執事猫の瞳。

ふだん、執事とか召使いたちを頭のどっかに据えて暮らしていると、思わぬ出会いがあります。

近所のホームセンターだった。

机の蛍光灯が切れたので、買いに行ったのです。もともとは。
そうなんだけど、この大型店に入ると、いつもフラリと足を踏み入れてしまうコーナーがある。

広いフロアの一画にある、犬猫を展示販売する「ワンニャン村」。
その名の通りワンニャンワンニャンと、ちっこいワンころやニャンころがガラスケースの中でそれぞれ独り遊びに夢中で転げまわり、とつぜんピタッと動きを止めたかと思うと、濡れた大きな瞳で、こちらをジッと見つめやがる。


小さい頃、金魚しか飼えなかった。


わたしは言葉の限りを尽くして「猫のすばらしさ」を泣きながら母親に訴え続けた。ふわふわしてるの。かわいい声でなくの。ネズミとるって。とってもあったかいんだよ。金魚とちがって。

捨て猫を見つけてきては家に連れて帰るゲリラ作戦。
小さな両掌の中でさらに小さく丸まって、目も開かず、ミイミイ鳴く小動物を目の前に差し出された母は、そのたびに困った顔をして首を振った。うちは団地だから、わかってるでしょ…。

吉祥寺の商店街の入口に、たまに雑種の仔猫や仔ウサギの露店が出ていて人垣が出来ていた。
いま思えば、まだそんな風にのんびりしていたのだ、当時の吉祥寺は。

いち早く人垣に気づいた母は、わたしの手を引いて、人垣とわたしの間をブロックするようにして足早に歩いた。
胸がカッと熱くなり「あれ猫じゃない? 猫じゃないの?」仰ぎ見る母の喉元に向かって言い募った。
母の喉が動いて、メノドク、メノドクと言葉が流れ出た。
目の毒、という言葉を覚えたのは、この時だ。

猫は、目が合うと、もうダメだ。
ストーブの上にのせられた雪のように、シュウッと心がみるみる溶けてしまう。

ワンニャン村で自分が無事でいられるのは、ガラスケースのおかげだ。
こちらとあちら、ガラス一枚の隔てがあるから、たとえ目が合っても、理性を保っていられる。

一匹だけ、瞳を閉じている仔猫がいた。

まわりがワンニャンワンニャンと騒がしい中で、ひとり(一匹)泰然自若と瞳を閉じて、小さなプラスチックの台の上「の」の字に丸まっている。

からだ全体が、青灰色のモノトーン。
こちらに向けられたツルツルの小さな肉球が、そこも灰色なのには驚いた。

ガラスケースの扉に貼られた説明書きには、こう書いてある。
ロシアンブルー

《性格特徴》
柔らかいじゅうたんのようなブルーコート、コブラヘッドと呼ばれる7面体の頭。
性格は内気で、飼い主に忠実。ボイスレスキャットの別名があるように、とても静か。
飼い主に忠実? 猫なのに?
それに、ボイスレス。つまり、無駄口(無駄鳴き?)は叩かないってことか。
青灰色のモノトーンの毛並みは、気品が感じられる。
となりのミニチュア・ダックスフントがやたらキュンキュン鳴いてガラス板を引っ掻いるけど、この猫、そんな騒ぎにもちっとも動じずに丸まっている。

ふーん、良い執事と似たような資質を備えている猫なんだな…。
執事とロシアンブルーの共通点に興味が湧いて、店員さんからペンを借りて先ほどの説明書きを手帳にメモした。

いったい瞳はどんな色なんだろうかと目が開かれるのをジッと待ってガラスケースの前で固まっていたら、

「ロシブ(と、通は言うらしい)、お好きですか?」

さっきペンを借りた若い男性店員さんに声かけられた。

いえ、執事が…うっかり答えそうになり、あわてて「猫を? 迷ってるンですう~あはは」と笑ってゴマカすわたし。

しかし、脈ありと感じたのか、商魂燃ゆる店員さんはハリキッて、
「抱っこしてみます? いまケースから出しますよ!」

うわあっそんなことしたら理性が、などと私の心の訴えに店員さんが気付くハズもなく、ガチャガチャ、ガラッ。店員さんは片手でひょいとロシブ猫をすくいあげた。

その時、ロシブ猫の眼が、ゆっくり、開いた。

緑だ! グリーンだ。人のこころを惑わす。

「どうぞ!」店員さんは満面の笑顔でその子をわたしに手渡した。わたしの胸に、その子はゆったりと、自然な感じで身を任せた。小さな丸い頭が、微かにわたしの胸をうんうんと押した。
あったかい。

店員さんが追い討ちをかける。

「ロシブはねー、体の大きさに対して脚がほっそりしていて、足がちっちゃいんですよ。だからいつも爪先立ちしているように見えて、立姿がとても美しいんです」

執事猫。あああ…。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
« 新カテゴリー... 帝国ホテルに... »
 
コメント
 
 
 
ロシアンブルーと出会いましたか♪ (伊織)
2008-04-01 08:47:23
私は犬派ですが、実は猫も大好きです♪
ロシアンブルーは姿、姿勢だけで気品があふれ出ているようで大好きです。また、あの魅惑の色が・・・♪
銀のような紫のような、また灰でもあり黒っぽい、そんな不思議な色をしていますよね。

友人が二匹、ロシアンブルーを飼っています。本当に鳴きませんし、何より友人が帰る頃には入り口で姿勢良く座って待っているそうです。
そう。まるで、主人の帰りを待つ執事のように・・・♪

私はもし猫が飼えるなら『エジプシャン・マウ』がいいですね♪
一番好きな猫です、あの模様に意味無く『ごめんなさい』と謝りたくなるほどに大好きです。
 
 
 
ロシアンブルーは衝撃的でした (countsheep99)
2008-04-05 14:48:22
どもども。伊織さん。

仰るとおり、不思議な毛色ですよね!
「灰色」だけでは言い表せません!
あの深みと光沢は、写真とかでもなく、実際に目にしないとわからないかも。

店員さんとお話しながら20分くらい抱っこしてたんですが、あんなにおとなしい猫は初めてでした。
いままでは腕に抱いた途端、「ウニャーッ!」と逃げ出そうとする活発な猫しか出会ってなかったので(笑)

「この種類の猫は、みんなこんなにおとなしいんですか?」と店員さんに訊くと、

「いえ。ロシプは基本的に飼い主にしか馴れません。この子が特別なんです!」
だから買って可愛がってね、のオーラを出されてしまいましたが、実際はどうなんでしょうね?

エジプシャン・マウは初めて知りました。
画像検索で見てみましたよ。

耳がおっきい! 

 
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。