江戸の妖怪、怪奇、怪談、奇談

江戸時代を中心とした、面白い話を、探して、紹介します。

新説百物語巻之二 7、光顕といふ僧度々変化に逢ひし事 

2021-06-26 22:21:54 | 新説百物語
新説百物語巻之二 7、光顕といふ僧度々変化に逢ひし事  
      光顕という坊さんが、何度も化物に出会った事

大和の夕崎と言う所に生れた三五郎と言う者があた。生まれつき器量もよく、肌も色白であった。
幼少より手習いを好み、本などを読む事を楽しみにしていたの。

そして、また、男の兄弟も二人いたので、その村の寺へたのみ、出家させた。
一生懸命勉強をし、十六歳の冬、剃髪して名を光顕と改めた。

殊の外の美僧であって、なかなか田舎そだちとは見えなかった。
又、その近在に庄屋の権九郎と言う者がいた。
一人の娘がいたが、生まれつきもきれいで、心だてもやさしい者であった。
権九郎は親の年忌にあたり、彼の夕崎の老僧を招待したが、光顕も一緒に仏事に来た、それを、この娘がふと見そめて、恋慕の心を生じた。
その後、何とやら心地が悪くて、寝込んでしまった。

たよりを求めて光顕の方へ手紙などを送ったが、一向に返事が来なかった。
彼のむすめは終に、亡くなってしまった。

ある夜、光顕が四つ(午後10時位)過ぎて机に向かって勉強をしていた、すると、向こうの行灯が、にわかにうごき出した。
パッと燃上ったのを、打ち消したので、火はたちまち消えたが、その行灯は、ありし娘の姿となり、ものをも言わず、つっくりと立っていた。
光顕は騒がず、火打ちを取り出し、行灯に火をつけようとすると、姿が消えて、もとの行燈は傷もつかずにあった。

それより、毎夜毎夜このようであった。

それで、さしもの光顕も大いに困り、師匠に暇乞いして京都の西山に登り、所化寮に暮らした。
当初の四五日は何事もなかった。
しかし、その後は、夜ふけて寝ようとすると、かの娘が枕もとに来て、殊の外に冷たい手で顔をなで、手をとってさめざめと泣いていた。
この寺にも長くいられず、京都へ出て西寺町の寺にしばし住んだが、又ここでも、夜分夜着の裾より手をいれて足などをなでられたりしたが、その冷たさは氷のようで、気味悪い事、たとえようがなかった。

その寺の住持は、その事を聞き、毎夜毎夜金剛経を十遍づつ枕もとにて唱えた。
すると、その夜は何のことも無かった。
もしもおこたれば、前のようであった。
ある夜、住持が留守であった夜、又例の変化(ばけもの)が来たのを、数珠でもって払い除こうとした。
すると、その顔は凄まじくなり、目が光って、
「この度は助けてやるが、最後には命を取ってやる。」
と言って帰って行った。

光顕もそれより浮世を思い切って、諸国行脚に出たが、ふしぎな事があって、もとの大和に帰った。
そして、良くない死にかたをした。


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