毎日がちょっとぼうけん

日本に戻り、晴耕雨読の日々を綴ります

「ノーベル文学賞と村上春樹」2014年10月9日(木)No.1006

2014-10-09 20:40:23 | 文学

ノーベル物理学賞や文学賞が相次いて発表されている。

毎年文学賞の最有力候補に挙げられている村上春樹は、今年もだめだった。

私は村上春樹が大好きだとは言えないが、

「海辺のカフカ」「ノルウェイの森」「国境の南太陽の西」「1Q84」、

「カエルくん東京を救う」その他短編いくつか、

他にエッセイやスピーチ(「エルサレム賞」「カタルーニャ国際賞」など)を読んだ。

分かりやすい言葉での奇想天外な発想と表現によって

外国人や留学生にも人気があることは納得する。

また、「言葉の職人」と言っては本人が気を悪くするだろうが、

あまりにも見事な言葉による心理描写に心から賛辞を送りたい気持ちで私はそう言う。

毎日、決まった時間身体トレーニングを欠かさないという村上春樹は

(彼自身がどこかの文章に書いていた)、

研ぎ澄まされた言葉の表現トレーニングもその調子で長年鍛えてきたのだろう。

とんでもなく好きではないにしても、読んで何かを感じる作家だ。

しかし、それは小説に限ってのことだ。

 

彼のスピーチを読むと(あれ?これちょっと…)と思わざるを得ない。

エルサレム賞受賞式での「差別される卵の側に立つ」決意、

カタルーニャ国際賞受賞記念講演の「反核」スピーチ。

一見問題なく賛成できるようだか、

エルサレム賞の場合、

(どこにどう立っているの?村上さん。

あなたの具体的立ち位置が見えません)と私は思った。

また、カタルーニャ賞受賞時の講演に、次のような言葉を見つける。

 

『我々日本人は核に対する〈ノー〉を叫び続けるべきであった。

それが僕の意見です。

我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、

原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、

国家レベルで追求すべきだったのです。

たとえ世界中が

「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ」

とあざ笑ったとしても、我々は原爆体験によって植え付けられた、

核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。

核を使わないエネルギーの開発を、

日本の戦後の歩みの中心命題に据えるべきだったのです。

それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、

我々の集合的責任の取り方となったはずです。

日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必要だった。

それは我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。

しかし、急速な経済発展の途上で〈効率〉という安易な基準に流され、

その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。』

(東京新聞2011年8月9日号;「文学者の核・フクシマ論」黒古一夫)

全文はネット検索で読んだり、聞いたりできるが、一例を下に。

http://blog.goo.ne.jp/aran1104/e/8755b1e5fc000b51a38406490eea188a

 

村上春樹が「我々」「日本人」と言うときの違和感たらない。

何/誰を対象にしているのか、急に言葉の遣い方が乱暴じゃないのか。

戦後、確かに反核運動は

「原子力の平和利用」を唱えるという立場の限界はあったが、

(それは「核」というものへの無知によるものだったのは衆知の通り)

それでも広島・長崎の被爆者の運動をはじめ、多くの日本人が、

反戦・反核を世界に向けて発信し続けてきたことは、

村上春樹先輩より年下の私でさえ、テレビなどで子どもの頃から知っていた。

反核運動を担ってきた人たちを無視しているとしか思えないこのスピーチは、

あまりに無神経で失礼ではないか。

それとも、個と世界との関係のみに腐心するあまり、

彼が現実に存在してきた日本社会の人々や事象については、

全く気が付かなかったのだろうか。

 

もし、村上春樹が遅まきながら「反核」の重要さに気が付いたのなら、

気付いてから後、彼は何をしたのだろうか。

そして、し続けているのだろうか。寡聞にして私は知らない。

「ヒロシマノート」以来の、文学者大江健三郎の決意と持続的行動を見るとき、

村上春樹の言葉の、あまりの薄っぺらさを思う。

 

ノーベル賞だって、本当は絶対的な価値を表現するものではなく、

オリンピック大会と同様、政治が大いに関与している。

村上春樹がノーベル文学賞を得ても得なくても、

あまり、て言うか全然、私は喜びも悲しみも湧かない。

むしろ、政治的な意味で、明日のノーベル平和賞の方に関心がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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