遙かなる透明という幻影の言語を尋ねて彷徨う。

現代詩および短詩系文学(短歌・俳句)を尋ねて。〔言葉〕まかせの〔脚〕まかせ!非日常の風に吹かれる旅の果てまで。

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2010-11-30 | 雑記(その他)
明日から12月ですが、新しい仕事のためしばらく休みます。
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現代詩「無用の威嚇」

2010-11-26 | 現代詩作品
無用の威嚇



たとえば下駄箱の隅に
追いやられている履き物が
ゲタ、ゲタと笑い
ソーリ、ソーリーと叫ぶ
下駄と草履の下手な擬人化も
無用という存在の否定にはあらずだ
素足美人もいるが
下駄や草履を脱ぎ捨てて
灼熱の渚で溺れる者を救う
安易な想像を超えて
無用なものが威嚇する淋しさも
戯れとおもえば、
無限の遠さをめざすものの中にあって
毎朝、熱心なジョギングの男女が家の前をかけぬける
シューズになんの問題があろう
ゲタ、ゲタと笑い
ソーリ、ソーリーと叫ぶ
つま先一歩か二歩の微妙な差の
スローモーションにも
他人の視線にまどわされることはない
雪国には
暖かい藁の沓もあればゴムの長靴もある
下流も上流もない
厚い情けの夜の瀧もある



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現代詩「白文」

2010-11-25 | 現代詩作品
白文



夜明けに開いた
白文は
午後になれば 崩れる


蜀の馬氏の子による故事では
五人の才名ある 兄弟のなかで
もっとも 傑出していた
馬良 その眉毛の中の明示である
白い異色の不可解さ


まえぶれの霰や雹はなく
いきなり白文を
突きつけられても きみはもはや驚かない


腕を競い合うこともなく
庭いちめんの朝の雪のように
句読・訓点を施さない白字の美しさ
意味などは無用で人煙希にみえてくる
白読のはじまり
 吐く毒でも
 掃く得でもない


真冬の木曽路のさむい民宿で
今朝は 白文の夜明けを向かえたけれど
遠い日の
句読・訓点を 振り返りながら
きみは白眉になる


それも午後には 決別の旅の空が
霙に変わる
未生の 予感もあろう

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現代詩「炎のリーフ(すずしく生きよ)」

2010-11-24 | 現代詩作品
(新)炎のリーフーすずしく生きよ



眼の底に吹き溜まる
糸くずのような
嫉視感をひっぱると
うっすら地図のような一枚の記憶がめくれる
(すずしく生きよ、…
空気に触れると
とたんに変色する
バス停小屋の横にこびりついて剥がれない
古い映画ポスター
昭和の顔は
マジックでいたずらされている


あの頃は 風だった、みんな
スクリーンのむこうの 広大な草原に
思い思いの 馬を走らせ
傷つきやすい命に
目覚めた
緑の風は虚しさを語りかけるけど
朽ちかけた円錐筒になげかける花束もなく
川向こうの視界に暮れる
時には 泥のような眠りを
むさぼっては
きまぐれな風の自由にあこがれたあの頃


淋しさに足を掬われながら
ブルーグラスのバンジョーにこころを躍らせたり
野放図で 世間知らずの
いのちがけの演奏を夢にみながら
(すずしく生きよ、…
いきなり火を噴くコトバの弾痕のかけらが
眼の中のいのちに突き刺さり
世間に向けた背中の向こう
眼差しの記憶の方角まで狂わせるから
おまえはもう手をふるな
その草原の青い空から


(シンジュクの「ナギサ」ダッタカ/「モクバ」ダッタカ/イツモイリビ
タッテイタ/キミハホントウニ/カゼトナッテ/ボクラノコシテキエタケ
レド/ボクラノマブタノ/ウラガワニ/ヤキツイテ/キエルコトハナイ)
きみが残して行った一九六〇から六八までの古い雑記帳には、コルトレー
ンの『至上の愛』を中心としたジャズ・レコードの感想及び論考と一緒に
米国黒人史といっていい記録が書き込まれていた。


……六〇年食堂座り込み運動全米に波及。六一年アラバマ州を中心にフリ
ーダム・ライダーズ事件騒動。六二年ミシシッピー大学のメレジス入学事
件起る。六三年アラバマ州バーミングハムの黒人デモ大規模衝突。アラバ
マ大学で黒人入学紛争。エバーズ暗殺。奴隷解放百年記念の二十万人ワシ
ントン大行進。バーミングハム黒人教会爆破。六四年マルコムX黒人回教
団から脱退。人種差別撤退に対する公民権成立。ハーレム暴動各地に波及。
キング師ノーベル平和賞受賞。六五年マルコムX暗殺。公民権法成立(投
票権登録差別撤廃)ワッツの大暴動。六六年カーマイケルSNCC委員長
就任。カーマイケル、ブラックパワーを提唱。全米に暴動紛争続く。六七
年ニューヨークの暴動。デトロイト暴動。ワシントン暴動。全米ブラック
・パワー会議。六八年キング師暗殺。また各地で黒人暴動(以下略)……


きみは世界の陰画の部分についていつも熱心に語ってくれたがあの視線に
見据えていたものはなにか。二十一世紀の今も謎でしかない(宇宙戦争?


謎という草に命をやどしても
永遠に暗闇のむこうがわにはもどれないおれたち
風は時どきなにも見なかったふりをする
(すずしく生きよ、…
いま、きみの住む裏の宇宙はすずしいか
そのうち俺も行くが非電化という暮らしは
すこぶる快適なのか
ほかならぬ夢がかりたてた、かつての
炎の眼差しはいまも、まぼろしの
暴動をみつけているのか

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現代詩「珠玉」(新)

2010-11-23 | 現代詩作品
珠玉(新)



あのとき、彼の祖父が捜していたものは
かつて松の湯でみた
龍の彫りものの聴覚化した
アウトローの世界が吹き込んである
すこぶる大切なものだったか


戦後、突然のラジオから
米軍二三三隊吹奏楽隊が流れたのが
そもそもの発端で
笈田敏夫が新倉美子が水島早苗が黒田美治らの
歌声が続々流れて
彼の祖父さんは耳栓を買いに走ったとか


愚痴も啖呵も雑音まじりのジャズに 
負ける訳にはいかねぇってんで
いっちゃぁなんだが、猿まねじゃねえ
猿楽の美なる歴史から日々遠くなる
邦楽モノのが
やりきれねぇんだって
彼は祖父さんの気持ちを代弁してくれた


胸のすく啖呵を横に
粋な彼の祖父さんが捜していたのが
浪曲というたから物、で
たしか虎造の
宿酔のレコード盤だったとか
いくらさがしてもみつからずだったと聞いた
(誰かが割って始末をしたのか……)


祖父さんをねんごろに見送った
昭和三十年代の中頃
二十二歳で彼もあそこへいったきりだが
振り向くたびに口中に
晴天の塩っぱい粒とひろがる
時間がある

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現代詩「転写する幻影」

2010-11-22 | 現代詩作品
転写する幻影



人はじぶん自身が見えない。水に映るわが姿に恋して水仙と化したギリシ
ャ神話のナルキッソスではないが、じぶん自身を写すというのは、じぶん
自身を描くことでもなれば、自身の素顔や容姿とはおよそ無関係な想像力
を介入するまなざしのいとなみのことであろう。


                     誰もじぶん自身の顔がみえ
ないのだ。しかも鏡のなかにみる〈わたし〉とは、ほんとうの〈わたし〉
であるわけもなく、一つの像をなぞるようにしておもいえがいたのが自画
像といわれるものであろう。他者の目でじぶん自身を見ることができない
むろん、まなざしの不幸を


            歎くというのではない。他人の言葉を書き写し
ながら、じぶんを写す行為とは、他者の眼としてのカメラにゆだねる行為
といえるだろう。仮にもそれはファインダーを鏡にむけるのであれ、その
レンズのまえにわたし自身をさらすことであれ、わたしのこの眼を、それ
らに預けることであり、それは淋しい眼の行為の放棄といってもいいに違
いないのだ。


      もはやすすんで〈盲〉になる行為だ。それでも自画像ではな
い自写像は、すでに〈わたし〉という見えないものの幻影なのではない。
じぶん自身をうつすというのは、自身の肉眼からはるかに遠く。カメラと
いう無人称の視線を想像することができるだけである。そして物が影であ
るのと同じ次元にじぶん自身を転写するのだ。その意味ではじぶん自身を
写す行為であるといえるだろう。……転写する不安な像もある。


                             (小窓い
ち面にこびりつく夜明けの粉雪がいつか出社前の私の心に手足にまとわり
ついた寒冷期の関係の類比のような転写の淋しさ。〈わたし〉が〈わたし〉
に対する無知をさらけだすことでしか想像力のまなざしは機能しないのだ
ろう。こうして罪のように他人の言葉を書き写しているに過ぎないとして
も)

  
  人はじぶん自身が見えない。見えないもののかげりなのだろう。それ
はなんというたゆたいなのか。そのたゆたいのなかにじぶん自身を放つこ
とになる。〈わたし〉に〈わたし〉を重ねるといういとなみのなんという
空しさ。


    想像力の介入のはてで〈わたし〉が茫然となるときも、転写する
疵。移動する持久力。眼差しの眼底を擦過する捏造の幻影。それでもひと
はレンズをじぶん自身にむけるのだろう。神話のナルキッソスのように。



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現代詩「丘の日の雲」

2010-11-21 | 現代詩作品
丘の日の雲



丘はみなしごの唄の吹き溜まるところ
初夏の夕暮れに
ちぎれ雲の手に肩叩かれる淋しさを知る
小さな家並のあかりが点点ともり
男はでたらめの歌を歌いながら
親のいないみなしごの子狐であった、と
風に吹かれながら遠い日の丘を振り返える
そういえば、夕陽の丘のみなし子、
みかんの花咲く丘のみなし子、小雨の丘のみなし子
そして、鐘の鳴る丘のみなし子、港が見える丘のみなし子
異国の丘のみなし子、丘は花ざかりのみなし子、丘を越えてのみなし子
それからあの丘越えてのみなし子、その他大勢のみなしご
みんなみんな淋しいみなしごだった頃の
十五少年漂流記や
ひょっこりひょうたん島の
風にまかれた思いでのほかには戦後の意味も知らず
丘の日の雲に乗り遅れた悔いを生きてきたわけではなかったが
いまも男は訪れるたびに
日暮れの真っ赤な入日を引っ掻きながら
指先に血を滲ませて、ちぎれ雲と唄を歌った
みなしごの子狐であった心を
忘却の彼方から
嘘のように鮮明に想いだすのである



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現代詩「新・炎のリーフ(すずしく生きよ)」

2010-11-20 | 現代詩作品
(新)炎のリーフーすずしく生きよ



眼の底に吹き溜まる
糸くずのような
嫉視感をひっぱると
うっすら地図のような一枚の記憶がめくれる
(すずしく生きよ、…
空気に触れると
とたんに変色する
バス停小屋の横にこびりついて剥がれない
古い映画ポスター
昭和の顔は
マジックでいたずらされている


不能犯の手のひらの上で
ふみにじられた微細な日々の
緑の風は吹き
険しい民のまなざしを
覆いかくす錯誤のまんまく
緑の風は虚しさを語りかけるから
朽ちかけた円錐筒になげかける花束もなく
川向こうの視界に暮れる
水嵩がゆっくり引いたあとの無惨にも
観念の屍がるいるいとうかびあがる
少年の日に見た西部劇が流れ寄る


時の波に洗われる水晶体の
書庫に、さびしい残像の墓場に
風は吹き白昼の野に漂う
まるで空腹にたおれた残骸を擦過して風は吹き
吹きだまる糸くずが
眼の底の図像をひきはがす
(すずしく生きよ、…
いきなり火を噴くコトバの弾痕のかけらが
眼の中のいのちに突き刺さり
さびしい眼差しの記憶の方角まで狂わせる
草原の青い空からもう手を振るな


(シンジュクの「ナギサ」ダッタカ/「モクバ」ダッタカ/イツモイリビ
タッテイタ/キミハホントウニ/カゼトナッテ/ボクラノコシテキエタケ
レド/ボクラノマブタノ/ウラガワニ/ヤキツイテ/キエルコトハナイ)
きみが残して行った一九六〇から六八までの古い雑記帳には、コルトレ=
ンの『至上の愛』を中心としたジャズ・レコードの感想及び論考と一緒に
米国黒人史といっていい記録が書き込まれていた。


……六〇年食堂座り込み運動全米に波及。六一年アラバマ州を中心にフリ
ーダム・ライダーズ事件騒動。六二年ミシシッピー大学のメレジス入学事
件起る。六三年アラバマ州バーミングハムの黒人デモ大規模衝突。アラバ
マ大学で黒人入学紛争。エバーズ暗殺。奴隷解放百年記念の二十万人ワシ
ントン大行進。バーミングハム黒人教会爆破。六四年マルコムX黒人回教
団から脱退。人種差別撤退に対する公民権成立。ハーレム暴動各地に波及。
キング師ノーベル平和賞受賞。六五年マルコムX暗殺。公民権法成立(投
票権登録差別撤廃)ワッツの大暴動。六六年カーマイケルSNCC委員長
就任。カーマイケル、ブラックパワーを提唱。全米に暴動紛争続く。六七
年ニューヨークの暴動。デトロイト暴動。ワシントン暴動。全米ブラック
・パワー会議。六八年キング師暗殺。また各地で黒人暴動(以下略)……


きみは世界の陰画の部分についていつも熱心に語ってくれたがあの視線に
見据えていたものはなにか。二十一世紀の今も謎でしかない(宇宙戦争?


謎という草に命をやどしても
永遠に暗闇のむこうがわにはもどれないおれたち
風は時どきなにも見なかったふりをする
(すずしく生きよ、…
いま、きみの住む裏の宇宙はすずしいか
そのうち俺も行くが非電化という暮らしは
すこぶる快適なのか
ほかならぬ夢がかりたてた、かつての
炎の眼差しはいまも、まぼろしの
暴動をみつけているのか



*朝日をまぶしく感じる朝です。家にいるのがもったいないくらです。
さて、どこへでかけようか。空気も澄んで気持ちが良さそうだから。

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現代詩「遺響のしぐれ」

2010-11-18 | 現代詩作品
遺響のしぐれ



異境の雨は……異教か……月の遺響そのしずくに、ちがいなく……《ふるさとは遠くに


ありて思うもの》降りしきるしぐれが一瞬に止んで……黒く大きな瓦屋根が濡れて反射す


ると見えて……急に空が曇り……片町方面からふたたびの……しぐれである……コーヒー


店の雨宿りで……《よしや/うらぶれて異土のかたいとなるとても》……杏のすっぱい甘


さが季節外れの口中にひろがり……旅の男は……白髪交じりの店主の……丁寧な金沢弁に


……うなずいている……犀星のしぐれを論じた……菅谷さんの言葉を……ふと思いだす…
 

…金澤は「しぐれ」よりも「みぞれの」のほうが似合うとおもいながら……「みぞれ」の


まだ明るい望みある犀星の詩より……「みぞれ」の遙かに冷たい氷雨のほうが……深い哀


しみが潜んで見えて……金澤……異郷の街だけど……似合っているのではないか……男は


振りかえる……やや明るい薄紫の西の空……時雨のはれた午後のひとときを……《ひとり


都のゆうぐれに/ふるさとおもい涙ぐむ》……断片の日々が……記憶の彼方から……暗誦


していた……亡き母の声か……旅の遺響に……耳を打つ……想いが溢れる……金澤十一月
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現代詩「あの沼まで」

2010-11-17 | 現代詩作品
あの沼まで



沼はうっすらと水を湛えて
魔法に沈んでいる
水鳥の足跡が僅かに残っているあたりから
見えない地下への階段があることを
暗示していて、その深さも
行きつく先も
想像するしかないのだけれど
沼のほとりから
いまだにかえらないひとがいることも
事実だった


ロンドンの地下鉄
ピカデリー線サーカス駅の階段は
どこまで行っても
乗車口に着かないほどの
深い沼だった
不確かな記憶には
やさしい朝の陽射しもとどかず
沼のほとりに立って
永遠に届かない
あしたの光!
を、
待つのは鼠か(いや帰れない「父」ではないか)




*素晴らしい晩秋・初冬の朝です。
太陽が眩しくてりかえして二階の書斎にいると眩しすぎます。
こんな日もそう長くは続かないでしょう。ここから見える
遠くの山はまだ雪にうもれていないようで薄紫に烟ってみえます。


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