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執事たちの足音
『でかした、ジーヴス!』② バーティの服装管理はジーヴスの職務
さて、今回のジーヴスは、活躍の場の多くを主人バーティと暮すロンドンのフラットから田舎のカントリーハウスへと舞台を移しております。
そこで今回は「旅行における主人の服装の管理」をテーマに、
「従僕がいかに荷造りに苦労し、滞在先での主人の服装管理に心をくだいたか」を検証したいと思います。
とくに、品のあまりよろしくない色彩の衣装を好む主人に仕えると、従僕はどれほど苦労するのか。
バーティの奇抜な服装愛好癖に痛めつけられる、ジーブスの「傷心」に触れたいと思います。
主人の服装管理は従僕の仕事
まず前提として述べておきたいことが、2つあります。
《ジーヴスは執事butlerではなく、従僕valetである》
以前にも度々くりかえしていますが、本来のジーヴスの職業名は従僕valet
(もしくはgentleman's gentleman)です。執事butlerではありません。
(詳しくはこちら↓の過去記事をどうぞ)
出ましたジーヴス その2 gentleman's personal gentlemanとは?
訳語のニュアンスの問題で、ジーヴスは「執事」と訳されていますが、
本来は「従僕」なのだとまず覚えていてください。
《従僕は主人の服装に関して、全責任を負っている》
主人の頭のてっぺんからつま先まで、身につけているものすべてが従僕の管理下に置かれます。もちろん宝石類やステッキも含みます。「良いものを長く使えるように」衣服の手入れは当然のこと、TPOに合った服装を整える主人専用のトータル・コーディネーターでもあります。
ですから、ジーヴスがバーティの服装にあれこれ口出しする(しすぎ?)のは、
ある意味、当然の事だと言えます。
一日に4回…カントリー・ハウス滞在中の着替え
事もなげにジーヴスに荷造りを命じるバーティ。
しかし従僕にとって、主人が旅行先で「しばらく滞在する」期間に必要とする用品をトランクにまとめるには、甚大な労力を要するのです。
とにかく、着替えの衣服が多い。一日に最低4回は着替えるのです。
20世紀初頭のエドワード王朝時代(ウッドハウスが20代の頃ですね)、イギリスの社交界では、週末の「土曜から月曜」にかけてカントリー・ハウスで過ごす「ウィークエンド・パーティー」が流行しました。
招待された紳士淑女はそこで、狩りやスポーツ、パーティに密かなラヴ・アフェアを楽しむわけですが、行事が多ければ当然、衣装も増えます(とくに女性は)。
ここで、カントリー・ハウスにおける一日の着替えの流れを追ってみましょう。
(参考文献 : 『英国カントリー・ハウス物語 華麗なイギリス貴族の館』
(杉恵惇宏著・渓流社))
●朝
シンプルな「モーニング・フロッグ」を着て食卓につく。(その日が日曜日で教会に行くならば、ビロードの「ベスト・ドレス」を着用する。)
●朝食後~日中
ツイードの服に着替えて日中を過ごす。
●アフタヌーン・ティー
アフタヌーン・ティーの際には、もしあればティー・ガウンに着替える。
●ディナー
ディナーに一度着たイヴニング・ガウンを再び身につけるのは社交界のタブー(白い目で見られること必至)。男性はディナーの後のスモーキング・ジャケットが必要。フォーマルな舞踏会がある場合は白タイとテイル・コートに着替えねばならない。
ほかにも狩りや釣り、スポーツや乗馬、自転車乗りをするのであれば、それにふさわしい特別の衣装を持参しなければなりません。
ざっと「服」だけ挙げましたが、もちろん、それぞれの服に合った靴、帽子、バック、宝石、アクセサリーも揃えます。……ふぅ。
いや、ため息にはまだ早い。
バトラー歴53年のStaley Ager氏の著書 The Butler's Guide (PAPERMAC,1982)によりますと、すべての従僕は、「 各人オリジナルの靴磨きのための器具が備わった、重い木製の靴箱」を持っていたそうで、彼は1930年代の従僕時代、主人の旅行に随行するたびにそれを持っていったそうです。
十何着もの衣服をなるべく小さく、かつシワにならないようにたたんでスーツ・ケースに詰めるのですから、とうぜん、技術がいります。
先のAger氏も、ここが従僕の腕の見せ所と、荷物のパッキング方法に多くのページを割いてこと細かに説明しています。
衣服のタイプ、素材に合わせた「たたみ方」だけでも数十種類あり、さらにスーツ・ケースへ詰める順番・位置だって決まっている。
例えば。
ズボンはケースの一番下。(フラットの形を保持するため)
ジャケットはズボンの次に。
シャツなどの軽い衣類は上に近いところに。
ウールのドレスは下に近いところに。
靴下・下着・手袋でケースの隙間に。
タイは肌着の間か、肌着とシャツの間に。
エトセトラ、エトセトラ…。
あああ、頭が。
ジーヴスが、
「ひざの深さまでスーツケースやらシャツやら冬のスーツやらに埋もれながら」(『それゆけ、ジーヴス』)
荷造りしていた苦労が偲ばれます。
しかも、いつの間にバーティが紛れ込ませたのか知らん、
スペイン風のカマーバンド(『比類なきジーヴス』)やら
金ボタンの白いメスジャケット(『よしきた、ジーヴス』)やらを、
今すぐ捨ててしまいたい衝動に抑えて、
黙々とスーツケースに詰めているかと思うと…。
※次回につづく。つぎはカントリー・ハウスに到着した後、
「ブラッシング・ルーム」での従僕の仕事をジーヴスとからめて触れたいと思います。
次回ブログ
『でかした、ジーヴス!』③ ブラッシング・ルームは従僕の城
そこで今回は「旅行における主人の服装の管理」をテーマに、
「従僕がいかに荷造りに苦労し、滞在先での主人の服装管理に心をくだいたか」を検証したいと思います。
とくに、品のあまりよろしくない色彩の衣装を好む主人に仕えると、従僕はどれほど苦労するのか。
バーティの奇抜な服装愛好癖に痛めつけられる、ジーブスの「傷心」に触れたいと思います。
主人の服装管理は従僕の仕事
まず前提として述べておきたいことが、2つあります。
《ジーヴスは執事butlerではなく、従僕valetである》
以前にも度々くりかえしていますが、本来のジーヴスの職業名は従僕valet
(もしくはgentleman's gentleman)です。執事butlerではありません。
(詳しくはこちら↓の過去記事をどうぞ)
出ましたジーヴス その2 gentleman's personal gentlemanとは?
訳語のニュアンスの問題で、ジーヴスは「執事」と訳されていますが、
本来は「従僕」なのだとまず覚えていてください。
《従僕は主人の服装に関して、全責任を負っている》
主人の頭のてっぺんからつま先まで、身につけているものすべてが従僕の管理下に置かれます。もちろん宝石類やステッキも含みます。「良いものを長く使えるように」衣服の手入れは当然のこと、TPOに合った服装を整える主人専用のトータル・コーディネーターでもあります。
ですから、ジーヴスがバーティの服装にあれこれ口出しする(しすぎ?)のは、
ある意味、当然の事だと言えます。
一日に4回…カントリー・ハウス滞在中の着替え
ホワイト・タイがたくさんいる、ジーヴス。あと昼間用の暖かいカントリー・スーツを二、三着だな。しばらく滞在することになると思う。 (『でかした、ジーヴス!』収録「ジーヴスとクリスマス気分」より引用) |
事もなげにジーヴスに荷造りを命じるバーティ。
しかし従僕にとって、主人が旅行先で「しばらく滞在する」期間に必要とする用品をトランクにまとめるには、甚大な労力を要するのです。
とにかく、着替えの衣服が多い。一日に最低4回は着替えるのです。
20世紀初頭のエドワード王朝時代(ウッドハウスが20代の頃ですね)、イギリスの社交界では、週末の「土曜から月曜」にかけてカントリー・ハウスで過ごす「ウィークエンド・パーティー」が流行しました。
招待された紳士淑女はそこで、狩りやスポーツ、パーティに密かなラヴ・アフェアを楽しむわけですが、行事が多ければ当然、衣装も増えます(とくに女性は)。
ここで、カントリー・ハウスにおける一日の着替えの流れを追ってみましょう。
(参考文献 : 『英国カントリー・ハウス物語 華麗なイギリス貴族の館』
(杉恵惇宏著・渓流社))
●朝
シンプルな「モーニング・フロッグ」を着て食卓につく。(その日が日曜日で教会に行くならば、ビロードの「ベスト・ドレス」を着用する。)
●朝食後~日中
ツイードの服に着替えて日中を過ごす。
●アフタヌーン・ティー
アフタヌーン・ティーの際には、もしあればティー・ガウンに着替える。
●ディナー
ディナーに一度着たイヴニング・ガウンを再び身につけるのは社交界のタブー(白い目で見られること必至)。男性はディナーの後のスモーキング・ジャケットが必要。フォーマルな舞踏会がある場合は白タイとテイル・コートに着替えねばならない。
ほかにも狩りや釣り、スポーツや乗馬、自転車乗りをするのであれば、それにふさわしい特別の衣装を持参しなければなりません。
ざっと「服」だけ挙げましたが、もちろん、それぞれの服に合った靴、帽子、バック、宝石、アクセサリーも揃えます。……ふぅ。
いや、ため息にはまだ早い。
バトラー歴53年のStaley Ager氏の著書 The Butler's Guide (PAPERMAC,1982)によりますと、すべての従僕は、「 各人オリジナルの靴磨きのための器具が備わった、重い木製の靴箱」を持っていたそうで、彼は1930年代の従僕時代、主人の旅行に随行するたびにそれを持っていったそうです。
十何着もの衣服をなるべく小さく、かつシワにならないようにたたんでスーツ・ケースに詰めるのですから、とうぜん、技術がいります。
先のAger氏も、ここが従僕の腕の見せ所と、荷物のパッキング方法に多くのページを割いてこと細かに説明しています。
衣服のタイプ、素材に合わせた「たたみ方」だけでも数十種類あり、さらにスーツ・ケースへ詰める順番・位置だって決まっている。
例えば。
ズボンはケースの一番下。(フラットの形を保持するため)
ジャケットはズボンの次に。
シャツなどの軽い衣類は上に近いところに。
ウールのドレスは下に近いところに。
靴下・下着・手袋でケースの隙間に。
タイは肌着の間か、肌着とシャツの間に。
エトセトラ、エトセトラ…。
あああ、頭が。
ジーヴスが、
「ひざの深さまでスーツケースやらシャツやら冬のスーツやらに埋もれながら」(『それゆけ、ジーヴス』)
荷造りしていた苦労が偲ばれます。
しかも、いつの間にバーティが紛れ込ませたのか知らん、
スペイン風のカマーバンド(『比類なきジーヴス』)やら
金ボタンの白いメスジャケット(『よしきた、ジーヴス』)やらを、
今すぐ捨ててしまいたい衝動に抑えて、
黙々とスーツケースに詰めているかと思うと…。
※次回につづく。つぎはカントリー・ハウスに到着した後、
「ブラッシング・ルーム」での従僕の仕事をジーヴスとからめて触れたいと思います。
次回ブログ
『でかした、ジーヴス!』③ ブラッシング・ルームは従僕の城
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