毎日がちょっとぼうけん

日本に戻り、晴耕雨読の日々を綴ります

「アイヌの昔話の中の蓬(ヨモギ)」2013年6月12日(水) No.678

2013-06-12 19:29:57 | 文学
江西省のこの辺りでは、端午節には粽子(ちまき)を食べ、蓬(ヨモギ)を飾る。
以前書いたことがあるが、私は子供の頃からヨモギがヒジョーに好きである。
江西省のこの風習を聞いてたいへん嬉しく感じたのは言うまでもない。
しかし、ヨモギについての話は
我が故郷北海道にもある。
ヨモギは国境を超えて、人々にとっての特別な草なのだな。
(下の写真は、宿舎の外にちょっとだけ生えていたヨモギと、ヒメジョオン)


―大好きなヨモギが出てくるアイヌの昔話―
(アイヌの人々のウウペケレ(昔話)より)

「二つ頭のクマ」
 
父がいて母がいて、大きい姉がいて小さい姉がいて、大きい兄がいて小さい兄がいて、
私は一番小さい男の子でした。
私が山を走り回ることができるぐらいの少年になったころ、
人間6代目ごとに出てくると言われている人喰いグマが、遠くのコタンに出て、
コタンの人たちを攫(さら)っていくという話を、父や兄たちがしていました。
そのクマの姿を見た人はいないので、どんな姿のクマなのか、誰もわからない
ということです。私はいつかそのクマの出るところへ行ってみたいと思いましたが、
誰も連れて行ってくれる人がありません。

そんなある日、姉たちがウバユリを掘りに山へ行くという話を聞きました。
私は誰にも気づかれないように、強い弓と毒を塗った矢を入れた矢筒を、
山へ向かう道の脇に隠しておきました。それから、姉たちが家を出ると、こっそり
ついて行って、途中隠しておいた弓と矢筒を背負うと、姉たちに追いつきました。
姉たちは私を一人で返すわけにもいかず、一緒に連れて行ってくれました。
しばらく行くと、ウバユリが葉と葉を重ねるように生えているところに着きました。
姉たちは私に「ここにいるんだよ」と言うと、そこに袋を置いてウバユリを掘り始めました。
私は弓を持ち、矢筒を背負うと、山へ向かって走り出しました。

姉たちの姿も見えない、声も聞こえないところまで来ると、広い湿地がありました。
何やらゴチャゴチャと歩いた跡があります。よく見るとクマの足跡です。
そこで、ゆっくりと用心深く進んで行くと、湿地の中ほどにハンノキとヤチダモの木が
2本並んでいました。2本の木は、まるで腕を組み、肩を寄せ合っているように見えました。
立ち姿の美しい、見るからに神様らしい木でした。
私はその木の下で丁寧にオンカミ(礼拝)をしながら、
「私は今から恐ろしい人食いグマを退治に行くのです。
立ち木の神様、どうぞ私を守ってください」
と言いました。すると、私の言葉が分かったように、2本の立ち木は枝を震わせました。

なお進んで行くと、湿地のはずれに白いものがうず高く積まれているのが見えました。
近づいて見ると、人間の骨の山でした。古い骨は風雨に晒されて真っ白になり、
新しい骨にはまだ赤い血がついていました。
ここが人食いグマの住処に違いありません。これほどたくさんの人を殺すとは許せない。
退治してやる。そう心に誓いながら近づいていくと、
穴があり、中で何かが動く気配がしました。
私はサッと穴の口の上へ行くと、ドシンドシンと足を踏み鳴らし、大声で怒鳴りました。
「さあ、出て来い、化け物め!どんなわけがあってこんなにたくさんの人を殺したのだ。
たくさんいる神々も、知っていながら放っておいたとすれば許さないぞ!」
すると、穴の中から歯ぎしりの音に混じって、ゴザを編む時に使う小石を袋に詰めて
大地に叩きつけたような、ものすごい足音が聞こえてきました。
「さあ、出て来い!」とさらに怒鳴ると、
その声に弾かれたようにクマが飛び出してきました。

なんと、それは今までに見たこともないクマでした。
前と後ろに頭があって、それぞれの頭の額には、アット゜(註)を織る時に使う
ヘラのような角が生えている化け物グマです。
化け物グマは、まっすぐ私の方へ向かってきました。私は弓につがえていた矢を1本、
ビシッと放ちました。矢はクマの身体に当たったのに跳ね返ってしまいました。
矢の跳ね返り具合を見ると、普通ではありません。
よく年寄グマがすると言われていることですが、
身体に松脂を塗り、土の上を転がって、また松脂を塗る。
そして、今度は落ち葉の上に寝ると、クマの毛が松脂と土と落ち葉で固まり、
鎧のようになって、矢が通らなくなるのです。 
こういうクマを倒すには、ただ1ヶ所、足の付け根を狙うしかありません。
そこには松脂が付いていないので矢が刺さるものだと
父や兄が話していたのを聞いたことがありました。

一の矢でしくじった私は、逃げながら追ってきたクマを目がけて、さらに1本、2本と
矢を放ちましたが、やはり跳ね返されてしまいました。
今にも跳びつかれそうになったちょうどその時、向こうの方に、
さっきのハンノキが見えました。私は自分より先に言葉を走らせ、助けを求めておいて、
最後の力を振り絞って、ハンノキに向かって走りました。

追ってくる化け物グマの吐く息で髪も乱れ、背中も熱くなったとき、
ようやく、ハンノキの下に着きました。
「神様、助けてください」と祈りながら下枝に跳びつくと、
足をくるっと枝に巻きつけ、さっと枝の上に立ちました。
追って来たクマは力余って走り過ぎましたが、すぐに引き返して来て木の上を見上げ、
額の角を振り立てて、ハンノキに突き掛かってきました。
1回、2回と、木に角をたてると、木は大きい板や小さい木切れになって飛び散りました。
柔らかいハンノキはたちまち細くなって、今にも倒れそうになりました。
私は隣のヤチダモの木の飛び移ろうとしましたが、ハンノキがグラグラ揺れるので、
なかなかできません。そのうち、ハンノキはメキッメキッと音をたて始めました。
このままでは、いずれ化け物グマの餌食になってしまうと思った私は、
絡まり合っている2本の木の細い枝を足場に、1歩1歩とヤチダモの木へ渡り始めました。

クマはなおも、角を振り立てて板や木切れを飛ばし続けています。
もうこれまでと、私は目をつぶってヤチダモの枝へと飛び移りました。
が、片足を枝から踏み外し、落ちそうになりました。
その足に化け物グマの吐く息がかかりましたが、私は何とか足を枝に絡ませ、
枝の上に立ち上がることができました。
その時、ハンノキがドサアッと倒れました。

化け物グマはいよいよ猛りたって、今度は、ヤチダモの木に向かって突進を始めました。
2度、3度と繰り返すたびに、硬いヤチダモの木も、
根元から割り板のような木切れが飛び散ります。
私は身体を枝にしっかりと巻きつけ、背中の矢筒から矢を抜き、
1本、2本と矢を放ったのですが、矢はクマに当たってもカチンと跳ね返るばかりです。
ヤチダモの根元もだんだん細くなってきました。

矢はとうとう残り1本になってしまいました。
この矢は、矢筒の魂とも、矢筒の守り神とも信じられている矢で、
どんな時でも、最後の最後まで、矢筒に残しておくものなのです。
私はこの最後の矢に全ての望みをかけて、弓につがえ、
まるで綱をつけて振り回されているように動き回るクマの、動きに合わせて、
矢の先を回し、狙いすまして、矢を放ちました。

神の助けもあったのでしょう。
矢は矢羽根も埋まるほど、クマの足の付け根にブスッと刺さりました。
クマは一瞬ひるんだように見えましたが、前より一層勢いを増して突進してきました。
これは、矢に付いた毒の効き目で一時だけ力が増したからです。
このままでは、毒が効いてクマが死ぬまでに、ヤチダモの木が持たない、と思ったとき、
まさか私がそんなこと言うとは思わなかったのに、私の口からこんな言葉が飛び出したのです。
「この湿地を守るために、天の国から降ろされたシロハリガネムシの神よ、
私を助けてください。もし、ここで私が死んだら、私の屍から出る悪臭は、
霧となって神であるあなたを悩ませることでしょう」

すると、白い小袖を重ね着した、あまり強そうにも見えない若い男が、
どこからともなく、ヨモギの槍を持って現れました。
この男が、襲いかかってくるクマを軽く2度か3度、その手にした槍で突くと、
不思議なことに、化け物グマの体は見る見るうちに溶けて、
白骨になって崩れ落ちてしまいました。
クマが溶けるのを見ると、若い男は、すうっと消えてしまいました。
この男こそ、シロハリガネムシの神様だったのです。
あれほど恐ろしい化け物グマを、ヨモギの槍1本で溶かしてしまった
シロハリガネムシの神様の強さに、私はすっかり驚いてしまいました。

それに、ヨモギの効き目にも驚きました。
ヨモギは、一番初めにこの地上に生えた草なので、ヨモギで作った刀や、
槍には、魔力があるとは聞いていたけれど、
これほどの力があるとは思ってもいませんでした。
(続く)
萱野茂 文「アイヌネノアンアイヌ」(月刊「たくさんのふしぎ」福音館書店)


(註)アット゜:アイヌの伝統的織物。「ト゜」は日本語にない文字だが、歯を噛み合わせ、舌を上の歯に押し当てて息を吐き出す発音を表す。





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