、実は複数解釈があって基本的なものだけでも、以下のような解釈が可能です。
(2)実は(ジョンではなく)トムが壊したのだ。
(3)(昨日ではなく)今朝壊したばかりだ。
(4)壊したのは(その時計ではなく)ラジオなのだ。
(5)(壊したのではなく)ただ分解しただけなのだ。
英語では普通、(1)を(2)~(5)のどの意味で言っているかを、イントネーションによってコントロールします。(1)を(2)の意味で言うなら‘John’にストレスを置きます。同様に(3)なら‘yesterday’、(4)なら‘the watch’、(5)なら‘break’という風にストレスの置き方で(1)の解釈を決定します。
ここで注意して欲しいのは、(2)~(5)は「基本的な解釈」に過ぎないという事です。もっと複雑な場合もあります。例えば(2)と(3)を組み合わせた場合は、(1)は(6)の解釈も可能になります。
(6)ジョンが昨日壊したんじゃないよ。トムが今朝その時計を壊したんだよ。
一例として(6)のようなやり方がありますが、その他、(2)~(5)の組み合わせ方によっていくらでも複雑になります。と、ここまで言って、要するに何が言いたいのかと申しますと、標準的な否定文というのは、何も特別な仕組みは持っていないという事なんです。
普通、否定文というのは、ただ単に、肯定文に‘not’のような否定語を加えただけのものなので、これは「この文全体は真ではないんですよ、偽なんですよ~、その印に‘not’を置きましょうね~」っと述べているだけなんです。だから、否定語はただ単に「文全体(=文そのもの)」に対して「偽」のマーキングを施す仕事をしているだけであって、いわゆる、世間一般でよく議論される、「この文で否定されているのはどこどこの部分で・・・」などと特定する働きそのものは持っていないんです。平たく説明調に言うと、(1)は(7)ように言えます。
(7)John did not break the watch yesterday.
(「ジョンは昨日その時計を壊した」はどこかに誤りが含まれている。)
つまり、ここで本当によく誤解されているのは、「否定されている部分」や「打ち消されている部分」というコトバの使い方なんですね。違うんです。「文そのもの」が否定されて(というよりも、「偽」とされて)いるんです。そこで、その「偽とされている文」中のどこかに「偽とされる原因」があるので、英語の場合は、そこにストレスを置くようなイントネーションにしましょうね、っという事なんです。
否定文中の「偽とされる原因」は‘not’そのものによって決定されるわけではないので、話者がどのような意図を持って否定文を発したかは、どんな話題の中でその否定文が発せられたかを考慮して初めてわかるものです。
だから、よくある否定文の説明に対して今ひとつピンとこない原因は、「否定されている部分」や「打ち消されている部分」というコトバが、無意識のうちに「他の部分は肯定されている」という、ある意味で誤った逆発想を促してしまっているという事なんです。だから、「この‘not’は ~ にかかる」とかいう、見当ハズレな考え方をしてしまうんです。
例えば、(1)において、(6)の解釈のように、「偽とされる原因」が複数にわたる場合は、この、「~にかかる」が無力であることがよくわかります。(1)の、‘John’と‘yesterday’の両方に、‘not’が同時に「かかる」なんて変ですよね。
ところで、‘not’は、文法的には、「副詞」としての扱いを受けていますが、こういった点で、他の副詞とは決定的に性質が違います。ただ文の骨格となるような要素にはなり得ないので、とりあえず、カタチの上で判断すると、副詞として分類される、というだけのことなんですが、意味の面における機能では、上で述べたように、かなり特殊なステイタスをもっています。
この話のポイントは、基本的な否定文の発想そのものに誤解が蔓延しているのを根本的に正すところにあります。英語脳をつくるというより言語脳をつくると言った方が良いかも知れません。
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