共生の小路ーこの時代に生きる私たちの社会に、警鐘とひかりを見いだす人々の連帯の輪をここにつくりましょう。

社会福祉の思想は次第に成熟されつつあった。しかし、いつのまにか時は崩壊へと逆行しはじめた。

財政再建=消費税増税ではない

2011年01月28日 22時04分43秒 | Weblog
週刊ダイヤモンド「岸博幸のクリエイティブ国富論」

【第124回】 2011年1月28日 岸 博幸 [慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授]

 政府の消費税増税キャンペーンがいよいよすごくなってきました。1月21日に内閣府が発表した「経済財政の中長期試算」など、政府が出す情報は増税に向けた機運の醸成を狙ったものばかりですし、一部の新聞もそれに乗ってしまっている感があります。そうしたキャンペーンに惑わされないよう、今回は基礎的なおさらいをしたいと思います。

 まず何よりも大事なのは、“財政再建=消費税増税”ではないということです。政府が国民に刷り込もうとしているこの図式は、あまりに短絡的すぎます。正確には、“財政再建=増税+増収(経済成長による税収増)+歳出削減”でなくてはいけないのです。

 政府の債務がGDPの2倍弱の規模にまで増加し(政府資産を差し引いた後のネット債務はそこまで大きくありませんが)、団塊の世代の退職に伴い社会保障負担が将来的に急増することを考えると、ある程度の消費税増税はもはや不可欠です。

 しかし、マクロ経済政策が欠如する中でデフレ・低成長路線で税収が増えず、かつ政府のムダを削減しない一方でバラマキを続けて予算の規模が膨張しているのが現状です。それらを是正しないまま消費税増税だけで財政再建をしようと思ったら、大増税が不可欠となります。そうした“大きな政府”路線は、経済の活力を削ぐだけではないでしょうか。

 だからこそ、本来は、増税と増収と歳出削減が均等に貢献する形での財政再建を目指し、増税幅は最小限に抑えるようにすべきではないでしょうか。それなのに、菅政権は増税ばかりに肩入れしているのです。
成長による増収の効果は大きい

 ここで、成長による増収について考えてみましょう。

 内閣府が1月21日に発表した「経済財政の中長期試算」を巡る報道では、2020年度の基礎的財政収支(プライマリーバランス)が23兆円の赤字になると大々的に報じられていました。

 ちなみに、政府は昨年6月に策定した成長戦略を喧伝しているにもかかわらず、財政の試算では低成長路線に甘んじることを前提としているのは、論理矛盾の感を拭えません(成長戦略で掲げた名目3%成長を前提とした試算も一応加えてはいますが、試算の後半を見ると、実際には低成長路線しか考えていないことは明白です)。

 ただ、この試算の中での基礎的財政収支の推移のグラフをよく見て下さい。2003~2007年の4年間で、基礎的財政収支は22兆円も改善しているのです。それは、小泉政権の構造改革によって成長率が高まり、税収が増えたからに他なりません。極端な言い方をすれば、菅政権も同様の政策で成長力を高めることができれば、増税しなくても2020年度に基礎的財政収支の赤字(23兆円)をほぼ解消できるのです。

 そう考えると、名目成長率を高めることが財政再建のためにいかに重要かがお分かりいただけるのではないでしょうか。増税も必要ですが、デフレから脱却して名目成長率を高めることをまず目指すべきであり、そのためには金融政策と財政政策をフルに動員すべきなのです。

歳出削減は不十分

 次に、政府の歳出削減がまだ全然不十分であることを忘れてはいけません。民主党は2009年のマニフェストで、総予算207兆円の組み替えで16 兆円の財源を捻出すると公約しました。しかし、政権交代から1年3ヶ月経った段階で実現した歳出削減は、たった3回の事業仕分けで3兆円だけです。かつ、公約であった国家公務員の人件費の2割削減も先送りとなりそうです。

 この数字だけからは財政は本当に危機的状況という感じがしますが、この報道を真に受けてはいけません。1%台半ばの低い名目成長率を前提にしている以上、税収の増分が少なくなるので当然の結果です。

 そもそも、歳出削減がこのように全然不十分であるにもかかわらず、その努力を放棄して消費税増税という形で国民に負担を強いるようでは、政権は無責任という誹りを免れないのではないでしょうか。

 分かりやすい例を挙げると、公務員の人件費です。昨年、民間の給与所得者の平均給与は400万円で、かつ5.5%下がっています(国税庁調査)。それなのに、その民間の税金から給料をもらう立場の国家公務員は、平均給与が600万円で、かつ昨年は人事院勧告どおり1.5%しか下がっていません。国税庁調査はパート、アルバイトも含めた数字なので単純比較は難しいですが、それでもやはり税金から給料をもらっている立場の国家公務員が民間に比べ恵まれているのは間違いありません。

 かつ、国と地方を合わせた公務員の人件費は27兆円です。これに対して、国税と地方税を合わせた税収は72兆円です。政府の財政赤字や累積債務がこれだけ騒がれる中で、税収の4割弱が公務員の人件費に使われているというのは、おかしいと言わざるを得ません。

 すごく単純計算すれば、国と地方の公務員の人件費を2割削減するだけで5.4兆円削減できます。民主党のバラマキの象徴である子ども手当を廃止すれば2.9兆円、高速道路無料化を廃止すれば0.1兆円のムダが削減できます。これらだけで8.4兆円の財源が捻出できるのです。その他に、事業仕分けのような政治ショーではなく、マジメに予算のムダを切り公益法人などの廃止を進めれば、合計10兆円くらいの財源はすぐに捻出できるはずです。

 このような政府の側の“傷み”なしに増税というのは、国民感情からも理論的にもおかしいのではないでしょうか。

増税のための環境整備を集中的に行なうべき

 もちろん、だからと言って増税するなと言う気はありません。消費税増税は不可欠です。しかし、デフレ・低成長が続く中での増税は最悪ですし、歳出削減が不十分な中での増税はダメなのです。

 従って、民主党政権は消費税増税の議論ばかりではなく、増収と歳出削減にも増税以上の熱意を持って取り組むべきです。菅首相の施政方針演説から、マクロ経済政策はやらずに成長はTPPによる外需頼みとする方向は明らかですが、これは間違っています。

 まず政権は、例えば「2年でデフレ脱却・ムダ徹底削減を完了させる」と宣言し、それが達成されたら消費税を増税すると約束すべきではないでしょうか。その上で、日銀法を改正して、金融政策や財政政策をフルに動員するとともに、ムダ削減については国・地方の公務員の人件費2割削減と合計10兆円の歳出削減を実現させる。こうした当たり前の政策を普通にしっかりやるだけで、悲願の消費税増税のための環境は整うのです。

 内閣の布陣や閣僚などの日々の発言、新聞報道などを見ていると、消費税増税に向けた国家総動員態勢になっている感がありますが、まずは“財政再建=増税”ではないという当たり前の基本を思い出すべきです。


「岸博幸のクリエイティブ国富論」の全記事一覧より関連記事

【第123回】与謝野氏入閣で日本は「最小不幸社会」ではなく
「最小不幸財政・最大不幸経済」に向かう 2011年1月21日