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執事たちの足音
「召使いには内緒」の合図 『ブライヅヘッドふたたび』
こうして様々な作品の召使いたちの後を追っかけていると、
「19-20世紀の英国人の主人(とくに貴族)は、どうやって使用人の目からプライバシーを守るのかしらん?」と思うこともしばしば。
生れた時から大勢の召使いたちにかしずかれ、入浴時のすっぽんぽんを見られても平気、壁際のフットマンなんて装飾棚と同じ…だとしても、他人に知られたくない秘密ってのはあるでしょう、やっぱり。
ですが、他人の家庭の中で立ち働くのが、召使いの務めです。
時には家庭の中核にまで足を踏み入れてしまう事だってある。
そういえば、以前、当ブログで紹介したモニカ・ディケンズの『なんとかしなくちゃ』の中でも、女主人がコック兼メイドである著者モニカに、情事の相手である男性客との会話を聞かれるのを気にしてフランス語でやり過ごす、という場面がありました。(でもモニカはフランス語が出来るので、実は筒抜けだった)
参考過去ブログ
『なんとかしなくちゃ』 モニカのメイド体験ブログ?
召使いが自然とその家の事情に通じてしまうのは仕方がありません。
それにある程度の事情は知っておかないと「気の利かないヤツだ」と主人の不評を買うかもしれません。
主人たちが恐れるのは、それらの内部事情が召使いたちの口をとおして他家に漏れる事です。
辞めた使用人が新しい勤め先の屋敷で、前の屋敷での事をペラペラ話してしまう危険性は大です。それは単に口が軽かったり、もしくは前の屋敷での扱いを不当に思い、仕返しのつもりで内部情報を流す場合もあります。もちろん、良心的な使用人は守秘義務に則って前の勤め先のことについて他言はしませんでしたが…。
社交界に生きる貴族たちにとって、悪い噂や評判は命取りです。
取るに足らない、ただの召使いの噂でも、<火の無い所に煙は立たない>
普段は気にもかけない召使い。しかしことプライバシーに関わる時は、背後に控える召使の存在を意識する――おそらく貴族は、この心理的な習慣をごく自然に身につけていたのではないかと思います。
さて、ここでイーヴリン・ウォーの小説『ブライヅヘッドふたたび』の話に入ります。
この小説の中に、主人が客に向かって「召使いがいるから話せない」とアイコンタクトをとるシーンがあります。
この作品は、語り手である<私>画家チャールスの目を通して、20世紀前半の「ブライヅヘッドの城」を舞台に、そこに住む貴族一家との思い出をつづった回想録です。
小説の後半、城主のブライヅヘッド(愛称ブライディー)が、自身の婚約が決まったことをチャールスと、彼の恋人ジュリア(ブライディーの妹)に告げます。
それは、ディナーの席でのことでした。
そう、フットマンたちやバトラーが、テーブルのまわりで給仕をしてるんですね。ディナーですから。「絵の方はどうだい」なんて、ブライディー、話を逸らしているのがミエミエですね(笑)。
そして2ページくらい挟んだ後で、またしても、
ブライディーはこの後、召使たちが引き下がって三人だけになった時に、やっと婚約報告を果たします。
わたくし、この場面を読んだ時、ちょっとドキドキしたんですね。
「召使の前では、」という意味らしいしかめ面って、どんなだろう?
ひょっとして貴族がごく自然に身につけている表情のひとつなんだろうか?
チャールスが「…という意味に取った。」「…という意味らしい」と言葉をぼやかしているのは、チャールスが貴族でないからであって、もしかしたら貴族同士では、すぐそれと分かる<召使に注意>のアイコンタクトだったりして、などなど。
実際にどんな「しかめ面」なのか、見てみたいなぁ…と思っていたところ、原作を基にした英国のTVドラマのビデオをTUTAYAで発見してしまった!
邦題『華麗なる貴族』( 原題は原作通り、BRIDESHEAD REVISITED )
全六部作。1981年、グラナダTV制作。
おおっグラナダTV! あの『シャーロック・ホームズの冒険』のドラマでおなじみの! 時代考証バッチリだ! しかもチャールス役は私の大好きなジェレミー・アイアンズだ! こりゃ期待が持てるぞうっふっふっふ。
ひとりほくそえんで、さっそく家で観てみる。
ストーリー運びも台詞も(といっても字幕だが)じつに原作に忠実な作りだ。
きっとあの「しかめ面」も忠実に演じられるに違いないっふっふっふ。
さあ、問題のシーンです。
一度目の「しかめ面」はブライディが背を向けているので分かりませんが、二度目はバッチリ、目の動きまでよく分かります。
チャールスから報告を催促されるブライディー。
するとブライディー、ナイフとフォークの手は動かしたまま、やや上目遣いに、視線だけキュッ、サッと壁際のフットマンたちに走らせます。
そのシグナルの早さったら。咳払いが10だとしたら、0.1くらいの早業です。
でも眉根を寄せるいわゆる「しかめ面」とは違って、どちらかと言うと「めくばせ」に近い感じかなぁ。
貴族たちはこのように、召使いには分からない無言の会話を目でしているんですねぇ。とすれば召使いたちにも、主人たちには分からない召使い同士での無言の会話がありそうです。
テーブル席の後ろに控えながらフットマンたちが交わすアイコンタクト。
「あー、ご主人様、またそのジョーク? そのネタ聞き飽きたよ、なぁ?」
「19-20世紀の英国人の主人(とくに貴族)は、どうやって使用人の目からプライバシーを守るのかしらん?」と思うこともしばしば。
生れた時から大勢の召使いたちにかしずかれ、入浴時のすっぽんぽんを見られても平気、壁際のフットマンなんて装飾棚と同じ…だとしても、他人に知られたくない秘密ってのはあるでしょう、やっぱり。
ですが、他人の家庭の中で立ち働くのが、召使いの務めです。
時には家庭の中核にまで足を踏み入れてしまう事だってある。
そういえば、以前、当ブログで紹介したモニカ・ディケンズの『なんとかしなくちゃ』の中でも、女主人がコック兼メイドである著者モニカに、情事の相手である男性客との会話を聞かれるのを気にしてフランス語でやり過ごす、という場面がありました。(でもモニカはフランス語が出来るので、実は筒抜けだった)

『なんとかしなくちゃ』 モニカのメイド体験ブログ?
召使いが自然とその家の事情に通じてしまうのは仕方がありません。
それにある程度の事情は知っておかないと「気の利かないヤツだ」と主人の不評を買うかもしれません。
主人たちが恐れるのは、それらの内部事情が召使いたちの口をとおして他家に漏れる事です。
辞めた使用人が新しい勤め先の屋敷で、前の屋敷での事をペラペラ話してしまう危険性は大です。それは単に口が軽かったり、もしくは前の屋敷での扱いを不当に思い、仕返しのつもりで内部情報を流す場合もあります。もちろん、良心的な使用人は守秘義務に則って前の勤め先のことについて他言はしませんでしたが…。
社交界に生きる貴族たちにとって、悪い噂や評判は命取りです。
取るに足らない、ただの召使いの噂でも、<火の無い所に煙は立たない>
普段は気にもかけない召使い。しかしことプライバシーに関わる時は、背後に控える召使の存在を意識する――おそらく貴族は、この心理的な習慣をごく自然に身につけていたのではないかと思います。
さて、ここでイーヴリン・ウォーの小説『ブライヅヘッドふたたび』の話に入ります。
この小説の中に、主人が客に向かって「召使いがいるから話せない」とアイコンタクトをとるシーンがあります。
この作品は、語り手である<私>画家チャールスの目を通して、20世紀前半の「ブライヅヘッドの城」を舞台に、そこに住む貴族一家との思い出をつづった回想録です。
小説の後半、城主のブライヅヘッド(愛称ブライディー)が、自身の婚約が決まったことをチャールスと、彼の恋人ジュリア(ブライディーの妹)に告げます。
それは、ディナーの席でのことでした。
「どうだい、ブライディー、何か新しいことはないかね。」 「実はあるんだが、後で、」と彼は言った。 「今じゃいけないのか。」 彼は顔をしかめて見せて、それを私は、「召使の前では言えない、」という意味に取った。それから彼は、「絵の方はどうだい、」と言った。 『ブライヅヘッドふたたび』 訳=吉田健一/ブッキング 2006年より引用。 ( ※太字はブログ筆者) |
そう、フットマンたちやバトラーが、テーブルのまわりで給仕をしてるんですね。ディナーですから。「絵の方はどうだい」なんて、ブライディー、話を逸らしているのがミエミエですね(笑)。
そして2ページくらい挟んだ後で、またしても、
「レックスが今晩いるとよかったんだがね。皆に報告して置きたいことがあったんだ。」 「そう勿体振らなくたっていいじゃないか、ブライディー。何なんだい、その報告っていうのは」 彼はここで又、「召使の前では、」という意味らしいしかめ面をした。 (同上引用 ※太字はブログ筆者) |
ブライディーはこの後、召使たちが引き下がって三人だけになった時に、やっと婚約報告を果たします。
わたくし、この場面を読んだ時、ちょっとドキドキしたんですね。
「召使の前では、」という意味らしいしかめ面って、どんなだろう?
ひょっとして貴族がごく自然に身につけている表情のひとつなんだろうか?
チャールスが「…という意味に取った。」「…という意味らしい」と言葉をぼやかしているのは、チャールスが貴族でないからであって、もしかしたら貴族同士では、すぐそれと分かる<召使に注意>のアイコンタクトだったりして、などなど。
実際にどんな「しかめ面」なのか、見てみたいなぁ…と思っていたところ、原作を基にした英国のTVドラマのビデオをTUTAYAで発見してしまった!
邦題『華麗なる貴族』( 原題は原作通り、BRIDESHEAD REVISITED )
全六部作。1981年、グラナダTV制作。
おおっグラナダTV! あの『シャーロック・ホームズの冒険』のドラマでおなじみの! 時代考証バッチリだ! しかもチャールス役は私の大好きなジェレミー・アイアンズだ! こりゃ期待が持てるぞうっふっふっふ。
ひとりほくそえんで、さっそく家で観てみる。
ストーリー運びも台詞も(といっても字幕だが)じつに原作に忠実な作りだ。
きっとあの「しかめ面」も忠実に演じられるに違いないっふっふっふ。
さあ、問題のシーンです。
一度目の「しかめ面」はブライディが背を向けているので分かりませんが、二度目はバッチリ、目の動きまでよく分かります。
チャールスから報告を催促されるブライディー。
するとブライディー、ナイフとフォークの手は動かしたまま、やや上目遣いに、視線だけキュッ、サッと壁際のフットマンたちに走らせます。
そのシグナルの早さったら。咳払いが10だとしたら、0.1くらいの早業です。
でも眉根を寄せるいわゆる「しかめ面」とは違って、どちらかと言うと「めくばせ」に近い感じかなぁ。
貴族たちはこのように、召使いには分からない無言の会話を目でしているんですねぇ。とすれば召使いたちにも、主人たちには分からない召使い同士での無言の会話がありそうです。
テーブル席の後ろに控えながらフットマンたちが交わすアイコンタクト。
「あー、ご主人様、またそのジョーク? そのネタ聞き飽きたよ、なぁ?」
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