予定通り1日再開します。明日は仕込みで忙しい。
3週もあれば大丈夫だろうなどと思っていたがとんでもなかった。
今日は手術後2回目の診察で、前立腺のほうはPSA0.03で前回11日の時の10分の1。
転移も浸潤も無いと思われるので前立腺を取ることにより前立腺ガンについては完治が期待できると言うことで手術をしたわけだが、前立腺ガン由来であるPSAがうんと下がったということは期待通りというわけだ。そして同時に受けた膀胱鏡による検査で膀胱にガンはなかった。今後も膀胱とあわせて診てゆかなくてはならないことは変わらないが前立腺にめどがつき一安心。
体が戻ったらどこに行こうかとあれこれ地図を眺めていたら御嶽噴火。
山に行く以上危険は覚悟しているが噴火は考えていなかった。
考えていなかったが今は考えている、別の意味で。
ショックトトリンだ。
原子力村の人たちはこの噴火が川内原発の再稼動に影響することを心配していることだろうが、噴火などなくても使用済み燃料の行き場を用意していない、またその処理方法も無く、各原発のプールにたまり続けているのにそれを増やすなど狂気の沙汰だ。と私は考えるが彼らはそうではない。首相やそれを操る人たちは自然災害、人災を問わずそのたびにそれらを利用し世の中の仕組みを変えようとするのだ。
40日動力のブレーカを落としたら基本料金半額、使用量ゼロ、電灯も詳しくはわからないがずいぶん少なく来月の電力料金請求額は多い月の3分の1になった。
このごろは燃料費ばかりで電力が不足するとは言わなくなった。原発は安定電源とも言わなくなった。そうだよね、この夏も原発なしで問題なかったし、ぜんぜん発電していないのだから、不安定電源の代表だものな。最大使用量もずいぶん低くなっているのだから当然料金収入は減るわけだ。いいことだと思う。
何でもリモコンやスイッチひとつで動かそうとする生活でいいのか?我々は見分不相応に浪費していないか?我々は人類最後の世代ではない。こんな生活を続けたらその行く先は破滅ではないのか?ショックドクトリンに惑わされてはいけない。
休んでいるといろいろなことを考えるのだ。休みはいい。
3週もあれば大丈夫だろうなどと思っていたがとんでもなかった。
今日は手術後2回目の診察で、前立腺のほうはPSA0.03で前回11日の時の10分の1。
転移も浸潤も無いと思われるので前立腺を取ることにより前立腺ガンについては完治が期待できると言うことで手術をしたわけだが、前立腺ガン由来であるPSAがうんと下がったということは期待通りというわけだ。そして同時に受けた膀胱鏡による検査で膀胱にガンはなかった。今後も膀胱とあわせて診てゆかなくてはならないことは変わらないが前立腺にめどがつき一安心。
体が戻ったらどこに行こうかとあれこれ地図を眺めていたら御嶽噴火。
山に行く以上危険は覚悟しているが噴火は考えていなかった。
考えていなかったが今は考えている、別の意味で。
ショックトトリンだ。
原子力村の人たちはこの噴火が川内原発の再稼動に影響することを心配していることだろうが、噴火などなくても使用済み燃料の行き場を用意していない、またその処理方法も無く、各原発のプールにたまり続けているのにそれを増やすなど狂気の沙汰だ。と私は考えるが彼らはそうではない。首相やそれを操る人たちは自然災害、人災を問わずそのたびにそれらを利用し世の中の仕組みを変えようとするのだ。
40日動力のブレーカを落としたら基本料金半額、使用量ゼロ、電灯も詳しくはわからないがずいぶん少なく来月の電力料金請求額は多い月の3分の1になった。
このごろは燃料費ばかりで電力が不足するとは言わなくなった。原発は安定電源とも言わなくなった。そうだよね、この夏も原発なしで問題なかったし、ぜんぜん発電していないのだから、不安定電源の代表だものな。最大使用量もずいぶん低くなっているのだから当然料金収入は減るわけだ。いいことだと思う。
何でもリモコンやスイッチひとつで動かそうとする生活でいいのか?我々は見分不相応に浪費していないか?我々は人類最後の世代ではない。こんな生活を続けたらその行く先は破滅ではないのか?ショックドクトリンに惑わされてはいけない。
休んでいるといろいろなことを考えるのだ。休みはいい。