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3・11に寄せて

2012-03-10 | 日記・エッセイ・コラム

当ブログで最もアクセスの多いページは昨年4月23日に御紹介した「仙台堀」です。伊達正宗や仙台藩との関わりで東京には仙台の名の付いた地名があると紹介したもので、震災や被災地を意識して書いたものではありませんでしたが、他のページと比較するとなぜだかアクセス数が多いのです。そんなこともあり、また、このページに添えるための写真を撮っている最中に余震で怖い思いをしたこともあり、アクセスして頂いている方の中には仙台の人はいるだろうか、東北の人はいるだろうかという想いがいつも頭をよぎります。もしもそうであるならば、当ブログにアクセスして頂いている僅かな時間だけでも震災を意識せずにいられれば良いのだがと思っています。


震災から1年が過ぎましたが、震災で大切な人を亡くした人にとっては、時間は心の傷を癒す薬にはならないだろうと思っています。生きている限り、あの日を忘れることは出来ず、苦しみから逃れる術も無いことでしょう。被災していない者には、悲しみや苦しみを頭では理解出来ていても、同じ気持ちを共有することは出来ません。でも、せめて今日から明日、明日から明後日へと、少しでも心の痛みが和らぐことを切に願っています。


震災で東北は未曾有の被害を受けましたが、歴史的には東京も明暦の大火、安政の大地震、関東大震災、第二次世界大戦と壊滅的な被害を受けています。元々が低い土地に造られた都市なので水害でもかなり苦しめられたはずです。しかし、その都度、何年もの月日を費やしたにせよ、立派に復興を遂げ、今に至っています。だから同じことが東北で出来ないはずはないと信じています。


瓦礫の受け入れ先もままならず、差別や偏見は無くならず、政治家は失政を続けているばかりか、いつの間にか被告席から降りてしまったように振舞っていて、復興を信じていると言ったところで表面的な綺麗ごとにしか聞こえないかもしれません。現実には個々人で出来ることはとても小さくて、被災者の方々に直接的に手を差し伸べられることは多くないのは事実です。けれど、あの日を忘れずに、皆が前を向いて、出来る何かを続けていけば、必ずやそれが復興の一歩一歩になるのだと信じています。


一日も早く復興が成し遂げられますように。そして、被災者の方々に少しでも笑顔が増えますように。


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深川の仙台堀川。仙台藩の蔵屋敷が近くに在ったことが名前の由来です。


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南こうせつさんの名曲「神田川」で全国的にも有名な神田川は江戸時代に人工的に造られた川で、現在の飯田橋駅付近から秋葉原付近までの工事を仙台藩主・伊達政宗が行ったことから仙台堀と呼ばれるようになりました。


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