2010年12月22日(水) 週刊現代 人口7000万人経済 そのとき会社は?
以下ネット版http://gendai.ismedia.jp/articles/print/1769より本文引用
第1弾 はこちらhttp://gendai.ismedia.jp/articles/-/1690をご覧ください。
NHKの受信料収入は半分に。番組が作れない/
スーパー、デパート客がいない/
マンションは暴落、住宅メーカーは大ピンチに/ビールも売れない、クリーニング店は閑古鳥/
トラックの運転手がいないから宅配便が届けられない・・・ほか
人口減少社会は自治体のみならず、企業にとっても深刻な問題である。国内市場が確実に縮小に向かうなかで、私たちに身近な企業は、どんな苦境を迎えるのか。対策は十分に進んでいるのだろうか。
16の県で人口が半分に
12月6日、日本経団連は『サンライズ・レポート』と題された、A4で49ページにわたる文書を発表した。
経団連の米倉弘昌会長自らが取りまとめたとされるもので、経済の低迷が今後も続けば、世界において日本の存在感が低下すると警鐘を鳴らしているが、その冒頭部分には、
< 人口減少社会にあっても国民が安心・安全で豊かな生活を享受できる国を目指し、この難局を乗り越えていかなければならない >
との一文が書かれている。人口減少社会に対応すべく、産業界はようやく重い腰を上げたのだろうか---。
本誌12月11日号にて、人口減少社会をテーマにした記事を掲載したところ、各所から大きな反響が寄せられた。
前回は、2035年までの各都道府県の人口予測を掲載し、この年までにすべての都道府県が人口減少を迎えることを示したが、実は本当に深刻な人口減少はその先に待っているのだ。
右の表を見ていただきたい。これは、人口問題を専門とする土居英二・静岡大学名誉教授が作成した、2050年までの各都道府県の人口予測を記した表である。
この表を見ると、わずか50年で人口が50%程度の減少を見せる県が16にも上ることが分かる。人口が半分になった都道府県。
その姿がどんなものか想像できるだろうか。
「人口が半減する県では、消費市場が縮小して、農林水産業からサービス産業まで、すべてが衰退し、産業が消滅することも考えられます。産業の衰退によって税収が減り、社会資本の維持や、医療・介護などを含めた公共サービスを供給できない地域が増え、破産に追い込まれる自治体も増加することが考えられます」(土居氏)
農林水産業の従事者が減少すれば、食糧自給率が低下する。また、林業の従事者が激減すると、国土が荒廃し、豊かな緑は失われることになる。
さらに財政難により自治体が教育・医療・交通といったインフラを維持できなくなる可能性はもちろん、労働力人口の減少により、警察・消防といった治安組織の機能が低下し、日本が「世界一安全な国」と呼ばれることもなくなるかもしれない。
つまるところ、いまは「当然」と思って受けている公共サービスや自然の恩恵が、2050年には享受できないかもしれないのだ。
こうした問題は40年後に突然現れるのではない。人口減少はすでに日本の各地で着実に進行している。
和歌山県の人口は、今年半世紀ぶりに100万人を割り込んだ。県南部に位置する、人口2万人程度の自治体の首長は、本誌の取材に「不景気で和歌山に仕事がないから若者が他県に流出する。若者が流出すると、消費を支える層が薄くなり、さらに景気の悪化を招くという悪循環が起こっている」と語った。
食糧が調達できない
現時点ではまだ人口減少が起きていない自治体でも、これは決して先送りにはできない問題だ。現在の人口が約140万人で、2030年までは人口増加が続くと見られる神奈川県の政令指定都市・川崎市でも、人口減少への取り組みは最重要課題のひとつとなっている。同市の阿部孝夫市長が説明する。
「川崎市ではあと20年程度は人口増加が続くと思われますが、ある時点からは減少期に入り、それと同時に高齢化が進んでいきます。このことを念頭において、税収・財政が健全なうちに人口減少・高齢化の対策を進めておかなければ、一気に街が衰退してしまう。現時点でも、対策は遅れているぐらいだと私は考えています」
こうした認識のもと、阿部市長は市の施設や病院などを中心部にまとめる「コンパクトシティー」構想や、社会福祉の整備などを進めている。
また、世界でもトップレベルの環境技術を持つ大学・企業が集積する川崎市は「川崎国際環境技術展」を開催し、アジア各国の企業・大使を招くなど、海外への環境技術の移転に積極的に取り組んでいる。
「生産の現場が海外に移っていく中で、海外にも新たな市場を求めていかなければなりません。そこで、世界に誇れる川崎の、日本の環境技術を輸出し、成長産業となるような舞台を行政が整えていく必要があります。また、今後、アジア各国の高齢化を見越し、直面している高齢化の課題を解決することで、福祉産業を新たな成長産業にしていかなければいけません」
阿部市長がこう言うように、人口減少は自治体だけでなく、日本の産業界にとっても深刻な問題となる。2050年までには1億人を切り、'70年代には「人口7000万人社会」の到来が予測されるニッポン。経済予測には常に楽観と悲観が存在するが、悲観的な見方によれば、現在約390兆円の国民所得は、2030年には約315兆円にまで縮小し、同様に現在マイナス0・2%の経済成長率は、2030年にはマイナス1・7%にまで拡大と、日本経済はまさに右肩下がりになることが予測されている。
経済力低下による最も深刻な問題が、輸入購買力の低下によって、食糧やエネルギーといった重要な「資源」を手に入れられなくなることだ。日本が人口減少に苦しむ一方、世界の人口は増え続けており、食糧・エネルギーの価格は高騰する。農林水産業の従事者が減ることも考えると、最悪の場合、国民を養うに十分な食糧・エネルギーが調達できなくなってしまう。
日本全体が「限界集落」となるのを防ぐためには、人口が減少するなかで、経済力を維持するという難題を解決しなければならない。しかし、労働力人口が現在の3分の2以下に減り、国内市場が縮小する中で、はたしてこの国の企業はこの難題を解決する答えを見つけられるのだろうか。
海外で稼げない会社は辛い
3000万人から5000万人もの人口が減ると、すべての産業・企業が大きな影響を受けることは間違いない。なかでも最も深刻な打撃を受けるのが、現在国内を基盤としたビジネスを展開している企業だ。白川浩道・クレディ・スイス証券チーフエコノミストが説明する。
「人口減少により個人所得の合計金額が減り、消費が減少します。企業は国内で利益を上げにくくなるので、特に国内を中心に利益を得ている企業は、苦境に立たされることになるでしょう」
例えば事業収入のうち、国内のウェートが約9割を占めるNHKは、その典型となるかもしれない。
「現在のところ、世帯契約数は伸びていますが、2030年以降は日本の世帯数が急速に減少することが予測されていますから、現行のシステムではNHKの経営が困難になってしまう可能性もあります」(NHK職員)
現在NHKは世帯ごとの契約を結んでいるため、世帯数と受信料収入は密接な関係にある。人口減少・高齢社会においては、「単身世帯」の数が増えるので、たとえ人口が半分になっても世帯数が半分となるわけではない。しかし2030年以降の世帯数の減少は確実とされており、NHKの受信料収入が大幅に減少することは十分に考えられる。NHK職員が続ける。
「現在、有料契約対象である約4800万世帯のうち、約28%が受信料を支払っていない状態ですが、今後は人口減少や『受信料を支払えない世帯』の増加などによって、受信料収入が現在の半分近くにまで減る可能性も考えられます」
NHKは今年10月、外部有識者を中心とした「NHK受信料制度等専門調査会」を設け、今後の受信料徴収の方法や公共放送のあり方について議論を始めたが、この報告書には「世帯数は、2015年以降減少に転じ、加速度的に減少が進む」ことがしっかりと記されてある。
NHKが誇る良質なドラマや全国を網羅する報道、さらに地道な取材を重ねたドキュメンタリーなどは、受信料収入があってこそ制作可能なものである。NHKが番組を作れない---そんなウソみたいな話が現実となってもおかしくない。
続いて、「不動産業も内需中心の産業ですから、人口が減少し、購入者が減ることで、市場自体が縮小します。戦略を持って特長のあるビジネスを展開できる業者でないと、生き残れない時代になるのではないでしょうか」と、不動産業界の行く末を案ずるのは、不動産マーケティング会社・アトラクターズ・ラボの沖有人代表だ。
「これまで毎年100万戸を超えていた住宅着工件数が、近年80万戸を割り込むようになったことからも、不動産業の未来が明るくないことが見て取れます」
国土交通省によると、2010年度前期の国内新設住宅着工数は、1965年以降で最低となった。今後人口減少が進むなかで、さらなる住宅需要の低下が起こるのは自明であり、市場の縮小は避けられそうにない。
また、今後人口が急速に減少すると見込まれる都道府県の地価が、ここ最近急速に下落しはじめている。例えば今年9月に公示された2010年の香川県の地価は、全地点において前年より下落し、その下落幅も年々大きくなる一方だ。
地価が低下すれば、マンションや住宅の価格も暴落し、不動産業者・住宅メーカーの業績悪化は避けられなくなる。
「デベロッパーは、海外への進出を図る一方で、国内の需要を補うという観点から外国人向けのマンションや別荘の供給に力を注いでいくことも考えられるのではないでしょうか」(石澤卓志・みずほ証券不動産アナリスト)
人口減少が進む結果、都内の高級マンションが中国人富裕層で埋め尽くされる日がくるかもしれない。
老人用「清涼飲料水」が並ぶ
住宅・不動産業と同じく、百貨店(デパート)やスーパーも内需不振に悩まされることになるだろう。小売業全体の売上高が、'97年の約148兆円をピークに年々減少するなか、特に百貨店と総合スーパーの売り上げの低下は著しい。
「いずれも'97年以降ゆるやかに売上高が減少しており、現在では10兆円を切っています。近年、国内の大型百貨店・スーパーが次々と閉鎖していることは、百貨店業界の未来が明るくないことを指し示している。高齢者は若年層に比べて、装飾品や外食に費やす額が少ないので、現在のような販売戦略を続けていては、百貨店に明るい未来はないでしょう」
大手百貨店調査部の社員がこう語るように、有楽町の西武百貨店、京都の阪急百貨店、それに吉祥寺の伊勢丹と、都市部で大型百貨店の閉店が相次いでいる。少子化の進む郊外にあるデパートでは、屋上のゲームコーナーがガラガラになっているところもあるという。いずれは店内がガラガラになってしまうのか。
また、百貨店以上に急速な衰退が進んでいるのが、クリーニング店である。'92年に8200億円を誇った市場規模は、現在ではその半分近くまで縮小し、店舗数は約16万軒をピークに、現在では約13万軒まで減少した。労働力人口の減少とともに、今後スーツを着るサラリーマンの数が減るなら、クリーニングはますます斜陽産業となるだろう。
百貨店と同じく、人口減少と消費者の嗜好の変化の二重の苦しみを味わうことになるのが、飲料系産業である。ビールや清涼飲料水は、高齢者には好まれない商品であり、今後国内市場では大変な苦戦が予想される。'01年には約3億9000万ケースの出荷量を誇っていたビールは、'09年には約2億 4000万ケースにまで減少。販売低迷を受け、アサヒビールは'11年8月末に西宮工場を閉鎖することを決定するなど、現段階でも国内市場は縮小傾向にある。
「海外に市場を求めて、企業再編と海外企業との合併の動きが加速するでしょうね。アサヒビールは8月、オーストラリアの大手飲料会社の買収を発表して業界を騒然とさせましたが、キリンホールディングスはフィリピン、サントリーホールディングスは韓国での市場拡大を目指すなど、アジアの成長市場を攻める姿勢を鮮明にしています」(アサヒビール中堅社員)
猛暑にもかかわらず、今夏は過去最低の売り上げとなったビール市場は、今後も苦戦が予想される。また、高齢化の進行を見越して、飲料メーカーは運動を好む高齢者に清涼飲料水を売りたいと考えているが、いまの清涼飲料水は高齢者にとって甘すぎて、水で薄めて飲む人が多いという。いずれはコンビニに「薄口」と書かれた清涼飲料水が並ぶことになりそうだ。
人口減少社会では「なり手不足」も各業界の大きな課題となる。なかでも国交省が心配しているのが、「トラック運送業界の労働力不足」だ。
「この業界は他産業と比べても平均年齢が2歳ほど高く、どこよりも早く高齢化と若年層不足に悩まされることになります。日本国内の物流体系はトラック輸送が主力となっていますが、トラック運転手の不足は日本の産業界にとって大きな痛手となるはずです」(国交省職員)
この問題の解決の道を探るべく、国交省は'07年にドライバーの育成・確保に関する検討委員会を設置した。トラック運転手が減少したら物流が滞り、宅配便が届けられない、なんてことも将来的には起こりうるのだ。
日本は空っぽになる
冒頭で述べたとおり、人口減少・高齢社会の到来は、ほとんどすべての企業にとって無視できない問題である。腕を組んで眺めているだけでは、産業の死、ひいては日本の死が待っている。本誌は日本を代表する複数の企業の幹部社員に、「人口減少・高齢化」にどう対応するのか、その対策や見通しを聞いた。
丸紅の国際事業に携わる部署に勤める社員は、商社の未来についてこう語った。
「どの商社も当然、今後の人口減少・高齢化社会を念頭に将来ビジョンを立てています。やはり国外の市場を獲得していく必要がありますので、入社7年目から8年目までの社員は、全員半年から1年、海外に出す方針です」
丸紅の次期計画では駐在員を増やし、海外に軸足を置くことを明確に打ち出しており、「丸紅に限らず、商社の海外志向はより鮮明になっていくだろう」とこの社員は語る。また、東京電力の社員は、同社の大胆な計画について説明してくれた。
「電力会社は設備が大きく、その維持に莫大なコストがかかります。そのため、人口減少・産業構造の変化の中で電力の需要が減ると、経営は大変厳しくなることが予測されます。
家庭のオール電化の普及と電気自動車の普及で電力需要が維持されることを期待していますが、やはり海外事業の展開にかかっています。弊社の『中長期成長宣言 2020ビジョン』では、'20年までに最大1兆円の海外投資を行うことを計画しています。海外事業を担う人材も、現在の2倍以上に増やす予定です」
これまでみてきたように、海外進出は企業が生き残るためのひとつの答えと見られている。しかし一方で、「本格的に企業の海外進出が進むと、家族と一緒に海外で暮らすケースが増え、さらに日本の居住者が減ることになる。
そうなると国内には高齢者と、海外でビジネスができない人たちしか残らなくなり、日本国内の経済はさらにジリ貧になる可能性がある」(真壁昭夫・信州大学教授)と、海外進出の弊害を指摘する声もある。この板ばさみに、今後日本は悩まされることになるのだろう。
国内での新規ビジネスの開拓チャンスを模索していると言うのは、富士通の幹部社員だ。
「ITシステム事業では国内市場の拡大はあまり期待できません。人口減少下ではどこの企業も社内のITシステム整備に投入する資金的余裕がなくなると予測されています。これからはITを使ったエコビジネスや老人医療分野でのIT活用法を提案するなど、あらたな分野での成長を目指すことになります」
このように、人口減少社会の到来に対して、企業は決して無策で乗り越えようといるわけではない。しかし、今回本誌が複数の企業に「人口減少社会の到来に、どう備えているか」と質問をしたところ、「時間の都合で答えられない」「各部署に確認しなければ答えられない」といった反応がほとんどであった。本格的な人口減少社会の到来を前に、企業は万全の体制でこれを迎える準備が本当にできているのだろうか---。
以下ネット版http://gendai.ismedia.jp/articles/print/1769より本文引用
第1弾 はこちらhttp://gendai.ismedia.jp/articles/-/1690をご覧ください。
NHKの受信料収入は半分に。番組が作れない/
スーパー、デパート客がいない/
マンションは暴落、住宅メーカーは大ピンチに/ビールも売れない、クリーニング店は閑古鳥/
トラックの運転手がいないから宅配便が届けられない・・・ほか
人口減少社会は自治体のみならず、企業にとっても深刻な問題である。国内市場が確実に縮小に向かうなかで、私たちに身近な企業は、どんな苦境を迎えるのか。対策は十分に進んでいるのだろうか。
16の県で人口が半分に
12月6日、日本経団連は『サンライズ・レポート』と題された、A4で49ページにわたる文書を発表した。
経団連の米倉弘昌会長自らが取りまとめたとされるもので、経済の低迷が今後も続けば、世界において日本の存在感が低下すると警鐘を鳴らしているが、その冒頭部分には、
< 人口減少社会にあっても国民が安心・安全で豊かな生活を享受できる国を目指し、この難局を乗り越えていかなければならない >
との一文が書かれている。人口減少社会に対応すべく、産業界はようやく重い腰を上げたのだろうか---。
本誌12月11日号にて、人口減少社会をテーマにした記事を掲載したところ、各所から大きな反響が寄せられた。
前回は、2035年までの各都道府県の人口予測を掲載し、この年までにすべての都道府県が人口減少を迎えることを示したが、実は本当に深刻な人口減少はその先に待っているのだ。
右の表を見ていただきたい。これは、人口問題を専門とする土居英二・静岡大学名誉教授が作成した、2050年までの各都道府県の人口予測を記した表である。
この表を見ると、わずか50年で人口が50%程度の減少を見せる県が16にも上ることが分かる。人口が半分になった都道府県。
その姿がどんなものか想像できるだろうか。
「人口が半減する県では、消費市場が縮小して、農林水産業からサービス産業まで、すべてが衰退し、産業が消滅することも考えられます。産業の衰退によって税収が減り、社会資本の維持や、医療・介護などを含めた公共サービスを供給できない地域が増え、破産に追い込まれる自治体も増加することが考えられます」(土居氏)
農林水産業の従事者が減少すれば、食糧自給率が低下する。また、林業の従事者が激減すると、国土が荒廃し、豊かな緑は失われることになる。
さらに財政難により自治体が教育・医療・交通といったインフラを維持できなくなる可能性はもちろん、労働力人口の減少により、警察・消防といった治安組織の機能が低下し、日本が「世界一安全な国」と呼ばれることもなくなるかもしれない。
つまるところ、いまは「当然」と思って受けている公共サービスや自然の恩恵が、2050年には享受できないかもしれないのだ。
こうした問題は40年後に突然現れるのではない。人口減少はすでに日本の各地で着実に進行している。
和歌山県の人口は、今年半世紀ぶりに100万人を割り込んだ。県南部に位置する、人口2万人程度の自治体の首長は、本誌の取材に「不景気で和歌山に仕事がないから若者が他県に流出する。若者が流出すると、消費を支える層が薄くなり、さらに景気の悪化を招くという悪循環が起こっている」と語った。
食糧が調達できない
現時点ではまだ人口減少が起きていない自治体でも、これは決して先送りにはできない問題だ。現在の人口が約140万人で、2030年までは人口増加が続くと見られる神奈川県の政令指定都市・川崎市でも、人口減少への取り組みは最重要課題のひとつとなっている。同市の阿部孝夫市長が説明する。
「川崎市ではあと20年程度は人口増加が続くと思われますが、ある時点からは減少期に入り、それと同時に高齢化が進んでいきます。このことを念頭において、税収・財政が健全なうちに人口減少・高齢化の対策を進めておかなければ、一気に街が衰退してしまう。現時点でも、対策は遅れているぐらいだと私は考えています」
こうした認識のもと、阿部市長は市の施設や病院などを中心部にまとめる「コンパクトシティー」構想や、社会福祉の整備などを進めている。
また、世界でもトップレベルの環境技術を持つ大学・企業が集積する川崎市は「川崎国際環境技術展」を開催し、アジア各国の企業・大使を招くなど、海外への環境技術の移転に積極的に取り組んでいる。
「生産の現場が海外に移っていく中で、海外にも新たな市場を求めていかなければなりません。そこで、世界に誇れる川崎の、日本の環境技術を輸出し、成長産業となるような舞台を行政が整えていく必要があります。また、今後、アジア各国の高齢化を見越し、直面している高齢化の課題を解決することで、福祉産業を新たな成長産業にしていかなければいけません」
阿部市長がこう言うように、人口減少は自治体だけでなく、日本の産業界にとっても深刻な問題となる。2050年までには1億人を切り、'70年代には「人口7000万人社会」の到来が予測されるニッポン。経済予測には常に楽観と悲観が存在するが、悲観的な見方によれば、現在約390兆円の国民所得は、2030年には約315兆円にまで縮小し、同様に現在マイナス0・2%の経済成長率は、2030年にはマイナス1・7%にまで拡大と、日本経済はまさに右肩下がりになることが予測されている。
経済力低下による最も深刻な問題が、輸入購買力の低下によって、食糧やエネルギーといった重要な「資源」を手に入れられなくなることだ。日本が人口減少に苦しむ一方、世界の人口は増え続けており、食糧・エネルギーの価格は高騰する。農林水産業の従事者が減ることも考えると、最悪の場合、国民を養うに十分な食糧・エネルギーが調達できなくなってしまう。
日本全体が「限界集落」となるのを防ぐためには、人口が減少するなかで、経済力を維持するという難題を解決しなければならない。しかし、労働力人口が現在の3分の2以下に減り、国内市場が縮小する中で、はたしてこの国の企業はこの難題を解決する答えを見つけられるのだろうか。
海外で稼げない会社は辛い
3000万人から5000万人もの人口が減ると、すべての産業・企業が大きな影響を受けることは間違いない。なかでも最も深刻な打撃を受けるのが、現在国内を基盤としたビジネスを展開している企業だ。白川浩道・クレディ・スイス証券チーフエコノミストが説明する。
「人口減少により個人所得の合計金額が減り、消費が減少します。企業は国内で利益を上げにくくなるので、特に国内を中心に利益を得ている企業は、苦境に立たされることになるでしょう」
例えば事業収入のうち、国内のウェートが約9割を占めるNHKは、その典型となるかもしれない。
「現在のところ、世帯契約数は伸びていますが、2030年以降は日本の世帯数が急速に減少することが予測されていますから、現行のシステムではNHKの経営が困難になってしまう可能性もあります」(NHK職員)
現在NHKは世帯ごとの契約を結んでいるため、世帯数と受信料収入は密接な関係にある。人口減少・高齢社会においては、「単身世帯」の数が増えるので、たとえ人口が半分になっても世帯数が半分となるわけではない。しかし2030年以降の世帯数の減少は確実とされており、NHKの受信料収入が大幅に減少することは十分に考えられる。NHK職員が続ける。
「現在、有料契約対象である約4800万世帯のうち、約28%が受信料を支払っていない状態ですが、今後は人口減少や『受信料を支払えない世帯』の増加などによって、受信料収入が現在の半分近くにまで減る可能性も考えられます」
NHKは今年10月、外部有識者を中心とした「NHK受信料制度等専門調査会」を設け、今後の受信料徴収の方法や公共放送のあり方について議論を始めたが、この報告書には「世帯数は、2015年以降減少に転じ、加速度的に減少が進む」ことがしっかりと記されてある。
NHKが誇る良質なドラマや全国を網羅する報道、さらに地道な取材を重ねたドキュメンタリーなどは、受信料収入があってこそ制作可能なものである。NHKが番組を作れない---そんなウソみたいな話が現実となってもおかしくない。
続いて、「不動産業も内需中心の産業ですから、人口が減少し、購入者が減ることで、市場自体が縮小します。戦略を持って特長のあるビジネスを展開できる業者でないと、生き残れない時代になるのではないでしょうか」と、不動産業界の行く末を案ずるのは、不動産マーケティング会社・アトラクターズ・ラボの沖有人代表だ。
「これまで毎年100万戸を超えていた住宅着工件数が、近年80万戸を割り込むようになったことからも、不動産業の未来が明るくないことが見て取れます」
国土交通省によると、2010年度前期の国内新設住宅着工数は、1965年以降で最低となった。今後人口減少が進むなかで、さらなる住宅需要の低下が起こるのは自明であり、市場の縮小は避けられそうにない。
また、今後人口が急速に減少すると見込まれる都道府県の地価が、ここ最近急速に下落しはじめている。例えば今年9月に公示された2010年の香川県の地価は、全地点において前年より下落し、その下落幅も年々大きくなる一方だ。
地価が低下すれば、マンションや住宅の価格も暴落し、不動産業者・住宅メーカーの業績悪化は避けられなくなる。
「デベロッパーは、海外への進出を図る一方で、国内の需要を補うという観点から外国人向けのマンションや別荘の供給に力を注いでいくことも考えられるのではないでしょうか」(石澤卓志・みずほ証券不動産アナリスト)
人口減少が進む結果、都内の高級マンションが中国人富裕層で埋め尽くされる日がくるかもしれない。
老人用「清涼飲料水」が並ぶ
住宅・不動産業と同じく、百貨店(デパート)やスーパーも内需不振に悩まされることになるだろう。小売業全体の売上高が、'97年の約148兆円をピークに年々減少するなか、特に百貨店と総合スーパーの売り上げの低下は著しい。
「いずれも'97年以降ゆるやかに売上高が減少しており、現在では10兆円を切っています。近年、国内の大型百貨店・スーパーが次々と閉鎖していることは、百貨店業界の未来が明るくないことを指し示している。高齢者は若年層に比べて、装飾品や外食に費やす額が少ないので、現在のような販売戦略を続けていては、百貨店に明るい未来はないでしょう」
大手百貨店調査部の社員がこう語るように、有楽町の西武百貨店、京都の阪急百貨店、それに吉祥寺の伊勢丹と、都市部で大型百貨店の閉店が相次いでいる。少子化の進む郊外にあるデパートでは、屋上のゲームコーナーがガラガラになっているところもあるという。いずれは店内がガラガラになってしまうのか。
また、百貨店以上に急速な衰退が進んでいるのが、クリーニング店である。'92年に8200億円を誇った市場規模は、現在ではその半分近くまで縮小し、店舗数は約16万軒をピークに、現在では約13万軒まで減少した。労働力人口の減少とともに、今後スーツを着るサラリーマンの数が減るなら、クリーニングはますます斜陽産業となるだろう。
百貨店と同じく、人口減少と消費者の嗜好の変化の二重の苦しみを味わうことになるのが、飲料系産業である。ビールや清涼飲料水は、高齢者には好まれない商品であり、今後国内市場では大変な苦戦が予想される。'01年には約3億9000万ケースの出荷量を誇っていたビールは、'09年には約2億 4000万ケースにまで減少。販売低迷を受け、アサヒビールは'11年8月末に西宮工場を閉鎖することを決定するなど、現段階でも国内市場は縮小傾向にある。
「海外に市場を求めて、企業再編と海外企業との合併の動きが加速するでしょうね。アサヒビールは8月、オーストラリアの大手飲料会社の買収を発表して業界を騒然とさせましたが、キリンホールディングスはフィリピン、サントリーホールディングスは韓国での市場拡大を目指すなど、アジアの成長市場を攻める姿勢を鮮明にしています」(アサヒビール中堅社員)
猛暑にもかかわらず、今夏は過去最低の売り上げとなったビール市場は、今後も苦戦が予想される。また、高齢化の進行を見越して、飲料メーカーは運動を好む高齢者に清涼飲料水を売りたいと考えているが、いまの清涼飲料水は高齢者にとって甘すぎて、水で薄めて飲む人が多いという。いずれはコンビニに「薄口」と書かれた清涼飲料水が並ぶことになりそうだ。
人口減少社会では「なり手不足」も各業界の大きな課題となる。なかでも国交省が心配しているのが、「トラック運送業界の労働力不足」だ。
「この業界は他産業と比べても平均年齢が2歳ほど高く、どこよりも早く高齢化と若年層不足に悩まされることになります。日本国内の物流体系はトラック輸送が主力となっていますが、トラック運転手の不足は日本の産業界にとって大きな痛手となるはずです」(国交省職員)
この問題の解決の道を探るべく、国交省は'07年にドライバーの育成・確保に関する検討委員会を設置した。トラック運転手が減少したら物流が滞り、宅配便が届けられない、なんてことも将来的には起こりうるのだ。
日本は空っぽになる
冒頭で述べたとおり、人口減少・高齢社会の到来は、ほとんどすべての企業にとって無視できない問題である。腕を組んで眺めているだけでは、産業の死、ひいては日本の死が待っている。本誌は日本を代表する複数の企業の幹部社員に、「人口減少・高齢化」にどう対応するのか、その対策や見通しを聞いた。
丸紅の国際事業に携わる部署に勤める社員は、商社の未来についてこう語った。
「どの商社も当然、今後の人口減少・高齢化社会を念頭に将来ビジョンを立てています。やはり国外の市場を獲得していく必要がありますので、入社7年目から8年目までの社員は、全員半年から1年、海外に出す方針です」
丸紅の次期計画では駐在員を増やし、海外に軸足を置くことを明確に打ち出しており、「丸紅に限らず、商社の海外志向はより鮮明になっていくだろう」とこの社員は語る。また、東京電力の社員は、同社の大胆な計画について説明してくれた。
「電力会社は設備が大きく、その維持に莫大なコストがかかります。そのため、人口減少・産業構造の変化の中で電力の需要が減ると、経営は大変厳しくなることが予測されます。
家庭のオール電化の普及と電気自動車の普及で電力需要が維持されることを期待していますが、やはり海外事業の展開にかかっています。弊社の『中長期成長宣言 2020ビジョン』では、'20年までに最大1兆円の海外投資を行うことを計画しています。海外事業を担う人材も、現在の2倍以上に増やす予定です」
これまでみてきたように、海外進出は企業が生き残るためのひとつの答えと見られている。しかし一方で、「本格的に企業の海外進出が進むと、家族と一緒に海外で暮らすケースが増え、さらに日本の居住者が減ることになる。
そうなると国内には高齢者と、海外でビジネスができない人たちしか残らなくなり、日本国内の経済はさらにジリ貧になる可能性がある」(真壁昭夫・信州大学教授)と、海外進出の弊害を指摘する声もある。この板ばさみに、今後日本は悩まされることになるのだろう。
国内での新規ビジネスの開拓チャンスを模索していると言うのは、富士通の幹部社員だ。
「ITシステム事業では国内市場の拡大はあまり期待できません。人口減少下ではどこの企業も社内のITシステム整備に投入する資金的余裕がなくなると予測されています。これからはITを使ったエコビジネスや老人医療分野でのIT活用法を提案するなど、あらたな分野での成長を目指すことになります」
このように、人口減少社会の到来に対して、企業は決して無策で乗り越えようといるわけではない。しかし、今回本誌が複数の企業に「人口減少社会の到来に、どう備えているか」と質問をしたところ、「時間の都合で答えられない」「各部署に確認しなければ答えられない」といった反応がほとんどであった。本格的な人口減少社会の到来を前に、企業は万全の体制でこれを迎える準備が本当にできているのだろうか---。