毎日がちょっとぼうけん

日本に戻り、晴耕雨読の日々を綴ります

「悪かったなあ、下の階のおじいさん」No.2931

2019-08-09 23:16:33 | 自分事情

 

↑8月4日夕刻の京都七条大橋の夕焼け。文とは無関係ですけどね。

 

7月25日のブログにマンションの下の階のおじいさんが

夜中の1時半に私の部屋に押しかけ、

モニターフォンをピンポンピンポン鳴らして

大迷惑したという話を書きました。

   ↓    ↓    ↓

「見知らぬパジャマ老人が真夜中に押しかけてきた…」No.2992

その時は、夜中に押しかけて来て

「お前の部屋のモーターの音がうるさくて寝られへんねん。バカ」

と決め付けた爺さんの言葉が全く事実と異なることや、

「お前」「ばか」という超失礼な言葉遣いで罵られた怒りに燃え、

お爺さんの顔写真をバシバシ撮って、

「みんなに発表するよ。当然でしょ。」

と、お爺さんが入れ歯も入れず

「撮るのか。まあ、なんだな」とかフォゴフォゴ言っているのを

肯定したと断定し、

お爺さんの顔のみならず、

モーター音なんか一つもしていないお爺さんの部屋の写真を

ブログに載せたのです。

私のその時の気持ちは、被害者意識100%で、

(私は悪くない!あのくそ爺さんに自分が悪かったと認めさせないと)

という憎しみの気持ちがチロチロと燃えていました。

・・・・・・

数日後、ブログを見た娘から

「そのお爺さんが認知症だったら、

せめて顔は隠すべきやと思うで。

他人の部屋の写真を公開するのも良くないよ。」

とたしなめられ、

それまでも少しずつ怒りに変わって心に痛みを感じていた私は

一気に目が覚める思いでした。

自分こそが被害者だと思い、怒りの感情に身を任せると

相手のことなんか考えていられません。

しかし、気を落ち着けて冷静に見れば

相手には相手の事情があるのですよね。

今回、仕掛けてきたのは確かにおじいさんの方ですが、

その際、いわゆる「被害者」の私がどのような対応をするかが

ものごとを打開する際に重要だったわけで、

私はお爺さんがどうも認知症っぽいなと感じつつも

(くそジジイに絶対負けるもんか)という対抗意識ばかりで

売り言葉に買い言葉の喧嘩をしたわけです。

ああ、1972年の周恩来と田中角栄の会談の際、

周恩来さんが見せたあの寛大さが私にも欲しかったな(笑)。

お爺さん、張り合ってごめんなさいね。

今度、昼間に「その後、モーターの音しますか」と

お爺さんの部屋を訪れても良いほどの気持ちになっている今の私です。

 

 

↑8月4日、夕刻の京都七条大橋たもとの枝垂れ楊と遠い月(文とは全く無関係)。

 

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