江上環礼拝説教

日本ナザレン教団青葉台教会礼拝説教

日曜礼拝(24年2月25日)

2024-02-25 12:36:52 | Weblog

日曜礼拝(受難節第二)       2024.2.25

         「一粒の麦として来られた救い主」 ヨハネ12:12~26

 

 Ⅰ導入部

 おはようございます。2月の第四の日曜日を迎えました。もう2月の最後の日曜日です。

2月14日の灰の水曜日から受難節・四旬節が始まりました。今年のイースターは、3月31日ですから、前日の3月30日までの日曜日を除く40日間が受難節、四旬節です。日曜日を除くのは、日曜日は復活を記念する喜びの日ですから、6回の日曜日を除く40日をイエス様の十字架の苦しみを覚えて、好きなものを断ったり、悔い改めの期間として過ごします。今年の受難節は、ヨハネの福音書からお話ししたいと思います。今日は、ヨハネによる福音書12章12節から26節を通して、「一粒の麦として来られた救い主」と題して、お話いたします。

 

 Ⅱ本論部

 一、誤った救い主の歓迎

 12節、13節には、「その翌日、祭りに来ていた大勢の群衆は、イエスがエルサレムに来られると聞き、なつめやしの枝を持って迎えに出た。そして、叫び続けた。「ホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように、/イスラエルの王に。」」とあります。過ぎ越しの祭りを控えて、エルサレムの町は巡礼のために集まってきた人々で一杯でした。

12節の前の11節には、死んだラザロを蘇らせたイエス様を多くの人が見に来たこと、イエス様だけではなく、よみがえらされたラザロを見るためであること、祭司長たちは、ラザロの蘇りで、多くのユダヤ人がイエス様を信じるようになったので、ラザロをも殺そうと考えていることなどが記されています。その翌日、祭りに来ていた多くの群衆は、イエス様がエルサレムに来られると聞いて、自分たちが待ち望んでいた救い主であると歓迎するのです。17節、18節には、「イエスがラザロを墓から呼び出して、死者の中からよみがえらせたとき一緒にいた群衆は、その証しをしていた。群衆がイエスを出迎えたのも、イエスがこのようなしるしをなさったと聞いていたからである。」とあります。歓迎した群衆とは、ラザロの復活を見た人々、その証を聞いた人々、過ぎ越しの祭りに来ていた人々を合わせた群衆がイエス様を歓迎したのです。死人を蘇らせたという事実は、多くの人々に救い主としての権威づけになったのでしょう。群衆は、「なつめやしの枝を持って迎えに出た。そして、叫び続けた。」とあります。「なつめやしの枝」「棕櫚の枝」は、植物学上では、背が高く成長し(15m~30m)、一度に多くの実をつけることから、昔から「繁栄、豊穣」の象徴とされてきました。荒野のような過酷な環境下でも、深く根を張り、強い生命力を発揮して育つために、フェニックス(不死鳥)と呼ばたようです。日本では、松竹梅にあたる縁起の良い植物と言えます。エゼキエル書40章から43章には、神殿の入口から本殿至聖所に至る道筋になつめやしが登場し、神殿全体の周りになつめやしの木が彫刻されていて、なつめやしの木は御国の神殿を指し示し、そこにお迎えするメシアとしてのイェス様を表していると考えられるようです。また、なぜなつめやしの枝かというと、BC164年の出来事から来ているようです。当時のイスラエルは、異教徒に支配され、ギリシャの神ゼウスの像が、エルサレムの神殿に置かれていたようです。それはユダヤ人にとっては、神殿を冒涜されているという堪え難い屈辱でした。しかし、BC164年にマカベヤのユダという人物が、戦いに勝利してエルサレムを異教徒から奪還し、神殿を清めて神様に再び奉献したのです。このことを記念して神殿奉献記念祭が行われるようになりました。「そのころ、エルサレムで神殿奉献記念祭が行われた。」(ヨハネ10:22)と聖書は記します。

その時、人々はなつめやしの枝を振って喜び祝いました。なつめやしの枝を振るという行為は、エルサレムが異邦人の支配から解放されたことを喜ぶという意味があるようです。今、ローマ帝国に支配されていたイスラエルが、ローマに勝利して神の民ユダヤ人を解放してくれるイスラエルの王を待ち望んでいた群衆が、イエス様を大歓迎したのです。

 「ホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように、/イスラエルの王に。」と群衆は叫びました。ホサナとは、イスラエルの民がエルサレムに巡礼するに時に用いた詩篇118編25節から出てくるヘブライ語の「ホーシーアー・ナー」(主よ、今どうぞ救ってください。)がバビロン捕囚時代アラム語を話すようになったため「ホーシャナー」というアラム語になり、後にギリシャ語で「ホサナ」になったようです。次第にその言葉の意味は変わって「万歳」というようなほめたたえる歓喜の言葉として用いられるようになったのです。

群衆は、イエス様をローマ帝国からイスラエルを開放してくれる救い主として歓迎したのです。

それは、イエス様の思いとは全く違うものであったのです。死人を蘇らせたというインパクトな出来事で引き付けられた人々の熱はすぐに冷めます。やがて、木曜日には、イエス様を熱烈に歓迎した群衆は、イエス様を「十字架につけろ」と叫ぶようになるのです。

 

 二、人間の欲の思いとイエス様の心の差

 群衆の熱狂に対してイエス様は、14節の前半には、「イエスはろばの子を見つけて、お乗りになった。」とあります。ろばの子に乗ってこられる王というのは、実際はありえないおかしな姿だと言えます。ろばは、通常荷物を運ぶ家畜でした。王様や兵士は馬に乗ります。ですから、ろばの子に乗って来られる王とは普通ではありません。なので、誰の目にも一目で、「この人だ」とわかる印であったのです。イエス様が誕生された時、「あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」(ルカ2:12)と天使は羊飼いたちに伝えました。救い主が家畜小屋の飼い葉桶に寝ている赤ちゃんだとは普通じゃありません。めったにない姿なので、しるしとなりました。エルサレム入城の時も、ろばの子は大人が乗るのには、おかしな、滑稽な、ふらふらとよろけて、今にも倒れそうな歩き方だったでしょう。そんな不格好な王様はいません。旧約聖書は、イエス様のエルサレム入城を「「シオンの娘よ、恐れるな。見よ、お前の王がおいでになる、/ろばの子に乗って。」」と預言しているのです。イエス様が子ろばに乗ってエルサレムに入城されることよって、旧約聖書の預言が成就したのです。

ろばの子に乗られたイエス様は、権力や武力によって支配するのではなく、平和の王として来られたことを示しています。武器も持たず、兵隊も伴わず、その代わりに、漁師や徴税人、女性たち、貧しい人や罪人たちを伴って行進されたのでしょう。それは、平和の王としての象徴なのです。「エルサレム」とは、「平和の町」「平和の基礎」という意味があるようです。その意味の通りに平和の王としてイエス様は、エルサレムに入城されたのです。イエス様は、群衆に歓迎されることが、祭司長やファリサイ派の人々の憎しみをさらに買う行為であることがわかった上で、あえて人々の目を引く形でエルサレムに入城されたのです。それは、イエス様の思いではなく、父なる神様の思い、旧約聖書の預言の通りにされたことなのです。

 19節には、「そこで、ファリサイ派の人々は互いに言った。「見よ、何をしても無駄だ。世をあげてあの男について行ったではないか。」とあります。「何をしても無駄だ。」とファリサイ派の人々は、あきらめ気味です。「何の益にも、何の役にも立たない。」ということでしょう。マリアがイエス様の葬りの用意として香油をイエス様の足にぬった時、イスカリオテのユダは、「無駄な行為だ」とマリアを非難しました。これが、人間の基準でしょう。有益なものや役に立つものは尊ばれて、益にならないものや役に立たないものは捨てられてしまうのです。そして、それがものだけではなく、人間に対しても適用されるという現実があります。有能な人や有益な人は尊ばれ、無力な人や無益な人はさげすまれるのです。しかし、私たちがイエス様に出会い、イエス様の十字架と復活を通して救いに導かれて、神様の存在を知り、信じるならば、全ての価値観が変えられるのです。私たちの無力さ、小ささ、弱さ、あるいは、苦しみや悲しみ、失敗さえも無益ではないということなのです。遠回りすることも、立ち止まって休むということも大切なことであると知るのです。私たちを導かれる神様は、私たちの経験する全ての事、良い事も悪い事も益として下さるということを知ることができるのです。私たちが、自分の心の中にある罪を認めて、自分が罪人であることを知って、自分は無力な、無価値な者だと思っても、神様は私たちに対して、イエス様の十字架と復活を通して、「わたしの目には、あなたは高価で貴い。」と言って下さるのです。何と感謝なことでしょうか。

 

 三、十字架で死ぬことによるイエス様の栄光

 20節から22節には、「さて、祭りのとき礼拝するためにエルサレムに上って来た人々の中に、何人かのギリシア人がいた。彼らは、ガリラヤのベトサイダ出身のフィリポのもとへ来て、「お願いです。イエスにお目にかかりたいのです」と頼んだ。フィリポは行ってアンデレに話し、アンデレとフィリポは行って、イエスに話した。」とあります。熱狂のエルサレム入城の後、ギリシャ人たちがイエス様に会いたいと願います。「お目にかかりたい」の「見る」「イデー」という言葉は、ヨハネによる福音書では。「イエス様を信仰の対象として見る」というニュアンスがあるようです。過ぎ越しの祭りはユダヤ人のものでした。しかし、異邦人でも割礼を受けてユダヤ教に改宗する人がいたり、改宗しなくても、イスラエルの神様に対する信仰を持つ人々がいたようです。それが、今回のギリシャ人たちでしょう。イエス様の奇跡のみ業を見たり、権威ある言葉を聞いても信じない人々が多くいました。しかし、このギリシャ人たちは、信仰の目をもってイエス様を見ていたのです。ギリシャ人たちは、フィリポに願いました。なぜフィリポかというと、「ガリラヤのベトサイダ出身」とあります。幹線道路が交差するガリラヤ地方は、国際商業が盛んで、多くの人々は、アラム語やギリシャ語を用いていたようです。フィリポはギリシャ名で、ギリシャ語を話すことができたのかも知れません。ベトサイダには、ギリシャ人もいたようで、フィリポを見かけたことがあったのかも知れません。フィリポは同じベトサイダ出身のアンデレに相談しました。そして、アンデレとフィリポは、イエス様の所に行くのです。

 23節には、「イエスはこうお答えになった。「人の子が栄光を受ける時が来た。」」とあります。イエス様は、ヨハネによる福音書において、ご自分の時について語っておられます。「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません。」」(ヨハネ2:4)、「イエスは言われた。「わたしの時はまだ来ていない。しかし、あなたがたの時はいつも備えられている」(ヨハネ7:6) ここでは、「人の子が栄光を受ける時が来た。」とはっきりと言われたのです。イエス様は、群衆の熱烈な歓迎を受けたので、「人の子が栄光を受ける時が来た。」と言われたのではありませんでした。イエス様に会いたいというギリシャ人をアンデレとフィリポが連れて来た時に、「人の子が栄光を受ける時が来た。」と言われたのです。その時が来たことをイエス様は、ギリシャ人が訪ねて来たことによって知られたのです。それは、これから起こること、イエス様の十字架の死が、ユダヤ人だけではなく、異邦人の救いにも関係しているからです。24節では、「はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」と言われました。一粒の麦が地に落ちて芽を出すという事実をその一粒の麦が死ぬと表現しておられます。一粒の麦が地に落ちて芽吹くと多くのものが実るようになります。イエス様がご自身の命を差し出して死んで、イエス様の命が失われるなら、そこから多くの人たちが、新しい命に生きるようになると言われたのです。私たち人間は、神様の息吹を、吹き入れられて造られ生きるようになりました。しかし、人間が神様を見失い、罪によって、神様と共に生きることを捨ててしまいました。その人間を神様は、再び回復させるために、新しい芽を出し、多くの実を結ばせるために、イエス様が一粒の麦となられて、地に落ちて命を捨てなければならなかったのです。私たちは自分自身を捨てることはできません。自分を捨てることのできない私たちのために、イエス様が十字架の上で裁かれ、尊い血を流し、命を捨てなければならなかったのです。私たち人間が、イエス様の死に与らなければなりませんでした。イエス様の死によって、私たちはイエス様の復活にも与るという約束をいただいたるです。

 

 Ⅲ結論部

 イエス様は救い主として、栄光を受けるためには死ななければならないのです。イエス様が十字架にかかって死ぬことによってこそ、全ての人の救いという豊かな実が実るのです。死んで復活することによって、生きる者となるのです。イエス様の十字架の死は、イエス様の復活によって、私たちにも復活と永遠の命が与えられるという豊かな実を結ぶことができるのです。

 25節には、「自分の命を愛する者は、それを失うが、この世で自分の命を憎む人は、それを保って永遠の命に至る。」とあります。この言葉は、イエス様の十字架の死と復活によって罪赦された者、救いに与った者の新しい生き方を示しているのでしょう。「自分の命を憎む」の「憎む」と訳された言葉は、「執着しない。第一としない。」という意味があります。自分に執着しない。自分を第一にしない。他者を愛し、他sを大切にする者、イエス様の十字架と復活を通して、神様の愛に生きる者は永遠の命をいただけるのです。

26節には、「わたしに仕えようとする者は、わたしに従え。そうすれば、わたしのいるところに、わたしに仕える者もいることになる。わたしに仕える者がいれば、父はその人を大切にしてくださる。」とあります。イエス様の行く所に着いて行くのです。自分の行きたい所に行くのではないのです。自分のやりたいことをするのではありません。イエス様が命じられた所に行き、イエス様が行いさないと言われることを行うのです。自分だけを愛していたら、自己中心ならば、この働きはできないのでしょう。私たちは、イエス様の十字架と復活を信じるということは、一回限りのことではないのです。イエス様の十字架と復活を信じるということは、一生涯、その中に、十字架と復活、福音に生きるということなのです。「いのちが一番大切だと思っていたころ、生きるのが苦しかった。いのちよりも大切なものがあると知った日、生きているのが嬉しかった。」(星野富弘作)「いのちよりも大切なもの」とは何でしょうか。命よりも大切なものがあるのでしょうか。イエス様は、ご自分の命を私たちのために、私たちを罪から救うためにささげて下さったのです。「はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」と言われました。そして、死んで下さったのです。死の先にある復活、永遠の命の恵みを指し示して下さったのです。そこまで私たちを愛しておられるイエス様の愛を感じて、この週も歩ませていただきましょう。

コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 日曜礼拝(24年2月18日) | トップ | 日曜礼拝(24年3月3日) »

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事