遙かなる透明という幻影の言語を尋ねて彷徨う。

現代詩および短詩系文学(短歌・俳句)を尋ねて。〔言葉〕まかせの〔脚〕まかせ!非日常の風に吹かれる旅の果てまで。

伊東静雄ノート5

2019-12-11 | 心に響く今日の名言
伊東静雄の連載も今日で一応終わりとします。




私が愛し
そのために私につらいひとに
太陽が幸福にする
未知の野の彼方を信ぜしめよ
そして
   真白い花を私の憩いに咲かしめよ 
昔のひとの堪え難く
   望郷の歌であゆみすぎた
   荒々しい冷たいこの岩石の
場所にこそ (「冷たい場所で」全行)

 みぎの「冷たい場所で」は、「わがひとに与ふる哀歌」のすぐ後に書かれた作品である。「曠野の歌」
までは、すこし距離があり、詩臭『哀歌』の中では、かなり異質な作品であるといえる。

太陽は美しく輝き
あるひは太陽の美しく輝くことを希ひ
手をかたくくみあはせ
しづかに私たちは歩いて行った      (「わがひとに与ふる哀歌」部分)

「わがひとに与ふる哀歌」の相愛の仮構の作品とくらべるまでもなく「冷たい場所では一転して愛するもののための自己犠牲を、それは片恋の真実を提示するかのように歌っているここでは愛の苦行のように冷たい岩石の場所に自らを対置し、あたかも愛する人に罪を犯したと感じるときの自己懲罰という苦行者の振る舞いのようにも見えるが、わたしにはこの冷たい岩石の場所の発見こそ、伊東の詩の成立する〈生〉の場所であり、そこに自らをつなぎ止めることによって見果てぬ愛の粛清を果たそうとしたものと思える。だから苦痛における結合の表現というよりも祈りに近い肉声を聴く思いがする。この冷たい場所の発見が伊東の詩の根拠だと言い切るには今少しの手順が必要であろうか。この場所にもう少しこだわってみたいと思う。   (未)

伊東静雄ノート4

2019-12-10 | 近・現代詩人論
いかなれば今歳の盛夏のかがらきもうちにありて、
  なほきみが魂にこぞの夏の日のひかりのみあざやかなる。
夏をうたはんとては殊更に晩夏の朝かげとゆふべの木末をえらぶかの蜩の哀音を、
いかなればかくもきみが歌はひびかする。
いかなれば葉広き夏の蔓草のはなを愛して會てそをきみの蒔かざる。
會て飾らざる水中花と養はざる金魚をきみの愛するはいかに。     (「いかなれば」全行)

「いかなれば」という詩にも仮定の以外の負性のようなものを感じられるだろうか。そしてそれは日本の近代詩が負性のようにかかえている,言い換えれば詩人を取り巻く宿命のようなものの側面を時代的にとらえているものではないかと思えてしかたがない。いま伊東のやってくるまでの詩人に思いをいたしてみよう。

伊東以前の詩人自らがその思想を詩のなかで表現というよりも、そこには時代的な大きな壁がそびえていたのではないか。近代の自我を打ち砕く巨大な岩石。その岩石に伊東以前の詩人達はことごとく砕け散ったか、あるいは他の方向へと詩をみすてるように立ち去ったのでなかったか。伊東が故郷からひたすら遁走しつづけたように。しかし、ここで伊東の出現以前の詩人論を展開する余裕はないが,たとえば,近代の自我にいちはやく目覚めながら自死という結末で自らの〈生〉の仮構をたった北村透谷がまず考えられる。そして透谷の精神をうけついだといわれる藤村の詩から散文への転身がある。

石川啄木なども短歌からの出発が詩から散文へといそがせたのは,時代閉塞のなかで、なによりも言葉の目覚めが表現主体の自立における苦闘であったのではなかったか。

伊東静雄ノート3

2019-12-06 | 近・現代詩人論
川村二郎はあるところで、なぜ伊東静雄に惹かれた
かと云えば認識を追求する詩人という印象が、認識を追い求めるというその姿勢によってだと語っていたのを読んだ記憶がある。伊東静雄ほど鋭い形では現れているものがほかに見当たらなかったということらしかった。いづれにしろ『哀歌では』〈意識の暗黒部との必死な戦い〉によって、かれの〈個性〉が現実と激しく切り結ぶところに拠ってあったが、『春のいそぎ』の〈平明な思案〉は現実とほぼ重なり合ってしまうのである。

〈あゝわれら自ら孤寂なる発光体なり!〉の純白の世界へはもはや帰れないのでありあまりにもみじかい期間をはげしく燃焼しつくしたその一瞬の光芒のような〈個性〉のうちに、抒情詩の成立する根拠を問うことができるかもしれない。いま、伊東の熱く烈しく燃焼させた表現主体の根拠とはどこに求められたのか、伊東の思想を決定づけた日本浪漫派との出会いとはべつに問わなければならない問題であろう。



私が愛し
そのために私につらいひとに
太陽が幸福にする
未知の野の彼方を信ぜしめよ
そして
   真白い花を私の憩いに咲かしめよ 
昔のひとの堪え難く
   望郷の歌であゆみすぎた
   荒々しい冷たいこの岩石の
場所にこそ (「冷たい場所で」全行)