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ケパとドルカス

『肝心なことは目では見えない』
これは星の王子さまの友達になったきつねの言葉。

聖地、遺跡、真実

2015年11月02日 | 示されたこと
ここイスラエルは、聖地である。だからエルサレムでは、ここがキリストが歩かれた道(ドロローサ)、十字架に架かられた所(聖墳墓教会)、主が囚われペテロが泣いた所(鶏鳴教会)とされ、またTabgha(タブハ)でもそうなのだが、イエスがかの有名な山上の垂訓を垂れた所(垂訓の丘教会)、カペナウムのここがペトロの姑たちの家、五つのパンと二匹の魚を分けた所(五つのパンと二匹の魚教会)云々と道案内される。(写真はアルベル山上での礼拝)

しかし実際の所、それらはすべて疑わしい。ゴルゴタの場所とされ、もっとも確実だと信じられている聖墳墓ですらも、コンスタンティヌスの母ヘレナが326年にエルサレムを訪れ、散々探し回って、らしき所にあたりをつけたにすぎない。だからガーデンチュームという、ライバルの存在もある。
ただ、聖書のこれらのことがらがあった、というのは真実なので、拝礼の対象として「この辺りでしょう」ではまずいので、「ここです」と決めつけたとしか思われない。だから私はそのような特定された場所、モノを拝礼することに強い違和感を持つ。だいたいの目安としての意味はあると思うのだが。

しかし中には確実な場所もある。それは神殿の丘、エルサレムの各門(門の場所であって、門の形ではない)、オリーブ山などである。またガリラヤでは、カペナウムやコラジン、マグダラなどのやや広めの遺跡群である。しかし山上の垂訓や五千人の給食など、特定できるはずがない所は、だいたいこんな感じだったのだろうという程度でよい。

しかしたとえそうであっでも、オリーブ山で神殿の丘を望みながら、またガリラヤ湖畔に佇みながら祈るならば、なんとも言えない臨在感が迫り来るのは大きな恵みである。また「ああ、この景色をイエス様も見られていた」と、神が二千年もよくぞ保存してくださったと、心から御手に感謝が沸き起こる。そういう意味で聖地はやはり、聖地であり、聖書が事実であり、真実であるかけがえのない証拠として今も存在をしているのだ。 ケパ


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ガリラヤ湖は命の水

2015年10月31日 | 示されたこと
中東、と言ってもイスラエルやヨルダン、それからエジプトやトルコぐらいしか知らないのだが、それでもパッと見た目に飛び込む大きな違いがある。

それはイスラエルという国の特殊さである。日本の四国ぐらいしかない小国、しかも、その南半分はネゲブ砂漠で、不毛の地である。資源は死海の塩ぐらいしかなく、無いと言って良い。ただ、今目の前にしているガリラヤ湖だけは特別である。私見だが、このような半砂漠の地帯にあって奇跡のような湖である。(※写真は昨日の船上から、アルベル山を望んで)

以前この湖は、ほぼ東半分がゴラン高原から続くヨルダン領湖畔であった。そして湖から下ってのヨルダン川となった所から東半分がヨルダン領となって、それが延々と川が終わる死海まで、さらに国境はその先の紅海にまで続く。神はユーラシア大陸プレートとアフリカ大陸のプレートが激しくぶつけて隆起させ、二千mから三千近いヘルモン山脈をつくり、逆にすぐ南方では反動のように大地を引き裂き大地溝帯を作られた。これこそ聖書の主な舞台、海抜➖200mのガリラヤ湖と➖400mの死海に至るヨルダン川、及びその西側にあたるカナンの台地である。

このガリラヤ湖は今のイスラエルの生命線で、全土に水のパイプラインを張り巡らせている。つまり衛星写真でもくっきりわかるほどイスラエルの地が緑豊かなのは、ガリラヤ湖のおかげなのだ。だからイスラエルは、6日戦争で獲得したゴラン高原をシナイ半島のようにはシリアに返せない。
この砂漠の巨大オアシスを見ながら、二千年前にも同じように、我らの主イエス・キリストが湖を眺められ、愛されたであろうことを想像するのは楽しい。このガリラヤ湖は新訳聖書の主要な舞台でもあるのだ。私はガリラヤ湖と、イエス・キリストを重ね合わせた。

この湖が今や全イスラエルの命の水となったように、イエスこそ救い主であり、渇くことのない命の水(ヨハネ伝1:14)であるとイスラエルの民が気づき、悔い改める終末の日が近いと思わさせられた。 ケパ
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人間の願いと神の計画

2015年10月24日 | 示されたこと
今朝、夫婦でデボーション(賛美や祈り、聖書を読むこと)していた時のこと、新しい賛美集「風のひびき3」の56番の、「我が宝」を賛美していると「あなたが決めておられるように、私を生かしてくださいー」の言葉にしびれた。というか、この信仰、この霊性にかーっと火が燃え上がるような思いがした。

私の人生は自分のものではなく、実は神のものであり、計画を持って神は私は造られた。だからどうぞ神様、この私をあなたのご計画通りにお使い下さい。私はそれが、私の考えることよりも最善であることを知っています!


このように神を愛する者には、一人ひとりに神の最善のご計画がある、そんなことはこの群れに来るまでは聞いた事がなかった。だから・・・私はある事柄を思い出していた。
それはまだ私が三十歳ぐらいの時である。クリスチャン同士の結婚だったが、三年経っても子どもが与えられていなかった。前妻は当初から子どもが欲しくて欲しくて、しんどい思いをして婦人科にも通ってもいた。
そんなある時、現牧師の義父でもある高名な牧師が客員メッセンジャーとして講壇に立たれ、語られたその言葉の中に「子どもは神の祝福である」という一節があった。それに前妻は反応して「では私は祝福されていないのだ」と受け取った。後で泣きながら私にそれを言うので、私はつい、その牧師に「子どもができない夫婦は、どう受け取れば良いのでしょう?」と個人的に尋ねた。すると牧師は「ムッ」とされて、そのお返事がいただけなかったことをである。

もし今の私なら、即座に「子どもが生まれるのは祝福ですし、生まれないことにも神の御心があり、そのことを通してお二人にとって最善が表されることでしょう」と答える。
信じる者にはすべて神の最善の計画があり、それは人間的な願いとは必ずしも合致しない。だから冒頭の賛美「あなたが決めておられるように、私を生かしてください」に私は、霊と魂を震わさせられるだ。 ケパ





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絶望のシリア

2015年10月17日 | 示されたこと
海外のニュース、特に中東の情勢に私は関心を持っている。そしてここ四、五年、アラブの春から混乱が始まった世界最悪の危機に突入しているシリアを憂いている。

歴史上、これほど悲惨な状況に陥った国が他にあるだろうか? 権力の亡者、アサド大統領の苛烈な弾圧に、武力で立ち上がった反体制派(自由シリア軍)との戦線が膠着しているすきに、最も邪悪なISに国土の半分近くをあっという間に取られ、最近ではさらに他のイスラム過激派武装集団(アルヌスラや、アルカイダ)に国土を虫食いのように荒らされている。こうなってはこの国が元のように戻れるとは、誰もが希望を持たなくなっている。

この五年間の内戦で命を落としたシリア人は25万人。国内難民は800万人、国外に逃れた400万人で、今なお何十万人のシリア人が命がけでヨーロッパを目指している。国と国との戦いに敗れて国を失うのが常だったが、ここではそうではない。国民同士、シリア人同士が最後の一人になるまで戦おうとしているのだ。つまり殺戮の末に、もう元のようには戻れない全く変わった国になるということだ。
忘れてはならないのは、かつてイスラエルとの第4次中東戦争(1973年、キムヨプール(大贖罪日)戦争において、ゴラン高原での近代史上最後の大戦車戦を演じたのはこのシリアだった。つまり中東では強国だったのである。

私たち日本人にはよくわからないのが、どうして同じイスラム教徒同士なのに、あそこまで互いに戦い殺しあっているのかということだろう。大きく分けてスンニ派とシーア派の宗派間対立に、それぞれの盟主、サウジとイランが黒幕として控え、さらにアメリカやヨーロッパが空爆に加わり、なんとロシアまで割って入るという一層の混迷さである。もう互いに力尽きて止めようよ、の無い、果てしなき代理戦争の修羅場と化している。

昔、キリスト教が激しい迫害を乗り越えて、ローマの国教となり、権力と結びついた時、著しく堕落し腐敗した。本来、宗教と権力とは相反する別モノである。神の国は天にあり、この世はサタンの支配する滅び行く国である。
このシリアの地で宗教の名の下に多くの不法が正当化されていることに、彼らの言う宗教とは名ばかりのものであることがわかる。それにつれて想い出されるのは、免罪符にたまりかねてプロテスタントがカトリックから分離した宗教改革である。これには唯一の絶対的な信仰の基準、聖書が土台としてあったからこそ為し得た浄化である。この聖書は極めて(神の守りによって)、原典に近いものが保存され、二千年経ってもそれが証明され(シナイ文書、死海文書)、好き勝手な解釈を許さないものであった。神は徹底的に愛であった。

しかしシリアにおける悲劇はその経典(コーラン)の解釈によっては、権力の亡者が自らの立場の強化に用いられることにあるように私は見える。聖書がある。私たちはこの聖書の民である。主はほむべきかな! ケパ




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神様の語られる時

2015年09月29日 | 示されたこと
先週は忙しかった。その上、自分のしたメッセージ原稿が土曜日に上がる始末である。(※ 船橋教会の週報及びメッセージ集のブログは、当の牧師が要約して書いている) これはつまり、ようやく前日遅くになって、主日礼拝のメッセージにとりかかったことを意味する。

せめてテーマだけでも示されたら(基本、メッセージは神から示されたり、聞いたりして形作る)、どんなにホッとするだろうか、と。しかしその日は睡魔に時間切れ・・・。
朝になった。これがどんなに危機的な状況か、牧師ならずともパニックものである。しかしまた、主はにより頼めば何とかしてくださるという、妙な信頼感もあるにはあった。で、追い詰められた必死さで「神様!」と助け求めて祈った。すると肉的なのかどうかよくわからない、都合の良い示しが来た。「コーヒーを買いに行きなさい」 エッ?

当然吟味するのだが、これはちょっと難しい。このような害もない場合、従ってみることにすることが多い。そう決めて、明けて間もない外に出た。気がつかなかったが雨上がりの直後だった。傘をささずに歩く人が見えた。そこで300メールほど先のセブンまで歩き出すと、雨がポツポツ。歩けば歩くほどさらに雨の密度は増す。コンビニにさえ行けば傘は買えるし、何とかなる。ようやく駆け込んでコーヒーをゲット。次に傘を買おうとすると、やたら高い傘しか置いてない。忙しいのにこれでは帰れない。
ここがポイントの一つなのだが、私たちクリスチャンは、すべて神の御手の内にあるので、偶然は無い。ならばコーヒーを買ってのこの雨にも、神のご計画があるはずである。そこで「主よ、どうしましょうか?」と祈ると「雨はすぐに上がる」と。ならばと、私は店の外の、いつもは愛煙家たちがいるひさしの下で、コーヒーをすすりながら止むのを待つことにした。普通なら、吟味ミス!とがっかりするところだが、そうではなく妙な信仰の感覚、これには意味がある、そんな感覚があった。

さて、コーヒーの湯気を吸ってゆっくり景色を見たその先に、セブンの電光掲示版の大きな土台があった。見上げると夜は眩しいであろう看板がある。ハッと、私はありありと三年近く前のこと、まさにこの看板をドルカスと見た時のことを思い出していた。
それは船橋に住まいを移そうと、家探しをしており、まさにこの場所の二階を内見に来ていた時の事である。私は値段や広さ、間取りが気に入って、心は完全に《成約》の段階に入っていた。しかしドルカスが最後に業者に「あのう、うちには猫がいるんです。ペットOKですか?」と突然言った。この一言で、私たちは物件を諦めざるをえないことになった。その事を思い出したのである。正直さは時には、このようなことになる。

私は明瞭に主の御心がわかった。「ウソをつかないこと、正直であること。聖霊様を主とした歩みとは、偽ることができないこと。それは聖霊の証印でもあること」 これがメッセージのテーマだと。

気がつくと、雨は通り雨のようにすでに上がっており、私は喜んでルンルン🎵と帰って行った。


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40日40夜の断食でイエスのお腹が空かなかった訳

2015年09月23日 | 示されたこと
マタイによる福音書の4章1-2節では
「さて、イエスは、悪魔の試みを受けるため、御霊に導かれて荒野に上って行かれた。そして、四十日四十夜断食したあとで、空腹を覚えられた。」
と書かれている。断食に弱い私は、ここがイマイチわかっていなかった。なぜなら、イエス様は神の子なので、空腹を感じないように、自分のお腹に命じることなど何でもおできになれた。しかしそれでは断食は形式だけで意味がない。私はたった3日間の断食で音を上げた弱虫で(聞くところによると、一番きついのがはじめの3日間らしい)、イエス様は40日終わった後でようやく空腹を感じられた・・・は、到底想像できなかった。

今晩、我が船橋キリスト教会は、本当に天の大きな喜びで満たされた。長く待ち望んで祈り続けていたところの、霊と実際との勝利だった。私たちは歓喜し、栄光を神にお返しした。ハレルヤ!
で遅くなっていたが、夕食にとお弁当を買いに歩いてふと気が付いた。相当お腹が空いているはずなのに、空腹を感じないのだ。そしてこの時、喜びが私をおおっており、神を賛美していた。お腹が空けばすぐ怒りっぽくなる私が、である。この時ふと、断食が終わるまで空腹を感じられなかったイエス様のことが、少しわかるような気がした。「喜びに満たされておられたのかも」と。それがどのような喜びであったのか、想像するのも楽しいではないか。
三十歳になって、早逝した父ヨセフに代わっての一家を支える代役も、弟ヤコブ達の成長で解放された。縁者にあたる洗礼者ヨハネの活躍は、ユダヤの民を悔い改めへと大きく導き、舞台はいよいよ整った。そのヨハネからの洗礼で聖霊を受け、神の子としての時はまさに来た、「わたしはこのために来た」と・・・。

まさにB.C.(Before Christ)からA.D.(Anno Domini)の主の年、恵みの年へと、人類の歴史の一大転換の実質が始まろうとしているのだ。十字架を凌駕する、どれほど大きな喜びがその日々の内にあったことだろうか!

そんな想いに満たされ、幸せな私はお弁当屋に向かった。 ケパ



コメント (2)
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横浜の聖会

2015年09月12日 | 示されたこと

最近示されて時々参加してます。
今日の夕日とても綺麗。ウキウキしてもうすぐ到着
ドルカス



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恩讐を乗り越えて

2015年09月11日 | 示されたこと
1945年から6年経って生まれた私は、戦後世代だ。私の父は帝国海軍下士官から、終戦時には尉官だった。いわば叩き上げの職業軍人である。
その私が戦争について父と一番争っていたのが、天皇の戦争責任問題であった。最高責任者が責任を負わないのは合点がいかないと言う私を、何度「天皇がいたからこそ戦争を終わらせることができたのだ」と言って諭したことだろう。しかし私には理解できなかった。


改めて、当時の事情を、リアルに伝えることのできる映像の力はすごいと感じる。文字や聞くことから得られる情報の量とは桁違いだ。昨年の「終戦のエンペラー」や今年の「日本で一番長い日」を観ることで、父の没後35年経って氷解した。

最近になって韓国や中国の高官から、先の戦争について天皇の謝罪を要求する声が聞こえた。それを機に日本の世論が一気に嫌韓、嫌中に変わったように思うが、知らないということは、恐ろしいことだと思う。
しかしまた、なぜそれぞれ違いはあるものの、この両隣国は70年という年月が経っても、これほど謝罪を言い続けるのだろうかと不思議に思う。もっとも互いに殺しあったはずのアメリカとは、打って変わって、不動の同盟国となり、今でも中国の領土野心やAIIBなど、あらゆる面で信頼し合って対応している。これがどれほど日米双方に互いの利益をもたらしているか、計り知れない。
人間関係でも、国際関係でも、憎み殴り合うより友好関係を積み上げる方が互いに益となる。我が国は常に70年間ぶれずに、謝罪と経済協力を続け、それが両国の今日の発展の土台となったことは明らかだ。しかしながら今日の両国の反日は、それが自らの政権保守のためだったとしても、おそらくそのために、取り返しのつかない損失を自らの国に招くことになるだろう。国家百年の計を見ない狭量な指導者がいる反面、国民の命のために身を捨てて戦争を終結させた天皇をいただいていた日本。その日本をゆるし、援助したアメリカの存在は、「ゆるすことの力」がどれほど大きな力であることを証明している。

私たち個人も、ゆるさないで憎むところがあったとしたら、それはかえって自分自身をドス黒く腐らせ、不健康にしている。受けたどんな傷や屈辱であっても、相手をゆるし愛する、それは自分自身の罪に目をとめることから可能になる。神を信じる者には、十字架のキリストの眼差しが、その土台の力になるのだが・・・。 ケパ
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申込み

2015年08月29日 | 示されたこと
実はグジュグジュともんもんとどうしたらよいのかって、決断できずにいた私ですが、23日の日曜日いつものように示された証しに前に立った時、証しをしている中で「進み出よ‼️」と、思いのうちに語られました。

今年もイスラエル行きます。行きたいのに迷って、今年はパトモス行って祈ったからもういいかなとか、明日や明後日の心配ばかりしていた私でした。聖書にはその心配はないと書かれているのにね‥‥

ケパさんが「我々は経済の続くまで行くんだろ。そう語られてるだろ」と私の迷いを更に打ち消してくれました。その通りです。主よ‼️再びあの地で、ガリラヤで祈る時、しもべにお語り下さい。
行けることの恵みを感謝します。

今回はいつもの2倍断食して備える事にしました。告白しておかないと、証にもなりませんよね。ハレルヤ~
写真は昨年度最終日10月31日ガリラヤの虹と、今年度最初の11月1日ホテルの庭からガリラヤの虹。二日連続の祝福。そして翌日は、新年主日礼拝でした。

今回もきっと、神様がこの群れに大きな祝福をくださり、日本の世界のリバイバルの為に私達を用いてくださいます。そうしてくださる天の偉大なる父に感謝ささげます。 ドルカス


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詰め込みます

2015年08月04日 | 示されたこと
ケパさん。パトモス派遣中と白馬キャンプで、早急にしなさいと、神様から示されたそうで
今日はパソコンの学び。ホームページをの手直しです。

今日は美穂センセの指導ね。

足元には、ピエちゃんと、

ハルちゃんが‥‥
生徒さんからの依頼でそれぞれこの二匹は教室のアイドルになりましたが、実際にとても和ませているようです。

さあ‼️リニューアル後、どのように変わるでしょうか。楽しみにして下さいね。多分とても見やすくなります。

ちなみに、このBlogのブックマークからオンライン礼拝が確実に開いていけます。来週の主日礼拝からご覧下さいね。
ドルカス
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