宝満山研究会(山岳宗教遺跡の保全と研究)

大宰府の北東に聳える宝満山の歴史的価値を掘り起こし、山の保全を考える会です。

「筑前寶満史料」(その1)

2010-10-22 | 史料
「筑前寶満史料」(その1)

別項に彦山史料を載せたから、ここに宝満史料も載せよう。
 彦山も宝満も昔は修験の山であったこと、今日では所謂ハイキングの山たることは同一である。竈門社の事は六国史にも明記してあり、古代の史料ではあるが、本稿には古代の事は省略する。
 寛政二年の筑前は寺院帳に天台宗修験として、京都聖護院に属する竈門山楞迦院があり、其の坊中に
 修蔵坊、富倉坊、経蔵坊、仲谷坊、尾崎坊、鳥井坊、道場坊、松林院、歓明坊、井本坊、浄善坊、浄行坊、福泉坊、財徳坊、亀石坊、奥坊、大谷坊、寂光坊、福蔵坊、南坊、岩本坊、福寿坊、榮門坊、東院坊
の名が挙げてある。所謂宝満の二十五坊である。又楞迦院の配下として
 表粕屋若杉の石井坊、那珂郡桜峰の教泉坊、上座郡寶珠山の岩屋坊 
の名が挙げてある。
 尚は末派として福岡に六、博多に三、早良に五、志摩に四、御笠に三、表粕屋に一、裏粕屋に三、宗像に二、遠賀に一の坊(院)の名が一々記してある。

(その2につづく)

※『福岡懸史料叢書』第10号昭和24年福岡県史料編纂所より転載


写真は平成22年5月の竈門神社での宝満山修験会による護摩供の一場面

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