美しい夕焼け

美しい晩年を目指して

「ドリアン・グレイの肖像」

2024-05-30 13:40:23 | 本・映画


美しい自分の肖像画に、年を取るのは自分ではなく、肖像画がとればいいと願ったことで、肖像画が年を取り、自分は年を取らなかったことで陥る不幸なドリアン・グレイの一生を描いた小説です。

肖像画は、若さと美しさで息づいているようでした。ドリアンは、自分の美しさを理解し、このままの姿でいたいと願い、そして、肖像画に自分の代わりに年を取ってくれるように願ったのでした。それが聞き入れられるとは思いもせず。

初めて、それを見たのは、付き合っていた女性を無残に捨てた時でした。自分の肖像画の口元に嫌なしわができていたのです。驚いたドリアンは、その肖像画を人目につかない部屋に運び、誰にも見せないようにしました。そして、その絵の変わっていく姿を見続けていました。

絵は次第に醜くなり、それは、ドリアンを恐れさせました。絶対他人には見せないように、と気を付けていました。

ドリアンは、悪の道に陥り、そして、他の若い貴族の息子たちを誘い、悪の道に陥れたりして、自分の欲求のままに生きていきました。それだけに肖像画は、醜く変わっていったのです。

自分の生き方を顧みることもなく、ただ欲望の赴くままに生き、そして、自分の肖像の醜さを憎むドリアンは、少しずつ肖像画に振り回されていきます。

20年近くたった時、ドリアンは自分がこんなみじめな日々を送るのは、その肖像画を描いた画家のせいだとその画家を殺してしまいます。そして絵はひどい様相の絵になります。

その絵を見ていたドリアンは、その絵が自分を苦しめると、その絵の心臓にナイフを刺し、恐怖の叫び声を発したのは、その絵を刺したドリアンでした。

その絵の前には、醜くやつれた男が死んで横たわり、誰もその男が誰かが分からなかったのです。そして、壁には若く美しいドリアンの肖像画がかかっていたのです。

人生にとって、若さや美しさは価値のあるものだと、人は思います。それを追い求めるのは、当然のことだと思います。ただし、それは、ひと時のこと、人間は、若く美しいままに居続けることはできません。

だから人は、若さや美しさばかりを求めていくと、躓いてしまうのです。何かを失うときには、何かを得なければなりません。知性や、愛情や、生きることへの味わいなど、を得なければなりません。そうしなければ、若さと美しさへ取り込まれてしまうのです。

作者のオスカー・ワイルドは、この作品を出版した時には、同性愛の作品として、批判されたそうです。出版は、1890年ですから、時代がそういうことを拒否したのでしょう。

オスカー・ワイルドは芸術のための芸術という唯美主義の作家です。「ドリアン・グレイの肖像」を読んでいると、美への讃嘆だけではなく、芸術とは、人生とは、と作中人物が語り合い、19世紀ロンドンの社交界の有様が目に見えるようです。

19世紀ロンドンの社交界の花形だったオスカー・ワイルドがヘンリー卿、画家バジル、そしてドリアン・グレイの姿を通して、美への賛美、人間の生き方への自由な姿勢、などを語る知的で大胆な小説なのです。

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