ここではないどこかへ -Anywhere But Here-

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一瞬でいい/唯川恵

2008-03-16 13:26:00 | 
新聞連載だったからか時間軸の長い小説である。
1973年の18歳のときの事故をきっかけとして、その後の長い人生をさまざまに翻弄されていく男女たち。
それぞれのその時々の軌跡を29歳、37歳、49歳と描いていく。
3人の男女たちは決して会うことはないと思っていたはずなのに、人生のエポックで不思議とシンクロしていく。
そのあたりに状況設定としてかなり無理があるのだが、
そういう形で登場人物が絡んでいかないと物語として成立しないという構成上の苦しさがないわけではない。

人生には時計の針を戻してその一瞬だけをどうしてもリセットしたいという痛恨の瞬間があるものだ。
あの一瞬さえなければ、自分の人生は今とは違ったものになっていたはずなのにという思い。
この小説はそうした、生きられなかったもうひとつの人生について思いを馳せながら読み進めることになる。
それは、意識的に封印されていたものを呼び起こす作業でもあり、それだけにちょっと切なくもある。

この物語に出てくる男女は、それぞれが人生においていくつもの岐路に立たされるのだが、
ひとつの悲劇的な出来事のために選びとる道に必ず枷をはめようとしてしまう。
制約された選択のなかで懸命に幸福を求め、愛情のありかを探していくのだ。その同じベクトルが抗し難く彼らを結びつけ導いていく。

自ら十字架を背負って生きようとする生き方にさえ、一条の光が差すことはあるものなのだ。
この物語の救いは、破滅的な生き方を選んだとしても必ずしもそのような方向に向かっていくとは限らないということではないか。
人生とは本来きれいごとばかりではすまないものだ。
歳を経るにしたがってそのままならなさを悉ることで、人はまた赦されていくのだ。


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