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なおしのお薦め本(92)『ぼくの心の闇の声』

 クリエイト速読スクール文演第1期生の小川なおしさんから、お薦め本が届いています。

 

ぼくの心の闇の声

       
ロバート・コーミア作 原田勝訳

 児童書です。

 
主人公は11歳のヘンリー。両親と兄の四人家族でしたが、兄を事故で亡くします。父親はそれ以来ひきこもり状態になり、母親が食堂で働き始めます。ヘンリーも放課後に食料品店で働いて、家計を助けています。まだ兄の墓石を建てる余裕もありません。

 ヘンリーの家のとなりには精神病院があり、そこに入院している老人にヘンリーは興味を持ちます。その老人ルヴィーンさんはリハビリのため、毎日のように外出し、工芸センターで村のミニチュア模型を作っています。ルヴィーンさんはユダヤ人で、ナチスによって家族を失っていました。村の模型は、ナチスが来る以前の、平和だった頃を思い出して作られています。ヘンリーはルヴィーンさんと仲良しになります。

 ヘンリーが働く食料品店の店主ヘアストンさんは、よく人種差別的発言をする人です。この人の性質がわかるところを引用します。

「ヘアストンさんは、店の中にいるお客さんにはとても腰が低い。笑顔を浮かべ、頭を下げ、なんとか機嫌をとろうとする。ところが、いったんその人が店の外へ出ていってしまうとひどい言葉でこきおろす。その変わりようにヘンリーは驚くばかりだった。」 

 ヘアストンさんは、ヘンリーからルヴィーンさんの模型の話を聞き、興味を持ちます。そしてある日、ヘンリーにルヴィーンさんの模型を壊してくるよう頼むのです。当然ヘンリーは断るのですが、ヘアストンさんはあきらめません。引用します。

  「『いま決めなくていいんだ、ヘンリー。すこし考えろ。今夜、考えてみるんだ。それからひとつ言っておくがな、もし、わしのこのささやかなたのみごとをおまえにまかせられないとすれば、どうしてこの先、店の仕事をおまえにまかせたりできる?』残念でたまらない、という口ぶりだった。『わかるだろ? わしはおまえをくびにせざるをえん。家計を助けてきた給料も、もうもらえない。兄さんの墓石もパーだ』やさしく、やわらかい口調で続ける。『それだけじゃない。わかるか、ヘンリー? わしはおまえのことをほかの商店主たちの耳にも入れにゃならん。信用できないやつだってな。もうだれもおまえを雇ってはくれんぞ。それどころか店に入れてもくれなくなる』もう、ひそひそ声に近い。『おまえの学校の校長、あれはな、わしの友達なんだ。おまえのやることには目を光らせるように言っとかんとな。そうだろ? カンニングするかもしれんじゃないか。仕事をまかせられんようなやつは、ちょくちょくカンニングしてるはずさ』

 ヘンリーは、ただ茫然と店主の恐ろしい言葉を聞くばかりだった。静かでやさしい口調が、かえって話の凄みを増している。この人は、その気になれば、いまならべたてたことをすべてそのとおりにやってのける人だ。ヘンリーにはよくわかっていた。」

 そして翌日、ヘンリーはまた話しかけられることになります。引用します。

  「店の奥で果物をならべ直していて、ふと気づくと、あたりが静かになっていた。客がいなくなったのだ。ヘアストンさんの足音がレジをはなれ、こっちに近づいてくる。ついに、ピラミッドのように積み上げたオレンジの山に、店主の黒い影が落ちた。

  『言っときたいことがふたつある』

 ヘンリーは果物をいじる手を止めなかった。

  『こっちを向け』ヘアストンさんがぴしゃりと言った。

 ヘンリーは向き直ったが、視線を合わせず、店主の白い上着についているボタンを見つめた。

  『まず、おまえのおふくろのことだ』

 背筋が凍りついた。店の中は暑くてほこりっぽいというのに、ぶるっとふるえが走る。

  『《ミス・ウィックバーグ》って食堂で働いているんだって?』たったいま、それを知って驚いたような言い方だった。『あそこの持ち主とは友達なんだ。店長じゃないぞ。あいつは人がいいだけで、従業員を家族あつかいしてるがな、わしの言ってるのは店の持ち主の方だ。すじの通らないことには我慢できないやつでな……』

 ヘンリーはだまったまま、視線をボタンからそらした。このまま見つめていたら催眠術にでもかかってしまいそうだ。

  『このあいだ、やつはちょっと困ったことになって、金が必要になった。わしのところに来たんで用立ててやった。貸してやったんだ。それが人の道ってもんだ。お互い助けあわんとな。そうだろう、ヘンリー?』

 ヘンリーはなにも言わず、ちらりと店主の茶色い瞳をのぞくと、すぐにボタンに視線をもどした。いままで気づかなかったが、上からふたつ目のボタンがひび割れている。

  『まあ、そういうわけで助けてやったんだ。やつはこう言ってくれた。“どんなことでも、わたしにできることがあったら言ってくれ”ってな。わかるか?』ヘアストンさんは返事を待たずに続けた。『つまり、おまえのおふくろさんのことだが、もしわしが、給料を上げてやってくれ、楽な時間に働かせてくれと言えば、そうなるってことだ。いや、それだけじゃない、ウェイトレスのチーフにしてくれとたのめば、もう皿を運ばなくてよくなるんだぞ』ヘアストンさんは指をパチンと鳴らした。『ってなもんだ』

 ヘンリーは思わず腹に力を入れた。次になにを言い出す気か、わかったからだ。いや、どういう話になるかなんて、はじめからわかっていたのだ。」

 さて、ヘンリーは模型を壊すことになるのでしょうか? 

  そして、そもそもヘアストンさんがヘンリーに依頼した理由とはなんなのか?

 それは読んでのおたのしみ、ということで……。     なおし


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