2月の畑

2020年02月25日 | 

花達を少しでも日差し良くする為に移動。
植え替えの時期ではなかったのだが,何れの花も健やかな様子で一安心。
昨年に種蒔きをした菫・・・うっかりと土を被せてしまった為に発芽を諦めていたが,
草引きをしている時に「おっ! これは菫の葉に違いない」と。
植え替えた百合も1つ・・・元気な芽を出している。
植え替えの為に花は無理だろうと思っていたクリスマスローズ。
数個の蕾を確認していたが現在は満開になる模様の蕾の数。
  Tさんはジャガイモの植え付け。         ゴーローも畑へお出ましだね。

豌豆は豊作の兆し。。。。それなのに昨年の3倍の収穫があるとは・・・
今年の春の食卓は豌豆尽くし決定・・・だね (^_-)-☆
  今年の大根は豊作だったので聖護院大根が殆ど手付かずに終わりそう                 
その時・・・ゴローは・・・・隣の畑で・・・探索したり・・・・佇んでいたり・・・と。 
   おやおや・・・急いで何処へ行くのかと思えば・・・・早くおいでと待っているのでしょうか。 
   今年の玉葱と大蒜はとても元気な顔をしています。。。収穫が楽しみです。
   畑の画像を写したのが1週間ほど前の事。。。。その時には蕾だけだった梅が・・・・
   数日過ぎると一気に3分咲きとなり・・・・この頃になると賑やかな鳥の声が聞こえていたものだが・・・・
   今では温暖化の影響か・・・・5分咲きとなった今でも鳥の囀り1つ聞こえてこない。。。。
   ゴーローが花を愛でる・・・なんてないよね。。。匂いを嗅いでいるのだろうか?
   畑の中を見回っている間に植え付けも進んでいる模様。。。
   少しずつ慣れて来たのでしょうか。。。。来年が楽しみな・・・・
   
   楽しみにしている事を伝えると「そんな事解かるかい」なんて嘯くので
   私の期待と喜び・・・と,感謝は胸に秘めて。







老いる母

2020年02月22日 | 日記
69歳を過ぎた私の母が「老いる」も何もあったものじゃあない。
今更何を言っているのだか・・・・私自身が「老い」の真っただ中にいるというのに。
チョコが亡くなった後に体調を崩していた私だが,久々に母を訪問する。

91歳を過ぎているので老化という意味の「老い」はあって当然とは思っていたが,
外観や食事に関して健康状態を不安にさせるものはなかった。
今迄は普通食を美味しく頂いたが食物が喉を通り難くなり
粥状の食事をしているとの事。嚥下力が落ちて来たという事になるのか。
昨年(2019)のクリスマスの日の食事の事。
この日の食事はちらし寿司。
味付けが自分の好みとぴったりで何時も楽しみにしていたが,
スタッフに食事をどうするかと尋ねられて断念して粥を選んだとの事。
外観からは然程の老化は見えずとも着実に進んで来ているのだろうか。
別れの日が近くなって来ているのだろうか。
失明してからはうっすらと明かりが見えている程度。
なので室内で運動をする時も綿棒や紙の枚数を移動させる事で回数を数えていた母。
しかし・・・この数年はその回数も減って来ており動く事も辛くなって来ているのだろうか。
運動を少し見せてくれたので動画に収める。

今から40年前の事。
兄が自殺未遂から鬱病を発症。。。。本当はどちらが先だったのかは分からない。
私が結婚して間もなくの出来事であり事情は分からないのだが,
その時に兄の生涯における生活費さえも面倒を見る覚悟を決めた母。
息子の為に嫁いだ娘に迷惑を掛けられないという覚悟を決めたのだろう。
尋常ならざる覚悟であったと推察する。
そして自分が亡き後も生活出来るように息子の為の預金を始めたのだ。
自殺未遂以来殆ど職に就かなかった兄。
職を得ても肌に合わぬと止めてしまう兄。
母は70歳を過ぎてなお必死に働いて兄と二人暮らしをして来た。
現在は介護付き高齢者住宅にて生活をしている。
若い時から苦労を重ねて来た母であるが
やっと自然な笑顔を見る事が出来るようになった母。
それでも苦しい日々であるという。何が苦しいのかと尋ねると息子の行く末が・・・。
91歳の母は70歳の息子の行く末が心配で苦しいというのだ。
さもありなん・・・母とはそういうものだ。
自分が大切に思えば思う程・・・・
如何にお互いが自立をしていたとしても・・・「ふっ」と心に過るのだ。
40年間自分が働き支えて来た息子であれば猶更なのであろう。・・・が,
私には別の意味で歯痒くも苦しい日々を与えて来た2人でもある。
「人には其々に長短あり  互いに長を見 短を言わず  相補のうて生きねばならぬ」
この言葉は私が就学前に子供を道連れに自殺未遂を起こした時。
その時の担当検事さんから言われた言葉だと。
信仰に関わらずこの言葉を支えにして来たのだろう。
母はこの自殺未遂を起こす前に何度も実母に相談をしている。
耐え切れずに相談するもその実母も長女(私の母)の収入を糧に生活をしていたのだ。
「死ぬしかない」・・・・一言そのように言われたとか。
相談する相手も居ず・・・3人の子供を抱えた母は如何に耐え忍んだか。
子供一人を死なせたという母の重荷は如何ばかりであった事か。
母はこの時に離婚をしている。
父の親兄弟からは「金遣いが荒い女」と評されていた。。。。が,
それは実家への援助の為であった。
共働きであったので本来なら生活に困る筈のなかったもの。。。。

20歳過ぎてから見合い話を何件持ち込んでも見向きもしなかった娘は
28を目前にしてやっと嫁ぎ,,,,優秀な息子は大きな会社に就職をした後,
東京へ出て幾つかの資格を取得した後に大阪にて再就職。
これからという時だった。
母の苦労が報われる・・・此れからという時に兄が自殺未遂を起こしたのだ。
「 人はみな哀れなりけり 其々の十字架を背の旅路なりせば
行く道は遥けく遠く苦しくも いつか帰らん安息の故郷に」

母は失明をするまで多くの言葉をノートに書き残している。
「未来は遅行し現代は矢のようにとぶ しかして過去は万古 不動の位置にあり」シルレルの言葉
今でも諳んじているこれら幾つかの言葉は母の今でも消えぬ辛い歴史があるのだろう。
当時は離婚して帰って来た女は一人前の人間として認められなかったとか。
だからと言って母は今迄の苦労や弟から受けた仕打ちを恨んだりしてはいない。
今迄の苦労があるからこそ,自分が苦労のどん底に居ながらも困窮にある兄弟姉妹・・・
母は弟4人・妹2人の7人兄弟なのだ。
親に限らず苦境にある兄弟達さえも自分の出来る範囲の中で援助をして来たのだ。
母の援助の仕方は表立ってするのではなく・・・さりげなく。
それを金遣いの荒い女と誰が攻める事が出来るだろう。

私は自分の生まれ育った環境は最悪だった。。。。が,
この母の娘に生まれ育てられてからこそ,
我が身に降りかかる苦難を真っ直ぐに受け止め
苦難を憎み恨む事無く自分に出来うる限りの事を黙々と歩む事で
今の私になる事が出来たのだと感謝している。
私という人間は母の性格を基本とし,神戸のMさんにて
「人間とてしての在り方」のようなものを根付かせて頂いたと・・・。

今の自分があるのも母があればこそ・・・
今の自分があるのも神戸のMさんがおればこそと・・・

感謝せずにはおれぬ日々である。

今・現在が如何に苦しく辛くとも・・・・
今・目前にある苦しみに対して自分に出来る事を・・・
1つ1つ・・・誠実に取り組む事で前へ歩いて進む事が出来るのだと信じている。。。が,

其処には私にとって幸いであったのは・・・苦難の真っただ中・・・
自分に正しい判断を示してくれる人が現れる事だった。

人生69年を過ぎて・・・何度・・・この幸いに巡り合えたことか。
多くの方が自ら命を絶つ辛さを思うにつけて
我が身の幸いに感謝するばかりである。



















室外ユニットから水が出る

2020年02月16日 | PC・カメラ,etc
PanasonicXシリーズを購入して3か月。
使用して3か月になるという事になるのだが,
ユニットの下から水が流れているのが気になって仕方がない。
本体が故障ではない事は分かっているのだが,
ドレンホースは接続をしているのだから其処から排水されるのが本筋と思われる。
室外温度が低く湿度が高い時に室外ユニットに霜が付き,
その霜を霜取り運転で解かすので水や湯気が発生し室外ユニットから水が出る。
その水を排水させるためにユニットの排水穴にドレンエルボを差し込み
ドレンホースを接続させて排水するようにしているのだが,
ドレンホースから出ないでユニットの方から漏れているという事なのだ。

購入元に言ってみようかとも思案したのだが,
Tさんが水の流れが自然になるように変更をしてくれて以来,
ユニットから水が出て来る事はなくなった。
という事は,設置業者の不手際という事だ。
ほんの一寸した気配りの違いによって結果は大きく違ってしまうという事だね。





ゴローの近況

2020年02月12日 | ゴロー(猫)
先月末に帰って来たゴロー。
帰宅して暫くは食事以外は警戒?  或いは緊張が解けなかったのか,
一定の距離を保って近づいて来る事がなく。

居ない・・・居ないと探してみれば,
キャットタワーの中で寝ていた。。。
別の日には

寝室で寝ていた。
お日様がポカポカと温かかったのだろうか。。。。
そんな警戒した日も数日が過ぎれば居なくなる前の事を思い出したのだろうか。
Tさんの膝で寛いでいるではないか。
これは不思議だ。
ゴローが居なくなる前まではTさんが触れる事をとても嫌がっていたのだ。
抱かれるととんで逃げ出していたものだったのだが。
もう・・・おじさん大好きになったようだ。
みゃあが降臨している?
この姿勢はみゃあのものだ。
ゴローは今迄に・・・ただの1度もこの態勢で寝た事がないのだ。
P:M 21:00迄には寝室に行くTさん。
みゃあが居なくなってしまったのでみゃあの寝床をゴローに譲る。
数日間・・・ゴローをみゃあのケージで寝かせていると,,,,
Tさんが寝る為に玄関の戸締りをして部屋に入ると‥‥
あら~・・・自分から先に寝床に入っていました。
犬だけじゃあないのですね。
飼い主と一緒に居たいのは猫だって同じだったのですね。
それとも暖かい部屋が気に入ったのでしょうか。

この部屋は20度の設定になっているけれど,
その他はストーブを2つも付けていながら10℃前後だもんね。

ゴローは帰宅してから変わらぬ生活を・・・・いえいえ・・・
Tさんに懐いたのが大きな変化でしょうか。
FIVキャリーの猫故に出来る限りゴローのストレスを避けながら,
猫生を見守っていきたいと思う。













2020年02月01日 | 日記
1/30(木), P:M 15:20, 玄関のチャイム。
   今日は訪問者の多い日だなぁ~と思いつつ・・・
   外には下校途中の多くの子供達とご近所の奥さんが。。。

   Sさんの家の猫ではないか・・・?・・・と。
   溝に猫の死体があると‥‥。

   ゴローが帰宅と入れ違いに出て行ったみゃあ。
   朝に出かけて夕方まで帰って来ない事なんて日常茶飯事だったのに。

   チョコと入れ違いにゴローが家族になり・・・・
   行方不明になっていたゴローが帰宅すると・・・・
   
   みゃあと永遠の別れになるなんて。。。。

   チョコも・・・みゃあも・・・心の準備がないままの別れとなり・・・。

   それでも・・・

   事故であっても亡くなっている事も知らずにいるよりは・・・。
   最後のお別れが出来るだけ良いのだろうか。

   自然の多い田舎とて車が通行する道がある限り・・・。
   このようなお別れも覚悟の内にあった筈なのだが,
   今迄の猫との生活ではなかった事ゆえに・・・・。
   
   どんなに言葉を並べても言い訳にしかならない。
   チョコとみゃあには本当に楽しい日々を与えて貰った事に感謝しかない。

     チョコ(9歳) & みゃあ(6歳)・・・・安らかなれ。

2/1(土), 早朝・・・眠れぬままに夜が明けようかという時間の事。 
    腹部に「トン」というみゃあの重みを感じる。
    ん?・・・不思議な事があるものだとみゃあに思いを馳せていると,
    顔の近くで再びみゃあの歩く重みを感じる。
    みゃあが帰って来ているのだろうか・・・・。
 
  そんな事を思いつつ・・・・うとうととしていると・・・・・。

   寝室でTさんとゴロー・・・そして私の3人で会話をしている時・・・・。
   布団の上を歩いて来る猫。
   みゃあではないか・・・いやいや・・・みゃあは私が斎場へ連れて行った筈。
   懐っこく近付いて来た猫。両手で思いっきり撫でてみた。
   これはみゃあに違いない。
   お腹が空いたでしょう。。。さぁ~ご飯にしましょう。。。
 と,部屋を出ようとすると目覚める。

 目覚めた後にそうだよねぇ。。。
   硬直した体。見開いた眼。右を下にして頭部から流れている血。
   そんな状態だったみゃあが元気な体でトコトコと帰って来る筈もなく。
   そのみゃあの顔を正面から見ると左目の周囲から頭部にかけて
   2か所の毛が刈り取られている。。。。
   これってみゃあが怪我をしたのは此処だよっと。。。教えてくれたのだろうか。
   起床してからTさんに夢の話をするとみゃあが怪我をしたのは右だよ。。。と。
   やはりそうか。。。そうだよねぇ~。。。

  今となっては私の腹部と顔に感じたみゃあの感触さえも
  夢の中の夢だったのかとさえ思えて来る。

チョコの急病
チョコの闘病 
チョコの急逝 
 チョコの緊急入院と同時に現れたゴロー
ゴローの行方不明 
 ゴローの帰宅と同時に急逝したみゃあ
昨年から続いている不思議な縁。
私には今迄にも何度もこのような不思議を感じた事がある。
自分の周りで起きる不調は何かの暗示を与えられているのではと感じる事があるのだ。
だからこそ今迄飼育して来た犬達が我が家の人間達の健康を守ってくれたのだと思える。

今・・・我が家に居るのはゴローだけ。
今・・・我が家に残っているのはゴローだけ。
そしてこのゴローが私と生活をする最後の動物となるだろう。
物心ついた幼き時から今迄・・・犬と触れ合って生きて来た最後となる。

動物との生活の中で多くの悲しみと後悔を繰り返して来たが,
最後となるゴローに少しでも後悔のない生活を続けたいと願う。

   身を引き締めて心したいと思う。
みゃあが倒れていた場所