札幌・北海道のレトロ建物大好きおぢさん日記

札幌(北海道)のレトロでモダンな建物を見たり撮影するのを趣味としています。

木造校舎・閉校 由仁町の閉校

2022-09-06 23:08:46 | 木造校舎・廃校

小学校の閉校

  • 由仁町立岩内小学校(1976年由仁小〈旧〉へ統合)
  • 由仁町立東三川小学校(1976年三川小へ統合)
  • 由仁町立古山小学校(1976年由仁小と三川小へ分割統合)
  • 由仁町立川端小学校(2012年三川小へ統合)
  • 由仁町立由仁小学校 〈旧〉(2017年三川小と統合し由仁町立由仁小学校〈新〉へ)
  • 由仁町立三川小学校(2017年由仁小〈旧〉と統合し由仁小〈新〉へ)

 

中学校の閉校

  • 由仁町立東三川中学校(1961年)
  • 由仁町立岩内中学校(1965年由仁中〈旧〉へ統合)
  • 由仁町立古山中学校(1967年三川中へ統合)
  • 由仁町立川端中学校(1986年三川中へ統合)
  • 由仁町立由仁中学校〈旧〉(2012年三川中と統合し由仁町立由仁中学校〈新〉へ)
  • 由仁町立三川中学校(2012年由仁中〈旧〉と統合し由仁中〈新〉へ)

※wikipediaより

 

 

「旧由仁町立岩内小中学校」

開校:明治29(1896)年
閉校:昭和51(1976)年
校舎:昭和31(1956)年竣工

由仁町岩内2285

 

岩内地区は由仁町の北東部、夕張川を挟んで対岸は栗山町の位置にある
平地で航空写真から見る限りでは殆どが農地に見える。

グーグルマップでの目印は「岩内公民館」
立派な公民館には開拓の碑などがある
公民館の隣に広がる何もない土地が「岩内小学校」跡地
校舎、その他はとうに解体されている。

だが、なんと校門が残っていた
痛みはかなりあり校名プレートはすでに無いがよくぞ残っていた。

農業地区にある学校は校庭・グラウンドが広い
ここも同様だ
バックネットは2面に張られていた。

敷地内には二宮像が現存しており学校の校章や閉校についての碑文もあった
学校を挟んでもう一方にも切妻屋根の「寿の家」がある。

スクールバスの停車場があるが、これは閉校後に統合先へと向かうバスかと思う。

由仁町史にあった昭和30年代の木造の校舎写真
その陰にある樹木より建っていた場所が想像出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2022年7月撮影

 


※由仁町史より

 

 

 

「旧由仁町立東三川小中学校」 現東三川公会堂

開校:明治37(1904)年
閉校:昭和51(1976)年
校舎:昭和9(1934)年竣工

由仁町東三川

 

東三川小学校は夕張に向かう国道274号線沿いにあり、周りは平地で農地が多い。

以前は閉校後もしばらく国道沿いに味のある校門があったが今はない
かろうじて体育館は学校のものを使用しているのだろうと思える。

国道沿いの並木道の中にはちょっとした散策が出来、いくつかの碑があるが
閉校の碑は見当たらなかった。

新しい公会堂が目印で、やはりここも校庭が広い
体育館の手前にあるのは岩内小学校と同じ「寿の家」である。

 

 

 

 

 

 

 

 


2022年7月撮影

 


※由仁町史より

 

 

 

「旧由仁町立古山小中学校」 現㈱グリーンウォール

開校:明治31(1898)年
閉校:昭和51(1976)年
校舎:昭和3(1928)年竣工

由仁町熊本623-1

 

由仁町古山(ふるさん)地区は熊本県からの移住者が中心に開拓した場所で
室蘭本線を挟んだ東西の地区である。

地域には清正公熊本神社や熊本公民館がある
その前の道路がかつての国道であり、国道274号線と線路を挟んで並んで走っている

旧国道から奥に企業のグリーンウォールを見る
畑の間の砂利道を奥に進むとすぐに会社の建物があるので停車。

徒歩で少しづつ行くと右側が開けていて校門と二宮像があった。

少し撮影をしていると重機で作業をしていた方が声をかけてくれて
色々とお話を伺った。

この方はグリーンウォールの会長さんS氏であった
会社自体は本州に移転したが会長自ら何かしらの作業をしている。

伺った話では、旧国道沿いに校門があったのをここに移築した
この場所は校庭であったが、その後整備して桜を植樹した
校舎があったのは現在資材を置いてある場所だった
奥に古民家を移築して再生利用をしていると案内していただいたが
この時は鍵がかかっており見学は出来なかった。

会長さんの植樹や整備はなかばボランティアだろう
他にも栗山で蝶を育てているので良かったら見に来てと声をかけてもらった。

このような趣味では、無断撮影があるのでなるべく人と触れ合わないほうがベストと思っていた。

だがこの方と話していた時間が非常に楽しかった
自分のスタンスを考えるきっかけになったお人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 


ここが校舎跡のようだ

 


2022年7月撮影

 

 

 


※熊本部落史より

 

旧国道沿いには歴史のある石橋があった
「山本橋」昭和11年の作 ここより北にもう1脚同様の橋がある。

 

 

 


2022年7月撮影

 

 

 

「旧由仁町立川端小中学校」

開校:明治32(1899)年
閉校:平成24(2012)年
校舎:昭和56(1981)年竣工

由仁町川端1002

 

川端小中学校は、国道247号線沿いにありJR川端駅を夕張方向に行ってすぐ左側にあり
夕張方面へは必ず通る道なので校舎も良く見ていた。

平成24年の閉校なので比較的新しいが校舎は昭和56年の完成である
外壁の塗り直しはしたようでその黄色のラインが映えて綺麗だった。

平地で農業地帯の学校特有である広い校庭に目をやるとバックネットも健在だ
奥に小高い盛り土があり行ってみると小中学校それぞれの閉校記念碑があった。

これだけ両方のしっかりした記念碑は珍しい
しかもデザインも違うのだ。

ここはまだ住宅が隣接しているので現役校と間違えてもおかしくはない
現在は障がい福祉サービス施設として再活用されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2022年7月撮影

 

 

 

「旧由仁町立由仁小学校」

開校:明治25(1892)年
閉校:平成29(2017)年
校舎:昭和51(1976)年竣工

由仁町本町

 

由仁町の学校編成は、平成23年に由仁商業高等学校が閉校になった。
同年に三川中学校と由仁中学校が統合し、由仁商業高校の校舎をつかうことになった。

空いた由仁中学校の校舎に平成24年、由仁小学校が移転し、平成29年に三川小学校と統合して両校を廃止し
新しい学校の新設とした。

これで由仁町の小学校は、この1校のみとなった。

旧由仁小学校は町の北部に位置しており隣は由仁神社だ
緑や自然が多く学校としてはいい環境だったのではないか。

神社の鳥居側に古い校門が残っていた
まだ綺麗なピンクの校舎や体育館は何かに使われているように見えたが。



 

 

 

 

 

 

 

 

 


2022年7月撮影


 

 

「旧由仁町立三川小学校」 現日本食品製造 三川第二工場

開校:明治31(1898)年
閉校:平成29(2017)年
校舎:昭和52(1977)年竣工

由仁町三川泉町178

 

旧三川小学校に行って見たら前庭と裏手に広いグラウンドを持っていた
このグラウンドが学校のものだったか、閉校後に整備されたのかは未確認だが
随分と広く立派であり野球の練習もしていた。

前庭のほうにはポールとバックネットがあるので
当初の校庭はここだけかも知れない。

裏側に旧小学校の校門とプレートがあった
門自体が痛みがあるので、補修しないと長くは持たなさそうだ。

表通りの234号線沿いには並木が植えられ、別の門がある
この門は現在の食品工場がしつらえたか?

校舎は教室棟も連絡通路も体育館も現存している
今は工場として別の用途になったが
学校は、ほぼ完全な外観を保っていそうだ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2022年7月撮影

 



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