パスパルトゥーの災難。

本日の召使 : パスパルトゥー(侍従) 小説「八十日間世界一周」より

「よろしい。ところで、いま何時かな」
「十一時二十二分です」とパスパルトゥーはチョッキのポケットから大きな銀の時計をだして、答えた。
「おまえの時計はおくれているぞ」とフォッグ氏がいった。
「失礼ですが、そんなはずはありません」
「いや、四分おくれている。だが、それはどうでもいい。四分のおくれを確認しておけばいいのだ。では、いまから、つまり一八七二年十月二日水曜日の午前十一時二十九分から、おまえはわたしの使用人となったのだ」

「八十日間世界一周」ジュール・ヴェルヌ作 田辺貞之助訳 創元SF文庫より。
(太字は筆者。)


従者・パスパルトゥー誕生のシーンです。
このあと、主人のフィリアス・フォッグ卿のお供で、世界を80日間で一周するハメとなる。

生粋のパリジャン。
「愛嬌のある顔をし、うまいものといい女はいつでも歓迎という男。
 気立てがやさしく、世話好きで、そんな顔が友だちの肩のうえにのっかっていたら、
 だれでもうれしくなるような、人のいい丸ぽちゃの顔をしていた。」

いままでに様々な職業を転々としてきた。
艶歌師、サーカスの軽業師、体操の教師、パリの消防士…。
その経験から得た身の軽さが、行く先々の土地で発揮されることとなる。
(というか勝手に動いて騒ぎを大きくしたりする。)

彼が仕えるはフィリアス・フォッグ卿。
いわゆる英国紳士(冷静沈着、時間厳守)
…に、おおきく輪をかけたようなお方でして。
「数学的な正確さ」をもつこの紳士は、
屋敷とクラブのあいだの歩数さえキッチリしている。(576歩)
スイスの機械式時計が服きて歩いているようなものだ。

そもそもフォッグ卿がパスパルトゥーを雇ったのは、
前にいた、ただひとりの下男をクビにしたからで、その理由が
「ひげ剃りの湯は華氏の八十六度ときめてあったのに、八十四度のをもってくるという大罪をおかしたから」

あいたたたぁーどえらい主人に当たっちまったぜ、
とゲンナリするでしょう。フツーの召使なら。

パスパルトゥーは違った。
「おれにはうってつけだ! おれに似合いの職場だ。フォッグ氏とおれとはぴったり気持ちがあうだろう!」
歓喜しちゃうんです。

というのも、彼は「落ち着いた家庭の生活を味わいたい」と切に願っていたからです。

生粋のパリジャンでありながら、イギリスに渡って下男の仕事を選んだのは、
それまで浸かっていた放浪生活を断ち切りたかったからだ。
10軒の屋敷につとめた。
どの主人も気まぐれで、道楽者で、旅行してばかりだった。
だが、この几帳面で暮らし向きのおちついたご主人のもとで、
やっと根をおろすことができる…。

はれてフォッグ卿の召使となったのが、1872年10月2日(水)・午前11時29分。
そのフォッグ卿に世界一周の件を告げられ、
茫然自失となるのが同日・午後7時50分。

その間、約8時間20分。

パスパルトゥー、わずかな安楽の時間だった。

(注:文中の「 」内はすべて創元SF文庫「八十日間世界一周」からの引用です)


関連リンク
映画「80日間世界一周」(1957)(allcinema)
 パスパルトゥー役の喜劇役者カンティンフラスは原作に近いイメージ。
Cantinflas(WIKIPEDIA)
 そのカンティンフラスの詳細。チャプリンのコメントが利いてる。
映画「80days」(2004)(HERALD ONLINE)
パスパルトゥー役にジャッキー・チェン。もちろん主演。もちろんカンフー。
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