江戸の妖怪、怪奇、怪談、奇談

江戸時代を中心とした、面白い話を、探して、紹介します。

新説百物語巻之五 11、ざつくわといふ化物の事

2023-08-07 22:47:47 | 新説百物語
新説百物語巻之五 11、ざつくわといふ化物の事  
  ザッカという化け物の事  2023.8
讃州(さんしゅう:讃岐の国:香川県)のかたほとりに妙雲寺と言う寺があった。
その寺に昔より、ザッカと言う化物がいると言い伝えられているが、誰一人見た者がいなかった。
その時の住持を良賢とか言った。

その弟子に良敬と言う名の若い僧がいたが、博学にして美男の僧であった。
あるとき良敬は、勉学のいとまに門前に出て夕涼みをしていた。
蛍が二つ三つ飛ぶのに誘われて、思わず一二町も歩いたが、後ろから静かに歩み来る者がいた。
振り返って見れば、やせて色白な女が、髪を打ちみだして、後ろからよって来た。
気の強い良敬もぞっとして立ち帰ろうとした。
かの女はにっと笑って、
「ここまでいらしゃったのなら、もう少しで、我が家で御座います。おいで下さい。」と言って、手をとって連れて行こうとした。
良敬は行きたくないと思った。かれこれする内に、日もたっぷりと暮れて、物の形も見えないような暗さになった。
女が言った。
「この年月の我が思い、今宵はらさずにはおかない。」と、引き立てられて行くのかと思うと、良敬は夢を見ているようになり、その後は、なにも覚えてなかった。
その夜、良敬が見えないので、良賢は驚き、あちこちと尋ねたが、行方はわからなかった。

その翌朝、四五町わきの山際に、ぼーとして打ち伏していたのが見つかった。
よって見ると衣の全体に白い針のような毛が所々に付いていた。

それから寺へつれ帰り、介抱した。
気を取り戻したが、時々は気が狂ったように、その女の事のみを口ばしった。

良賢は、残念な事と思った。
特に大事な弟子であったので、我が居間に壇をかざり、一七日の間、護摩を修した。
七日めの夜、何かはわからないものが、壇上に落ちかかった。
良賢は取って押さえ、脇差しで以ってさし通した。
その化け物が刀をはねか返そう所を、何度も指し、終に化け物をしとめたり。

その形をみれば、大きさは犬程で、毛の色は白く、口は耳際まで切れていて、背筋に黒い毛があった。
何という化け物かはわからなかった。

「かの寺のザッカと言う化け物はこれであろう。」と、人々は皆、そう言った。
良賢の名は、それより高名となり、智行兼備の坊さんとして敬われた。


作物詞
拾遺百物語  右追而出来(「拾遺百物語」を追って、出版します。)
明和四亥春(1765年亥の年の春)

京六角通油小路西へ入町
     書林 小幡宗左術門板




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以上で、「新説百物語」全文の現代語訳は、終わりです。

叢書江戸文庫 「続百物語怪談集」 国書刊行会出版  を底本とし、
また、国文学研究資料館 https://www.nijl.ac.jp/  にアップされているのも、参照した。



新説百物語巻之五 10、鼻より龍出でし事

2023-08-06 22:45:26 | 新説百物語
新説百物語巻之五 10、鼻より龍出でし事  
                2023.8.
武州(武蔵の国:今の埼玉、東京)の事である。
ある屋敷の若党が昼寝をしていたが、鼻の内がこそばゆく、起きて鼻をかんだ。
その時、鼻の中から飛虫のようなのが飛び出て畳の上に落ちた。
不思議に思って枕もとの茶わんでふせ置き、又一眠りした。
目を開けて思い出し、茶わんをのけてみれば甚だ大きくなり、茶わん一杯になった。

屋敷の主人がその事を聞いて桶に入れて、ふたをしておいた。その日の夕方に見ると、桶一杯の大きさになっていた。

更に大きな半切桶に入れて置けば、これにも一杯大きさに成長していた。

何となく恐ろしくなり、明日は河へ捨てようと庭に出して、大石をおもしにしておいた。

しかし、夜が明けてみれば、石もふたもそのままで、その物はどこに行ったのか見えなくなった、との事であった。

これほど、霊妙なものはないであろう。
もしかしたら、龍ではないのかと話した。

新説百物語巻之五 9、薪の木こけあるきし事 

2023-08-05 22:38:21 | 新説百物語
新説百物語巻之五 9、薪の木こけあるきし事  
   薪が消える話   2023.8.5
因州(因幡。今の鳥取県)の人の語ったことである。
その人の伯父の家には、昔から代々奇異なる事があった。
薪を買って、十束を積んでおき、九束めを積んである部屋へ取りにゆくと、十束めの薪木が残っているはずであるが、帰え失せていた。

この事は、むかしより今に替る事はなかった。
二十束、三十束を買って置いていても消え失せるせる薪木は、必ず十束めの薪であった。

それで、考えて工夫をし、常時九束づつ取り置けば、何の変わったこともなく、薪が消え失せる事もなかった。
しかし、九度めの薪木を取り置きいた時の事である。しばらくして、九束の薪木が一つ残らず消え失せた。

仕方が無いので、今に至るまで、十束づつ買い取っているが、一束が消えるのは、そのままにしている、との事である。

怪しく不思議な事である。

新説百物語巻之五 8、桑田屋惣九郎の屋敷の事

2023-08-04 22:35:19 | 新説百物語
新説百物語巻之五 8、桑田屋惣九郎の屋敷の事  
               2023.8           
京の油小路に、桑田屋惣九郎という茶屋があった。
夫婦とむすこ一人小者(こもの)一人の四人で暮らしていた。

ある朝、父親の友心が朝早く起きて小便に出たが、屋敷の下に火の影が見えた。
ふしぎに思ってのぞいて見れば、縁の下に新しいしい土器があって、それに火がともしてあった。
いまだ誰も起きていないのに、何事であろうかと思い、誰か起きていないかと見たが、誰一人も目がさめていなかった。

そのままにして置いたが、又一日二日過ぎて、母親が二階へ上がると、麻の上下を着た男と打ちかけわた帽子の女とが、差しむかいにいた。
驚いて、二階より飛び下りて、その様子をこうだと告げたので、惣九郎や皆が一緒に2階に上がって見た。
すると、一対の燭台に小袖をきせ、上下打掛をきせてあった。
やっとのことで片づけ、二階から四人とも下りたが、四人のものの帯に、紙を四手を切ったのが付いてあった。
すこしの間に、どうしてどのように付けたのだろうかと肝をつぶした。
ふと見ると、又々 縁の下に、火があった。
よくよくみれば、新しい小さなお宮があって、燈明がともされていて、洗い米が供えてあった。

又、その翌朝おきてみると、父親の友心の夜着の下には小者が入っていて、むすこの惣九郎の夜着のすそには母親を入っていた。
目をさまして、皆々きもをつぶした。

その二十日ばかりの内に、いろいろさまざまの怪しい事が起こった。ある日は、排水溝から何かが出て来たと、小者が言った。それで、追いかけたが、もう何も見えなかった。

それから、怪しい事は、やんだ。

しかし、果たして両親と惣九郎の三人は、相次いで亡くなった。


新説百物語巻之五 6、ふしぎの縁にて夫婦と成りし事

2023-08-02 22:28:59 | 新説百物語
新説百物語巻之五 6、ふしぎの縁にて夫婦と成りし事  
                     2023.8 
 河州に森という姓の人がいたが、こんな事を語った。その友に武田直次郎と言う者がいた。

二十歳(はたち)ばかりであったが、ぶらぶらとわづらい、養生をしたが、良くならなかった。
それで両親は、大いに嘆いて、ある年の春、両親がつきそって京へのぼり、部屋を借りて(借座敷に滞留し)養生をさせた。
治療の甲斐あって、次第に快気して、おおかた平生のようになった。
もう一月も滞留して、国もとへ帰ろうと思って、あなたこなたと物見遊山に出かけた。
三月の初めの頃の事であったが、直次郎も供の者を一人つれて、東山の花など見めぐりさまよいあるいた。
とある所に、これも借座敷と見えて庭先に一木の桜が咲いているのを、何心なく立ち止まってみていた。
すると、部屋の内より若い女が出てきて、
「ここはかし座敷でして、今日一日かりて、私の主人が花見をしております。遠慮するような所ではございませんので、お入いりになって、ゆっくりと花を御らんになって下さいませ。」と言った。
直次郎は、「ありがとうございます。」と庭に入って、縁側に腰を打ちかけ、花をながめていた。
そこに、奥より大変優雅で、たおやかな十六七の娘が出てきて、
「私は今日こちらへ花見に参った者ですが、母は用事があって、先に帰りました。私は日暮れてかえれば良いので、まづまずこちらへ、御あがりください。ゆっくりと花も御覧になってください。」と、菓子や酒などでもてなした。
直次郎も若い者であるので、とやかくとたわむれて思わぬ枕をかわした。
供の者に、「もう、夕ぐれになりましたよ。」とせかされて名残りが惜しかったが立ち帰った。
又逢う事のしるしとして、香箱にはまぐりの絵を描いたのを取り出して、二つに分けた。片方のふたの方だけを形見のしるしとして彼女に贈り、もう片方の身の方は、我がふところに入れた。
帰る間際に、このように詠んだ。
   玉くしげ ふたみの浦に よる貝の
       またこと方に 打ちやよすらん
このように詠むと、娘が返してきた。
   玉くしげ ふたみの浦に よる貝の
       ことかたならで あふよしもかな

と詠みあって、涙ながらに立ちわかれた。

そののち一両年も過ぎて、直次郎もいよいよ健康になって、江戸づとめをすることになった。
東へ赴き、宮仕えをした。
ある年の春になって、上野の花などを見めぐり、過ぎた日の事などを思い出して、ふと とある幕の内を見いった。
すると、何とやら見たことのある女がいて、その女も、向こうからつくづくながめていた。
思い出せば、以前に都で会った女であった。
とやかく、胸も高鳴って、かつ驚き、どうしようかと思っていると、娘もそれと幕の内より出てきた。
「そののち別れてより、さる御方に宮仕え致しました。ひと時も、あなた様を忘れる事はありませんでしたが、尋ねようもなくておりました。
こちらの姫君につきそって、去年の秋に、江戸に下ってまいりました。私を、忘れないでください。」
と、その場は別れた。

それから縁故を求めて、うまい具合に、主人より御いとまを給わった。

両親とも、息子たちの不思議な縁を喜んだ。

二人は、まことの夫婦となった、と森という人が語った。