江戸の妖怪、怪奇、怪談、奇談

江戸時代を中心とした、面白い話を、探して、紹介します。

黒気(黒い気体の帯)  筆のすさび

2024-05-31 22:10:16 | 怪談

黒気(黒い気体の帯)  筆のすさび

               2024.5

文化丙子(文化13年:1816年)正月二十七日夜、讃州金毘羅山(香川県コンピラサン)の下の大麻(おおあさ)と言う所より、黒気の一帯(ひとおび)が、幅が一間あまりあるのが出現した。東西に長さが一里余り(4km以上)に広がって、靡いていった。

少し時間がたって、ダンダンと薄くなり、西方へさらさらとなだれ行き、その速いこと風のようであって、そのうちに見えなくなった。
はじめは紫色に見えて、少しずつ黒くなり、その後には濃いこと墨のごとくになった。
その様子を見た人は身の毛がたったそうである。子供たちは怖れて家に走り帰った。そのさまは雲とも烟とも見えなかった。
その地の人である牧周蔵(まき しゅうぞう)(原注:名は昌、字は百穀。)が、書簡で伝えてきた。

菅茶山「筆のすさび」より


小豆が天より降って来たこと  筆のすさび

2024-05-30 22:07:33 | 奇異

小豆が天より降って来たこと  筆のすさび

              2024.5


小豆の降たる事

文化乙亥(ぶんか きのとい;文化十二年:1815年)の夏に、長崎、筑前、筑後の辺(あたり)に豆が降ったそうである。
丹波では竹に火がつくことが多いそうである。
備後にも、このようなことがある。
思うに、寛政の前二年(1787年)、備後深津郡(岡山県福山市など)に麦菽蕎麦(ムギマメソバ)など降ったことがあった。それを拾った人が私に見せてくれたが、本物のによく似ていた。しかし、その翌年は大飢饉であった。
日本書記等にもこのような事が記載されている。
豆などが降った後は、かならず凶年であった。

唐土(もろこし:中国)の史類にも、このような記載が多い。
天地の気が変わって、異気異物をひきおこしたものであろうか?
丁亥(ひのと い)(文政10年:1827年)の今年は、豊作であるが、明年はいかがであろうか?

丙子(ひのえ ね)(文化13年:1816年)四月十五日豊前中津(ぶぜん なかつ:大分県中津市)に大豆や小豆が降って、城下にて夜に出かけた人の傘に、はらはらと当たる音がするほどであった。

その種の二豆を、保存していたのを見たが、前年備後(備後:広島県)に降った物よりはしっかりしているように見え、小豆は、色が赤くなかった。

菅茶山「筆のすさび」より

 


片輪車   諸国里人談

2024-05-29 22:20:54 | 諸国里人談

片輪車   諸国里人談

          2024.5

近江の国の甲賀郡に、寛文のころ片輪車と言うものが、深夜に車の響く音が、行くことがある。どこから来て、どこに行くのかはわからない。
たまたま、これに会った人は、すぐに気絶して、前後を覚えなかった。故に、夜更けては、往来の人はいなかった。市町の門戸を閉じて静まっている。

この事をあざ笑えば、外より その者を罵りかさねて、「それなら崇りがあるぞ。」等との声が聞こえて来る。
人々は、怖じ恐れて、一向に声も立てなかった。

或る家の女房が、それを見たいと思い、かの音が聞こえる時、そっとの戸のすき間よりのぞき見た。ひく人もない車の片輪であったが、美女が一人乗っていた。この家の門の前に車を止めて、言った。
「我を見るよりも、お前の子を見よ。」
それで、驚き、部屋に戻って見れば、二歳ばかりの子が、どこへ行ったか、姿が見えなかった。嘆き悲しんだが、どうしようもなかった。

 次の夜、女房が、一首の歌を書いたのが、戸に張り付けてあった。
  罪科(つみとが)は 我にこそあれ 小車の やるかたわかぬ 子をばかくしそ
 
その夜、片輪車は、暗闇の中で、高らかにこの歌を詠んで、
「やさしい者だな。それなら子を帰してあげよう。
我は、人に見られては、ここにいることが出来ない。」
と言った。
その後、片輪車は、来なくなった。


諸国里人談巻之二 妖異部 より

 

 


木の葉天狗   諸国里人談

2024-05-28 22:18:49 | 諸国里人談

木の葉天狗   諸国里人談

               2024.5

駿州(駿河:今の静岡県東部)の境の大井川に、天狗を見る事がある。
真っ暗な夜更けに、ひそかに国境の堀川の蔭にしのんで、うかがうに、鳶のように翅(はね)の幅が六尺ばかりある大きな鳥のようなものが、川表に多数飛んで来て、上り下りして、魚をとっているようであった。
人が物音をたてれば、すぐに去ってゆく。
これは、表現のしようがなくて、俗に「木の葉天狗」などと言う類(たぐい)であろう。


諸国里人談巻之二 妖異部 より


天狗遊石 諸国里人談

2024-05-27 22:16:31 | 諸国里人談

天狗遊石   諸国里人談

           2024.5

伊賀の国の岡山に、昔より、天狗遊び石と言い伝えられている石がある。方は八尺(2.4m四方)ばかりで、上は真平らで切り立っているようである。山の崖(がけ)にあって、突き落とそうとすれば、落とせそうな場所にある。
宝永の頃、藩主の廟所の礼許石(?)に良さそうだとして、周りの土を掘って、谷へ突き落としたが、何の事もなく落ちた。
大勢の人夫を使って、毎日それを引かせて、上野城下の坂口(入り口)へ、一里ばかりの所まで、来た。

その日、俄に大雨が降り、雷鳴がとどろいた。
それで、人夫に作業を中止させたが、夜に入っても止まなかった。
ようやく明け方になって、静かになった。
しかし、件(くだん)の石は、夜中に元の山の上に戻っていた。
それで、石を動かすのを、中止した。

諸国里人談巻之二 妖異部 より