遙かなる透明という幻影の言語を尋ねて彷徨う。

現代詩および短詩系文学(短歌・俳句)を尋ねて。〔言葉〕まかせの〔脚〕まかせ!非日常の風に吹かれる旅の果てまで。

ことばの墓場という辞書?は、

2019-01-04 | 雑記(その他)
「闇から牛」と書いて、「やみから牛」か「くらやみから牛」と読むほかに、「くらがりから牛」という、昔からの伝統的な読みが、あることを教えられて、「闇」は「くらがり」と読むのだと、はずかしながら知った記憶がある。

今度、「広辞苑」の新版がでたと云うが、まだ見ていないからなんともいえないけど、手元にある「広辞苑」で調べてみると「暗・闇」として(くらやみ)と別立てで(くらがり)の引用があった。

「大辞林」では「暗・闇」から牛を引き出す。とあって「広辞苑」と同じだが、「暗がり」からという表記になっていた。

そこで手元にある角川の「新類語辞典」でしらべて、なんと親切なことには「闇」くらやみ)は、世の中のが乱れて見通しが立たないことにたとえられる」という。言葉がそえられていて、先の辞典よりは、ずっととわかりやすかった。

「暗がり」は明治、大正の時代には、多くの人々の常識であったようだが、現代では、どうなんだろう。言葉は読み(訓)もふくめて変わっていく。

それにしても新版の「広辞苑」には一万語もプラスされていると云うが、その影で消えていった「死語」はないんだろうか。

そうだとしたら辞書は言葉の墓場ではないということになる。辞書は言葉の活動の場なのだ。とおもうと「死語」のゆくえについて、~役割を終えて忘れ去られた言葉の末路~は、人間の命運にもにて淋しい。(他愛もないことをふと考えている)


作家堀辰雄の奥さん死去について

2010-04-18 | 雑記(その他)
作家の掘辰雄の奥様である掘多恵子さんが肺炎で97才でお亡くなりになったことを
知り驚いています。

長野の追分にある堀辰雄の部屋には20年前だったか、何度か行ったことがありましたが、
奥さんがご存命とは知らずにいました。

97才というご高齢でお亡くなりになったことをしり、あの頃はまだご健在だったのか
と今さらお目に掛かっていていろいろお話が聞けたかも知れないと思うと、
残念におもいます。

心からご冥福をお祈りいたします。

気になる「矜恃」の安売り

2009-01-13 | 雑記(その他)
つまり「プライド」であり「自負」である矜恃。

最近、よく口にするひとたちがそろいもそろって政治家というのが、腑に落ちない。
いや政治家デって、政治家だから「矜恃」は見過ごすことの出来ない言葉であるが、「矜恃」のバーゲンセールは、止めて欲しいと思う。

矜恃の意味は広辞苑によれば「自分の能力を信じてうだく誇り。自負。プライド。として「横綱としての矜恃」「矜恃を保つ」という例題が書かれている。

矜恃を矢鱈使い始めたのは麻生首相が誤字を読み始めて物笑いの種になったころからだったか。その青果についてもっと気になるのは二世、三世議員のやたrにおおいことだ。

もし矜恃が二世、三世議員を多う輩出していることと今ひとつすっきりしないのは
なんでだろう。
自分は矜恃があるのだと言わんばかりに二世、三世議員が矜恃、矜恃といいだすと
逆に園議員の「矜恃」に言う言葉の意味を問いただしたくなる。
個人名は逢えてあげないが、…。